第1話 ソフィア・ニューミット
初めてのSF作品。
色々と不出来な点もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。
まず、第一にこれは夢であると彼女は理解した。目の前に広がる光景が過去のものであったからだ。
そこには過去の自分がいるのだから当然だろう。時空魔法を用いて過去に飛ぶことは委員会によって厳格に禁止されているのだ。
だから、彼女は目の前の光景が、いや、今の自分の状態が眠っていることに気がついた。大気設定に加えて、陽光設定が一番良い設定になっているのだから仕方ない。
ならば、もう少しだけ堪能するとしよう。過去というほど昔ではない夢を。自分が教育過程を終えたあの日の夢を。
そう没入するように閉じていた目を開いた。目に映るのはやはり覚えのある光景。少しばかり時間的に前に体験した光景だ。
グリッドで表現された広大な空間。そこに浮かぶ光輝く呪文式の配列。それはさながら宇宙に浮かぶ星々を思わせる。見るものが見ればそれは公式、あるいは方程式のような文字列であることがわかるだろう。
そんな雄大で限りがないように感じるサイバー空間に彼女は、ソフィア・ニューミットは一人浮かんでいた。
空間の環境設定が役目を終えたことによって解除されているため重力がない。そのため一つ結びに纏められた金の髪が空間上にゆったりと広がり揺らめいている。
曇りない緑玉色の澄んだ瞳はなにかを待つように虚空に向けられていた。
上気した頬は朱に染まり、吐く息は荒さを残してはいたがその表情はどこまでも平静。無感情というわけではなく平静。
そのままソフィアがしばらくその場に漂いながら待っていると、どこからともなく声が響く。
『――評価処理終了。
以上をもちまして市民No.76459897の義務教育過程の全工程を終了いたします。
総合評価S++ 。
あなたの成績はエデン創設以来最高の水準であり、あなたに就労できない仕事は存在しないでしょう。おめでとうございます』
そう虚空からの感情の一切が感じられないAIの合成機械音声が事務的に評価を伝える。
それから、どれだけそれが素晴らしいのかデータを表示して、レコード一位の記録変更と共に機械的な賛辞を送って来る。
『職業選択をどうぞ』
その刹那、数百、数千を越える魔力ウィンドウがソフィアの視界を埋め尽くす。それはソフィアが就くことの出来る職業の全てだった。
それに彼女はわずかな笑みを浮かべてからAIに指示を出す。
「一覧にして表示」
『要請を受理。一覧にして表示します』
数千を越えるウィンドウは一斉に閉じ、一つのウィンドウだけになる。
「次、下級、中級、上級労働を除外」
『下級、中級、上級労働を除外します』
一覧の表示が切り替わりその数を減らす。
「ソート、重要度」
『ソート、重要度』
更に一覧の表示が切り替わりソフィアの望むままに切り替わる。
「…………」
そして、ソフィアは表示された一覧の一番上を選択した。
『――――』
不意に機械音声にノイズが走る。辺りがぼやけ全てが不確かになって行く。身体が目覚めようとしているのだろう。
形あるものは形をなくし、音は意味を失い全ては白に染まった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――――」
「はっ――」
眠りからの覚醒は唐突で、袖のないインナースーツとオールドアーミーパンツという恰好の指導教官用らしき厳つい傷ありの顔面テクスチャが視界一杯に広がっているという主観にして非常に最悪なものであった。
それに対してソフィアは表情こそ変えることはなかったものの内心の気分は最低まで落ち込んでいた。教育過程を終えて職業の研修の最終段階である初のバグ退治に行けると上がっていたテンションが急降下で下がって行く。
そんなにソフィアであるが、表情は動いていないため指導教官は彼女の内心の変化に気がつかない。ただ、ぼうっとしていたソフィアが話を聞いているようには見えなかったので確認を取る。
「聞いていたか? ニューミット候補生」
「いいえ、聞いていませんでした」
その確認に常人ならば、聞いていなくとも聞いていると聞く所を彼女はばか正直に答えた。それに指導教官は呆れたような表情になる。
それも当然だろう。聞いていないなら聞いていないなりに何かしらあるはずのところをばか正直に答えたからだ。これで適正が過去最高と言うのだから呆れてものが言えない。
「ばか正直に答える奴があるか!」
「しかし、聞いていなかったのは事実です。更に聞いていたか? と聞いてきたのは教官です。嘘をつけば上位権限者である上官に逆らうことになります。違いますか?」
いや、そういうことではなくてなあ、と指導教官は言おうとして止めた。まずは目先の問題を片付けるのが先である。そう思い再度ソフィアに説明を行う。
「バグの除去は我々エデン管理局の保安官にとっての最も単純で日常的な業務になる」
「はい」
「重要なことは手早く確実にだ。長く放置しても問題にはならないが、市民の幸福の為には素早い除去が求められる。なぜだかわかるな?」
「はい、エデン市民の幸福の為です」
星と星、あるいは銀河を結ぶ魔力の流れマギアストリームを用いて作られた仮想世界〈エデン〉。絶滅と進化の果てにたどり着いた人類の楽園。
楽園は完璧でなければならない。幸福であることが保障されるからこその楽園。だからこそ、人々はエデンの為に労働をする。
エデンの完全性を確固たるものにするために管理局はある。だからこそ、そのエージェントはエデン市民の幸福の為に働くのだ。
「そうだ。さて、それではお楽しみのバク退治と行こうか」
「了解しました」
了承と共に指導教官が転送プロセスを開始する。景色が伸びていくそんな視界の変化とともに場所が切り替わった。バグ退治用に改変された市街地。そこは今や、分かりやすい呪文式グリッドの空と赤茶けた大地があるだけになっている。
転送されたのはそこに作られていた崖の上。眼下にバグを倒すべきものとしてわかりやすい形に表現したものが表示されている。
その形状は六足六節、甲殻に覆われた胴体に足を持つ生物体。つまりは人類発祥の根源惑星における昆虫と概ね同様の姿をしている。
かさりかさりと離れていても不快感を感じさせる動作音が、合唱のように響き渡りソフィアの聴覚を刺激していた。
「気持ち悪いですね」
「また、正直な感想だな。まあ、良い。それじゃ最後のレクチャーだ」
あの昆虫がこのエデンで現在発生している不具合だ。つまり、あれをどうにかすれば不具合は解消されることになっている。
「それには専用の武装とプログラムを使う必要がある。それに使うのがこれらだ」
指導教官がストレージに保存されていたデータから一つの武装モジュールを具現化する。しかし、それは本来のデバグ専用の武装ではなかった。
教官のそれは近接戦闘用の武装であり、複数のプログラム枠としての線を表層に持った片刃の剣の形状をとっている。
剣から腕、肩、それから身体の中心までを旧時代的な鎧のような装甲が覆い片目を覆うバイザーという武装スタイル。
それは、サイバースペースおよび現実世界においての近接戦闘要員としての武装スタイルとしては標準的なものであった。
「教官、デバグなのに標準装備だしてどうしたんですか? 頭でも打ちましたか? それとも悪質プログラム体にでも感染しましたか?」
本来はバグ退治――デバグには専用の武装を使うのが普通である。それが“デバッカー”と呼ばれるデバグ専用の武装だ。
バグを倒しそのバグを回収していくというプログラムがデバグを行う際には必要であり、それが武装自体に組み込まれている武装がデバッカーである。
専用の武装があるのにわざわざ標準装備を使うような奴はいない。バグ回収プログラムに戦闘プログラムを一枠占有されることにもなるので、メリットがないのだ。
「お前、少しはオブラートに包むということを知らんのか。減点すんぞ」
「それなら教官が私怨で減点したと中央に報告しますよ」
「お前、さらっと上司を脅すなよ」
「では、やめてください。それからなぜ標準装備を使っているのか理由の説明を求めます」
どっちが上だかわかりゃしねえ、と内心で嘆く。しかも、悪意なく正直にものを言っているだけというのが性質が悪い。
もう面倒くさくなってきた指導教官はさっさとこの指導を終わらせることにする。そろそろ指導教官用テクスチャでなく、自分本来のテクスチャに戻りたいのだ。
指導教官用テクスチャが無駄にごつい上に、暑苦しいからだ。外から見るのも自分に張り付けているのも同様に暑苦しい。
苦情が管理局上層部に出ているはずなのだが一向に改善される気配がないためこの仕事は非常に人気がなかったりする。その分の特別ボーナスが出るとなってようやく数人希望する程度であるといえば人気のなさがわかるだろう。
指導教官もその口であり、ボーナス目当て。さっさと終わらせるに限るとばかりに理由を口にした。
「この程度問題ないからだ」
「つまり自慢ですか」
ソフィアにはばっさりだった。
「さて、時間もないからさっさと始めるとするか」
「スルーですか。そうですか」
「早く武装を展開しろ」
「……了解しました」
ソフィアは言われるままにパーソナルウィンドウを開いて武装を展開した。それに伴いエデンの魔力体テクスチャが通常から戦闘用へと変わる。
体にぴったり合ったプログラムを走らせることができるラインが中心から末端まで模様のように広がっているスーツを基礎として手足や胸部などには動きを阻害しないほどの軽い装甲。腰や背部には武装やその他のツール保持保管用のハードポイントアタッチメントがついた戦闘用魔力体テクスチャだ。
それら全てはエデンが誇る大企業の一つであるライデンシャフト・レーベンから販売されているベストセラーテクスチャであった。
質実剛健を企業理念としているのでどの商品の安定性が高くバランスに優れている。確かに良い企業ではあるものの、面白みのない選択だと指導教官は思った。
武装もまた同じだ。今、エデンで主流の剣銃の典型。剣と銃を合わせた近、中距離用武装。
オプショナルパーツ次第で遠距離戦闘までこなせるという全域戦闘用武装で、それもライデンシャフト・レーベン製だった。しかも、評論番組において高い評価を得たデバグ用のブランドモデル「ヘッケル&オーグ」だ。
「優等生な選択だな」
とりあえずそれを見た指導教官はそう言葉を濁す。
「……面白みがないと思いましたね」
「いや、そういうことは」
ないわけではない。
「いいですよ。自覚はしています。基本的に全部の武装使えるので安いのを選んだだけですし」
「お前……」
それは一つの武装を基本的に使うやつへの当てつけか? 流石は歴代最高ランクの教育課程修了成績をたたき出しただけはある。
まあ、ソフィアからしたら別にそんなことを思っているというわけではなくただ単に事実を述べているだけなのだが。
「まあいい。とりあえず、バグどもを殲滅する。それで俺の任務は終了。お前の研修は終了。成績に応じてお前の配属先が言い渡されるだろう」
「知っています」
「じゃあ、行け。百匹もないからお前でもやれるはずさ」
「では、行きます」
そういってソフィアは崖から飛び出した。
「アプリケーション起動:思考加速思考分割」
直後に二つあらかじめ自身に組み込んでおいたアプリケーションを起動する。効果は単純だ。思考を分割して加速するただそれだけ。
複数に分割された思考が加速。それによって、周囲の時がまるで止まっているかのようにソフィアは知覚する。
一つの思考が着地のことを考えてアプリを起動しプログラムを走らせた。
「アプリケーション起動:身体強化」
アプリの起動とともにソフィアの身体能力が数十倍にまで強化される。それとともに、彼女の戦闘服のラインの一つに光が走った。
次に起こるのは魔法の発動。魔法術師が作成した防御魔法。視界に映っていたステータスからソフィアの魔力の値が減るとともに全身を包み込むような防御膜が展開する。
更に別の思考はストレージから左手に持った銃――ヘッケルの追加兵装を呼び出す。呼び出されたのは射程距離延長用の銃身と銃床、連射用の撃ち切り大容量魔力弾倉。
武装が具現化すると同時に分割された思考を用いて照準と射撃を同時に行う。
「まずは一体」
落下の途中。思考が加速し遅延する時の中でソフィアはバグに向けて射撃する。撃ち出されるのは高圧縮された魔力弾。
射撃音は小さくも確かな青の軌跡を描きながら魔力弾はバグへと命中し、硬いバグの甲殻を貫いて破壊する。
「次です」
狙い、撃つ。狙い、撃つ。繰り返し、繰り返し狙い撃ち。遅延する時の中で落下の最中乱れ討つ。そうして二十を破壊。
膝を曲げ着地と同時にヘッケルの追加兵装を量子化。遅延していた時が現実と同じ速度域に復帰する。立ち上がりに回転を加えてオーグを振るう。着地と同時に殺到するバグをオーグが斬り裂く。
それにより多少の隙間が生まれた。素早く周囲を確認すると即座にバグの一番多い場所へと突っ込んだ。もはや何も考える必要などない。
大量に密集した形のバグはソフィアに向けて一斉に殺到しようとする。だが、それは出来ない。バグ自身の身体が邪魔をする。密集しすぎている為にバグ自身の身体が壁になるのだ。
それだけでなく、密集しているが為に狙う必要もなくオーグを振るえばバグを破壊できる。一振りすれば数匹のバグが破壊され、一振りすればその倍が破壊されていく。
「面倒ですね」
しかし、それでも数だけは多い。チマチマと削って行くのも面倒だった。
「プログラム起動:レーヴァテイン」
だから、ソフィアは一つの魔法を起動する。オーグが持つ四つのプログラムスロットに呪文式が流れていく。それと同時にオーグが燃え上がる。
形成するのは第二紀における世界を焼いたとされる魔の剣。世界焼く炎剣。またの名をレーヴァテイン。長大な炎の剣をソフィアは振るった。
莫大な熱量に大気が爆ぜる。振るった先から燃え上がる間もなく炭化し消え失せていくバグ。逃げるということもなくただの一撃で全ては終わりを告げた。
跡形もない。平等に全てが均等に均一に炭化し消え失せたのだ。その中心でソフィアが立っている。どこまでも感情の読めない平静さを持って彼女はそこに立っていた。これくらい当たり前であるとでもいうように。
「ふう」
武装から手を放すと同時に量子化されストレージに戻る。戦闘用テクスチャから通常テクスチャに変換していると指導教官がやって来た。
「終わりました」
「ああ、確認した。不具合は解消されたようだ。次期に管理局から人事が下るだろうから、それに従ってくれや」
「はい、ありがとうございました」
「今日はゆっくり休むことだ」
そう言って指導は終わりを告げた。その後、成績通知と共に人事が言い渡された。
――ソフィア・ニューミット
――貴殿は非常に優秀な成績を修められた。
――よって現実世界での任務を言い渡す。
それは死への直行券と称される現実世界での任務を伝えるものであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――エデン/中央部/下層領域/上級市民区画/住民居住地/積層型住宅構造体/マルセーヌ/6階層/2号室
そこはエデン中央部下層領域上級市民区画。エデンの中でもかなりの――あくまでもエデンの末端と比べた――上位市民が住まう場所。
その住民居住地の一角にマルセーヌという積層型住宅構造体は存在していた。居住地という分類の中では、ほぼ最高のセキュリティに守られた住宅構造体の六階層の一室でソフィアは目覚めた。
「…………」
意識の覚醒プロセスと共に待機状態であったプログラム群が起動し魔力体、精神体を精査していく。
一般大衆用のウイルス対策ソフトとは別の自作の精査プログラムが走る。この状態は覚醒プロセスが終了しているがまだ眠りの中のような感覚を覚えるようだった。
しかし、それが終わり、問題がないと視界のウィンドウに表示される。不具合もなければ悪性プログラムに感染していることもない。
ステータスに問題なかったが、彼女は動かない。覚醒プロセスは無事に終了している。意識はきちんと覚醒しているはずであったが、彼女は動こうとしなかった。
「うにぃ~」
本来ならば覚醒プロセスによって目覚めているはずであるが、その一部分を抜くことによって旧時代的な酩酊感とも言うべき寝起きの間隔を彼女は味わっていた。
いわゆる寝ぼけているのである。休みの日の彼女はこんな調子だ。真面目系列ではあるものの休みになるとスイッチが切れたかのようにだらける。
まあ、休みとは言っても次の任務。現実世界行きの準備期間でしかない。ただし、しばらく戻ってこれないからしっかり楽しんでおけよという上の計らいでもある。
そういうわけでソフィアは覚醒プロセスを半ばで停止して微睡を感じていた。
「んー」
しばらくして満足したのか、覚醒プロセスを再開して完全に眼を覚ます。ベッドから立ち上がるとベッドは量子化して空間に溶けて消える。
それと同時に呪文式が部屋中に走って必要最低限のもの以外には何もない殺風景な部屋を再構成した。何もなかった壁には窓が形成され、最適に環境設定された太陽光が差しこむ。
窓の前に立って陽光を浴びれば、現実と変わらない温かさを感じることが出来た。現実のものと変わらないと言うが生まれも育ちもこのエデンである彼女にとってはそれがどういうものかはわからない。
ある意味現実世界に行くにあたって、その検証は楽しみな事柄の一つだった。それを指導教官に言ったら変人を見る眼を向けられたが仕方がないだろう。
「良い天気ですね」
基本的にエデンにおけるマップ上の天気はマップデザイナーが決める。そうでない場合がAIが現実世界に則した形で雨や雪などの気象現象を引き起こすのだ。
それは下層の行ってしまえば下流市民が住むような地域で多く見られる。更に下層に行けば天気は悪いままになったりしているのだ。
ソフィアの生まれはそこであり、しかもかなり下層であったため天気は常に悪かったのである。だが、ここは違う。
環境再現された空がある。夢にまで見た青空。ここまで来たのだと感激すら覚える。
更に澄み切った窓の向こうには高階層構造体の摩天楼が見える。更には高解像度液晶広告群が中空に浮かんでいて、視界に入れると情報を勝手に送り付けてはウィンドウが開く。
新しいゲームや嗜好品などの広告のほかにも美容アプリケーション関係の広告。あるいは、女性物の下着ブランドであったり、新発売の化粧品、サイバースペースの高級デザイナーの宣伝であったりが見て取れる。
下流市民区画では数個ほどあればいいほどの広告は、ここでは数十、あるいは数百は存在しているように見えた。
「さて、何をしましょう」
教育課程中は基本的にはほとんど勉強ばかりしていた。ならばそれに習うとしようか。
「予習は大事でしょう」
現実世界での任務。ネットの情報によればかなり過酷であり、致死率八割というとんでも任務だ。しかし、達成すれば最高の手柄になることは必至。
ならば万全を期すためにも現実世界について少しばかり調べてみるのもいいかもしれない。ネットでも調べられるが本格的な情報を閲覧するならばそれ相応の場所に行くのが良い。
「転送プロセス起動」
――転送
ソフィアの視界が滲むように切り替わる。打ちこんだアドレスへと移動した。そこはデータバンク。このエデンの全情報が閲覧できる場所。
内部の転送ポイントに転送されたソフィアは真っ直ぐにデータバンクへと向かう。形としては懐古趣味のデザイナーがデザインしたのか旧時代的な書架のような構造をしている。
ファイルの形状も旧時代的な本という見た目。無論データの塊であることには変わりないため、手に取りさえすればそれを脳内で参照することはわけがない。
ソフィアはそこで情報を探し始めた。
「ふぅ」
さて、時間にして数時間。フィクション小説をじっくりと読んでしまっていた。データを参照しフィクションの世界を追体験するのだ。
三人称視点の小説ならば箱庭を見るような感覚で、一人称小説ならば主人公になったように内容を追体験できる。
それにどっぷりと浸かっていたため現実世界のことは一切調べられていない。そもそも本人がすっかりそのことを忘れてしまっていたのでどうしようもないだろう。
その後、彼女は買い物しに行った。普通買い物は自宅でもできるがわざわざ商品をに見いくことを必要とする特殊な買い物だ。そう武装関連の買い物である。現実世界で使う武装を物色しに来たのだ。
エデンのサイバースペースで買った物も現実世界で作られているのである。サイバースペースの企業が現実にも存在してるのだ。
だからこそ、ここで購入した武装は現実世界でも購入したことになり現実世界用の身体と共に支給される手はずとなっている。
「新しいアプリとかも良いですね。どれにしましょうか」
と言いつつ質実剛健なライデンシャフト・レーベン製の武器を見て、手に取って使ってみては気に入ったものを購入していく。
特別予算があるとかで必要なものを揃えるのにお金はいらないのである。好きなものを選べるのだ。
だからか、特に高くて性能の良いものを彼女は買って行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――数日後。
ソフィアが現実世界へと向かう日。専用の転送ポートに現実での戦闘を想定された服装へとテクスチャを張り替えてやってきていた。通常の戦闘用テクスチャと異なる現実世界用のテクスチャ。
スーツは白を基調としてプログラムをプログラムではなく現実に則した魔法に変えるためのラインが手足まで伸びた戦闘用テクスチャお馴染みのスタイル。
ただ、ある理由から手の甲から上腕の一部分と肩、内腿から脚裏にかけて大幅に露出していた。特に背中は首から腰までが大幅にあいている。
背部のハードポイントは小さく背の中心でまとまっており腰部のハードポイントはその分、水増しされていた。
「それであなたは何者ですか? こんな露出を余儀なくされた小娘に発情する変態ですか?」
そして、ソフィアはこつこつと靴の感触を確かめている時にやってきた青年へと何を詩に来たのか問う。見送りに来る者などいないはずだったからだ。
それなのに見たことも無い黒髪の青年がやってきて、まるで知り合いのようにしている。だからソフィアは変態的嗜好の持ち主だとして接してみた。
「いや、それが見送りに来た俺に対しての態度かよ」
その一言に彼女はえ? という顔をする。
「誰ですか。あなた?」
「おいおいおいおい!? あんだけ一緒にいたのに、忘れてるってなんだよ!? オレ、オレ! 覚えてるだろ?」
「おれ、おれさん? いえ、そんな個性的な名前の方は知り合いには。そもそも知り合いどころか顔見知りすら私いないですけど」
「なにそれ、めっちゃ悲しいんですけど。いや、そうじゃねえよ。俺だって、俺! コーガ! コーガ・ミサキ!」
え、誰それ? と首を傾げるソフィア。まったく持って記憶にない。覚えたことは忘れないエデンの人であるソフィアが記憶にないということは、本当に知らない奴ということ。
だから、警戒をして身を引く。
「とりあえず、それ以上近づかないでもらえると確かります、えーっと、変態の人」
「だから、コーガだっての! お前、本当に覚えてないのか? 数日前まで一緒にいただろ」
「そんな記憶はないです。何を捏造しちゃってるんですか? 痛い人なんですか? ますます変態ですね。数日前は研修で指導教官以外に会ってません。会う人もいませんし」
「ちゃんと覚えてるじゃねえか」
「………………?」
「なんで首を傾げる」
「いえ、会ってないでしょう」
「だから、研修であっただろ」
ソフィアは目を瞬かせ、
「教官?」
「おう、そうだよ」
「……すみません。研修で無駄に暑苦しかったので、まさか中身がこんなに爽やかだとは思いもしませんでした。てっきり、中身もあれと同じ奇特な奴だと思ってました。こんな大人にだけはならないだろうと反面教師にしようとする気満々でした。なのになんでそんな爽やかなんですか」
「お前、いい加減殴るぞ」
頬を引くつかせるコーガ。
「訴えたら勝てると思うのでどうぞ」
「てめぇ……はあ、あのテクスチャは、指導教官用アプリ入れないと意味ないんだよ。中身が女でも外見はアレだ。だから、その違和感を失くさずにやるために中身も多少加工するようなアプリをインストールしてんだよ」
「なるほど。で、なぜ見送りに? 他にやることないんですか? 今休日ですよね? 友達いないんですか?」
そんな発言に額に青筋をつくるコーガ。
「鏡を見てからいえやてめえ。はあ、一応指導したんだ。これっきりになるかもしれんから見送りに来てやったんだよ」
「そうですか……」
コーガの言葉を聞いてソフィアはどこか考え込む表情になる。
「どうした? 今更怖気づいたか?」
「いえ、それはないです。エデンの市民が現実世界の未熟な人間に負けるとは思ってもいませんので」
「そうか。それもそうだな。進化、いや神化から取り残されたあいつらに俺らが負けるはずがねえか」
「そうですね。……では、行きます」
「もういいのか? 何か気になることがあるんだろ?」
「次までに考えておきますので」
そう言って転送ポートの中へと入った。自動で転送プロセスが開始される。
「そうかじゃあ、まあ、頑張れよ後輩」
「はい」
サイバースペースから現実世界への転送。意識が溶けていくような感覚。眠るようにソフィアは目を閉じた。
次に眼をあければ、そこは現実世界だ。
更新は不定期。出来上がったら上げるのスタンスで行きたいと思っています。
では、今作もよろしくお願います。