バレンタイン企画 短編
halさんのバレンタイン企画のお礼短編です!
ホワイトデーだけどバレンタインの話。ルビエちゃんのバレンタインでございます。
バレンタインデー、情報の海たゆたう中で見つけた言葉。遺跡に刻まれていた旧世界言語で意味などは分からない。
言語学者の一説によれば何かの記念日であるという。より正確に言うならば誰か、つまりバレンタインという守護聖人、あるいは神を称えるための日だということらしい。
しかし、旧世界文化学者の一説によれば何かをプレゼントして日頃の思いを告げる日であるといっている。旧世界の壁画には女が男にハート型の何かを捧げている場面があり贈り物をしているのだという。
それに異を唱えるのは神学者だ。あれは神に生け贄をしている場面であると彼は主張している。ハートとは心臓であり、女は巫女、男は神であると。
ともかくとして、正しいことは分からない。何とも下らないもの、と思ったルビエであったがどうにもバレンタインデーという言葉が頭を離れない。
というのも、このクーシャリウスにおいてもバレンタインなる催しは行われているからである。とあるカルト教団が辺境だからと盛大な儀式を執り行ったり、サイボーグの女が何やら自分の旧式義体の心臓たる魔力炉を好きな男に渡したり。
それだけでなく、神学者あたりが神という存在の証明としてエデンを引き合いに出しては盛大な語りをやっていたり、ここぞとばかりに犯罪者が詐欺行為に出たりなど都市はまさにお祭り騒ぎだ。
どこも戦闘がおこっていたり、無駄に高性能なサイボーグ共がこの機に乗じて暴れ回っていたりスラムの子供が盗みをしてぶっ殺されたり殺伐としている。
そんな横で日頃世話になっている人々への贈り物なんてことが行われていたりなど実にカオスなお祭り模様だ。
「悩ましいものね。こんなことに悩まされるなんて」
そんなわけで今現在、それに参加するのかどうか非常に悩ましくルビエは考えていた。
戦闘行為などにははっきり言って参加する気はないにしても、日頃世話になっている者への贈り物くらいならばやってやらないことはない。
そもそもバレンタインデーが、どんな日だろうとも関係はないと思ってはいるものの見つけてしまったからには無視するのもどうかと思う。
自分のルーツに繋がる可能性もなくはなく、失われた記憶を取り戻す意味においてやってみることに意味はあるのかもしれない。
別段記憶についてなどどうでもいいが、さっさと思い出して欲しいと言う男がいるのでやってやらないこともない。
一応は、自分を助けてくれた恩人ということになるのだからそれくらいの礼はしてもいいのかもしれない。今現在、高周波ブレード引っさげて武装組織の鎮圧に向かっているのだから、
「そうね、それくらいのご褒美はあっても良いのだし贈り物くらいなら問題ないわね」
などとつらつらと考えてみてバレンタインデーなるものをやってみようとルビエは思ったわけだ。どんぱちに参加するのは治安維持部隊とラグルくらいで十分。
一応は、相棒という形で彼の部屋を占領して住まわせてもらっているのだからそれくらいはしてやろう。そうしよう。
「でも、贈り物なんて何があるのかしら」
さてここクーシャリウスにあるのは何だろう。盗品、違法品、違法ドラッグに合法魔力ハーブ。サイボーグ用の臓器、銃火器などの武装。あとは必要最低限の日用品くらいか。
考えてみるが贈り物にあうものなど何もない。となると手作りになるのだろう。
「そもそもばれんたいん? って何を送るのかしら」
ハート型の何かだとか古文書には載っているのだが、ハート型? そこから浮かぶのはやはり心臓だろうか。
ハートとは本当に古い古代語で心臓という意味だ。しかし、それを模したもの、あるいはそのものを贈るのはどうなのだろうか。
「本当に悩ましいわ」
「何を考えているのかな?」
呟きと共に現れたのはシルドクラフトの社長ベル。
「あら、社長じゃない。仕事は良いのかしら?」
「ふっふっふ、私を誰だと思っている。そんなものとっくの昔に終わっているよ。それで、暇になったのでね、何をそんなに悩んでいるのかなと思って話しかけたわけだよ黄金瞳の娘」
「そうねえ、バレンタインという行事に覚えは?」
「ああ、懐かしいな。そんなものもあった。今も、形は違っているがいろいろやっているだろう」
カルト教団の儀式に、神学者たちの神への賛美だったり、贈り物をしたり。本当にカオスだ。今も爆音で階層都市がゆれるほど。
「それで? どれに参加するつもりかな?」
「贈り物が無難でしょう」
「だろうな。お前にはそれが妥当だろう。で、誰に送るのかな? うちのラグルなど優良物件だぞ?」
「さて、どうしようかしらね。考えてあげないこともないわ」
別に渡す相手など一人しかいない上に彼女の知り合いで男などほとんど一人のみ。だというのに認めるのが癪なのかそんなことをルビエは言った。
それにベルは楽しそうに笑って、
「ククッ、まあいいさ。誰に渡すにしてもまずは贈り物を用意しなければ始まらないだろう」
そう言った。
「そうね」
贈り物をするならばまずは物がなければ。幸い、ラグルは夜まで返ってこない。このお祭りはそれだけ大変であり、治安維持部隊がアークすら駆り出したりしてながら武装組織の鎮圧などを行うのだ。
そんなのに駆り出されていればここに戻ってくる余裕はない。ゆえに、ルビエは自由に贈り物を選んだりできるというわけだ。
「でもここにそんなに高尚なものなんてないでしょうに。何を選べというのかしら」
「何気ないものでも構わんだろう。ようは気持ちが問題なのさ。まあ、頑張ると言い若人」
そう言って彼女は転移魔法を発動し消える。言いたいことだけ言ってさっさと行ってしまったようだ。だが、一応収穫はあった。
何気ないものでも構わない。
「使える日用品なら構わないかしら」
しかし、そんなものをあげて何が良いのだろうか。贈り物をするならば盛大な感謝をさせたい。そう平伏するような。
日用品などを渡してそんなことになるだろうか、いやならない。
「あいつの喜びそうなもの、ね」
この際気持ちが重要と言うのならば盗品であることには目を瞑ろう。違法品などこの辺境の惑星ではありふれている。
ならば気にする必要などはないということにしよう。そこで、渡すならばラグルの喜びそうなものを渡すのが良いだろう。
「そうすればあいつも素直に感謝するでしょうし」
というわけで、素直に感謝させるには何を渡すのが良いだろうか。
「…………そうね、誰かに聞いてみましょう」
考えてもわからない。少しばかり一緒にいるが、まだまだわからない。ラグルの部屋を寝室にしてはいるが、そこにあるのは街の住人曰く骨董品ばかり。どれだけの力で握り込んだのか握り跡が残る錆びた身の丈以上の大斧とか、赤い古臭い竜麟だとか。そんなものが置いてある。
ならばそういう骨董品が好きなのだろう。だが、その手の知識はルビエにはない。持っているものを渡したとしても素直には喜ばれないだろうしルビエのプライドが許さない。
「あいつにでも聞いてみましょう」
そう言いながら着替える。着替えはベルのお下がり。サイズぴったりな辺り彼女の残念な体型がわかるというものだ。
趣味が古く、今では着られることのないような服装。古典スタイルな服装。以前まで裸にマントという格好だったのだから着る物がないよりはマシ。
そもそも今の服装がどうにも気に入らないというか風情のないと嫌っているルビエからしたらこの服装は及第点。
ひざ下までの上着一体型のスカート。上にコートでも身に纏えば妥協点としては本当に妥当なもの。
袖を通して髪をすいてみればいっぱしの淑女の完成。ラグルに言わせれば見た目だけという甚だ不本意かつ失礼極まりない言葉をもらった服装だが、失礼なことだ。
外に出るとまず襲うのは爆風。
「…………」
外縁部にほど近いこのシルドクラフト本社の建物の近くはまさに戦場とでも言わんばかりの雰囲気だ。それでもこの建物が無事なのはベルが魔法障壁を張っているおかげだろう。
それでも問題ない風くらいは通す。吹きすさぶ風に髪が乱れる。それにしかめ面になりつつルビエは複雑な道を歩いて商業通りへと出る。
盗品、違法品、合成用品などなどどこぞの魔物の食材が生のままおかれた商業通り。揃うものは揃うし揃わない物はそろわないという潔い謳い文句を掲げるこの通りは比較的マシな状態であった。
いつも通りスリやら泥棒やらが横行しているようではあるが、それもいつも通り。許容範囲内。バレンタインデーというイベントで浮かれた様子は比較的少ない。
普通ならばここで贈り物でも選ぶのだろうが、ルビエは一瞥もしないで真っ直ぐに歩いていく。通りの出口まで差し掛かると広場がある。
噴水でもあったのだろう砕けた石像の破片が転がる広場を彼女は歓楽街に足を向けた。真昼間と言えども桃色の空気と雰囲気、色濃い女の芳香やむせ返るような男の臭いが鼻を突く。
そこではありとあらゆる欲望を満たすことが出来る場所。この区域一帯の建物は全て娼館や賭場、酒場ばかりだ。
ここで満たせない欲はなく、その見返りに動くのは莫大な金。ここで動くのは大きな金ばかりだ。莫大な金で一夜の夢が買える場所。それがここだ。
「相変わらず、雑多な場所ね。ああ、どこもそうなのだけれど」
ここはいつも雑多で猥雑だ。その雰囲気をラグルは好きと言うが、ルビエからしたら信じられない。こんなもの何が良いのだろうか。
そう顔をしかめながら向かうのは一軒の娼館。無作法に正面から入る。そんな彼女を迎えるは支配人の男。老齢な執事という古典的な装いはルビエとしては評価が高い。
内装もその時代風の貴族の館的と言えば、彼女の恰好はこの場にふさわしいだろう。少しばかりいただけないのは相変わらず女の芳醇と言うべき甘過ぎるほどに甘い匂いと男の臭いがまじりあった花街特有の煙立つような匂いだけだ。
空間を満たす桃色の空気は否応なくこの空間にいる全ての人間を蝕む。それはサイボーグだろうと生身だろうと変わらない。
だからこそ、男も女もこの場に惹かれる。光に群がる蟲のように、集まるのだ。そして、ただ己の欲望のままに金を吐き出していく。
そういう場所だからこそ、ある意味でここは蜘蛛の巣の中とも言える。絡みつく糸は入る者全てを標的とするのだ。
「アンナはいるかしら?」
それでもルビエは真っ直ぐにそう言った。全ての誘惑を断ち切るように冷静にただ一言、目的を告げる。
「今は、誰にもお会いにならないとおっしゃられましたが、貴女ならば良いと今連絡を受けました。どうぞ、最上階で御座います」
「そう、ありがとう」
奥の階段を上がる。場所は三階。なおも強まる匂い。男を惑わせる女の匂い。もはや、女でも誘われそうではある。
無遠慮に扉を開け放ちその部屋に入る。ベッドとわずかな装飾品があるだけの部屋。とりあえず、まずはその部屋の主に一言、
「相変わらずね。アンナ」
「あらあら、よく来たわね。いらっしゃい、ルビエちゃん。今日は、何の用かな?」
「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど……」
本題に入る前にまずは確認すべきことがあるだろう。
「その前に、この心臓の山は何かしら? ついに男を直接食べるなんて真似しているわけではないでしょう?」
部屋の中にうず高く積み上げられた機械の心臓。魔力炉。取り出されたばかりのホワイトブラッドがねっとりと付着したものすらも存在する異様なタワー。
見ていて気持ちが良いものではなく、この娼館としては最上級のサービスを与える部屋としてはこんな装飾品はあっていいものではないだろう。
「今日は、バレンタインデーでしょう? だから、心臓を想い人に渡すのが流行りでね」
「趣味が悪いわね」
「私もそう思うわ。でもね、御客さんがわざわざ渡してくれるものを受け取らないなんていうのは悪いから一応受け取っちゃったの」
失敗しちゃったわねとちろり、舌を出して微笑むアンナ。なるほど、男が放っておかないわけだ。
「なら、さっさと片付けなさい。気持ちが悪いわ」
ただでさえ匂いのせいで気持ち悪いという言葉はこの際呑み込んでおく。
「そうね、今日くらいはおいておこうかしら。その方があなた嫌がるでしょう? ふふ、嫌がるあなたの顔とても可愛らしいからこのままお話しましょうよ」
「…………」
「それで? ここを随分と嫌ってらっしゃる時代錯誤な恰好のお嬢さんが来るなんて、どういう風の吹き回しかしらね。
ふふ、言い当ててあげる。ラグル君に贈り物をしたいけれど、何をあげればいいのかわからないから、私に聞きに来た、違う?」
「違うわ」
「ふふ、あなたっていつもそうね。負けず嫌い? いいえ、素直じゃないだけね。いつか後悔するんじゃないかしら」
「娼婦の女王に言われたくないわ。それより、速く教えなさい」
さて、どうしようかしら、とアンナ。
「今度お客取ってくれるなら良いわよ」
「なぜこの私がそんな娼婦の真似事をやらねばならないのかしら、そんなものは私の仕事ではないわ」
「ふふ、そうね。あなたにそんなことが出来るなんて思っていない物。愛想もない、胸もね。さて、それじゃあそろそろ、ラグルへの贈り物ねえ。アンティークと言いたいけれど、ここではゴミ捨て場を漁るくらいしかないわね」
「御免こうむるわ」
何を好き好んでラグルの為にゴミ捨て場を漁らねばならぬのか。そんなことならもっと別なことをするに決まっている。
「でしょうね。それなら、食べ物を送ることをオススメするわ。……そうねえ、チョコレートなんてどうかしら?」
「なにそれ」
「魔物の素材を使った料理よん」
「合成食料とか言うのがほとんどのくせして料理?」
ハッ、と鼻で笑うルビエ。お前らが言うなと言わんばかりだ。
「そういう物好きがいるっていう噂よ。そのあたりにいる生き物を殺して食べるだなんて気持ち悪いことするなんてないと思うわ、私もね」
「そんなものを人にすすめるなんてどういう神経しているのかしら」
「あなた生身でしょう? 気持ち悪い生身を晒しているあなたとラグル君ならそれくらい大丈夫じゃないかと思って。それともできないのかしら?」
「できるに決まってるじゃない」
できないとは言わないルビエ。できなくとも絶対にできるとは言わない。プライドの問題だ。
「ならチョコレート作ってやろうじゃない。で? それを提案したということは、どこで手に入るかわかっているんでしょうね?」
「当然。まあ、この都市の階層地下通路に出るわ」
「狩れと?」
「ええ、出来ない?」
「できるわ」
ああ、なんて扱いやすいんだろうと思う。
「じゃあ、行くわ」
これ以上はいる必要はないとばかりにルビエはそそくさと心臓型の魔力炉が置いてある部屋を出る。すれ違った男の手にある魔力炉を見て顔をしかめながら歓楽街をあとにした。
そこから向かうのはサイバーブレインに送られて来た座標。地下通路への入り口。中に入れば嫌なにおいが鼻を突く。
下水の臭いだそれと同時にサイバーブレインが複数の動体反応を表示する。面倒なことに複数の魔物が生息しているようだ。
水場という魔力が溜まりやすい場所である。魔物がいるのも当然だろう。武装は以前も使った新モデルの高度魔力圧縮による物理破壊威力マシマシの対物狙撃銃。
階層地下空間。浄水施設へ向かう前の汚水が流れている。その管理用通路をルビエは歩いていく。特に魔物の反応はない。
とりあえずは、管理システムにハッキングでもしかけてカメラで目的の魔物を探す。鼠系列やコウモリ系列。そんな魔物ばかりであったが、奥の方でようやく目的の魔物を見つけた。
「やれやれ、面倒ね」
それでもここまで来て引き返して、やっぱり無理だったの? と言われるのは癪だ。さっさと行って手に入れてその認識を改めさせてやる。
向ってくる魔物を全てオーバーキルでフロアに沈めてついでにストレス解消とばかりに汚水の中に蹴り落とす。
そうやって奥へ奥へと進んでいく。相変わらず上の方から聞こえるのは爆音だ。未だ、お祭りの真っ最中ということだろう。
道を外れた別のブロックの地下区画では大穴が相手光が入ってきているのをルビエは見ていた。砂埃が落ちてくるのが鬱陶しいものの、それでも天井が落ちるよりはマシ。
そんなことを思いながら進んでいるとサイバーブレインに反応が返ってきた。
「ようやく見つけたわよ」
それはゼリー系と呼ばれる魔物の一種。色が何やら嫌な色であるものの、どうせ食べるのはラグルである。自分には関係がない。
ゆえに、一撃必殺。さっさと魔力弾をぶち当てて素材を持ち替える。この手の相手は衝撃に強いので多少飛び散ったが無事に捕まえることが出来た。
「さて、帰りましょう」
手袋を何重にもして飛び散った破片などを全て袋に詰めて手袋を全て捨ててさっさと地上へ戻る。
「ふう」
埃っぽい大気が迎えてくれる。まだ中の方が良い感じではあるが、臭いがいただけない。そう思いながらシルドクラフトへと戻ってきた。
相変わらずここには誰もいない。
「さて、まずはシャワーかしら」
下水の臭いをさせたままなど我慢ならないのでさっさとシャワーを浴びてしまう。お湯のひねりを回して、シャワーの前から退く。刹那、お湯が出た。
それと同時に足に感じる火傷しそうなほどのお湯。視界が一瞬にして真っ白な湯気に覆われた。
「今日は、熱いのね。まったく出来の悪い機械だこと」
最新式ではないから、シャワーはいつもおおざっぱだ。熱すぎたり、冷たすぎたり。極端である。
ここに来たばかりの頃はよくひっかかっていた。そのたびにラグルを折檻していたが、今では慣れたもの。身体が勝手に避けるようになっている。
お湯はしばらく出しっぱなにしておけば良い感じの温度になる。頭からお湯を被り、身体についた汚れを落としていく。
瑞々しい肌を流れていく水滴。赤い髪は水にぬれて輝きを放っている。脱衣所に行けば涼しい空気が火照った身体を覚ましてくれる。
「ふぅ」
髪を軽く乾かして櫛で髪を梳く。未だ裸。あの一件でルビエが得たことは裸で過ごすのに慣れてしまったという嫌な慣れだった。
さっさと髪を乾かし髪を梳いて服を着る。着れる服は少ないので一応の部屋着。ベルが所持していたじゃーじなる服装だ。
赤いじゃーじ。動きやすく楽ではあるがとても安っぽい。私が着る物じゃないわね、と思うものの他にないのだから仕方がない。
店に行こうにも趣味の合うものがないのだ。よってベルが所有してる服を着る以外になく、部屋着に使えそうな簡単な服がこれくらいだったわけだ。
「さて、やりましょうか」
珍しくキッチンという料理する場を持っているのがこのシルドクラフト。流石はアンティーク趣味なだけはある。
そう思いながら取ってきた魔物の素材をボールにぶちまける。
「ええと? 溶かして固めるだけね。私にできないことはないのよ」
そう言いながら四苦八苦しながら魔物を溶かしていく。火で直接やって失敗。色々と思考錯誤を繰り返して湯煎という方法に行き着いた。
熱湯にボールを浮かべて溶かしていく。何があったのか、キッチンは戦闘でもあったのかという有様だ。何があったかはお察しである。
まさか、爆発したとは思うまい。それに伴ってジャージがぼろぼろで上半身はタンクトップ的な下着一枚だが、そんなこともどうでも良いだろう。
「溶けたわね、それで固めるだけ」
とりあえず、預かっていたハート型で溶かしたものを固めることに。冷蔵庫に押し込み数時間。無事出来上がったそれ。
味見は、無論しない。適当に包装。ここが大事なので手は抜かない。ここがラグルを土下座させる為の一歩だ。
「盛大に感謝させてやるわ」
などと言いながら頑張って包装。魔力カッターで手を切るなどのお茶目ハプニングを乗り越えて、無事にラグルへのバレンタインの贈り物が完成。
「さて、どうやって渡してあげようかしら」
手渡し? 冗談。それではわざわざ渡す為に作った様ではないか。ならばどこかに置いておいて、相手が食べた瞬間に登場するのが良いだろう。
「それじゃあ、ロッカー辺りにでも入れておきましょう」
そういうわけでラグルのロッカーへと放り込んでおく。
「さて、これで良いわね」
あとはラグルがやってきて見つけるのを待つだけである。
「…………」
さて、数時間経過したが未だラグルは帰っては来ない。夜のとばりが降りてきて、だいぶお祭りも閉店かなと思われる時間帯。
「遅いわね」
わざわざ作ってやったというのに、帰ってこないで何をしているのか。大方酒場で飲んでいるのだろうが、その場合は連絡くらい寄越せと言いたい。
別段その義理はないのだが、盛大に感謝されたルビエからしたらまったくと言ってよいほど通じない論理だ。
「うーっす、帰ったぞー」
結局、ラグルが返ってきたのは深夜を回ったくらいだ。酒場で飲んできたのだろうか、顔は赤い。そして、その手に抱えているのは箱の数々。
酒の匂いと女の匂いのするそれは娼婦当たりの贈り物だろうか。それにむっとしてしまうこの気持ちはなんだろうか。
そうあれである。せっかく作ってやったのに、他の女のものをいっぱい抱えていることに対するイライラだろう。
そう判断したルビエは、
「あら、遅い御帰りで」
ちょっと言葉を強めながらそう言う。
「なんだ、まだ起きてたのかよ。何か機嫌悪いな。って、なんだこりゃ?」
ラグルがロッカーを開ける。声からして見つけたのだろう。
「喜びなさい、私からよ」
「へー、お前のか。って、なんだこりゃ? 料理? お前、料理できたのかよ。意外だな。味とか大丈夫なのか?」
「…………」
――ムカッ
この男、まったく女心が分かっていない。そこはまずは感謝だろう。感謝で咽び泣くくらいして見せろ。とか思うが現実はこんなもの。
いったい何を期待していたのか。少しばかり祭の雰囲気にのまれていたらしい。馬鹿をやったと思いながら、ラグルの手にあるそれをひったくる。
「あ、おい」
「やっぱり、返してもらうわ」
そう指を突きつけながら有無を言わせぬように言って踵を返す。
「おやすみ」
自室にさっさと戻って行くルビエ。唖然としたままラグルはそれを見送った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんだ、ありゃ?」
さて、何を間違ったのだろうかと思案するラグルであるが、わからないのが朴念仁。
「ん?」
ふと、キッチンにある見慣れない料理を発見。先ほどのルビエの残り物だろうか。
「ま、少しくらいいいか」
欠片であるが食べてみることにした。
「へえ、なかなかいけるじゃねえか」
キッチンの惨状は酷いものだ。それだけに結構頑張って作ったのだろうことがわかる。
「あの言い方はしくったやつか。勿体ない事したな」
感謝の言葉くらい言うべきだった。いつものノリで馬鹿にしたようなことを言うべきではなかっただろう。反省だ。
「今度は、素直に感謝してやるか――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――してやるか、じゃないわよ。あの馬鹿。まあ、気に入ったらしいし来年も作ってやらないことはないわね」
キッチンの外で壁にもたれながらラグルを盗み見ていたルビエ。今更、感謝されても、褒められても遅いのだがそれでも湧き上がるこの気持ちはなんだろうか。
それと共に体温も上がっている気がする。今日は色々と動き回った疲れが出たのだろうか。頬やら額が熱い。
「病気かしら。それもこれもラグルが悪いわ」
そうに決まっている。
「で、これどうしようかしら」
手に持った贈り物。もう渡す気はないし、適当に物置にでも放り込んでおこう。ぽいっと、物置に放り込み、ルビエは自室へと戻った。
それがどうなったのかは、またいつか別のお話で――。
そういうわけで、ニヤニヤできる話でもないなんかカオスなバレンタイン短編。
とりあえず、もっとにやにやが書ける才能が欲しい。
元ネタのようにこっそり回収ではなく目の前で回収。ちなみに、物置はラグルの部屋である。
イラストを下さったhalさんには最大級の感謝を。企画など初めてでこんな感じですが、次回はもっとうまくできるといいなと思います。
ともかく一旦、マギアストリームはここで終了。この先も続きますがとりあえず完結設定します。
第二章はそのうち身辺が落ち着いたりしたら書きますので、それまでお待ちください。
では、またいつか。