第7話 奪う者
地上。久しぶりというほどでもなく。そもそもそんな感慨は彼女にはない。来た道を戻り、ソフィア・ニューミットは遺跡の外に出た。宝珠を取ったからか遺跡に存在していた輝きは失せている。
宝珠を彼女は見た。これを届ければ任務は終わり、次の任務が言い渡されるだろう。死への直行券。そう言われていたはずの任務。
ふたを開ければ拍子抜けするほどに簡単であった。まあ、ゴーレム相手にやられかける失態もあったが、それでも死んではいない。それに今考えればやり様はいくらでもあった。次はない。
ともかくとしてあとは持ち帰るだけ。これを届けて任務は完了する。ここまでくれば邪魔する者はいないだろう。ブレインクラックの有効外から出て、来た時と同じように戻れば終わりだ。
だからこそ、そんな時だからこそイレギュラーというのはつきものだ。
「クケ、クケケケケェヒヒヒ、見ぃつけたぁ。いいなぁ、いいなぁ、良い首だぁ」
下卑た気持ちの悪い笑みを浮かべたひょろくボロを纏った男。はあはあ、と息を吐き、恍惚とした表情を浮かべてソフィアの頭部を凝視する。
眼がぎょろりと動いていた。その背の二枚の板に見える何かが彼が動くたびに不気味に音を立てる。不吉な音だ。
「気持ちの悪い笑みをしないで、さっさと仕事をしなさい。それと着替えなさい、みっともない。それから何、初対面の女に見とれて股間をいきり立たせているのですか。私には見向きもしないくせに」
その隣には荒野に似つかわしいダークスーツの女。こちらは何も持っていない。その身一つ。無表情のままとなりの男を諌める。
「ゲッヘッへゃハァ、良いじゃねいの。臭いなんざお前にゃ意味ねえだろ。あと、お前はそそらん」
「見苦しいという感情はあるのですよ、まったくみすぼらしい。あと、そそらないとは聞き捨てならない。完璧であることを求められているのです。どこがそそらないのか言いなさい」
「そんなに言うなら感情抑制しろよブリキの人形。あと完璧って、自分で計算することすらできないのに? で、どこって……知らん、なんかそそらん」
「勘弁。あんなのものは下っ端がやることでしょう。計算出来なくともサイバーブレイン上で計算できるので問題ないです。それから、何かという不確定なことではなくきちんと言葉にしなさい」
「ヒャハ、俺ら下っ端だぜ? サイバーブレインに頼るからバカなんだよバーカ。理由は言葉にできんのだから、知らん」
「バカって言った方がバカです、バカ」
「あ? 誰がバカだって、バカ!」
「あなたです。バカ」
「バカはお前だろ、バカ」
ソフィアを無視して何やら言い争っているようであるが、
「何者ですか?」
彼女は冷静に問う。
ここには入ってこれないはずなのだ。エデンの強力なブレインクラックがこの周囲に近づいた瞬間にかけられここから遠ざけられる。
ここにエデンが許可した人員以外が入ってこれるわけがないのだ。誰かを寄越すならば事前に連絡が行く。連絡がないということは敵ということだ。
ゆえに当然の問い。何者か。所属を明らかにする行為。マニュアルにもある。間違っていない行動。しかし、
「あ? おい、見ろ。あのあの魅力的な首、ツッコミいれてこねえぞ。全然なってねえぞ。ここは、お前らバカかって言われて、バカって言う方がバカって返すところだぞ?」
「そうですね。あれで最優秀らしいですよ」
「ツッコミ技能はなしか」
「ですね……って、あなたのノリにすっかり慣れてしまった自分が憎い。……とりあえず、いきなりこのノリにツッコミをいれれたエデンの子はいません。統計的に明らかです」
「ヒャッヒャ、そりゃあなぁ、あんな機械みたいな連中にユーモアなんてもん理解することできんか」
なぜか、駄目だしされた。
「何者ですか。ここには入ってこれないはずです」
だが、ソフィアは気にせず再び問う。
「あーあ、面白くねぇ」
「面白い、面白くないではありません。さっさと仕事をしなさい」
「へいへーい、やりますよぉーっと。で、名乗って良いの?」
「あなたの個人名くらいは良いのでは? どの道、あなたにはたどり着けないでしょう」
「そりゃそーか。んじゃあ、名乗ろう。俺様は、あーなんつったっけ? あーあ、そうそう最近名乗ってなかったから忘れてたわ、アンドレイだ」
知ってるだろ? と言う風な自信満々で名乗ったが、
「データベースにないですね」
「ええ!?」
「そりゃそうでしょう。あなたサイバーブレイン化すらしてない正真正銘の生ものなんですから」
人はエデンのデータベースにはサイバーブレインによって登録されている。ゆえにサイバーブレイン化もしてない者は必然的に登録されていないということ。
それはエデンの庇護を受けられないことを示しているが、逆に言えばエデンにまったく感知できない人ということになる。
今時、そんな者はいない。なにせ、サイバーブレインがなければ日々の生活にすら困ることもあるのだ。それほどまでにサイバーブレインは浸透している。
「ああ、そーだったわ。忘れてた。ま、そういうわけでさあ、他のエデンの子と同じくさあんたの首、俺にくれや」
そう言ってアンドレイと名乗った男は背の二枚の板――幅広の高周波ブレードを抜き放った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
迷宮は静まり返っている。光の線は輝きを失せさせ動く歯車の音も聞こえない。迷宮の中から魔力が抜けて行っているをラグルは感じていた。宝珠が原因だろうか。
迷宮のコアは残っているので、迷宮が崩れることはないだろうがどうにもおかしな話だった。
「ねえ、少し思うのだけれど?」
それについてラグルが考えていると。ルビエがラグルに話しかけた。その問いにラグルは考えを中断する。
こう言った疑問を考えることは彼の性分であるのだが、それよりも優先すべきは少女だ。別に幼女趣味というわけではなく庇護対象という意味で優先順位が上なのである。
「なんだ?」
「このままここを出るには少し厳しいと思うのだけれど」
「? 別に問題はないと思うが」
出るための武器、つまるところ武力はあるし道は覚えていた。迷宮の変換期になって構造が変わらない限り迷宮の構造は変わらないので問題ない。どこにも問題らしい問題は見えなかった。
そんなラグルの様子にルビエは呆れたとばかりに嘆息して、
「そんなだから、意外に気が利くのねって言われるのよ。見なさいな私、裸足なのだけれど?」
綺麗で華奢な足をあげながら彼女はそう言った。床が綺麗なここは良いが、ここから先は綺麗とは言い難く魔物が徘徊している場所。それなりに危険だ。
走って逃げることもあるだろう。歩くのもそうであるが、裸足で走ったりすれば怪我をする。そのため、靴がいるのだとルビエは言っているのだ。
そこまで言われるまで気が付かなかったことを申し訳なく思うものの、
「ああ、すまん。しかし、靴はねえしな」
靴はあるにはあるがルビエにはサイズが合わない。子供サイズなんてラグルが持っているわけがなく、仕方なしにそれを履かせるわけにもいかない。
何かしらが起きて魔物から逃げる為に走ることもある。迷宮ではあまりサイズの合わない靴を履かせるわけにはいかなかった。
ただ一応何かあったとき裸足よりは何か履いておいた方が良いのは事実。とりあえず履かせはしたが案の定ぶかぶかである。
フリーサイズとはいえども男物であるし大人と子供では流石に調節機能ではカバーしきれない。少しでも激しく動けば脱げてしまいそうだ。
「やっぱりなあ」
「ならば抱えれば良いでしょう? そうすれば私は歩かなくて済むし、逃げるために私を心配する必要もないわ」
「ああ、そりゃ名案だ」
なるほどと言ってラグルはルビエを抱える。
女の抱え方は数多あるがどれを選択するだろうか。ルビエはひそかに予測してみる。別段期待しているというわけではないが、今後の扱いを計るには絶好の機会。
それに記憶がないとは言えども少しは期待する。そう言った知識は覚えていた。女の子なのだ。期待しても良いだろう。
しかし、
「……私が想像していたのとだいぶ違うのだけれど。まるで荷物の様よ?」
そううまくいかないのが人生であるし、危険な遺跡の中だ。担ぎ方などあまり選択肢はない。そうルビエは今、ラグルに荷物を肩に担ぐように抱えられていた。
「こっちの方が楽だし片手が使えるからな」
そして、この物言い。少しばかり期待した自分に腹立たしく思うも、合理的であるし納得の理由を言われてしまっては何も言えない。
「そう、とんだ騎士様だこと。仕方がないわ。貴方が困るというのなら私もこのままで我慢してあげる」
だからこそ、こんなことしか言えなかった。少しばかりの皮肉と少しばかりの抵抗。外見はさておいて、感謝はしているのだ。
それを認めるには扱いが悪いだけであって、感謝してないわけではない。
「そいつは助かるよ。できればどこか掴んでもらえるともっと楽なんだが?」
仕方がないわね、とでも言うようにルビエはラグルの服を掴む。
「んじゃ、ま行くぜ?」
そして、ラグルは走り出した。迷宮から出るために。来た道を戻る。ソフィアが空けた穴を通り、第二層から第一層へ。
魔物の気配を探りながら、しかし、一つも感じない魔物の気配。ソフィアが倒したわけはないだろうから、偶然か。それとも宝珠に関係しているのか。
ともかく今は入口へと向かう。無事、入口まで戻り、迷宮の外に出た。そこで見たのは両手足を切断され首に二本の刃でさながら蟹のハサミの如く挟まれたソフィアの姿。
そして、それを認識した瞬間、目の前に現れる漆黒の影。徒手空拳の女。しかも、その加速は生身のそれではない。助走なくただ一瞬で加速した様は、サイボーグ特有の身体操作。
「すまん!」
「ちょっ――」
ゆえにラグルの思考は即座に戦闘のそれへと切り替わると同時に肩に担いだルビエを投げた。なるべく優しく、それでいて砂の積もった柔らかい地面に落ちるように。
放たれる蹴り。真っ直ぐに身体の中心を抉るかのように放たれたそれに対して、ラグルは左腕で掴み取るように動く。
それをサイボーグの女が認識した瞬間、蹴りは止まりそのまま振り下ろして身体を回転させると同時にその反動を用いて片足の踵がラグルの頭部に向けて振るわれる。
ラグルは一歩足を下げると同時にわずかに空いた距離を使って左手で腰の高周波ブレードを抜いた。サイボーグでも切断する高周波ブレード。当たれば斬れる。
女もまたそれに即座に対応して見せた。サイボーグの身体操作は人間と違い意のまま。即座に止めることも引き戻すことも出力を強めれば簡単だ。
踵を止めて、腰の回転を逆にして更に回転。そのまま握り込んだ拳をラグルの腹に向けて放つ。
「――っ!」
それに対してラグルは高周波ブレードを前に。女の拳の進路上に設置する。女は即座に拳を止めた。そのわずかな隙にラグルは高周波ブレードを振るう。
バックステップで飛び退いた女。一連の攻防はこれで終わりとでも言わんばかりに構えを取り直す。ラグルもまた同じだった。
「あなたもあの生ものとほとんど変わらないはずなのに。まったく、世の中おかしい」
「何者だ?」
「……名乗る名は私にはありません」
「そうかい」
油断なくラグルは女を見据える。明らかに改造されたサイボーグだ。おそらくは軍用をベースとして改造をしているのだろう。どんな魔改造がされているやら。
少なくとも盗賊連中とは一線を画すだろう。どんな兵器が内蔵されているのか。考える。生き残るために。もっぱらソフィアを助ける必要があるのだが、まずはこの女を組み敷いて人質交換と行こう。
方針は決まった。動こうと思ったのはどうやら両者同時。女は横へ薙ぐ蹴り。明らかに届かないよう位置からの攻撃。
それを見た瞬間ラグルは後ろへと飛び退いた。一瞬前まで彼がいた場所を何かが通り過ぎる。それは刃。交差するただ一瞬の間にラグルの眼はそれを正確に捉えていた。
脚に内蔵された高周波ブレード。ただし、義肢内蔵型であるため、刀身は正規のそれよりも幾分かは短く出力も抑え目であるものの、高出力サイボーグから放たれた蹴りと合わさり、その威力はただ振るうよりも遥かに高い。
当たれば斬れるというのにそこに更に加速度が加わるのだ。異常なほど威力は高まっている。それを放ったのは足を薙いだ姿勢で立っていたのは女。
「これも躱された」
――再び放たれる蹴り。
正確には蹴りと共に骨格フレームに内蔵された高周波ブレードが振るわれる。ただでさえ高い出力の蹴りに高周波ブレードのおまけつき。
もとより高周波ブレードである時点で、当たれば最後ラグルの死は確定する。しかし、ラグルの身体は適切に動く。後ろに避けるのではなく前へと踏み込む。
彼女の脚に内蔵された高周波ブレードは、彼女の骨格フレーム内に内蔵されている。その展開は足裏の足首を起点に脹脛からだ。。
その性質上、彼女の刃は足首より先にあり足の裏側にある。この構造は蹴りやその他行動を阻害しないためのものであるがそこに弱点はあるのだ。
絶対致死の高周波ブレードは彼女の足首よりも先にしかないということ。つまり、より深く踏み込んだならば、危険は彼女の蹴りだけになるのだ。
だが、それが危険ではないのかと言えば危険であろう。高周波ブレードを躱したその先、つまり蹴りであるがその蹴りを放っている脚のCNT筋繊維の出力はかなり高い。
死ぬことはないが、痛そうではある。それでもラグルは踏み込んだ。絶対致死の間合いを抜けて蹴りの間合いへ、そして、更にもう一歩。
更に深く踏み込んで蹴りが完全に威力を掴む打撃点に至る前に、ラグルの行動を読み取り女が行動を止める前にその太ももを掴む。
柔らかい。良い筋繊維と皮膚有機体を使っているらしい。しかし、それを堪能するには敵同士。
「やりますね。しかし――」
女は掴まれたとわかるや否や軸足で地面を蹴った。それと同時に放たれた左足の蹴り。サイボーグは左右のウェイトバランスを取る。それ前提で考えればその左足も同じものであると考えるのが自然。
つまるところ、左足にもまた同じ内蔵兵装が組み込まれているとラグルは予測する。そして、それは正解だった。
女のスーツを裂いて現れる漆黒の輝き。高周波を受けて赤熱するように発光する高周波ブレードがラグルへと振るわれた。
「おらっ!」
ラグルはそれを掴んだ右太ももを振り上げることによって対処する。相手の身体は現在地面にない。ラグルが掴んでいる足を起点に蹴りを放っている。
ゆえに、その起点を奪う。更に上へ放り投げるようにすることよって体勢を崩させる。
「甘いですね」
だが、それくらい彼女は対処する。
放っていた蹴りを止め、ラグルが起こした振り上げの力に逆らうことなく、身を任せ流れるままに手を地面につき腕の力のみで後方へと跳ぶ。女は綺麗なバク転で崩した体勢を戻そうとする。
体勢は整えさせない。そこに駆けるラグル。振るわれる必殺の斬撃。体勢を整えていないサイボーグ。それでも躱すだろうが、それでも腕の一本はもらえる。しかし、
――撃発音、二つ。
斬撃は空を切った。急加速。サイボーグの出力を越えた無理矢理な加速によって女はその一撃を完全に躱して見せた。
撃発音にラグルは聞き覚えがある。反動加速打撃兵装。そんな名を持つ内蔵兵装がこんな撃発音を出す。それは腕や脚の中に作られた特別な空間の中で生じさせた爆裂の威力をそのまま打撃へと転じさせる兵装。
「こんなもんまで積んでんのかよ。他には何積んでんだ?」
反動加速打撃兵装のいいところはその機構の小ささである。推進剤となる弾丸とそれを炸裂させ、その衝撃に指向性を与えるための空間さえあれば事足りる。
例えば、骨格フレームに高周波ブレードを内蔵していたとしても、余剰スペースに内蔵できる程度には小型である。
「聞いても敵には教えない」
「そりゃそうだっと――」
反動加速打撃兵装は多機能だ。単純な徒手空拳の威力の底上げにもなれば、移動時の加速、跳躍の補助など様々な場面で使える傑作内蔵兵装。
無論、魔法の弾丸が切れればリロードの必要があるのと骨格に無理をさせることになるので定期的な義体のメンテナンスが必要になるというデメリットはあるがそれでも手軽さとメリットに勝るものでもない。
撃発音とともに女が疾走する。それだけならば捉えられないこともないが緩急がすさまじい。撃発音が響くたびに急加速。通常時とのギャップが激しく捉えにくい。
それでもラグルは直感と経験を頼りに対応する。一発の撃発による加速は直線的。撃発音が数度で直線加速からの急激な方向転換だ。
そこから判断して高周波ブレードを合わせる。飛び退く女に追撃として突きを放てば、向けられるのは左腕。このパターンは経験がある。
直観的にラグルは追撃を中断、前に進もうとする身体を筋力で無理やりに止めて身を伏せるように地面を転がった。
しずかな発砲音が響き渡り、背後の岩が砕け散る。左腕が展開されてそこから現れたのは銃身。カートリッジ式の魔法ではなく魔力を高密度に圧縮して放つ魔力銃であるのか、薬莢が地面に落ちた。
「おいおい、魔力銃まであんのか」
「これも躱された……」
左腕を戻し女は思考する。ことごとく自分の武装が躱されていた。どうにも生ものであるあのアンドレイと同類であることは確定。
それはつまりまだ上があることにほかならずその事実に憂鬱になるものの、仕方がないのでアンドレイに救援を求める視線を送るも、
「おほほ、いい首、ほら切っちゃうぞ、切っちゃうぞぉ~」
女には見向きもせずソフィアの首や頭部、目のレンズを撫でまわしていた。救援はない。期待はしていなかったが、無性にむかついた。
だから、その左腕の魔力銃をアンドレイに向けて放つ。
「おわぁっ!? 何すんだよ~、今楽しんでたんだぜぇ~」
暴れるソフィアを尚も押さえつけてアンドレイはそう言う。
「無性にむかついたので。というより、私が仕事をしている時に、あなたは股間に染みをつくって何をしてる」
「え? そりゃ、ナニ?」
「…………」
「…………」
沈黙。何とも言えない空気。気まずい。
そんな状況でもラグルは無音で女に高周波ブレードを振るう。センサーで見えていた女は即座に反応。ヒールになった踵でラグルの腕ごと高周波ブレードを止める。
「アンドレイ、とりあえず助けて下さい。この生もの、あなたと同じ生ものです」
「ええ、俺、今忙しいのよ。ほれ、今首切るところなんだ。首切りってのはさ、誰にも邪魔されず自由でなきゃさあ」
「良いから早く。ヘルプ、ヘルプです」
「ええ~しゃあねえなあ」
アンドレイと呼ばれた男がゆっくりとソフィアを地面へと横たえる。手の二枚の高周波ブレードを重ねて裁断するように首へと当てた。
「させるか!」
切断される。別に死ぬことはない。ソフィアはサイボーグだ、胴体から頭が切り離されたところで死ぬことはないだろう。だが、ラグルの身体は勝手に動いていた。
「おおおおおぉぉおぉおおぉ――――!!」
「え、ちょっ――!?」
己のもてる力の全てで女を吹き飛ばす。サイボーグの重量を軽く宙へと放り投げる。宙を舞うという初の間隔に女は混乱してそのまま地面へと叩き付けられた。
「間に合えよ!」
ラグルは疾走する。大地を蹴るごとに穴を穿ちながら大気を引き裂き疾走する。男を眼前に捉え刃を振るう。
その速度域、まさに神速というにふさわしく。常人では知覚すら不可能な領域。だが、
「ほっ! ほんとに同類じゃねえか」
アンドレイは反応して見せた。片方の刃を眼前に。つまみ上げるようにして持ち上げた刃でラグルのブレードに合わせる。
加速と己の力を乗せた腰から振り上げるようにして振るわれた斬撃。それは見事にアンドレイの刃を打ち付ける。
もはや、力が強すぎて斬れる前に弾く。振りあがったアンドレイの腕。多大な隙。しかし、アンドレイは笑みを崩さない。
「――――っ!」
刹那、振り下ろされる幅広の刃。アンドレイが振りあがった腕を剣の重さ重力に任せて落としたのだ。高周波ブレードを振り切ったラグルに受ける術はない。
しかし、終わらない。これで終わるならば生身でこの世界を生きて行けない。突きだす左腕。狙いはブレードの腹。
強かに打ち付け逸らす。高周波ブレードもただの剣も同じ。腹では斬れぬ。ゆえにそこを打ち付ければ弾くことが可能。
「おお!」
攻撃が失敗したというのにアンドレイは尚も嬉しそうな声を上げる。未だ、一歩も動いていないことがその余裕を示している。
その上で片手はゆっくりと動いていた。ソフィアの首に置かれた刃がじっくりとじっとりと落ちているのだ。
じわり、じわりと振動する刃がソフィアの皮膚有機体へと食い込む。力強く柔軟なCNT筋繊維を断ちきってジワリ、じわりと。
修復冷却用の溶液が流れ出し大気に触れたことによって白く変色する。ホワイトブラッドが噴き出し辺りを白く染める。
だん、と最後の一線を越えて首が落ちた。
「あああああ!!」
アンドレイが歓喜の声を上げる。
「すまん!」
その瞬間、ラグルは冷静に動いていた。落ちた首を蹴っ飛ばす。落ちた首はルビエが落ちた場所の方へと転がる。
「ああ! 俺の首コレクション!」
「お前のじゃねえよ!」
「お前のでもないだろ~!!」
首を追う二人。しかし、ラグルの方が先に行動していたために速い。髪の毛をひっつかみラグルは片手でルビエを抱えて荒野を疾走する。
懐からスイッチを取り出すボタンを押す。それと同時に無事だった装甲車が爆裂し当たりに爆炎を撒き散らした。
黒煙と砂埃が舞い上がり視界を染め上げる。しかし、サイボーグには意味をなさず魔力弾を放ってくるもラグルはその全てを躱して逃げた。
砂埃が晴れた時、そこにラグルの姿はない。完全に逃げていた。ご丁寧にセンサー類を妨害する素材でも仕込んでいた爆弾だったのだろう。まったくと言ってよいほどセンサーが役に立たない。
つまり、
「逃げられた」
ということ。
「あなたのせいです。あなたが遊んでいなければ」
「お前だろ、お前が足止めできないからさあ! 俺の首まで持ってかれちまったじゃないのよぉ!」
「あなたは胴体で我慢してればいいじゃないですか。ほら、男が喜ぶ穴がありますよ。二つも」
「首がいいのー!」
何やらアンドレイと女の言い争いは責任の押し付け合いから罵り合いに発展。そして、完全に追うなんてことも出来ず、どうしようと途方にくれる二人なのであった。
大変遅くなりました。リアルが忙しいので中々執筆できなかったです。
今回も半ば戦闘回。サイボーグの本来の戦闘が展開されています。なんだかんだ言ってソフィアさん現実世界初心者でサイボーグ戦闘初心者なんですよねえ。
まあ、とりあえず第一章の敵二人組の登場。ラグルとソフィアと同じくサイボーグと生身コンビ。
私の書く悪役の中ではとても珍しい感じになりました。変態なのには変わりないのですが。
では、次回もまたよろしくお願いします。
ではでは。