辰治2
「いがいとすごいのな。」
これがグレーマンこと辰治のVR世界での一言目となった。
ゲームに入ってすべての人が最初に体験するのが鳥になって世界を見て回っているという設定の体験だ。
「血みどろ失楽園」のはそれはもう凝ったものになっている。
そのムービーはPVにもなっており、その精巧さにネットでも有名になっている。
ハードさえあればネットから無料で落としてそのPVをVR体験する事もできる。
その精巧さは「血みどろ失楽園」を始めたきっかけは何ですか、
というアンケートで「PVを見て、体験して」という項目が一番になっていることからもうかがえよう。
辰治はそのPVに感動したり、容姿の設定をする時にAIの人間らしさに驚愕したり、
なんだかんだ楽しみながらゲームを進めていく。
「では、初期装備として布の服と初心者装備(仮)、手鏡をインベントリに入れておきます。
あなたはこれから緑が多く、平和な町ユートピアの噴水広場に降り立ちます。
この世界は美しいがゆえに時に残酷です。
私はあなたがその残酷な出来事にも負けずに強く生きてくださることを祈っています。
では、よい旅路を。」
そうやってAIに見送られ、気が付くと辰治は真っ暗闇にいた。
見回してみると暗闇の中、一点だけ光っているところがある。
おそらくそこへ向かえば噴水広場とやらに出られるのだろう。
しかし、辰治はふと思ってしまった。
「光の逆側にずっと言ったらどうなんだ?」
そう思ってしまったからにいは好奇心を満たすために行くしかない。
辰治はずんずんと光の逆側に歩いていく。
どうやらちゃんと距離は設定されている様で、どんどんと光が小さくなっていく。
唯一の光が遠ざかっていくというかなり不安をあおられる光景だ。
しかし、それにもかかわらず辰治は何のためらいもなく進んでいく。
しばらく歩いた。光はどんどん小さくなっているがそれ以外に変化はない。
かなり歩いた。このまま行っても何にもなくてただただ進めるだけなのではないかと心配になった。
走ることにした。もう小さな点ぐらいにしか見えないがまだ終わりはない。
スタミナの仕様があるのか疲れたので歩くことにした。ここまで来たらもう意地だった。
「ったく、どこまで続いてるんだっての。もう光とかほとんど見えねーぞ。」
遠くの方にかすかに見えるか、見えないか、といったほんのかすかな光がなければ、
自分がまっすぐ進んでいるのか、それとも曲がってしまっているのかすら分からないかもしれない。
「これで何もなかったらどうしてやろうか?」
勝手に明らかに順路と思われる光を無視してここまで来たというのに身勝手な怒りすら湧いてくる。
とはいえ、今更光の方へもどってはこれまで使ってきた時間を無駄にするようなものだし、
そもそもここまで来るのにかかった時間をもう一度移動する気にはなれなかった。
そうやってかなりの時間歩いて行った辰治だったが、突然床がなくなり、突然の浮遊感が襲う。
「う、おおおーーー!?」
しかしそうやって感じた浮遊感は長くは続かなかった。
じゃぼん、そんな感じの音がして次に感じたのは冷たい水の感触。
暗い中から突然明るい所に放り出されてびっくりしている辰治の耳に入ってくるのは周りのざわめき。
「おいおい、落ちてきたのなんていつぶりだよ。」
「知らねーけど、見て見ろよ。びっくりしたって顔してるぜ。ありゃ新人だ。ご愁傷さまだな。」
「あー、もう、水が周りに飛び散ってる。誰が掃除すると思ってるのよ。」
「いや、あれぐらいだったらあと十秒ぐらいしたら勝手に消えるでしょ。しいて言うならシステムかな?」
そういった有象無象の声を拾っていき辰治は状況をどうにか把握する。
どうやらもともと来るはずだった噴水広場の噴水に落下したのだと。
そして、周りの声から察するにどうやらこれは仕様らしい。
辰治みたいにあえて光から遠ざかっていくというひねくれたゲーマーは意外といる様だ。
というよりむしろゲーマーだからこそ検証してみたくなるものなのかもしれない。
取りあえずこのまま噴水に浸かっていてもいいことはないのでざばざば水を切って歩き出る。
「ああ、そういえば奴が待ってるんだったな。まあ、すぐに行くとはいってなかったし。」
要と待ち合わせをしていたことを思い出した辰治。
かなりの時間を使ったので一瞬焦るも半ば無理やりゲームに誘われたようなものだった。
その件と相殺でいいかと考え直す。
「そういえば俺の容姿変わってたな。
ってことはあいつが勝手に発見してくれるのを待つことはできないな」
初期配布の手鏡をインベントリから取り出し、自分の顔を確認する。
そこには言われてみれば辰治の面影があるかもしれない、という程度に変化した顔があった。
基本的に「血みどろ失楽園」ではアバターとリアルの顔を変える事を推奨している。
もちろん推奨なので変えなくても全く問題ないのだが、帰るとステータスにごく微量だがボーナスが
つく、という仕様なのでたいていの人物が顔を変えている。
この仕様は他のVRMMOにおいてのトラブルが現実での事件に発展した事からできた対策である。
これもVRMMOが限りなくリアルに近づいたことの弊害と言えるだろう。
ちなみに変更でいちいちいじるのが面倒、という人のために微妙に面影を残す程度で
AIが自動で顔を変えてくれるというサービスがあり、辰治もそれを使って顔を変えていた。
「プラカードを持って待ってるとか言ってたな。まあ、プラカードを持ってる奴なんてそういねーだろ。」
さてと、といきなり噴水に落とされた恨みは(一時)忘れ、元の目的の要探しを始める。
そうやって探し始めた辰治であったが、結構な人がいてなかなか見つけられない。
だが、広場はそこまで広くないのですぐに一通り探し終わる。
「まあ、普通に考えたらもういねーよな。」
何しろ時間をかけすぎた。
これでも待っていたとしたら例えるなら彼氏にデートをすっぽかされたのにそれを待って
朝から夕方まで待つ彼女のようなものだろう。いや、さすがにそのたとえはおかしいか。
そもそも要は男なのだし。
諦めて今日は適当にそこら辺を見て回るか、と考えた辰治だった。
そうやって要との合流を諦めた辰治は観光気分でとりあえず何やら人垣になっている方を目指す。
「なあ、あれってあのソニアさんじゃね?お前、声かけてみたら?」
「いや、もう声かけた奴いるからな。あれだけあからさまなら声かけるだろ。
で、そいつ普通に断られてたからな。」
「そうなのか。っというかあれなんなんだ?」
「さあ?」
人垣の方に近づいていくとそんな声がちらほらと聞こえてくる。
どうやら有名人が何やら変わったことをしている様だ。辰治はそう判断した。
「すまんな」
暇つぶしにはなるだろ、と思い人垣をかき分けて中心の方に向かう。
どうにか人垣をかき分けてその有名人とやらが見える位置にまで来た辰治はプラカードを発見した。
しかし、そこにいたのは要ではなかった。何しろ少女だったのだから。
要の女のような声を出せるという声芸には一本取られたが、要はれっきとした男なので。
それでだいぶ興味はそがれたが今度はプラカードの内容に目が行った。
『仲間になりたそうにこっちを見ている』
「訳が分からん。」
このゲームではこんな光景が普通なのかと思ったが、こうして人垣ができてる以上普通ではないのだろう。
特に辰治の琴線に触れる事柄ではなかったので踵を返して人垣から出ようとする。
その辰治の耳に聞こえてくる、少し聞き覚えのある声。
「【魔法、召喚、スラ】」
「っと!」
何かを感じた辰治はバックステップで元いた場所から離れる。
辰治は正面に見えていた人垣との距離が遠くなりつつある視界の上の方に青い何かを発見する。
その青いのが何かは分からないが、とりあえず避けれたようで安心した辰治に背中の方から
とん、と軽い衝撃が発生する。そしてわずかばかりの力による拘束。
いつでも拘束を解除できるだろうといったばかりの力。
目の前には青い何か、とさっき判断したスライムと思しき物。
背後にはが自分を拘束しようとしているのかよくわからないが何かがいる。
だから辰治はとりあえず背後の何かを蹴り飛ばした。
「イタッ」
「「ああっ!」」
蹴り飛ばしてみて聞こえたのは先ほど聞こえてきたどこか聞き覚えのある少女ぐらいの声と
周りの人垣からのびっくりした声。周りの人垣どもは辰治に対して非難の目を向けてきている。
人によっては殺気とも取れるような目をしている奴すらいた。
どうやら辰治が蹴ったのはさっき見た有名人で、どうやらその有名人は結構人気なようだ。
まあ、先ほど見た少女の整った容姿と神秘性、とでも言えるような雰囲気なら納得だが。
辰治的には最初に仕掛けてきたのは向こうだし、自分は全く悪くないと思っているがこの状況はよくない。
相手が周囲の人間を味方につけているのだから。それも少女を蹴った、となればそう流れるのも当然か。
取りあえず適当に謝っておこう、と思った辰治より先に少女が口を開く。
「暴力はいけないと思いますよ。」
ずいぶんと大人びた話し方をする少女だった。
「あー、まあ、わりーな。」
暴力がいけない、というのは正論なのだが、少女が先にスライムで仕掛けてきたのだから、
その言葉が若干ブーメランになっている気がしないでもないのだが謝る。
「というか、なんでスライムをこっちに飛ばしてきたんだ?」
このゲームに詳しくない(というより要から聞こうと思っていたのでほとんど知らない)ので
どうやってあのスライムを辰治の頭の上に飛ばしてきたのか分からないが、その行動には疑問しかない。
第一、この少女とは初対面だ。そうされる理由がない。
「なんでって・・・・ああ、そういう事ですか。分かりました。
ここではなんですのでついてきてもらえません?おいしいスイーツを出すお店を知ってるんです。」
「はっ?」
急に襲われたと思ったら、今度は喫茶店に行きましょう、と誘われる。
若者のナンパでももう少し脈絡のある誘い方をすると思うのだが。
まあ、こういう変わったのもいいか、と考えて辰治はこの少女に付き合う事にした。
周りからの嫉妬のような視線がうっとうしかったが。
少し歩いて連れてこられたのはなんかこじゃれた店だった。
自分独りだったら入店しにくいだろうなあ、と男としては感じてしまうような感じの。
「で、どういう事なんだ?」
わざわざこんな店にまで連れてきてどういう要件があるのか。
とにかくそれを聞いてしまいたくて辰治は席についてそうそう質問する。
「ええ、もちろんお答えします。でもその前に注文しませんか?ここのスイーツおいしいですよ。」
これまた正論だ。
喫茶店に入ったというのに注文しないというのは客としてだめだろう。
しかも何やら奥の方のいくつかある個室にまで案内されたというのに。
「あー、じゃあ、ショートケーキで」
こんなところで何を注文すればいいのか正直分からない。だから無難な注文をする。
しかし、そんな戸惑っている様子を目の前の少女は把握している様で。
「はい、では、スイーツ盛り合わせにしておきましょうか。
量としてはそれなりにありますけどこのゲーム、食べようと思えばいくらでも食べれますからね。
ああ、紅茶派ですか?コーヒー派ですか?」
「コーヒーだ。」
「分かりました。」
少女は手慣れた様子でベルを手に取り振る。が、音が鳴らない。
不思議に思った辰治だが、すぐに音もなく店員が現れ、注文を取る。
「スイーツ盛り合わせを一つとクッキーを一皿。飲み物はコーヒーと紅茶でお願いします。
後、帰る時にクッキーを二袋包んでください。」
「かしこまりました。」
注文をした後、少女は手に持っていたベルを机の上にあるそれ用のベル置き場に一度立てておいてから
こつん、と指ではじいて横に倒す。
それを見届けた店員はまたもや音もなく去っていった。
「なんでそのベルは音が鳴んねーんだ?というか音がなってねーのになんで店員は来たたんだよ?」
「それはですね、他のお客様の話の邪魔にならない様に音が鳴らないベルにしたようですよ。
専用の魔道具をつけた者にのみベルの音がきこえるんです。
まあ、この個室は完全防音なので音を気にする必要はないですし、音が聞こえないからこそ
この音で伝えるわけじゃないベルを使っているともいえますけどね。」
意外と、と言っては失礼だが考えられている様だ。
「で、そのベルを倒したのはなんでだ?」
辰治のさす指につられて少女はこつん、と倒されたベルを見る。
「意外とよく見てますね。
これは内緒話をするから注文の品を持って来たらドアに近寄らないでください、という合図です。
まあ、内緒話をしない場合でも倒しておくことが多いですね。」
そんな話をしていると、注文してからさほど経っていないというのにもう先ほどの店員が品を持ってきた。
やはり、店構えと同じくこじゃれた感じのスイーツがいくつも載っているモノだった。
「早いな。」
辰治がその早さに感心してか、驚いてか、そう漏らす。
「ありがとうございます。」
その辰治のほめ言葉と取れる言葉に対して店員は少し考えてから返した。
そして一礼して去っていった。
「なんだよ?」
その様子を見て少し笑っているように見えた辰治は少女に突っかかる。
「いえ、初心者なのですね、と思いまして。」
「まあ、確かに初心者だが、それと笑う事にどうつながる?」
理解が及んでいない辰治に対して少女は特に得意がることなく説明していく。
「えーっとですね、この世界にはまず、インベントリという物がありますよね。
そこには大きさに限らず様々なものを入れておくことができるのも知ってますよね。」
「ああ、チュートリアルで習ったからな。」
「でしたら、そのインベントリに作った料理やお菓子を入れておけばいいと思いませんか?」
「ああ、そういや、確かにな。」
「そしてインベントリに入れてあるなら、注文を取った人が一度下がる必要もないでしょう?
それに比べてこの店はわざわざ一度取りに行くスタイルを取っているので時間がかかるんです。
だから、早いな、とあなたが言ったときに店員さんは少し考えてたのです。
私も初心者らしくていいな、と思ってすこしだけ笑ってしまいました。ごめんなさい。」
辰治はグレーマンと不良達に呼ばれるぐらいにはよく喧嘩をするが、
こうして正面から謝られて許さない、といった理不尽な事はしない。
相手に悪意がなかったようなのでなおさらである。
「謝ってくれればそれでいい。勉強にもなったしな。」
「心が広いんですね。
ああやって笑われればたいていの人はそういいますけどまったく気にしないという事はないのに
あなたはそういった感情を謝ってから全く抱いていないように感じます。」
少女は感心したように辰治を見る。
「・・・・・あなたの様な人をわたしのにしてよかったと心から思います。
ああ、そうです。お詫びに初心者向けのレクチャーを受けてはもらえませんか?」
少女の提案に対して辰治は少し考える。
「初心者向けのレクチャーっつうのはどんなやつだ?
あんたの言いようからしてただ説明するだけって感じじゃないんだろう?
一応これでも俺はダチに誘われて入ってきた口でな。
たぶん次にこのゲームする時はそいつに合わせてやらねーといけねーから。」
先ほどの人込みでこの人物は有名人だという事が分かっている。
そんな人物の言うレクチャーなるものはそれは要に勝てるようになるためにも有用な物だろう。
しかし、こっちにも都合があるのでお礼とはいえ、あんまり時間を拘束されるわけにはいかない。
「そうでしたか。
私の言っていた物は十日ぐらいかけてする本格的な初心者向けのレクチャーのつもりでしたが、
そうなると、それだけの日数拘束するわけにもいきませんね。」
となぜか辰治の返事にどこか嬉しそうにしながら答える少女。
そして、十日という予想外に長い期間レクチャーを受ける羽目になりそうだったことに驚く辰治。




