辰治3
グレーマンこと辰治は相変わらずクラスで怖がられている。
現に今、目が合った生徒が全力で目線をそらしたところだ。
「ねえ、聞いているの?【戦神】さん。」
ただ一つだけ変わったことがある。
何が楽しいのか知らないが目の前でニコニコ笑っている要だ。
血みどろ失楽園というゲームに誘われてたまに一緒に遊んでいるが、その交友関係は
本名を知る前に血みどろ失楽園内でのキャラ名を先に覚えたという変わった始まりだった。
というかリアルばれしたくなくて自分とゲームをやっているというのに
簡単に自分のゲームでの通り名を出す時点でこの男、意外と間が抜けてるんじゃないだろうか。
血みどろ失楽園ではソロかこいつとパーティー組むぐらいだからばれかねないのだが。
「はいはい、聞いてる、聞いてる。」
「もー、全く辰治はつれないんだから。」
こんな風に絡んでくる奴はちょっと前までは一人もいなかった。
一匹狼と言えば聞こえはいいが、まあ、悪く言うとボッチだったから。
「で、何の話だったか?」
「だーかーら、一緒に帰ろうねー、ってこと。昨日はいつの間にかいなくなってるし。」
「別に普通に帰っただけだっつうの。なんでお前を待たなきゃいけねーんだよ。」
嘘だ。昨日はちょっと前にボコった不良どもに呼び出されていたから気づかれない様に消えたのだった。
何しろこの目の前の男はどこにでもついて来ようとするし、まきこみかねない。
今も学年が上がり、クラスが別になったというのに休み時間はほぼ毎回来る。
まかなければ何とかついて来ようとしただろう。
「ないよ。だから、今日は一緒に帰ろう、ってあらかじめ言ってるんじゃないか。」
「気が向いたらな。」
「むう、言質を与えないつもりだね。」
あいまいな返事にぶーぶー言っている要を見ながらふと、思う。
こいつ、交友関係大丈夫か?と。
登校、授業の間の休み時間、昼休み、下校、ほぼすべてにおいて辰治と一緒にいる。
自分でいうのもなんだが辰治は不良だ。
そんな自分とずっと一緒にいてこいつ大丈夫なのか、と。
「というか、お前大丈夫か?」
そんな思考が何気なく口を突いて出る。
「えっ、なにその何気なく失礼な物言いは。僕は何にも問題ないよ。」
「いや、だってお前、ずっと俺といるじゃねーか。
言っちゃあなんだが、俺は不良だぞ?そんなのとつるんでるといろいろ言われたりしねーのか?」
そこまで言うとガーン、と口に出してショックを受けたように見せていた要は何が言いたいのか悟る。
そして普段の人当たりのいい顔のまま目だけ冷たい物にして話し出す。
「確かにいろいろ言われたりするけど、辰治の事が分からないような人なんてほっとけばいいんだよ。
僕にとって辰治と一緒にいる事よりその人たちの優先順位は低いからね。」
「あー・・・・・・そうか。」
辰治は人当たりのいい顔のまま目だけが冷たいという一種異様な雰囲気に少し気おされ気味になる。
「そうだよー。今は辰治中心で動いてるからね。」
などと話していると予冷がなり、「一緒に帰るから待っといてよ、絶対だよ」などと念押ししながら
自分の教室に戻っていった。
残された辰治は思う。
「あいつ、結構やばくね?」
取りあえず本気で怒らせない様にしよう、と思う辰治であった。
「ちょーっとついてきてもらえませんかね?いや、なーに、そんなに時間はとらねーから」
現在、辰治は下校中だった。
隣のクラスが終わるのが少し遅く、めんどくさくなって帰ろうと靴箱の所で靴を履いていたら、
「待っといて、って言ったでしょ。」などと言いながら走って追いついてきたので二人で下校中だった。
めんどくせー、等と言いながらも一緒に帰っていたのだが、今はそんな過去の自分の判断を悔やんでいた。
現在辰治たちは不良達に絡まれてる。そのうちの一人である金髪が前に出てきてしゃべっている。
知らないやつらだ。
とはいえ、辰治は様々な不良グループに恨みを買っている。
これぐらいの相手であればこれぐらいいくらでもやりようがあるのだが、今はタイミングが悪かった。
足手まとい要を連れてるのでとれる対応が少ない。
「後にしろ」
とは言ってみるものの
「いやいや、わざわざ今まで待っといてやったんだから今いこーぜ。グレーマンさんよ。
それともあれか?びびったか?ストレイドッグの名前によう。」
と、まあ、予想通りの反応。
ストレイドッグというのがチーム名なのだろうが、その名前に覚えはない。
が、よく見てみるとその中の一人に見覚えがある。ちょっと前に、襲ってきたからボコったやつだ。
さてさて、どうするか、と考えている間にも事態は動く。
「ねえねえ、おにいさん。ストレイドッグ、っていう名前なの?」
と、純粋に何も考えてない、今の状況が分かってないようなのんびりとした声で聞いたのだ。
それに笑ったのは不良たち。
それに違和感を覚えたのは辰治。
一年ほど付き合っているから分かるが、要はこの状況を分からないような馬鹿じゃない。
「おいおい、おぼっちゃんかよ。
ぼくー、今の状況分かってるー?ここらで知らない子はいないと思ってたんだけどー。」
「からかってやんなって。そんなひょろっこい奴がこっちの世界に首突っ込んでるわけねーだろ。」
「まあ、その割にぐれーまんと付き合ってるんだけどな。
まっ、俺らを恨むんじゃなくてグレーマンをうらみな。」
置いて行かれている辰治をおいて話は進む。
「確か、この近辺のチーム名はストレイドックという名前だったと思うんですけど?」
「あん?だからストレイドッグだって言ってるだろっ。何回も言わせんな、ぶっ殺すぞ?」
周りを自分たちに囲まれているというのに平然とした風な要に、苛立った不良が怒鳴るが要は動じない。
それどころか要は強い意志を込めて言い返す。
「いえ、違います。ドッグ、じゃなくてドックです。
組長のテツは自分たち不良のことをストレイドッグ、つまり野良犬とし、
その野良犬どもの休める場所つまり、ドックとなるように、という意味でのストレイドック。
ドックは本来、船が作られたり、休んだりする場所ですけどまあ、そこは言葉遊びですので。
あと、犬もドッグですけど、まあ、和製英語で行けばドックということで。
こういった意味があるからチーム名はストレイドッグではなく、ストレイドックです。
お間違え無きように。」
不良たちの視線がお坊ちゃんを見る目から、変な奴を見る目に変わった瞬間である。
状況を分かってないかのような発言をしたかと思いきや、
今度は自分たちのチームの事を所属している自分たちよりかよく知っているやつ。
ただのひょろっこいだけのガキなのに不良たちの目には警戒の色さえ浮かんでいた。
「ところでストレイドックには他のチームの者、不良には暴力をふるってもいいけど、
一般人には暴力をふるってはいけない、といったルールがありましたよね。
たった二年のうちにそのルール、なくなってしまったんですか?」
その問いにやはり、このガキは自分たちのチームの事をよく知っているのだと理解する。
そして、自分たちが少しまずい立場に置かれていることも。
前回、辰治を襲ったのも、今回、こうして一般人であるこのガキが辰治と一緒にいるときを狙ったのも
ストレイドックとは何の関係もない。この不良達がグレーマンを倒したとあらばハクがつくと思っただけ。
前回の件はまだいい。けんかに負けたことは恥だが悪いことではない。
だが、一般人がいるときにこうして囲んだこと、しかも人質的に使おうとしたことがチームにばれたら…。
もうこうなっては謝るか、やりきるしかない。
そう目線で相談し合った不良達は、プライドからか、やりきる方を選択した。
そうやって覚悟を決めたその時である。
要の問いに対して意外なところから返事が返ってきた。
「別にそのルールはなくなってねえぞ。」
いつの間にか、ほんとにいつの間にかその男が近くにいた。
相当、体が鍛えられており、さらに、見る人が見れば何らかの武道を修めてることが分かる立ち姿だった。
その男の事を見つけた不良達は顔をさー、っと青ざめさせる。
辰治はその男を、強い、と感じられた。
戦えば勝つか、負けるかわかんねえ。それが辰治の感想だ。
とはいえ、今回は戦う事はない。というより、後ろに何人もの鍛えられた男たちがいるので無理だ。
「テツ、久しぶりだね。」
そんな男と要は知りあいらしい。にこやかに挨拶を交わしている。
「ちっ、気色わりー言葉遣いしやがって。俺からしたら違和感しかねーぜ。
まあいい。おい、連れてけ。ルールを破った罰はAランクでな。」
テツと呼ばれた男は後ろの男たちに指示を出し、不良達を連れて行かせる。
抵抗したものもいたが、そういうのはボコられて連れていかれた。
「罰にランク制なんて取り入れたんだね。」
「ああ、おめーがいた時よりかでかくなったからな。
そこら辺をきっちりしとかねーとすぐにくさっちまう。」
「大変なんだね。」
「ちっ、他人事みてーに言いやがって。ここまででかくなったのもてめーが原因だろうが。」
急に現れたテツという、おそらく先ほど話に出ていたストレイドックの組長と親し気に話し出す要。
辰治はそんな急展開にいまいちついていけてなかった。
何しろ要である。奨学生であり、勉強はかなりでき、穏やかで、運動はまあまあ、といった普通の生徒。
それが辰治の知る要であった。後、血みどろ失楽園の中の要。
そんな要と、この組長とでは接点がない。
どうにか二人の接点を絞り出せないかと考えている辰治はほっといて二人は親交を深めている。
「あれは不可抗力だよ。おかげでいろいろ解決したでしょ?」
「まあ、そうだな。
で、グレーマンがお前の今の、か?」
「そうだよ。
なんかストレイドックの人と因縁があるみたいだったけど・・・・・・・やる?」
「・・・・・・はあ。
やんねーよ。お前の今のだってのにだれがやるかっての。
おっかねーったらありゃしねえ。そも、今回のはただの喧嘩だ。なんの因縁もねー。
あいつらをしめて、チームをしめてそれで終わりだ。」
テツの言葉にじーっと顔を見て判断していた要は嘘がないと判断してにこっ、と笑う。
「良かった。テツとやり合いたくないからね。」
「俺もおめーとはやり合いたくねえよ。感情的にも戦略的にもな。
で、どうする?お前、今暇か?」
と、話はとんとん拍子に進んでいるのだが、それではすまないのが辰治だ。
要とこの組長の関係だけで済んだのなら、そういう付き合いもあったのだ、と終わらせたが、
どうやら、話の中で自分が絡んでいる様子。それなら事情を説明させる権利がある。
「おい、俺にも説明しろ。何がどうなってやがる。」
そうけんか腰で言ってきた辰治にテツは冷静に対応する。
「そうかっかすんなって、グレーマン。
で、ここまで話したってことはグレーマンにいろいろ説明すんだろ?」
「うん、そろそろいいかな、って。僕にも慣れてきたころだろうし、いいきっかけかなって。」
やはり辰治を置いてきぼりにして話は進む。
「じゃあ、とりあえず移動すっか。俺やグレーマンはよくてもお前は世間体があるだろ。
どうだ、久しぶりに後ろに乗ってくか?」
そう言ってテツは彼の愛車なのだろう。自分のバイクを指さしている。
それに対して要は拒否する。
「いや、やめとくよ。制服のままだし、にけつはあんまりよくないから。
それに・・・・」
要が言葉の途中で切り、手を挙げると少し遠くに止まっていた黒塗りの車が近づいてくる。
「・・・・車で行くから。じゃあ、いつものとこで。」
要は老執事にあけられた扉の中に入っていった。
「おい、テツとやら、説明してくれんだろうな?」
辰治には分からない事ばかりだった。




