異世界転移
気づいたらどこともしれぬ空間にいた。
見えはしないけど他にも人がいることが分かる。声だけは聞こえるのだ。
確か、掲示板を調べてから寝たんだっけ。
掲示板で調べたらあの超常現象を体験した人が何組かいたと分かった。
掲示板に書いてないだけで体験した人はもっといるかもしれないけど。
それから鏡の中にキャラクターが見えたっていうのは掲示板には書かれてなかった。
頭がおかしいと思われたくないからか、気づいてないからなのか、
掲示板に書いた人達にはキャラクターが鏡の中に現れたりしなかったのかわからないけど。
取りあえず、掲示板の文面をプリントアウトして明日、委員長、
じゃなくて千代田さんと話しあおうと思って寝たんだった。
っていう事は・・・・・・・
「私、寝てる間にここに連れてこられた?」
「ピンポーン、大正解。いやー、君ほんと適応能力高いよね。
マーキングしてた時もログアウトできない状態にしてからゆっくりと、
あせらずにマーキングしてたら君勝手にいなくなっちゃうんだもん。
あれから逃げ出せたの君だけだよ。他の人は誰も逃げ出せなかったのに。
そのせいで日本中から君を探すことになったんだよ、もう。力の消費も馬鹿にならないしさ。
それにしても君ほんとにすごいよねー。この状況でも全く動揺してないし。」
「【魔法、召喚、連々】【召喚、ネルヴァ】【指令、ネルヴァ、魔人化】行けっ」
高速で詠唱して連々を召喚、詠唱を一部省略、ネルヴァを召喚してから一気に魔人化、
ネルヴァが高速で女のとこまで移動して爪の一撃を容赦なく首に繰り出す。
が、女の手前でその攻撃は止まる。障壁系?なら大丈夫、魔人済みのネルヴァなら魔法を試すはず。
そっちの指示はしなくて大丈夫。
「って、ほんとに適応速早すぎ。私が教えてないのにもう魔法使ってるし。」
女が何か言ってるけど悠長に聞いている暇はない。
今ならまだ可能性はある。この女を倒せば、元の体に戻れるかもしれない。
だから早く、早く倒さないと。
「【召喚、サンちゃん】」
よし、行ける。装備型の召喚体の同時召喚は一体だけっていうゲームの仕様に縛られてない。
これならパーティ人数の制限の方も、ならば・・・・・・・・・・
「あっ、ちなみに今私を殺しても次元のはざまに消えるだけだから。」
「・・・・・・・・・・邪魔してしまってすみません。説明をどうぞ。」
「ほんとに適応早いね。ねえ、聞きたいんだけど。今の行動は何を意図してたの?」
「私が今あなたを倒せば元の体に戻れる可能性はあると。」
「ふむふむ」
わざとらしく頷いてから女は嫌味な笑いをして聞いてきた。
「私を倒すって私を殺すことだって理解してた?これは漫画とかじゃないんだよ。
悪役は滅んで当然とか思ってなかった?ゲームじゃないんだよ。
こっちの世界では人の命って重いんだよね。
ねえ、私を殺す覚悟、ほんとにしてた?」
それは普通ならしてないだろう。でも
「してた。殺してそれで解決するならそれでいいと。」
人殺しの経験はある。
その時にずいぶん考えた。あの時殺したのは正当だったのか。
警察や裁判では、殺さなければ死んでいた。そういって慰められた。
だからそれは正当なのか?僕は考えた。考えても正当かどうかなんて分からなかった。
けど結論は出た。
殺したから僕は生きている。
少し違うけど家畜だってそうだ。殺して、それを食べて生きている。
だから私は殺そうとした。要として生きるために。
「ん?嘘じゃなくてほんとみたいだね。適応能力高くてしかもこっちの世界向きの考え方・・・・
うん、いいね。
喜んで、今からあなたは私のお気に入りだよっ。」
「あまり得はしそうにないのですが。」
「まあまあ、気にせずに行こうよ。じゃあ、私はあっちの方に説明してくるから。」
「私に説明はないのですか?」
「うーん、考えとく。」
「そうですか」
女は行ってしまった。
私はへたり込んだ。
女の威圧感に耐えるのが大変だった。
今まではどうにか虚勢を張っていられたけど、見えなくなった途端にこれだ。
ああ、冷や汗で前髪が張り付いてうっとおしい。
「ご主人様、失礼します。」
ネルヴァがタオルで拭いてくれる。なんだかこうやってお世話されるのってちょっと恥ずかしい。
「ありがと、ネルヴァ。」
「いえ、私はご主人様のためにありますので。」
ほんとにネルヴァは頼りになる。あれ?
「ネルヴァ、なんでしゃべってるの?」
「申し訳ありません。その哲学にはどうやって返せばいいのか分かりません。」
「いや、そうじゃなくて。」
「・・・・・ご不快でしたか、でしたらこれからはしゃべらないようにいたします。」
「いや、それも違うって。えーっとなんて言ったらいいかな。」
難しい。ネルヴァにも会話の機能は魔人化を覚えてからは存在した。
近頃のAIはほぼ人と見分けられないようにできてるけど、AIは人と違ってどこか違和感を感じるのだ。
けど、今のネルヴァにはそれが感じられない。
それに、血みどろ失楽園の中では発汗の仕様はなかった。
そのネルヴァが汗を拭くという動作をするのはおかしい。
まるで自分で考えて動いてるような。
「ああ、どう言えばいいか思いついた。ネルヴァ、いつ自我を持った?」
「・・・・・・・つい、先ほどのようです。
ゲームの時の記憶もありますし、様々な出来事を思い出せますが、
その当時どう感じたといった感情は少なくとも記憶の中にはありません。」
冷静だ。記憶はあるけどその時の自我はない。
そんな混乱しそうな状況だけどネルヴァは少なくとも見た感じ混乱したりしてない。
けど、そう考えるとネルヴァってゼロ歳なんだな。
全くそうは見えないけど。今だってピシっとした姿勢で待機してるし。
「ネルヴァ、こっちおいで。」
「はい」
「しゃがんで」
「はい」
近寄ってきてしゃがんだネルヴァの頭を撫でる。ネルヴァの体がピクリと跳ねて少し力が入る。
「ネルヴァはゼロ歳なんだから。もっと私に甘えてもいいよ。
ネルヴァは赤ちゃんなんだから。」
そのまま撫でてると、ネルヴァの体から力が抜ける。
うん、いい感じにほぐれてきた。
けど、ネルヴァはすぐに離れてしまった。
「ご主人様、ありがとうございました。今ならあの女も殺せそうです。」
いや、殺しちゃダメなんだって。
それに現実的に殺すのは無理そうだし。
あの女が私たちを創ったと仮定すると自分を殺せるほどの力を持つ者を創り出した場合、
自分で直接会おうっていう事はしないだろうからね。
「ところでそのご主人様っていうのどうにかならない?」
「では主様とお呼びしましょか、それともマスター?」
「うーん、他には?」
「申し訳ありません。思いつきません。」
どれもあんまり変わらない。
「うーん、まあ呼びやすいように呼んでくれていいよ。」
「では、ご主人様と。」
名前で呼んでって言っても多分頑として呼んでくれないんだろうなあ。
さて、場の雰囲気が温まったところで悪いけどネルヴァには聞かないといけないことがある。
一番重要なことだ。
「ネルヴァ、これから聞くことは君にとって答えにくいことかもしれない。
答えてくれなくてもいいけど、嘘は言わないでほしい。」
「ご主人様、私がご主人様を偽ることはありえません。」
「うん、ありがとう。
けどまあ、そんなに重要なことじゃなかったら嘘ついてもいいよ。冗談とかも言えないし。
じゃあ、質問するね。
ネルヴァはさっき、私はご主人様のためにありますので、って言ってくれたけど、
ネルヴァはなんで私のために動いてくれるの?
自我が生まれる前のゲームの使用に縛られてた時ならそれが当たり前だったけどさ。
今のネルヴァは自我があるんでしょう。ならなんで?」
この難しい質問にネルヴァは即答する。
「その質問に意味はありません。私はご主人様のために動くのが当然の事だからです。
でもご主人様の問いの意味はそういう事ではないのでしょう。
ですが私はその問いに対する答えを持ちません。
あえてお答えるとすれば、ご主人様の役に立とうとするのは私が私だからです。
ですから、どうか。どうか、私がご主人様に仕えるのを許してもらいたいのです。
ご主人様の役に立たない私はいる意味がないのです。」
あー、こう来たか。重い?まあ、重いね。もはや崇拝の域だし。
けど裏切りや反旗を翻したりといった事がない味方は助かる。
無条件に味方だと信じられる人なんて多分いないからね。
うん、この子は甘やかすことに決めた。
本人が自分を抑制しちゃうから私は思いっきり甘やかすくらいでちょうどいい。
「仕えるのを許すもなにも私からお願いしたいくらいだよ。」
「身に余るお言葉、ありがとうございます。」
「うん、でちょっとこっち来てしゃがんで。」
「はい」
「ちょっとうつむいて、そう、それくらい。
それで目を閉じてて。私がいいっていうまで目を開けちゃだめだよ。」
しゃがんで少しうつむいてちょうどいい位置にあるネルヴァの頭を抱き込む。
「私はあなたを裏切らないと誓うよ。
作戦とか、言いたくないとかで嘘をつくことはあるかもしれない。
それでも、決して、絶対に、あなたを裏切ったりはしない。」
あれ、反応がない。まあいいや。言いたいことを続けよう。
「ネルヴァは多分、私の役に立つことを優先して、
自分のやりたい事とか抑制するだろうから先に言っておくね。
ネルヴァが自分のやりたい事をやってるっていうのも私に喜びを与えてくれるから。
だからやりたいことがあったらやってもいいんだよ。」
「・・・・・・やりたい事はご主人様の役に立つことですが。
それに私を裏切らないという誓いも不要です。
それでご主人様の役に立つのなら、それは私への裏切りには、むぐっ」
ギュッと強く抱いてネルヴァの言葉を遮る。
「私が誓いたいだけだからいいんだよ。
それからやりたい事の方はやりたい事が見つかったら言ってね。」
「・・・・・・・・・・・・・・はい、分かりました。」
「わー、ぱちぱちぱち。素晴らしきかな、主従愛。お涙ちょうだいものだね。」
そのお涙ちょうだいものを今ぶち壊したけどね。
「じゃあね、ミネルヴァ【送還、ミネルヴァ】
それで、私への説明はしてくれることになったんですか?」
そう言えば、この女が向こうに行ってから、かすかに聞こえてた他の人たちの声も聞こえなくなってた。
多分説明が私に聞こえないようにするためだろうね。
それに今も他の人たちの声が聞こえない。
「さあ、どっちだろうね。ねえ、どっちだと思う?」
「一部ぼかした説明をしてくれるんだと思います。」
「むっ、根拠は?」
当たりかな。まあ、思ったことは素直に言っておいた方がいいよね。
得体のしれない存在相手だし。
「他の人たちへの説明を聞こえなくしたのは私にその説明を聞かせないようにするため。
だとしたら、私への説明はないか、限定的にすることになります。
あなたの性格上、説明を全くしないという事はないでしょう。
また、他の人たちへの説明よりか詳しくしてくれる可能性もありますが、
これまたあなたの性格上そういう事はないでしょう。」
「・・・・・・・・・私の性格なんて分からないでしょ。会ったばっかりだよ。」
「あなたの底の部分、深いところは分かりませんよ。
どれだけ時間をかけて理解したつもりになったとしてもあくまで他人は他人ですから、
それはただ理解してるつもりっていうだけですし。
でも、少なくとも私に見せている外面的な性格は想像できます。
ああ、性格と言うより、行動傾向と言った方が正確でしたか。」
ある程度分かりやすい性格をしてると思うんだけどなあ。この女の人。
「はあ、当てられすぎるのもつまんない。まあ、いっか。正解だけど間違いだし。」
「どういう事でしょう?」
「限定的な説明をしようと思ってたけど、想像以上に君が正解しすぎたから、
ご褒美として他の人たちにはしてない説明もしてあげるっていう事。」
おお、それは正直に思ってる事を言ったかいがある。
「まあ、賢い君ならこんなの予想のうちの一つだろうけど、君は私の作った箱庭世界に送られます。
君だけ他の人たちよりか一か月前に送るからね。これ私を襲ったペナルティ。
それでね。好きに生きたらいいと思うよ。はい、以上説明終わりっ。
じゃあ、ご褒美として一つだけ質問していいですよ。
答えない場合もあるからね。答えないっていう事が答えっていうやつね。
けど、嘘だけはつかないからね。さあ、なんでも聞いて。私のスリーサイズでもいいよ?」
スリーサイズは論外として何を聞くか。
と言うか説明が短すぎ。補足が欲しい所だけど・・・・・・・・・・。
ニコニコと笑ってる女の顔を見る。
「ねえ、ご褒美の質問の前に一つ聞いてもいい?」
「うーん、そう来たかあ。まあ、いいよ。嘘をつくかもだけど。」
なにを聞かれるのかと女がちょっと警戒する。
「あなたの名前は?」
「へっ、そんな事?」
「うん、嘘をつかれるとちょっと困るな。」
「いや、そんなことで嘘をつかないよ。ソピアだよ。」
ああ、なんていう偶然なんだろう。ソニアと言う私の名前のルーツだ。
ソピアっていうのは何語かは忘れたけど確か知恵って意味。
折角なら自分の名前に何か意味を持たしたいって思ってネットで調べまくって、
いくつも候補並べて、それで最終的に選んだのがソニアだった。
「うん、じゃあご褒美の方の質問するよ。
ソピア、つらくない?」
「なに言ってるんだよ。つらいわけな・・・・・・・」
嘘はつかない、自分でつけた誓約が言うのを邪魔をする。
言えないっていう事はつまりそういう事、なんだろうねえ。
「なに?意趣返しのつもり?私を怒らせたいの?喧嘩なら受けて立つよ。」
いや、私とソピアじゃ喧嘩にならないだろうに。
それに心の弱いところをえぐるとかそういう意図じゃないんだけどなあ。
「二つ、別々の人に伝言を頼みたいんだけどいいですか?」
「私の気分次第では伝えてあげる。ただし、君の体が箱庭世界に送られるまでの間に言ってね。」
女、ソピアがにんまりと笑って言い終った頃から私の体の足先からこの世界から体が薄くなっていく。
「一つはころさんっていうプレイヤーネームの人って言って分かる?
マーキングの時に私と一緒にいた人。」
「ああ、あの女ね。」
ソピアが頷いたから続ける。
「彼女にとりあえず一か月ぐらいは生存優先で動いた方がいいって伝えてあげて。」
「気分次第では伝えてあげるわ。もう一つは?」
「たまになら遊びに来てもいいって伝えといて。」
「誰によ?」
「そr・・・・・・」
やば、転送のせいでしゃべれない。
ソピアは馬鹿にするみたいにこっちを見てるけどこれはどうしても伝わってほしい。
あっ、手はぎりぎり動く。
伝われっ!
右手に全神経を集中して動かしていく。
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ああ、伝わったみたい。ソピアのぽかんとしてる顔が見えるから大丈夫だね。
ここで一回意識が途切れる。