第5話 探索
日も沈みかけた荒野。赤茶けた褐色の大地。何もないはずの場所にその建造物は存在していた。一見すれば石を積み上げて作られた古代遺跡、あるいは何かを祀る神殿だろう。
しかし、良く見てみればそんなものではないことがわかる。砂塵を払ってみれば良くわかる。黒い壁に幾何学的な紋様が壁一面に光が走っては広がっていっている。
荒野の真ん中にこんなものがあれば誰かが先に来ていてもおかしくはないはずであるが、ラグルが見たところそのような痕跡は一切なかった。
反重力走行による車輪の跡のような多少砂が脇に逃げているという痕跡もない。そもそも人が寄り付いた形跡すらなかった。
「ここがそうか?」
「そうです」
「こんな目立つもんがあれば誰か気づきそうなもんだが」
しゃがんで地面を改めるがやはり痕跡は一切としてない。
「そうでしょうね」
「じゃあ、なぜ痕跡がなにもない? こんなもんがある、なんて噂すら俺は聞いたことがないぞ」
「そうでしょう。ここ一帯には人が来ないように、あるいは近づいたら離れるように脳侵入によって誘導暗示コードを流し込むようにしていたようです。噂どころか存在すら知らないのは当然でしょう」
脳侵入。ブレインクラック。それはサイバーブレインを介して脳に直接侵入し、記憶の抜き取り、書き換え、上書き、認識の阻害、意識すら意のままに操る技術のことだ。
それは現実のサイバー戦闘において、最も危険であり相手を無効化、あるいは殺すことにおいてもっとも有効な手段でもある。そして、それは他者を否定し、自己否定を引き起こす。
「そこまでしてエデンはここに眠っているものが欲しいってことか」
胸糞悪い話だ、とラグルは吐き捨てるように言った。
高度に処理され体系化されたブレインコンピュータ化、つまりサイバーブレイン化技術は脳に特殊な呪文式を書き込むことにより機能を拡張しネットワークに接続し魔力による情報空間――ネットを視覚的に認識し高次かつ複合的な処理を可能とさせる。
それの発展とサイボーグ化と共によって訪れたのは自己同一性、つまりアイデンティティの喪失だった。自己を自己と認識できなくなったのだ。
人が自己を自己と認識するために必要なものは物理的な顔や、顔を構成するパーツである目、鼻、耳、口。身長や体格、体重などの物理的な姿かたちと、非物理的な記憶とそれにより形成される思考方法。
それらが自己を自己と認識し他人を非自己として認識するための壁だ。しかし、サイボーグ化やサイバーブレイン化がすすんだ現代において、それらは全て曖昧だ。
記憶ですら情報化できる世の中において、非物理的なものですら情報として処理できる。自分の記憶が書き換えられたものであるという保証などなく、自己が作られた存在なのかどうなのかもすら確かめる術はない。
そのため、サイボーグ化してサイバーブレイン化もされた人々は、生まれた時の姿を情報保存するし高度な防壁や迷路、バックアップ体制によりブレインクラックに対する防御態勢を固める。
そうやってようやくアイデンティティは確立されるのだ。それでも脆弱なものにかわりはない。ゆえに、ブレインクラックは誰からも忌避される手段であり技術なのだ。生身のラグルすら頭の中を弄られるのにいい気はしない。
脳に侵入し、記憶を改変し意識すら操られる。その果ては脳神経に負荷をかけ脳を焼き斬ることすらブレインクラックの前には朝飯前どころか指を曲げるくらいには簡単にできてしまう。
アイデンティティの問題を抜きにしても、許容できる手段ではない。
「実に合理的な手段だと思いますが」
しかし、それをソフィアは合理的だと言う。
仮想世界エデンにおいてのアイデンティティとはエデンによって保障される市民ID、それと与えられる役割、そして魂によって彼らは自己を見出すのだ。
生身ですらない魔力体に宿る自己意識。魔力の源流でこそが魂。複製不能の解析不能の魂こそが自分と言う存在を確立させるのだ。
「それはエデンでの話だろう。現実じゃそうはいかない」
現実世界では完全義体のサイボーグは魔力を魔力炉によって供給している。エデンの定義からすれば魂のない者になってしまうわけだ。
だからこそ、現実世界でのアイデンティティとエデンでのアイデンティティは同一のものでなく、共有も妥協もできない。
「今のあんたもそうなんだぜ?」
「そうですか。ですが関係ありません。今、重要なのはエデンが必要とする目標を手に入れ持ち帰ることです。他者に発見されるなどの障害が排除されているのであれば何も問題はありません。それにあなた方と一緒だと考えられているのならば考え直しを。あなた方とは違います」
そもそもクラックされる脳も持たないのだ。彼女の記憶情報はエデンによって保存されており、失われることはない。
魔力炉の構造も通常の魔力炉とは違う。彼女の魔力体を内蔵し、そこから魔力を取り出すという形になっている。ゆえに、彼女の自己同一性は揺るがない。
いいや、それ以前に彼女の場合エデンから与えられた使命さえあれば良いとすら思っている。
「そうかい。そりゃよかったよ……」
ラグルにとっては度し難い考え方だった。
「もしあなたのアイデンティティの保障について、クラックされたのかが気になるというのであればご安心を。ログを確認しましたがあなたにブレインクラックはなされていませんし、その脆弱な防御は誰にも破られてはいませんと断言しましょう。目的さえ果たせばブレインクラックも終わります」
「…………」
そうかい、とラグルは重い息を吐いた。
「しかし、そこまでしてここにあるものを手に入れて何をする気なんだエデンは。それも理由は知らされていない。ただ取ってこいって? おかしな話だ」
ラグルの言葉にソフィアは首を傾げた。
「そうですか? 知る必要がないからこそ知らされていないのですから。私たちが気にしたところで意味はありません。前にも私はそう言ったはずですが。あなたはそんなことも覚えられないのですか」
「知ってるし覚えてるよ。こちとらそれで納得できない性質でね。何かを必要とするには理由がある。うちの社長の言葉だ。
つまり、エデンにはここに眠っている宝珠が必要になる理由があるんだよ。それこそブレインクラックだなんていう手段まで使ってこの場所を隠蔽してエージェントを送り込むくらいには重大な。あんたは気にならないのか? 俺は気になるね。ここに来てそれが強くなった」
ブレインクラックなんてなければ考えることでもなかった話だ。それにここはどう考えても普通の遺跡とは何かが違う。
何が違うとラグルに言うことはできないが、何かが違うのだ。
「なりません。私はただ任務を遂行する。それだけです。あなたはただ私を案内し、私の任務をサポートする。それだけです。私に与えられた役目も、あなたに与えられた役目も明白。あとはそれに黙って従っていればいいのです」
さあ、行きますよ、とソフィアが遺跡へと入って行く。エデン曰く迷宮と化した遺跡、迷宮と言う異空間へのゲートを彼女は潜る。
ラグルもまた溜め息を吐きながら迷宮の中へと侵入した。世界が切り替わる感覚と共に遺跡が彼を迎える。
そこは高い天井と石造りの構造物の中であった。機械遺跡型の迷宮。黒く光の脈が流れる石柱が立ち並ぶ様はさながら神殿のように思える。
高すぎて果てが見えないようにも思える天井には照明があるのか薄明るく発光しており、さながら夜明けのようにも思える。
「ほう、なかなか良いところじゃないか」
「そうでもないでしょう」
ソフィアは至って平静だった。冷静に周辺をスキャンし何かしらないかを精査する。魔物の反応は迷宮のルール通りない。
進む道は一本。扉がある。靑の光が走る扉はソフィアが近づけば音を立てながら開いた。向こう側は入口以上に暗く視認するには光量が足りない。
ソフィアは視界のモードを通常モードから索敵モードに切り替える。光観測から感覚機能を拡張し普通の人間では見えないものを知覚していく。
ソフィアは赤外線による暗視と各種センサーを利用し構造を把握する。
「広大ですね。私のセンサーでも構造の全てを把握することができませんでした」
「浪漫もなんもねえなあ。迷宮探索って言ったらもっとこうなんかあるもんだろ?」
ベルからそういった昔にあったという話をラグルは聞いていた。だからこそ、迷宮探索と聞いて少しばかり期待していたのだが、
「浪漫などというものよりも重視されるべきは効率です。領域内精査完了。次の階層へのゲートを発見できました」
「…………」
現実は何とも言えないものだった。大昔、それこそサイボーグ化もなく高周波ブレードもない鉄の剣が主役であり弓が遠距離武器として多く普及していた時代ならばまだしも、今の時代迷宮は広範囲ソナーでもあったら簡単に攻略できるようなものに成り下がっている。
浪漫も何もない。ベルの言っていた昔話のような探索感とでも言うものを味わうことはできないようだった。
「行きましょう」
「……ああ」
ソフィアを先頭に二人は遺跡を歩く。静かなものだった。足音が響くだけで他には何もない。ソフィアがトラップも魔物も全て避けて最短ルートを進むため戦闘も起きない。
時折、避けきれず戦闘になってもソフィアが即座に対応する。ラグルは後ろでついて来るだけでよかった。
「なあ、おい」
「なんですか」
「宝箱はないのか?」
「?」
「宝箱だよ」
「なんですか?」
宝箱。それは浪漫である、とラグルは語る。価値のあるもの、価値のないもの。がらくた、名品。それらひっくるめてその四角い箱の中に入っている。
それを人は宝箱と言うのだ。かつて、迷宮が生まれ始めた時代からそれは変わらずに迷宮の中に存在し続けていた。
かつては恩恵を与えていたそれは今でもその恩恵を与えてくれている。航宙船の重要なパーツとなる半導体素子やら高純度形成されたCNT筋繊維、あるいは筋繊維の冷却修復用の血液溶液、高周波ブレード、魔法銃。
その他、薬品など役に立つ品から、役に立たない品、高価なもの、がらくた同然のものまでが宝箱と言う四角い箱に眠っているのだ。迷宮に来たからにはこれを取っておかないと話にならない。
迷宮に来た意味すらない、そうラグルは力説するのだが、
「必要ありません」
ソフィアにはきっぱりと切って捨てられた。
「私の装備はエデンによる最新のものです。取る必要がないでしょう。それに得体のしれない武装、慣れない武装を取得して使うのですか? ストレージは有限です。そのような無駄を行う余裕はないでしょう。
資源を取得して売却してのクレジット取得行為も必要ありません。エデンから正規価格で依頼料が入るはずです。エデンが供給する以上のクレジットをこの任務中に取得することは不正行為となります」
「…………」
そんな厳しいソフィアの言葉にラグルは必至に反論しようと頭を捻るが、
「……わかったよ」
結局、何も言えず肩を落として先へと進む。次の階層へのゲートを潜ればそこは第二階層。床以外の一面が歯車に覆われた空間だった。
歯車の回る機械音が響き渡る。それにソフィアは少しだけ内心で顔をしかめた。四方八方からの音によって聴覚器官により採集された音波探査を視覚的に表現した波形が乱れに乱れている。
「これでは耳が使えませんね」
「お、ついに探索か!」
「音響補正。歯車の音波波形受容を拒否。精査完了。ゲートの位置を把握。この壁の向こう側ですね」
「…………」
ソフィアがストレージから高出力魔法砲を展開させる。魔法銃を機関部にして追加パーツが続々と組み合わさって巨大な砲が出来上がった。
複数の魔法陣が同時展開し組み合わさり一つとなって行く。トリガーを引くとともに魔力が収束して強烈な輝きと共にその莫大なエネルギーが解放される。
解放されたエネルギーは歯車の壁を吹き飛ばし、消し飛ばして穴を穿つ。ぱらぱらと破片が落ちると同時に、煙が巻き上がる。
「道を形成、問題皆無。行きましょう」
それが晴れると進路を確認。向こう側にはゲートがその口を開いていた。ソフィアは悠々と歩いて穴を潜って行く。
「…………」
ラグルは、こんな攻略ねえよと、肩を落としながらついてく。
「ここが最終層ですね」
ゲートを潜った先は一本道。その先には扉。
「あそこがボスの間ってやつだろうな」
「ボス、迷宮の奥にいる強力な魔物ですね」
「ああ、この関係だとゴーレム系列な気がしないでもない」
「ええ、そうみたいですね」
「って、おい!」
ソフィアが勝手にボスの間の扉を開いて中を見ていた。色々と台無しである。ラグル的にはもう少しなんやかんやあってからの突入と行きたかったのだ。
だが、ソフィアが勝手に入ってしまったので台無し。ラグルの気分は下がる。だが、そうも言っていられない。入れば最後、勝つか死ぬまで出ることはできない。
ラグルの思考は戦闘用の思考に切り替わる。下がっていた気分はわきに追いやって腰の高周波ブレードの柄に手を置きながら最奥の薄明るい広間中央に鎮座していたゴーレムを見る。
巨人族が身に纏う鎧のようなゴーレム。だが、内部に見えるのは歯車などの機構。魔法ゴーレムだとラグルはあたりをつける。サイバーブレインの検索結果も同じく。
ラグルたちが入ってきたと同時にゴーレムも起動し、その妖しく光る二つの眼を輝かせて身を立たせた。巨体がラグルたちに影を落とす。
「デカイなこりゃ」
「問題ありません。あなたは下がっていてください」
「あ、おい――」
さながら咆哮のように歯車の軋む音が響き、ゴーレムが拳を振るった。その瞬間、複数のアプリを起動し靑の軌跡を描きながらソフィアが飛び出す。
ソフィアはその手に高周波ブレードを呼び出す。顕現したそれを手にする。戦闘スタイルは剣近接戦闘スタイル。
振り下ろされた拳を踊るように身体を回転させて紙一重で避けると同時にその拳に刃を走らせる。
「――――」
刹那、広間に響き渡ったのは硬質な金属音。超振動する刃が弾かれがりがりと音を立てる不快な音が響き渡る。
斬れなかった。そう悟った瞬間にソフィアは即座にバックステップする。一瞬前まで、彼女のいた場所をゴーレムの剛腕が通り過ぎた。
大気を引き裂き、烈風が唸る。だが問題ない。顔の皮膚有機体の一部が切れたが活動に支障はない。だからこそ、前に出れる。
前に。ソフィアは踏み込む。同時に呼び出すのは高周波ブレードのオプションパーツ。展開されたパーツ自身が組み合わさり一本の大剣へと姿が変わる。
一本一本が個別に振動する刃の塊。それが組み合わさり一本の形を成す。高周波が共振しより強い振動を生み出す。それは莫大な熱量を生み出す。
大気が蜃気楼のように揺らめいて大剣が赤熱する。巨大な大剣。常人のサイボーグでも振るうのはほとんど不可能なほどの大きさ。特に少女型の小さな義体では。
しかし、複数の身体強化アプリを起動した彼女の膂力であればそれは軽々と扱える。振り上げて振り下ろす。CNT筋繊維が唸りをあげてフレームを軋ませながらも大気を引き裂く大剣が振り下ろされる。
ゴーレムが迎撃として真正面から振るう拳にソフィアはただその大剣を振り下ろした。拮抗はしない。赤熱した刃が触れると同時にゴーレムの拳が真っ二つに溶断される。
「追撃します」
更に軸足から下げていた左足を前に床を踏み抜くように出す。それに合わせて腰をまわした。生み出されるのは回転のエネルギー。縦への振り下ろしから横への回転へと大剣の軌道が姿を変える。
大気を引き裂く轟音を響かせて大剣がゴーレムへと迫った。その時、かちりとゴーレムの中から歯車が切り替わるような音をソフィアは聞く。
「――――!」
その瞬間、ソフィアは大剣を手離して跳ぶように下がる。長大な物体を高速で振るう際に生じる莫大な遠心力によって保持を止めた瞬間にさながら弾丸の如く弾け飛んだ大剣は壁に柄まで深々と突き刺さった。
ゴーレムは健在。むしろ、あのまま振りぬいていればダメージを負っていたのはソフィアの方。眼前で剣が止まっている。
ゴーレムの鎧のありとあらゆる隙間から飛び出した剣がソフィアの眼前で止まっていたのだ。大剣を手離さずに下がっていれば、あるいはあのまま振りぬいて下がらなければ貫かれていただろう。
音を立てて戻る剣。ゴーレムは再び、その巨体を動かしてソフィアへと迫る。
「接近しては剣に貫かれそうですね」
対してソフィアは下がった。ゴーレムからはあのがちりがちりと言った剣を出す時の音がしている。接近されればサイボーグすら知覚できても避けることが出来ない一瞬を切り分けた先の間に貫かれる。
接近戦は危険。ならば接近しなければいい。至極当然の思考から彼女は武装を顕現させる。二丁の魔法銃。高出力カスタムされた二丁の魔法拳銃を手にソフィアは接近するゴーレムから円を描くように距離を取り続ける。
掌から義体神経に接続された専用の射撃管制システムが視界へと表示され、魔法銃が起動する。回転弾倉を回転、魔法を選択。
視界でホイールが回転し左右で違う属性を選択する。右手に炎を、左手に氷を。熱と冷気がソフィアの手を明るく輝かせる。
しかし、強度概算から得られた威力比較データではこれではまだ足りない。ゆえに彼女は自らの身体の内蔵兵装を用いる。
背中を、開く。音を立てて、背中から突き出すのは腕だ。二本の腕。そこにあるのは長大な魔法銃。同じく回転弾倉が回転し魔法を指定する。
都合四つの魔法陣。それがゴーレムへと向けられる。四つの色に輝く魔法陣輝きが臨界に達すると同時に魔法が放たれた。
四つの輝きがゴーレムへと向かう。ゴーレムの鈍重な動きでは避けることはできない。倒せる。そう確信するだけの威力がある魔法だ。
「―――!」
前段命中。だが、ゴーレムは健在。プログラムが魔力によって大気を引き裂いて半物理魔法現象として存在しているため防がれたというのならばそれがどういった手段かわかる。
力で受け止められたというのならばわかりやすい。なにせ、その力とは魔力あるいは何かの魔法であるからだ。力技で魔力を動かせばそれだけ動く。大気が、次元が。様々な影響を魔力は現実に及ぼす。
少なくともそれだけの魔力をソフィアは込めた。あれを防ぐと言うのならばそれ以上の魔力が必要となる。しかし、ゴーレムから魔力が立ち上った気配はない。
全ての魔法がゴーレムに当たった瞬間に掻き消えたのだ。推測される現象は対魔法障壁による魔法無効化。いや、魔力は動いていないので鎧に施された加工か。
更に解析をしようとしていたソフィアに拳が迫る。そこから更に剣が伸びた。それを躱しソフィアは円を描くように再び距離を取る。
距離を詰めようとゴーレムが迫ってくるが鈍重な動きはソフィアの動きに追随できない。ただ嬲られる人形か案山子のようにゴーレムはただ攻撃を受け続ける。
ソフィアは再度、今度は更に威力を高め魔法を叩き込む。溜めて、更に魔力を込めた貫通重視の一撃を放つ。しかし、それでもなおゴーレムは健在。
――解析結果。
――対魔法加工解析不能。
――既存技術ではない。
――鎧における対魔法数値計測不能。
――結論。
――ありとあらゆる魔法は目の前の存在においては意味をなさない。
ソフィアは即座に高周波ブレードへと持ち替える。
「魔法効果皆無。近接危険度大。敵を上方修正。戦略を修正。当たらなければ良いのです」
ソフィアの思考は単純に推移した。魔法が駄目、近接も危険。だが、魔法がまったくと言ってよいほど効かないならば近接しかない。ではどうするか。その危険が危険でなくなるようにすればいい。
超速で打ち出されるのに反応が出来ないならば自らの反応速度を上げる。アプリを複数起動。四つの枠全てを使い、思考加速、筋力強化、速力強化、そして斬撃を強化する。
ラインを伝い身体に青い輝きが満ちていく。新しく顕現させた高周波ブレ―ドはアプリ強化を前提としてもの。ラインが走る。
赤熱する刃が靑に輝き、高周波の振動が大気を揺らす。加速した思考は鈍重なゴーレムの動きが止まったように知覚する。
ソフィアは駆けた、ゴーレムへと真っ直ぐに。刃を振るう。狙うは関節。隙間。そこに高周波ブレードを這わせる。強化された斬撃はしっかりと隙間を切りさいた。ゴーレムの腕が落ちる。
突き出す剣を停滞した時間の中で躱し、刃を合わせた。剣はただ地に落ちる。それがソフィアを傷つけることはない。
「終わりです」
足を斬り裂き、機動力を奪う。手脚。それが奪われてしまえば生物もゴーレムも何もできない。音を立てて地面に落ちるゴーレムの残骸。
最後のあがきとでもいうかの如く、剣が放たれるのだ。鎧に残った最後の機能。剣の伸縮機能が発動。全て、そう切り離された手足からですら剣をソフィアに向けて放った。
しかし、そんな最後の足掻きが決まるほどソフィアは安くはない。そもそも伸縮機構が作動する駆動音を感知しているのだから当然の事。
感知しているものに当たるほど間抜けではない。躱す。当然のように。それが最後だった。ゴーレムは沈黙する。
魔力反応は消えて完全に戦闘は終わったのだとソフィアに告げる。
「終わりましたよ」
そう確かに告げた、その時、確かにソフィアの聴覚は一つの駆動音を聞いた。ガチリ・ガチリと何かが組み合わさり、組代わって行く音を。
同時に、その声は響き渡る。
『カイセキ、カンリョウ。タイショウノキョウイハンテイニタイシ、コウゾウノヘンヨウヲカイシ――』
くぐもった、ひび割れた、掠れた声が不協和音のように音を鳴らしてそれはそこに立ちあがったのだ。そこに転がっていたゴーレムの胴体部がひび割れる。
ひび割れて、避けてさながら女の胎に宿った赤子が母親の腹を破って外に出て来るかのように腕が突きだされる。
それは赤紫の装甲を纏った腕だった。突きだされた腕は何かを掴むように虚空で拳を握る。そして、もう一つの腕が姿を現す。
バキリと鎧を割って。両の手で押し広げるように。傷口を内側から開くが如く。それはゆっくりと姿を現す。
腕の次に現れたのは頭部だ。バイザーに包まれた――いいや、兜とでもいうのかそんな鋼の頭部。腕と同じ赤紫に輝く頭部が粘性を持った溶液から糸を引きながら起き上がる。
それはさながら呼吸をするかの如く口を開き大気を吸い込んだ。吸って吐き出される大気の空気音が静かな広間に響き渡る。
がちり・がちりと歯車の回る音が響いていた。ゆっくりと、ゆっくりとそれは立ち上がる。鎧を引き裂いてその内部から立ち上がった。
機械的な、それでいてどこか生物のような人型。その身を覆うのは赤紫の鎧ではあるが、その隙間から覗くのは黒の繊維。確かめるように手を握りそして、開く様はどこか人間らしさを感じられないこともない。
サイボーグ型のゴーレム。いや、アンドロイドとでも言うべきなのだろうか。魔物の区分としては酷く曖昧な感覚をラグルは受ける。ゴーレムから生まれたのだからゴーレムで良いか。
そう益のないことを考える。ただ、それ以上にこれは不味いと本能が警鐘をならすのだ。先ほどのゴーレムなど比ではない。
そもそもからして比べること自体が阿呆なのだ。これはそういうものではない。そうラグルの勘が告げている。
少なくとも自分も動かなければならない。ソフィア一人に任せてゴーレム戦を観戦していた身としては甚だ今更という言葉に尽きるのであるが、そうも言っていられないのだ。
なにせ、そのソフィアが超高速の一撃で以て壁に叩き付けられていたからだ――。
第5話です。とりあえず第一章はあと六話ぐらいかな。鋭意執筆中。
このところ忙しくてなかなか執筆が全然進んでないですが、頑張ります。
アイデンティティ。考えれば考えるほどゲシュタルト崩壊しそうだなあ。
まあ、生身のラグルにはあまり関係がなかったりする話ですがね。
では、また次回。