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第10話 帰還、そして、一つの終わりと始まり

 砂塵吹き荒れる荒野。そこに響くのは通常風の音と砂が飛ぶわずかな音くらい。あとは、虫や昆虫系列の魔物が立てる音くらいのものだろう。

 しかし、今この荒野には別のものも混じって響いていた。


「はあ、死ぬ、死んでしまう~」


 泣き言である。首を引っさげて、その身を旧式の骨董品であるパワードスーツに身を包んだ男がひたすら泣き言を言って身体をひきずっていた。


「泣き言言わない。さっさと歩いてください。こちらでは補助しかできないんです。ほら、いっちに、いっちに」


 場所、エルトリューンの裏側。その首はサイボーグの女であり、男はアンドレイと呼ばれた首切り殺人鬼だった。

 あの爆発からなんとか逃げることが出来たのは強運以外のなにものでもない。よくもまあ、アンドレイは五体満足? で生きていたものだ。


 首も落としてない辺り流石だ。ただ、コレクションのほとんどはクリミナトレスと共に火の海に沈んで帰らぬ物になってしまった。


「で、どーすんだよーぉ。このまま帰ったら総統さまに殺されるんだろー?」

「考えないようにしているんですから言わないで」


 任務失敗。それは死を意味すると散々教え込まれてきたのだ。彼女の任務は宝珠を手に入れること。今、彼女の手にそれはない。

 つまり完全なる失敗。完全無欠の失敗。言い訳のしようがない。だからこそ、考えないようにしてとりあえずパワードスーツに介入して無理矢理アンドレイを動かしていた。


 アンドレイの身体には未だ矢が突き刺さったままだが気にしない。動けるうちに動かしておかないと死んだときに悲惨だ。


「はあ~あ、首コレクションもなくなっちまったし、これからどうやって生きりゃいいんだよ」

「もうすぐ死ぬかもしれないので気にしなくてすみますよ」

「帰投ポイントまであとどんくらい?」

「すっごく遠く」

「「…………」」

「「はあ……」」


 二人同時に溜め息を吐いた。まあ、溜め息などはなくても良いサイボーグである女はただのポーズなのだが。


「とりあえず、行ってから決めましょう。行けるところまで行ってのたれ死んだらその時はその時で」

「よーっし、おじさんテンションあがってきちゃったぞ! 走っちゃうぞ!」


 あははは、などととりあえず無理にテンションをあげながら二人は走って行くのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 荒野を歩く一人の男。ラグル・サラウェイ。その肩にルビエを乗せて歩いていた。


「なあ、お前、自分で歩かないか?」

「靴」

「くっ……。おい、嬢ちゃんなんかねえのか」


 手に持った生首に語りかけるラグル。生首であるソフィアは億劫そうに眼を開いて、


「生憎、靴のようなものはストレージにはありませんね。そもそも、そんなものを持ち帰るのが悪いのです。我々の任務は宝珠を持ち帰ることです。そのようなものの持ち帰りは指示されていません」

「残していくわけにもいかんだろ」

「エデンの使命こそが最優先です」

「あら、それならこんなにも可愛らしい少女は死んでも良いと?」


 自分で可愛らしいとか言った少女ルビエはラグルの肩でソフィアへと言葉をなげる。


「肯定します。エデンの使命とは何ら関係がありません」

「血も涙もないわね。ああ、血も涙なんてもとからないのね。その首を捨てられたら何もできないくせに」

「転移が使えるので帰るのに問題はありません」

「おい、ちょっと待て、今なんて言った」


 今聞き捨てならない台詞があった。


「問題ありませんと」

「その前だ」

「転移が使えるので」

「それだ!」


 転移。つまりは転移魔法のことだろう文字通り、ある場所からある場所へ移動するための魔法だ。それならば歩いて帰らずに即座にクーシャリウスに帰ることが出来る。

 それをソフィアに伝えると、


「自分にしか使えない一人用ですが使いますか? そもそもアドレスによる座標が確定していない現実世界では使える代物ではありません」


 そう言いきった。つまり早々簡単な話はないということだ。


「く、なんとかそれを改変とかできないのか?」

「では、二日下さい」

「……歩いたほうが早いな」


 歩けば休んだとしても朝にはたどり着く。ならば歩くしかない。しかし、景色が変わらない場所を歩き続けるというのは苦痛である。

 会話はあるのが救いだが、雑談をできるような相手ではないし女。それも女の子。そんな相手とおっさんが何を楽しく話せと言うのだ。


 何も話すことはない。そもそも相手の一人はエデン生まれ。もう一人は記憶喪失である。

 さて、話が通じると思うだろうか。思わない。つまり、楽しげに会話を楽しもうと言う雰囲気はなくただ黙って歩くだけだ。


「暇ね。何か芸をなさい」

「お前は、少しは自分の記憶のことでも考えろよ」

「そうね、考えても無駄だったから考えないようにしてるのよ」

「宝珠がなんか関係あるんじゃないのか?」


 そう言って取り出すのは赤の宝珠。魔力の煌めきを放つ紅い宝珠だ。


「さあ、そんな玉みたことも聞いたことも無いわね。そもそも、眠って居た上になにも覚えていないといったはずよ」

「これをきっかけに思い出すとかないか?」

「ないわね」


 少しばかり期待していたのだが、駄目にようだ。ルビエの記憶はあとでどうにか医者にでも見せてなんとかするというメモを保存して、ラグルは宝珠を見る。


「しっかし、これはなんなのやら」


 わからない。解析ソフトを使ってもエラーの一点張り。ベルに聞ければ早いのだが、その頃には既に宝珠はエデンの所だろう。

 エデンに渡す前に人に渡すというのはソフィアは許さないはずだ。


「なんなのかね、これは」


 その疑問に答える者はいない。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 それから数時間。


「はあ、ようやく戻ってこれた」


 ラグルがそう呟く。そうやくクーシャリウスに辿り着いたのだ。途中で盗賊でも現れれば車両でも奪おうと思ったがこんな時に限って盗賊は出て来てくれない。


 それもそうだろう。クリミナトレスという超巨大なアホ兵器が破壊されるは結構遠くの者の視界まで届いたのだ。

 あの辺りには近づかない。そんなさわらぬ神にたたりなしという思いが見た者にはある。だから誰も近づいてこず、そんな場所からやってきた首と少女を抱えた変人なんて相手にする気など起きなかったわけだ。


「まあ、良いじゃない。無事に帰れたのだから、それを喜ぶべきではなくて?」

「そりゃそうだ」

「それはともかく、早くポートへ」

「へいへいわかってるよ」


 階層都市クーシャリウスへと三人は入って行く。流石にルビエを抱えたままというのも絵面が悪いので降ろしてからごみ山へ足を踏み入れた。


「おー、ラグル、無事じゃったか」


 その三人を迎えるようにやって来た老人。


「おう、装甲車は爆破してきた」

「そっちの嬢ちゃんは面白いことになっとるの。まあ、無事で何よりじゃわい。で、そっちの女の子はなんじゃね?」

「遺跡の中にいた」

「ほっ、そりゃまた面白いことを言うのう。もうちょいマシな嘘をつけ」


 これなんじゃろ? と卑猥な指の形をラグルにしか見えないように見せて来る。


「ちげえっての。とりあえず、無事に仕事は果たした。またなんかあったら頼む」

「おう、任せておれ」


 そう言って爺さんと別れてから第二階層へと上がる。雑多な通り。ソフィアは無表情に嫌な顔をしている。

 ルビエは物珍しそうにあたりをきょろきょろと見渡すかと思っていたら、意外にもそういうことなく堂々としたものだった。


 それを指摘してやると、


「そんなこととしたら田舎者っぽいじゃない。そんな風にみられるのなんて御免こうむるわ。あなたみたいに単細胞でないもの」

「そうかい」


 しかし、時々珍しいものに惹かれてそちらに視線が行って戻すと言う仕草はなかなかに可愛らしいものがある。

 そんな様子だから攫おうとする奴もいた。見た目麗しい少女というのは今時珍しくもないが、生身ということもあってかレア物として攫ってしまおうとした輩が何人がいたのだ。


 それら全てをなんとかラグルが防いだので問題はなかったのだが、もう少し気を付けてくれないかとも思う。慣れていないのだから格好の標的だということはわかるがそれでも警戒くらいはしてほしい。

 そう注意するも、


「そういうのは騎士の役目でしょう」

「誰が騎士だよ」

「あなた」


 といってとりあってはもらえない。これは一種の信頼ととっていいのだろうかと悩むところだ。

 そんな感じにそうこうしていると、エレベーターに辿り着く。乗り込んで最上階を押せばあとは直ぐだ。宇宙からの港であるポートのエデン専用レーン。


 そこに首と宝珠を置く。


「これで良いのか?」

「問題ありません。あとはこちらで勝手にやります」


 そう言って彼女が眼を閉じた瞬間、転移の魔法が起動した。


「では、ラグル・サラウェイ。任務達成ご苦労様です。お疲れ様でした」

「そっちもな」

「次があれば、またよろしくお願いします」

「それはお前の言葉か?」

「いえ、エデンのマニュアルにあった言葉です」


 それを最後に彼女はエデンへと帰って行った。一筋の光が天へと昇っている。ラグルはそれをじっと見つめていた。


「……寂しいとかそういう奴かしら?」

「別に、そんなんじゃねえさ。で、お前はどうするよ? 一応、ここまで連れてきてやったが」

「そうね、あなた、たしか何でも屋を営んでいるのだっけ?」

「そうだなシルドクラフトってとこの社員だ」

「なら、そこで厄介になろうかしら」


 知り合いはいない、信用できる相手は目の前のラグルだけ。一人で生きていくには常識が足りない。ならば目の前の相手に頼った方が良い。

 一応は信頼のできる相手だ。寝込みを襲われることもなく、普通に守ってもらえ助ける義理もないのにここまで連れて来てもらった。ならばもう少し甘えさせてもらおう。


「でしょう?」

「……まあ、そうだな」


 ラグルにしても彼女を放り出す気はない。困っているならば助ける。それがシルドクラフト。ラグル個人にしても色々と巻き込んだ手前そのまま放り出す気はない。


「んじゃ、社長のところに行くか」


 そういうわけで二人は複雑な街路を通り、シルドクラフトまでやって来た。中ではお気に入りの木製の机と椅子に座ったベルが二人を迎える。


「今帰りましたよ社長」

「おお、無事だったか……使ったな?」

「ええ、まあ」

「良いさ。あれをどう使うかはお前に任せている。それよりも、だ。そっちにいるのは?」


 当然、ルビエがいることにも気が付く。


「さっき報告したがこいつは――」

「ルビエよ。これから御厄介になるわ」

「ベルだ。よろしく、と言っておこう黄金瞳の娘。まあ、大体の事情は聞いている。服はそこのクローゼットに入っているから好きなのを着ていい。私のお古だ」

「あら、良い趣味ね」


 そう言ってこれまた骨董品どころか博物館になければおかしい木製の古びたクローゼットを開けているルビエが中を見て言った。

 その中から適当に服を後で選ぶことにして、


「とりあえず、それじゃどこか眠れる場所はないかしら。疲れてしまったわ」

「ラグルの部屋が二階の端にあるぞ」

「ありがとう」

「おい、待て」


 しかし、言うや否やさっさと二階に上がって行ってしまった。


「社長。俺の部屋だぞ」

「気にするな。あの人はこんなことでは気にしなかった。床でも寝れるように訓練をしたのだろう?」

「誰だよあの人って。はあ、ったく」


 頭を掻きながら二階に上がるラグル。自分の部屋を除けばすやすやと眠るルビエの姿。文句でも言ってやろうかと思ったが、その気もなくした。

 まあ、一日くらいは良いだろう。そう思いながら、ラグルはシーツと掛布団をかけてやって、自分の寝る場所を確保するために娼館に向かうのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――転移ゲート。


 再びの充足感と万能感。戻ってきたという感覚。市民№の照合と共に、任務達成を報告。引っ張られる感覚と共にソフィアの魔力体(アバター)は統治会へと転移する。

 そこは漆黒だった。暗い。薄暗い。黒色灯の灯りに照らされた室内は明るいのに暗いという矛盾した光景を生み出している。


 宇宙のようにも思える暗がり。数多の星々が浮かぶそこはまさしく宇宙なのだろう。その中に立つソフィア。手には宝珠がきちんと握られている。

 しばらく待っていると、そこに現れる人型。感情の起伏のないそれ。手を差し出している。もちろん、言われずとも何をすれば良いかなど明白。


 宝珠を手渡す。それを人型は受け取って下がる。それと共に虚空から声が降ってくる。


『お疲れ様です。市民No.76459897ソフィア・ニューミット執行官。あなたの任務達成を賞賛致します』


 女の声。無機質で機械的なエデンの声。我らが母たるエデンの声だ。無機質、機械的でありながら、エデンの者はそこに母性を感じる。

 その賞賛の声にソフィアは、当然のように答える。


「当然のことをしたまでです」


 そう当然のこと。エデンの命は絶対。だからこそ、当然のことをしただけ。褒められることも必要ない。当然のことをしたのだから褒められることはない。

 これこそが完全なるエデン市民の振る舞いだ。エデンを絶対として疑うことなく従う。それこそが市民としての幸福。幸福は義務だ。


『では、任務達成への正当な報酬を支払います。あなたの市民等級を(ブロンズ)から(ゴールド)へと変更。それにともない、あなたの権限も解放されました』

「ありがとうございます」

『それに伴い居住スペースを上級市民区画へと移行。各種サービス利用権限における初期登録をこちらで代行いたしました。あなたは好きな時、好きな時間に行動する自由が与えられます』


 それは最上の権限と権利。エデンにおける最上位の権限をソフィアが手に入れた瞬間であった。そして、それは次への始まりに過ぎないのだ。


『では、それに伴いソフィア・ニューミット執行官に新たな任務を言い渡します』


 表示されるウィンドウ。そこにあるのは次の仕事。まさしく、エデンの為の任務。

 受けることこそが至上の喜びだ。


「拝命いたしました」

『健闘を期待していますよ』


 ソフィアはそう言って統治会から抜けていく。


「さて、どうしましょう」

 

 ソフィアは自室へと戻っていた。任務達成によって広くなった自分の部屋。新しい部屋だ。場所も上級市民区画。かつての区画と異なり最高のサービスが受けられる場所。

 手の中にある市民カードの色は金。銅からの出世。喜ぶべきことだった。次なる任務までは幾許か時間がある。


 何をして過ごそうか。出来ることは多い――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『…………まさか成功するとは』


 誰もいなくなった暗がりで声が響く。


『そうだな。成功した。喜ぶべきことだ』

『我々エデンの子がついにその段階まで達したということであろう』

『奴らの妨害はあったが、無事、一つを確保した。奴らの好きにはさせんよ』


 声が響く。声が響く。

 統治会。エデンを統括する、いやエデンそのものであるものたちが暗がりで言葉を発していた。数人、数十人、あるいは数百人。


 男、女、子供、大人、老人。全てが掛け合わさり混ざった声色は超常的な存在をどこか想起させる。事実それだけの力があるのだから当然のことだろう。


 彼らについて知ってはならない。命が惜しければ。

 知ろうとしてもいけない。命が惜しければ。


 彼らは統治会。エデンを、世界を統治する者。


『報告。また一つ、星が消える。これでまた破滅に近づく』

『全ての問題は』

『あの男だ』


 外の世においては、英雄と呼ばれる男。総統と呼ばれる男だ。エデン最大の障害であり、エデン最大の反逆者。

 彼の排除こそが完全なる世界を形作る。完璧で幸福な世界が出来上がるのだ。そのためには、元凶の排除こそが肝要であった。


『期待しているよソフィア・ニューミット』


 忠実なエデンの子。もっとも優秀な者。大いに期待しよう。そして、観測を続けるのだ。殺戮を続けるのだ。実験を続けるのだ。

 終わりは始まり。始まりは終わり。次なる大絶滅は、近い。


第十話。短いけれど一先ずはこれで区切りです。あと二話とか言ったけど、色々あってこんなことになりました。二章以降は思いついたら書きます。


次回は、halさん企画のバレンタインデー企画に参加したため、お返しの話になります。

掲載はホワイトデー予定。ルビエちゃんの素晴らしい挿絵を頂けてテンションあがりまくりです、


あと本作のキカプロコンへの応募を取りやめました。

キカプロコンは何やら締切が四月二十八日に伸びたようなので、ゆっくりと別に一本惑星開拓ロボットスペオペ的な何かを書き上げようと思います。


ここ数日で色々と思うことがあったためです。ころころ変わってすみません。

では、また次回。

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