第2話 ラグル・サラウェイ
一つだけ。
そう、何もすることもなくただ生きるだけで朽ちるのを待つだけの毎日の中で、ただ一つだけ夢を抱いたことがある。
いつもなら泡沫に消えるはずのそれは、どういうわけか、胸の中に残り続けた。それだけ、あの時見た、光景が忘れられなかったのだ。
あの重厚な駆動音と重量感あふれる足音は今でも耳に残っている。ジェネレーターが立てるあの騒音と振動は今でも身体を揺らしているかのよう。
太陽を背に、堂々と巨人は立っていた。鈍色の装甲を輝かせて、轟音を立てて戦っていたのだ。
〈ギア・アーク〉。単にアークとも呼ばれる。それが巨人の名。人型有人機動兵器の名前。全長約10メートルから14メートルというまさに巨人と言うべきただ一つの兵器の名前だった。
男ならば憧れないはずがない。美しき片刃のオリエントブレードを振るったあの姿を。あの長大なライフルによって数キロ先の敵を一発も撃ち漏らすことなく貫いた姿を。
どうやったって忘れることなどできるはずがない。
だからこそ、彼は全てを捨てでも乗りたいと思った。乗って、世界を救うヒーローになりたいという夢を抱いたのだ。
未だ現実を知らぬ幼い少年だったのだ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
環境を操作され生存が可能という御触れが出されたとして、そこに立つとまず思うことは最悪の二文字だろう。
熱風が砂を巻き上げ、灼熱の太陽が砂を熱して、砂漠はまるでこの世の地獄とも呼べるような有様と化している。まさに、最悪な場所だ。
恒星に近い第一惑星なのだから仕方がないと言えばそれまであり、そんな場所に来た奴が悪いのであるものの仕事であるのだから仕方がない。
それでも人間であるからには、そんな悪態も付きたくもなるのが人情と言うものだろう。
しかし、意外にもそんな場所だからこそお宝が埋まっていることもある。そのため、今でも熱心なエデン所属でない現実世界側の企業は、広大な砂漠のあちこちに作業場を構築してを人を雇い砂地を掘り返しているわけだ。
今も現在進行形で、砂が除去されて魔法で固定化された作業場の中で、多くの人間たちが汗水垂らしてせっせと岩石層を掘削機械を使って掘っていた。
「…………あちい」
当然ながらそこで作業しているこの男も例外ではない。支給品である黄色の安全ヘルメットの合間から覗く赤みをおびた灰の髪から汗をしたたらせ、レンタルの作業服と作業用手袋に汗を染み込ませている。
日雇い作業員の一人であるところの中年男性ラグル・サラウェイは、顎を伝う滝のように流れ髪と似た灰の瞳に入りそうになる玉のような汗をぬぐう。
それから疲れたとばかりに地面に突き刺した掘削機にもたれかかる。
「くそ、何でも屋の仕事だよ。これじゃ、ただの日雇いと同じじゃねえか。アルフォスの野郎。この前は極寒の大地で警備だぞ。で、今回はこれ? ふざけんなよちくしょう。こんなの竜人がやるべきだろ。あいつら熱耐性あるんだからよぉ」
しかし、サボるわけにもいかない。何でも屋は出来る範囲で何でもやるのが仕事だ。
「くそ、暑い。こんなのアークで掘ればいいだろ」
しかしだ、それに納得できるかは別問題であるし何より発見出来なければただ働きという状況。それに炎天下の中での作業が加われば、必然としてモチベーションは下がり文句を吐き出すようになるのは当然のことだった。
小声でぶつぶつと、誰にも聞こえないほどの声でラグルは愚痴りながら掘削機を振るう。しかし、手応えは期待したものではなく、ただ、カツン、と空しい音だけが響く。
モチベーションは更に下がり、砂はアークで掘ったのだから、希少金属もアークで掘ればいいと、無理だとわかっていることにラグルは愚痴る。
アークのジェネレーターに使われるこの希少金属は非常に繊細だ。大きな振動を与えてしまうと駄目になるほどには繊細だ。
そのため、アークなどの大型機材で掘り起こしたりなどしてしまうと、否応なく希少金属は駄目になってしまうのである。
それゆえに、この金属は人を使って人力で掘り出すしかないのだ。エデンによって技術が大幅に進んだ時代に人でがいるとか本当冗談みたいな話だ。
しかし、掘り始めて数時間が経つが未だに発見の報告がない。この辺りにあるだろうという企業の非常に大雑把で信用ならない観測データを基にして掘り進めているのだから早々見つからないのは当然である。
しかし、炎天下でまったく成果が出ることもなく掘り続けるというのはまさに苦行だ。フラストレーションも溜まるし効率は悪くなる一方だった。
それは監督役も不味いと思ったのだろう。彼にも一応のノルマというものがあるのだ。このまま未発見というは、日雇いの作業員に給金を払わなくても良いことであるが、同時にそれは自分の失敗でもあるのだ。
「よし、お前ら! 休憩だ! 各自食事を受け取って休憩を取れ!」
だから、少しでも効率を上げるために休憩を指示する。
ようやくの初休憩に、作業をしていた全員が掘削機を放り出して休憩所となっているテントの影に入って行く。
ラグルもそれに続いて、日陰に入って隅の方で座り込んだ。それと同時に職員の女性が食事を配り始める。
「はあ」
ラグルは老人のような重苦しい息を吐いて、配られた食事を見た。
「また、こいつか」
「ああ、くそまじいんだよなあ、これ」
「もっと別なのが食いたいぜ」
そこにあったのは完全栄養固形食品だ。隣近所では嫌そうな声が上がっている。
劣悪な環境における輸送にも堪え得る保存性と、摂取カロリー量の確保を至上目的としたそれは非常に味が悪い。
誰も不味い飯は食いたくないだろうが、採掘などの仕事ではこの手の食事が簡単でカロリーを摂取できるので重宝されるのだ。
ラグルからしたらこれ以上の食事はないだろうと思う。特に田舎では貴重なカロリー源だ。むしろ、ただ働きになる可能性がある中で食べられるだけましだろうとすら思う。
そのため一人食べ始める。予想通り良くない味に嫌な顔しつつ、作業場の端で見張りをしている〈マムルーク〉に目を向ける。
エネルギー装甲を通るエネルギーラインが浮き彫りになった流線型の美しいアーク。淡青を基調にしたの標準的な中量級のアークだった。
両肩の盾が特徴的で、それはシールドジェネレーターにもなっている。また、機体背部が普通よりも膨れている為、大型ジェネレーターを搭載しているのだろう。
まさに典型的なエデン由来の魔力兵装を主軸としたアークだった。
「主兵装は魔力弾頭系の大型ライフル、か。しかも、威力高い奴だろうな」
水に口をつけながらそんなことを呟いていた、その瞬間、爆音が作業場に轟いた。
別段事故など珍しくもない為、皆が訝しげにしているとサイレンが鳴り響いた。それには明確な意味がある。
「敵襲!!」
そんな監視役の声と共に作業場に飛び込んで来たのは巨大な蜘蛛だった。当然それは魔物だ。
「――ひ、ひいいい!!」
作業員たちが一斉に逃げ惑う。
飛び込んできたのはサンドスパイダーだった。
そんなサンドスパイダーは蹂躙を開始する。作業員たちを乗せてきたトレーラーをなぎ倒し、逃げ惑う人々をその脚でつぶしていく。
もちろん、こんな時の為に存在しているのがアークという兵器だ。
魔力が収束している時のガラスをこすっているかのような甲高い音が響き渡り、それが止まったと同時に収束された魔力が解放され、一筋の光と成る。
光線が真っ直ぐにサンドスパイダーに向かう。それをサンドスパイダーは巨体からは想像もできないほどの軽々とした跳躍で躱す。
だが、躱されることなど御見通しとばかりに躱したところにもう一機のアークが光線を放つ。
光線は直撃し高威力の魔導ライフルの直撃を受けたサンドスパイダーは蒸発する。その凄まじい威力は遠くにいても熱量が感じられるほどであった。
だが、まだ一体倒しただけで終わっていない。作業場に新たに数体のサンドスパイダーが飛び込んでくる。
放たれるのは粘着性の糸だ。二機のアークはそれをシールドで弾いた。そこにもう一体のサンドスパイダーが走り込む。
アークはその一撃をシールドジェネレーターによって発生させた魔力シールドによって受け止め、相手の動きが止まった瞬間に、高周波ナイフによって一突きにして倒してしまう。
そんなアークの戦いを見ながら、自らの荷物を回収して作業服でない脚や腕、胴に装甲と筋力補正機構のついた戦闘服へと着替える。
腰にはいくつものナイフや剣、銃、背には弓をハードポイントを用いてマウント。それらを終えたラグルは作業場の端で身を潜めていた。
「親が来たってことは、次に来るのは子供だ」
人間より少しだけ大きいサンドスパイダーが飛び込んできたのはその発言と同時であった。
「やれやれだな」
ラグルはそう言いながらも冷静に弓を手に構え矢をつがえる。
弦を引き絞る。自身に流れる魔力を矢へと流す。淡く青く煙を上げるかのように発光し撃つ。青き一筋の光と化した矢は容易く貫く。
ラグルは先の一撃でこちらに気が付き迫ってくるサンドスパイダーたちに狙いをつけて矢を放つ。腰のハードポイントでジョイントした矢筒からは無限に矢が出て来る。
転送機構を持った特殊な矢筒であり、大気中の魔力を吸収して矢を生成するエルフが使っている特殊な装備だった。
しかし、矢が尽きないとは言っても数が多い。そろそろ接近される。そこでラグルは接近戦へと切り替える。推奨行動指示もそうなっていたからだ。
腰のハードポイントにマウントしていた剣に手をかける。一見して鍔のない両刃の黒塗りの直剣。柄に当たる部分にトリガーがあり、それを引きつつ抜く。
「さあて、行くとしますか」
ラグルは突っ込んできたサンドスパイダーをすり抜け様に剣によって斬りつけた。音もなく断ち切られるサンドスパイダー。
次々と剣を振るいサンドスパイダーを斬り裂いていく。いくら切りさこうともその切れ味は落ちることがない。
返り血すらついていなかった。いや、剣についた端から全て飛んでいる。高周波ブレード。今のドワーフの強化カーボンによって作られた人類最高の切れ味を持つ武器だった。
力などいらない。ただ当てれば斬れる。これはそういう武器。軽く振るだけで、斬り裂くことが出来るのだ。
「さて、あと何体だ?」
サンドスパイダーはとにかく数が多い。斬るのに力はいらないのでそれほど疲れないが、流石に面倒くさくなってきた。
サイバーブレインを用いて、ラグルの視界にいるサンドスパイダーをマーキング。あと二百はいそうであった。
「やれやれ、多いな」
他にも同業者がいたので、それが戦っていてこれなのだ。本来は千はいる。それを一人で相手にしないで良いだけマシなのだろう。
「なら、こいつだな」
そう言って更に腰の武装に手を伸ばす。それは銃のように見えた。だが、銃弾が出るはずの穴はない。また、弾倉も入ってはいない。
右手は常に飛びかかってくるサンドスパイダーを下がりつつ斬りながら左手で、
「さて、こいつら炎耐性ありだからな、冷やすのもこの気温でダメとすると、こいつだな」
腰のポーチから緑の弾倉を抜く。そこには魔法言語で広域殲滅風魔法と書かれていた。それを腰のホルスターに入っている銃に込めて抜き構える。
「ベル社長特製の魔法だ。威力は、俺が体験済みだ」
壁を背にして引き金を引いた。グリップを握った手から魔力が銃身へと流れ、銃の先端に緑の円形魔法陣が出現したと同時に大気が爆ぜた。
爆ぜた大気は風となり、風は轟き嵐となる。吹き荒れる暴風は渦を巻き立ち昇りサンドスパイダーを吸い込み内部にて切り刻んだ。
「はい、終わりっと。こりゃ、売る素材には困らねえな」
ポーチにせっせと使える素材を詰め込んでいく。結局この日は作業を進めることは出来ず、ただ働きとなったが素材のおかげである程度の稼ぎにはなるだろう。
そのためほくほく顔でラグルは故郷へと戻るのであった――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――航宙船D4226
その船内にある船室の一つでラグルは眠っていた。民間の客船の個室のベッドに身体を固定してぐーぐーと眠っている。
旧式の船ではあるが、もともと豪華客船であったのが型遅れとなって流れてきたものだ。客室はそれなりに居住性が高い。
船が進む原理は単純だ。宇宙には流れがある。魔力の流れ。惑星から惑星へと不規則に様々な方向へと海流のような流れがあるのだ。マギアストリームと呼ばれるそれを人々は船の帆で受けて航行する。
巨大な船に三本のマストとセイルが付いた形状は航宙船としては典型的な形状の船だ。白銀の美しい船であった。まさに豪華客船と言えるだろう。
ただ客は少ない。ラグルを含めても十人もいないほどだ。普通ならば予約でいっぱいになるはずの豪華客船も型遅れということもあるにはあるのだが、問題は行き先だった。
行き先はエルトリューン。褐色の星、エルトリューンと呼ばれる銀河辺境の惑星。かつては人類発祥の地とすら言われた惑星は今やただの古ぼけた田舎に成り下がっていた。
そのためここに行こうとするものはいない。ここに住むような奴は本当に奇特な奴だからだ。銀河中央付近、つまりはエデンの加護がもっとも強い中央の方が辺境よりも遥かに済みやすい上にサービスも充実している。
そのため、わざわざ辺境まで戻ろうとする奴はいない。だから客は少ない上に格安で乗れるというわけだ。
『まもなくステーションF3E2EID069875に到着します。お客様はお座席に着かれてお待ちください』
そんなエルトリューンのステーション間近のマギアストリームの流動変化特有の振動とアナウンスでラグルは目を覚ます。
「ふあ~あ、良く寝たわ。ようやくだな」
『ドッキングシークエンス開始。乗客の皆様は座ってお待ちください』
アナウンスの後にわずかな振動。
『ドッキング成功。これより無重力となります。ここまでのご利用ありがとうございました』
無重力となった船内。ラグルは壁を蹴って客室から出るとさっさと出口に向かう。航宙船を出て、高速移動路を利用する。見た目は動く床と手すり。
巨大な航宙船からステーションまでは数十キロという距離があるのだ。そんなところを歩いていくのは運動好きのアホか無重力で遊泳を楽しみたいステーション航空管理課のゼログラビティ遊泳サークルくらいのものである。
ともかく高速移動路を使えば即座にステーションまで数分のうちに辿り着くことが出来る。除菌漕を通ればそこはもうステーションだ。入港管理などはこの港に着いた時点でエデンが終わらせてくれている。
ドッグからステーションへと入れば無重力区間が終わりを告げる。ふわふわとした無重力を好きになれないラグルはようやく一心地。
エントランスとなる吹き抜けフロアで一人伸びをする。
「あー、帰って来たぜー」
といってもこれからまた船で下に降りなければならないが、気分は既に帰ってきたとようなものだった。惑星とステーションは切っても切り離せない存在であるためここも故郷の一つとして数えても良いのだ。
「さあて、仕事も終わったんだ、このまま下に降りるのも良いが、多少遊んでいくかねえ」
そう言ってにやけつつラグルはステーションの娯楽エリアへと向かう。そこは何よりも混沌としている場所だ。
古今東西ありとあらゆる娯楽の集まった場所ということもあって凄まじい混沌具合をしている。
クリエイターやデザイナー、その他、娼婦たち。エデンやその他の企業の連中。人々を楽しませる連中がここには集まっている。
特に辺境の市場の混沌具合は半端ではない。珍しい通信取引ではないこともそうであるが、少しでも目利きが出来るならば、驚くようなものばかりがそこに並んでいることがわかるだろう。
最新鋭の高級品などならまだ良い方で、違法品や盗品などと言った表に出ないものなどザラだ。
エデンネットワークが所どころこのマーケットの中で遮断されているのはそのせいだ。まあ、遮断されていなくともエデンは気にしないだろう。このような辺境にまで気を配る余裕はないはずだから。
「さあて、今日はどうするか」
そう呟きつつラグルは一層煌びやかな区域に入った。そこには扇情的な恰好の女たちと、いやらしい笑みを浮かべる男たちばかり、あるいは逆も然りだ。ここは俗に歓楽街、欲望の街である。
バーチャルリアリティの発達によって快楽を満たすということは割合簡単にできることになった。だが、それでもリアルに勝る者はないと考えるものはいるのだ。
だからこそ娼婦はいなくならないし、欲望の街はなくならない。もはや裸同然の恰好の女が歩いては男を挑発している。普通ならば路地に連れ込まれそうなものであるがそう言った雰囲気はない。
ここ歓楽街では店にいない娼婦は襲わないという、暗黙の了解を知っていれば襲って来るような輩はいない。歓楽街にある店を出す企業というのは総じて規模がおおきく、絶大なコネクションを持っているものなのだ。
そんな企業や店に所属している娼婦に店以外で手を出そうものならただの一般人ならば破滅以外に道はない。
だからこそ、店にいない娼婦には手を出さない。また、店にいられない娼婦というのもあり。これらはなんらかの厄介な問題を抱えている場合が多いため、この場合も手を出さないのだ。
「さあて、今日は楽しみますかね」
そう娼館への一歩を踏み出した時、通信が入る。盛大に肩が落ちた。無視しようかとも思ったが、勝手に通信ウィンドウが開く。
そこに映っているのはローブ姿の少女であった。こんな見た目であるが、ラグルの上司でもありかなり高齢――ではなく成熟した女性である。
「なんです社長?」
『帰ってきたのだろう? ならばさっさと降りて来るんだ。次の仕事だ』
「はあ!? 俺帰ってきたばっかだぜ? これから娼館に行こうと思っていたところなんですが」
『我慢しろ。男の欲望と言うものは理解しているが、超重要案件なんだ。ね、お願い♡』
精一杯の愛嬌をふりまいているつもりなのだろうが、ローブのフードでまったく見えていない。それに、口元だけ見えるその笑みはかなり怖かった。
「…………わかりました。戻りますよ」
『それでいい。仕事は戻ってから説明する』
そう言って通信は切れる。ラグルは頭を掻いて、はあとため息をつき肩を落としてとぼとぼとその場をあとにするのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
砂塵の舞う荒野。いや、砂漠だろうか。そのどちらでもあるし、そのどちらでもない。片方でもあるし、あるいは両方でもある。
それがこのエデンにおける銀河の辺境惑星。つまりドが付く田舎であるところのエルトリューンで恒常的に見られる光景だった。
その中に黒い階層都市はあった。クーシャリウス。それがこの階層都市の名前だ。その屋上のポート区画にラグルは降り立った。
乾いた風がラグルに吹き付ける。埃っぽい大気に、不味い空気。故郷の空気だと思えばそれもまた良いものに感じられるのは不思議なものであった。
外縁部に広がる緑の緑化区画を見下ろしながら、真っ直ぐに階層都市を降りていく。七層からなる階層都市の下層。上層エレベーターから一気に下層の第二階層へと降りる。
まず出迎えるのは雑多な空気だ。下層街は多くの人が住んでいる。荷物を頭で抱えた女や、盗品を売るバイヤー。違法ドラッグすら売られている。
大通りは巨大なマーケットだ。ここで、気を付けるべきはスリだろう。人が多いためにストリートチルドレンも多ければ、浮浪者も多い。
その手の輩はどこにでもいる。だからこそ、常に気を張っておかなければならないがラグルはここの雰囲気を気に入っていた。
田舎特有のどこか古臭い感じは実に良い。エデン中央のまるで無菌室のような綺麗すぎる都市よりもここの方がラグルは好きであった。
そんな二階層の端、外縁部に住居構造体が積み木のように積み上げられた場所にラグルが所属する何でも屋――シルドクラフトがある。
「あ、また、立てつけがわりいなっての!」
ドアを蹴って開ける。流石は辺境とも言うべき光景だ。シルドクラフト本社であるが、零細も良いところで、従業員は数名。
そのため社内はそれほど広くない。だが、社長がアンティーク好きなのか古い天然素材の絨毯が敷き詰められ、どこから仕入れたのか木製のデスクまである。
どちらも売れば数億クレジットの高値が付くような代物だ。一度売ろうとした馬鹿がいたが、ベルに気が付かれて死ぬより恐ろしい目に合わされていた。
腕を切って回復魔法で生やすといったような拷問である。それ以来、ベルのお気に入りであるこの二つを売ろうとする奴はいなくなった。
「おお、帰ったか」
どことなく嬉しそうな声色でベルがやって来た。
「はい、それで社長? 仕事とは? 俺じゃなくてアルフォスじゃだめなのか?」
「いつも通りベルさんで良いぞ。誰もいないし。ええと、質問の答えだがこの仕事はアルフォス向きではない。なにせ、遺跡の探索だからな」
「なるほど、確かに俺向きだな。だが、それだけなら重要依頼になんてならないだろ?」
超重要とまで彼女が言ったのだ。ならば、それは遺跡探索程度ではない。
「ああ、その通りだ。エデンからの依頼だ」
「マジかよ。なんで、うちみたいな零細に?」
「私のおかげ」
ほら、褒めろとでもいうかのような態度のベル。しかし、ラグルからすればエデンからどうやって依頼とって来たんだよという驚きで唖然としているため気が付かない。
いつまでたっても褒められなかったので肩落としたベルはこほんと咳払いをして一つのデータをラグルに送る。
「ソフィア・ニューミット?」
「そいつの案内がラグル、お前の仕事だ」
「エデンのエージェントが何の用かねえ」
「そろそろ時期だからな。あちらさんも次はないとわかっているだろうさ」
「何の話だ?」
「昔話だよ。さて、受けるか?」
「受けるさ。俺が行かねえと、この嬢ちゃんは一人で遺跡探索なんだろ?」
子供一人で魔物が跋扈する遺跡探索などさせられるはずがなかった。それにエデンがらみの仕事は報酬が良い。
受けない選択肢は基本的にないのだ。
「そういうと思っていたよ」
「で? 合流はいつだ?」
「今すぐだ」
「は?」
「だから、急いで行って来てくれ」
「はああああ!?」
「ナビはセットしたぞ。はい、いってらっしゃい」
視界に表示されるナビゲーション。ご丁寧にタイムリミットまである。考える時間はない。ラグルは直ぐに駆けだした。
「ああもう、なんでだよ」
悪態を付きながら今来た道を戻る。エレベーターはちょうど上に行ってしまったところだったので、ひたすら階段を上り、階層都市の最上階層のポートへと辿り着いた。
それと同時にポットから先ほど渡されたデータの少女が降りてきたのはちょうど同時で、息を整える間もなかった。
流石にエデンのエージェント相手だとみすぼらしかったか、舐められないかと心配が鎌首をもたげてきた頃、少女は言った。
「はあはあ、している……つまり変態ですね」
「ちげーよ!?」
思わず突っ込んでしまった。
この先どうなるのだろうか。
というわけで第二話。
ラグルさん。誰の子孫だろうね(棒)。
次回からようやく主人公二人が合流して書きやすくなります。頑張ってあと九話書くぞ。
では、また次回。