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第6話 発見

 これが驚愕なのだろうか、と壁へとぶつかるわずかな一瞬の間でソフィアの思考はアプリを使わずとも加速の様相を呈していた。思考は加速し時は停滞する。

 ゆえにわずかな猶予を彼女は得ていた。とりあえず、何が起きたのかソフィアには理解できない。吹き飛んでいるのだから何かの力を受けたのだという事は理解できる。


 それくらいの判断能力は失われていないし、むしろ最大級ともいえるほどの警戒をあの存在に向けていたはずだ。眼など逸らさないし瞬きという無駄なことをサイボーグは必要としない。

 義眼は乾燥しても感覚を脳には伝えないのだ。時折、潤滑剤が目を潤わせるために俗に言う涙という形で過剰分を放出すると言う現象で発現することもあるにはあるが、今の事態には関係ない。


 問題はサイボーグは目を逸らすことがないという監視は絶対という不変的な事実が捻じ曲げられたという事に他ならない。

 少なくとも目を逸らしていなければ人類種の数十倍もの知覚能力によって脳が理解できずとも、記録には残すことが出来る。その記録にすら何をされたのか残っていないのだ。


 人間などの人類種が機械のようにふるまおうとて不可能だ。人は機械ではない。ゆえに、機械と同等の演算や情報処理などできるはずがないのだ。

 それが高度な知覚能力を持つサイボーグが微細世界の全てを認識できない、認識の限界があるという事実に繋がる。


 認識できていない、記録に残っていないとはつまり相手が人類種、すくなくとも魔力体で肉体の縛りがない遥かに隔絶された知覚能力と処理能力を持つソフィアを越えて動いたということに他ならない。

 そんなことあり得るのか。ありえないとソフィアは断じる。エデンに住まう者は現世とは隔絶した進化を遂げた存在なのだ。


 魔力に人の魂を持つ存在。つまり神という絶対者になったのである。そんな存在を越える者などいていいはずがないのだ。

 しかし、事実として己は壁に叩き付けられた。そこで思考の加速は終わりを告げる。時が戻り、認識が再開され知覚した。


 拳を振り抜いたゴーレム。それを知覚する。目の前にいる存在。紅い瞳のようなものを輝かせて、後頭部からは白髪の如き排熱パイプが踊っている。魔力数値測定不能。相手についての解析結果未知数。

 不能、不能、不能。全ての機能が異常を吐いている。ただの一撃で、ショックアブソーバーを兼ねている人工筋肉とアーマーの防御を抜いて内機関のいくつかが破損した。


 行動に支障なし。しかし、自己意識に断続の傾向あり。僅かに乱れた魔力の波長が干渉してノイズを撒き散らす。

 紅く染まるエラーで満ちた視界。意識フォーマットを再起動しなければ動けない。ゆえに、身体の操作ができないのだ。


 それでも眼前に立つ異形のゴーレム。握られているのは拳。追撃。振り下ろされそうとするそれをソフィアは静かに見ていた。

 大気を引き裂く轟音が迫る。その刹那、剣閃が閃いた。漆黒の軌跡を描いてそれは拳を弾き、更には追撃として敵の胴体へと振るわれる。


「無事か」


 そして、問いかける声がかけられた。

 そこに立っているのはラグル・サラウェイ。生身の男がどうやってか目の前に移動しゴーレムの拳を弾いたのだ。


 そんなサイボーグですらできなかった偉業を成し遂げた男は気負うことなく鞘に納めた高周波ブレードを肩に担いでこういうのだ。


「ま、少しそこでおとなしくしてろ」

「無理、でしょう。あなたに、勝てる見込み、は」

「任せろって、いい加減俺も給料分は働きたいんだよ」


――それに、あんたにできないことをやるのが俺の仕事だ。


 男はそう言った。軽く。それでいて重く。絶対の自信がそこにはある。自分は負けることはないのだと言う自負がそこにはある。

 何があるのだ。ソフィアにはわからない。男は生身だ。サイボーグですら反応できなかったというのに生身が反応できるはずがないだろう。


 生身ではアプリは使えない。サイボーグに大きく劣る知覚能力と身体能力で戦わなければならないのだ。勝てる可能性などどこにもありはしない。

 だというのに、この男(ラグル)は一切の気負いがなかった。骨董品を背に背負って不敵に笑みを作る。引き抜かれる硬質の刃。


「さて、行くか」


 高周波ブレードがその権能を現し始める。流れる高周波に従って超振動する刃。大気が震え刃が赤熱し全てを斬り裂くのだと言っている。


『…………』


 沈黙していたゴーレム。彼が構えたのを見ると同時に踏み込んできた。ソフィアの知覚から消える。音が動いているのがわかるが、速すぎて高性能なはずの機械が追い付かない。


「そこか」


 だが、ラグルはそれに反応して見せた。正面から突っ込むと見せかけて横からの拳に斬撃を合わせる。硬質の音が響くと同時にゴーレムが姿を表す。

 金属が擦れるような音を響かせるその姿はまるで怒りでも感じているかのようだった。当たるはずの攻撃が当たらなかったばかりか、それに合わせてカウンターまでされたのだ。


 人間ならば自尊心が傷つけられたというとこか。怒りに震えるように内部機構が音を立てる。


「なんとも人間らしいな」


 ラグルはそういう。余裕は崩さない。二度の偶然などない。確実に歴然とした事実として、この男は見切っているのだ、相手の動きを。


「なぜ」


 なぜ、見切れる。サイバーブレイン化しただけの生身で。

 ソフィアにはわからない。何があるのだと。


「さて、さっさと来いよ。俺としちゃあ、さっさと終わらせた方が楽なんだ」


 むろん、ラグルとしてはそんな言葉はただの遊びだ。通じるなど思ってもいない。ただ、こういうことを言うとたいてい相手は突っ込んできてくれる。

 そういうものだと誰かが言っていた。さて、それは誰だったか、などと考えながらラグルは己の中のスイッチを一つだけ入れる。


起動(アジャスト)――」


 同時にゴーレムが突っ込んでくる。それに合わせるのは剣ではない。剣で斬ることもできなくはないが、それをするにはもう一段階いるだろう。

 何せ堅い。相手は堅いのだ。もとより鎧を斬ろうとするのが間違い。古来より鎧相手に用いられてきたのはいつの時代も打撃武器。ゆえにラグルは高周波ブレードを持ち替えて空いた右拳を合わせた。


 生身の拳だ。ふつうは砕ける。だが、その拳は砕けはしなかった。大気を裂いてそのままゴーレムの頭部へと突き刺さる。

 殴られたゴーレムは壁まで吹き飛んだ。どれほどの力が加えられたのか。高周波ブレードでは傷一つ付かなかった鎧がへこんでいる。


「なんですか、これは」


 なんだ、これは。明らかに道理が通らない。あの男(ラグル)は何をした。全てを知覚していたソフィアの眼にもただ殴ったようにしか見えなかった。

 いいや、より正確にはラグルの肉体に魔力が循環している。その様相はまるで、アプリの如く。つまり、あれか、生身でアプリでも行使したとでもいうのか。ありえない。


 生身でアプリは使用できない。世界に対してそれらを出力するための装置、それが起動枠と呼ばれるラインだ。

 それがなければ人は魔法言語において書かれたプログラムを魔法として現実に持ってくることが出来ない。旧時代的に言えば、発声と言うプロセスの代わりがその起動枠による発動だ。


 だからこそ生身でアプリは起動できない。だというのに、あの男の力はなんだ。今も、ラグルがゴーレムと一進一退の攻防を演じている。

 いいや、ラグルの方が余裕があるとみるべきか。少なくとも、彼は未だ笑いを浮かべたままだ。


「おら、どうしたよ。もっとやれんだろ?」


 そう言ってラグルは疾走する。その速度はゴーレムには及ばない。だが、それでもゴーレムは逃げ切れない。

 巧いのだとソフィアは気が付く。巧いのだ戦い方が。例えば、左手に持ち替えた高周波ブレードを壁として使用し押し込み、拳、あるいは蹴りが当たる場所へと敵を誘導しているのだ。


 相手に攻撃を当てようとしているのではない。わざと隙をつくりだし、そこに誘導してカウンターを仕掛ける。それだけではない。やること全てに無駄がない。

 無駄なことなど一つもないとでもいうかのようにラグルはただ、己の力を無駄なく効率的に運用している。巧い。そう巧いのだ。


 インストールされた技巧ではない。ソフィアのように直接身体にインストールした技術ではなく、身につけた果てに辿り着く極限。

 ソフィアとて巧くないとは言えない。巧い。そうでなければ彼女は歴代最高の成績をもって教育過程を終えることなどできなかっただろう。

 

 だが、根本からして異なるのだ。ソフィアの場合、技術をインストールして効率よく運用する方に長けている。それこそがエデンで最も尊ばれる才能だ。

 ラグルは違う。武術と言うものをインストールするのではない。学び、体得し、己の血肉として昇華している。


 だからこそ巧い。しかし、それだけでは説明ができないのもまた事実。あの力は何が原因なのか。魔力が動いているのは見えているが、そんな技術はエデンのアーカイブには登録されていない。


「さて、そろそろ決めるとしますか」


 ラグルの雰囲気が大幅に変わる。それは余裕を失ったとかそういうことではなく、むしろ逆。余裕そのままにその中身だけが変性した。

 吹き荒れる暴風が内部に圧縮でもされているかのようなそんな感覚。爆発寸前の超新星でも良い。ともかくとしてそんな超危険度。ソフィアにしてあれはやばいと思うくらいには危険度が跳ね上がる。


 ゴーレムもまたそれを感じたのだろうか。いいや、ゴーレムにそんな感覚はないはずだがゴーレムもまた雰囲気が変わる。

 がちりがちりと組み換わる歯車の音。ゴーレムの身体が内部から膨れ上がったように錯覚する。ぎちぎちと拳が握られた。


 にやりと、ラグルが笑った瞬間、両者はほぼ同時に動いた――。


 その結果は、即座に出力される。実に単純だ。ラグルが勝った。この一言に尽きる。それ以外など意味をなさないし、それ以上の結果など望むべくもない。

 ラグルが勝って、ゴーレムが負けた。それだけだ。ラグルは軽く高周波ブレードを振るってから鞘に戻す。


「赤と白、ってことはやっぱり魔族って奴か。社長の言った通りやべえんだな。っと、大丈夫か?」


 そういってソフィアの下にやってくる。


「問題ありません。回復しました」

「それは上々。なら、さっさと任務を果たすとしよう」

「その前に、あなたのあの力はなんですか?」

「ん? お前も使ってるだろ?」

「アプリですか? あれはサイボーグ専用でしょう」

「やってることは変わらねえよ」


 魔力による強化。やっていることはアプリも変わらない。複雑な工程を機械が行うか、人力で行うかの違いだけだ。

 ただし、少しばかり別なものが混じっているのだがそれを言うつもりはない。


「それではあの力の説明になっていませんし、あの速度を見切れた説明にもなってません」

「ああ、この力ってか、俺の身体能力かなんかがあんた以上で気になってるってことか?」

「ありていに言えば」


 さて、どう答えたものか、とりあえず当たり障りのないところでも答えておくか。


「簡単だよ。生身だから強いっていうか、これは社長の話なんだが昔のそれこそ第一紀? まあグリザリウス・メルドバルド暦1000年頃の人ってのは魔物を倒して身体能力が強化していたらしいんだよ。見切りは単純に勘だ」


 魔物――正確には生物――を倒すその魔物が持っていた魔力が流れ出す。人体はそれを吸収するようにできている。昔からの生存のための力だとベルはいっていた。

 魔物から魔力を吸収すればするほど身体能力が強くなるのだ。


 魔力はその性質としてありとあらゆる能力を向上させる。ゆえに物理的な筋肉量よりも重要なのはどれだけ魔力を己の体内に吸収させて力に変換できるのかという器の大きさに重点が行く。

 その器が小さければ地力としての筋肉量は必要にもなってくるが、器の大きさが隔絶していればそんなことは問題にすらならない。


 サイボーグはその器がない。肉体という生身の細胞こそが器になりうる。これの科学的根拠などはなく、どうしてそういう性質があるのかもいまだにわかっていない。

 どうしても旧時代的な考え方であり、今の時代は廃れた考え方。ラグルでさえベルが教えてくれなければさっさとサイボーグ化していただろう。


 そちらの方が良いのだ。そちらの方が遥かに便利なのだから。だが、昔よりも人は弱くなっているとベルは嘆きと共に言っている。

 発展と共に、人は弱くなるのだ。それはベルの言葉。精神性も肉体もそう。技術が発展すればするほど、人は牙をもがれていく。人の変わりに機械が強くなったから。


 大絶滅以前、人は魔物を機械で殺していた。自分たちの手ではなく機械によって。だからこそ、魔物を殺せば強くなれるということを人は忘れた。

 ゆえに今の時代でも知っている者は少ない。古き者、古を生きる者、その眷属。それら以外には覚えている者は少ない。エデンのアーカイブに残っていないのも当然と言える。


「そうですか」


 ラグルがそんなことを言うと、彼女は納得したのかあるいしてないのかわからない無表情を浮かべたままそう呟いた。


「さあ、任務戻ろうぜ」

「そうですね」


 だから、ラグルはお茶を濁すように任務に戻るように話を進めた。ラグルの強さは、魔物の魔力を吸収したことによる強化だけではない。

 だが、それ以上を説明する気はさらさらラグルにはなかった。あまり他言するなと師匠(ベル)に言われている。だから、話すことなく先へと進む。


 ソフィアと共に二人が広間の奥へと向かう。全ての光が収束している場所。そこの中心に存在する台座の上に目的の物は存在していた。

 赤の宝珠。まさにその言葉通りの物体が台座に安置されている。赤く紋様を浮かべた透明度を持つ球体。手の平ほどの大きさのそれ。間違いなく目的のものだ。


「確認。目標に間違いありません」


 “それ”を手に取り確認をした瞬間、奥まった部屋の壁が開く。そこから湧き出すのは冷気のような魔力。床をゆったりと広がるようにそれは流れ出してくる。

 それは不快というわけではない。むしろ、誘われている感覚すらある。ここに行かなければならない。ラグルの中をそんな言い知れぬ感覚が電流のように駆け巡る。


「なんだ?」

「確認の必要はないでしょう」


 しかし、サイボーグであるソフィアはそれを感じることはできない。そのような機械が感じることのできない感覚というものは認識されないのだ。

 ゆえにその重要性に気が付かない。彼女の場合、宝珠を手に入れたことこそが重要。これが肝要。なにせ、これの収集こそが使命。


 必然。それを果たしてしまえばここにいる意味などなく、これ以上の探索など彼女はするつもりがない。まずは使命を果たすこと。それこそが肝要。

 この男(ラグル)のことなどそのあとだ。優先順位を間違えない。まずは宝珠。それからだ。無論、それがこの迷宮の探索をするということであるわけでもない。


「少しだけだって」


 しかし、ラグルは退く気はないようだった。


「……では、私は戻り報告をしているのでその間に。遅れたならば死んだものとして置いていきますので」


 ソフィアはそこで問答して時間が浪費されるのを嫌った。ゆえに、勝手にすればいいと突き放す。極論、これさえ手に入れてしまえばあとはどうにでもなるのである。

 ラグルを待つ必要もそれほどない。あとは帰るだけ。そこに何らかの障害などあるはずもないだろう。ゆえに勝手にすればいい。自分は使命を果たす。


 だからソフィアは一人踵を返し迷宮を元来た道を戻る。


「おう、すぐ戻る」


 踵を返すソフィアを見送ってラグルは奥の部屋へと足を踏み入れた。そこは壁を這う光の線によって明るかった。

 壁には何もないが床一面に配線やらパイプやらなんに使うのかわからないものが張っている。一本道であるため迷うことはないが、気を付けて進む必要があるだろう。


 床を這う有機的にも思える配線の向こう側へ。宝珠があった部屋よりも小さくこじんまりとした部屋だ。部屋全体がまるで正方形のブロックでも積み上げて作られたかのような不揃いな形をしている。

 そこで彼は安置された物を見た。


「――、――ッ!」


 瞬間、ラグルを駆け巡ったのは電流の如き衝撃だった。そこにあるのは棺にしか思えないような匣。中身は見えない。まるで全てがここに集約しているかの如く光が走る配線がつながっているこの匣は中身が何も見えない。

 だが、視えた。ラグルにはその中身が見える。その少女の姿が見えた。燃えるような紅い髪。人形のような少女の姿が視えた。


 視えてはいけない。見てはならない。そう直感的にラグルの脳内を駆け巡る。だが、同時に目を離してはいけないとも思うのだ。

 言い知れない何かが身体を駆け巡る。それがなんなのかラグルにはわからない。だが、気が付けば手を伸ばしていた。匣に触れたら何かが起きる。そう思っていながらラグルはそれに触れた。


 空圧音を鳴らして、それは開く。厳かにゆっくりと、冷気を吐き出し白煙を床に吐き出しながらながらそれは蓋を開く。粘性の高い透明な液体が流れだし、しかしそれはすぐに白く染まって床を白に染め上げる。

 急激に下がる気温と共に、されど炎のような紅い髪がゆれる。解放と共にゆっくりと開く瞳は黄金。どこまでも輝く太陽のような澄んだ黄金瞳。


 ゆったりと床に降り立ち、立ちあがる姿と髪と瞳からああ、まるで太陽のような少女だとラグルは思った。

 だが、


「ようやくね、待ちくたびれたし寝すぎて首が痛いわ。遅刻のツケ、どう払ってもらおうかしら」


 そういう彼女の言葉は絶対零度に冷え込んでいる。冷たい。冷気が言葉になっているようにも感じる。されど、浮かべる微笑はどこか聖母のようでもあった。

 そんな少女を前にしてラグルはしばしば言葉を失くしていた。見とれていたとも言う。振れてはならない物に触れた。そんな感覚ゆえにかけるべき言葉を見失っている。


「……お前は誰だ、どうしてこんなところにいる、人間、か?」


 しかし、ぴとり、と床に雫が落ちる音にラグルの意識は標を取り戻し少女へと問いを投げかける。至極当然で真っ当な。


「さあ、知らないわ。私は誰で、貴方は誰?」


 それに対する少女の答えは知らないという無責任な言葉と問いかけ。


「待ちくたびれたと言っていたが? 自分のことを覚えてはいないのか?」


 しかし、それに返すのもまた問いかけだ。素性も知れず、何かもわからない少女。問いに問いを返すのは失礼にあたるかもしれないが、まずは確かめることから。

 そうして初めてラグルは少女を少女として見れる。何か別のモノ(怪物)と見なくて済む。


「さあ? 待ちくたびれたと言ってはいるのだけれど、何に対して私は言ったのかしら。貴方は知らないのかしら? 私は何も覚えていないのよ」


 冷たいままに、冷たい声でされどどこか聖母のような微笑を浮かべながらからからと彼女はどこか可笑しそうに言う。

 そこになんら忌避もなく、忌憚もない。ただ事実だけを述べているのだと淡々に。それは望んだ答えではいがラグルにはおそらく嘘はついていないだろうということがわかった。


 最新機器で分析でもなんでもすれば嘘などたちどころにわかるが、サイボーグでもないラグルには感覚的に判断するしかない。

 だが、それで十分。少なくとも嘘を吐く相手でないことがわかれば信用は積み上げることが出来る。危機感は今のところ感じない。敵意も感じられない。


 ならばひとまずは、


「……悪いがお前については俺も何も知らん。――とりあえず、これでも着てくれるか?」


 ラグルはポーチから取り出したマントを少女にかける。なにせ、少女は何も着ていない。一糸まとわぬ生まれたままの姿。成熟した女性とは程遠い男を知らぬ瑞々しい肢体を惜し気もなく晒している。

 流石に幼い少女に欲情するような変態ではないにしても、そのままの姿というのはいただけないだろう。誰もいないとはいえども迷宮の中で裸で男と対面しているというのはどうみても犯罪的だ。


「あら、意外にも気が利くのね」

「何をもって意外にと言ったのかは知らんが――」

「でも安物ね。そこらの蜘蛛の糸で紡いだかのよう。気品の欠片もなければ、優れた手法が使われているわけでもない。安物。どこにでもあるありふれたものね。それに汚いわ。……でも、温かい。喜びなさい、感謝してあげるわ」

「――おい、まあいい。それで? これからお前はどうする?」


 ラグルとしてはこんなところにいる女の子は助けるという選択肢以外はない。別にそれは彼が幼女趣味というわけではなく、シルドクラフトという何でも屋における鉄則があるからだ。

 困っている者、苦しんでいる者、悩んでいる者。その他、助けを求める者をシルドクラフトは見捨てない。必ず助ける。


 行くあてもないだろう迷宮に封印されていたいわくありげな記憶がないと言う少女。厄介ごとの匂いがする。

 だが、それでも見捨てるという選択肢はラグルにはない。例え断られたとしても助けよう。それがラグル・サラウェイが親代わりでもあったベルから受け継いだ教えであり、遠い先祖から幼い頃に死んだ父から受け継いだ教えだ。


「さて、どうしようかしら、どうしたら良いのかしら?」

「なら俺と来るか? お前の記憶が戻るにしても、戻らないにしてもここにいるっていう選択肢はないだろ? なら、ここから出てお前が生活できそうな場所に連れて行ってやるよ」

「お節介ね。貴方にそこまでする義理なんてないでしょう」


 そうだ。そこまでする義理はない。


「ああ、ないな。けど、それだとお前困るだろ。このままここにいたら食べ物だって取れない。そうすると死んじまう。俺は困ってる奴、困りそうな奴は見捨てない。何を言われようと助けるって決めてんだ。それが、社長や親父たちから受け継いだ教えだからな」

「そうなの。まるで騎士のようね。頼もしいじゃない。では、その御言葉に甘えさせてもらおうかしら。エスコートしようとする男性を立てるのも淑女の嗜みですもの。さあ、優しい騎士様どうぞ」


 手を取りなさい、というように少女は手をラグルの前に差し出してくる。その様は物語の中のお姫様のようでもある。


「やれやれ、とんだお姫様だな」


 ラグルは肩を竦めながらその手を取った。彼女がそう言うのならばこちらも合わせよう。大仰な動作でその手を取って、


「では、御姫様参りましょうか」


 そう言うのだ。


「ふふ、貴方いい人ね。本当に。ええと――」


 そう言って彼女は微笑を浮かべる。全てを包み込む聖母のような。


「ラグルだ。ラグル・サラウェイ」

「ラグル・サラウェイ。刻んだわ。おめでとう騎士様? どうやら貴方の名が私に刻まれた最初の名前みたいよ?」

「そいつは嬉しいねお姫様」

「思ってもないくせに。さて、ではラグル? 貴方、私の名前を決めてくれないかしら」


 名前がないというのは不便だもの。だから、名付ける栄誉を貴方にあげると彼女は言った。


「俺なんかで良いのか?」

「ええ、それにどの道、貴方以外にいないじゃない」

「上に、女がいるが?」

「見ず知らずの誰かに名前を決められることほど嫌なことはないじゃない? それに見ず知らずの人の意見を否定するとそれから話が広がらないもの。変な名前を付けられても否定できないんじゃ生産性のない会話だわ」


 言外にお前の意見は否定するわ、と言っている。なんて自分勝手なんだろうかなどと苦笑しつつもラグルは頭を働かせる。

 人の名前など決めたことがない。未だ、人の親になったことがないラグルとしてはどうやって決めたもんかと周囲に視線を向ける。何かヒントでもないものかと。


 ふと、匣に刻まれた文字が目に入った。ほとんどが削り取られてしまっていたが、読める単語が一つだけあった。


「ルビエ」

「あら、意外にまともなのが来たわね。否定してあげようと思っていたのに」

「お前が入っていた匣に刻まれた単語だ。案外お前の名前かもしれんと思ってな」

「なるほど、良いわ。なんだかとてもしっくりくるし。しばらくはルビエで通すことにしましょう。お手柄よ」

「んじゃ、まあ行くとしますかね」


 そう言ってラグルは手を引いて少女――ルビエと共に遺跡を出るのであった。


というわけで第六話でした。


ラグルさん実はけっこう強いです。更に奥の手まで隠しています。それが出るのは最後の方かな。

中堅冒険者の方と違って主人公たちは強め。初SFなので爽快感や派手さの方を取りました。地味戦闘は中堅冒険者の方担当ということで。


そして、私的ヒロインであるルビエ登場。え、ソフィア? あいつは主人公の一人です。

プロットから大きく性格やら口調が変わったキャラですねこいつは。

初めはただの妾口調ののじゃロリだったのですが、直前でこっちのが良くね? と思って変更した次第です。


ではまた次回。


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