辰治
「オラーッ、死ねやこらぁ!」
ぼぐっ
そんな威勢のいい声を出して殴り掛かってきた、耳にぴあすをちゃらちゃらつけている男は
金色の頭をした男の単純なひと蹴りにより沈んだ。
「で、どこのもんだ?この界隈じゃ俺に手を出そうってやつはそうそういねえはずだが。」
その沈んだピアス男の前にしゃがみ込み金髪は億劫そうな声で聞く。
彼は暴力がそんなに好きではなかった。
あまりスマートな事の解決方法ではないからだ。
「っ、くそっ。誰が答えるかよ!」
しかし
「おいおい、俺はどこのもんだって聞いたんだがなぁ。」
ごきっ
男の手を踏み抜いた。
「ぐぅっ、ガーーーーーーー!」
手っ取り早い解決方法だと認めていた。
その後、男をボロボロにしてどこの者かと聞きだした金髪はたまり場に殴り込みに行った。
さすがに人数が多く、それなりに傷ついたが病院に行かずとも数日で直る程度で済んだ。
それに対し、相手は病院送り、という結果になった。その場にいた二十人全員が。
それだけのことになればさすがに警察も出張ってきた。
しかしそれも金髪は今回は注意程度で免れた。
警察としてはここら辺で有名になっている金髪を罪に問いたいところだったが、今回は無理だった。
ピアス男は蹴っていろいろしたが、今回警察が知っているのはたまり場での乱闘騒ぎだけなのでセーフ。
乱闘騒ぎは金髪の方から手を出したのではなく、人違いでたまり場に連れ込まれて攻撃されたから反撃した、と金髪は主張した。普段の行いからそれを信じる警察ではなかったが、相手が鉄パイプ(いつの時代だ、というかどこから持ってきた)やサバイバルナイフ(それぐらいの年の男子のあこがれ)で武装していたため正当防衛と認めざるを得なかった。
病院送りの中には結構な傷を負った者もいたが、「いや、あんだけの人数に襲われて殺さずに制圧した自分をほめてほしいっすね。」とか「いやー、命の危機を感じましたわー、ガクブル(実際に口で言った)」
という主張に額に青筋を浮かべながらも彼を解放した。
これまで金髪は何度も暴力事件を起こしているが、彼は警察の厄介になったことはなかった。
いや、警察にとって厄介者ではあるが、逮捕されたことはなかった、という意味で。
けんかをする時は人のいるところでけんかをする。
そして必ず一発殴られてから反撃する。
殴り返す前に周囲の人に自分の身を守るために反撃する、と宣言する。
けんかの目撃者を逃がさない。
この四点を守っていれば基本的に逮捕されることはない。
そしてそれを守りながらけんかを繰り返す内に彼には二つ名がついていた。
「グレーマン」
喧嘩をしまくるという明らかに黒な男なのに、正当防衛という白を被っているため逮捕されない。
その中間の色を取ってグレーマン。
決して宇宙人ではないのでお間違え無いよう。
そんな金髪こと、彼、清水 辰治には持論がある。
【弱い者は敗者になる。】
そんな当たり前の事。
初めてこの言葉を意識したのは母親に対してだ。
彼の母は父に支配されていた、暴力によって。亭主関白な父は不満があるとすぐに母を殴った。
母はその恐怖におびえながら暮らしていた。
辰治少年はその光景を見て【弱い者は敗者になる】と悟ったのだ。
それからの彼は暴力をふるうのにためらいがなくなった。
勝者になればすべてが許される。そう思った辰治少年は小学校で暴君になった。
しかし事はそう単純に進まない。
辰治少年の行いが教師にとがめられ、親に連絡が行ったのだ。
そして父親にぼこぼこにされた。
ただ、顔や手足は狙われなかったので周りの人たちにはそのしつけという名の暴力はばれなかった。
辰治少年は何がいけなかったのか考えた。
そしてボロボロの自分の体を見て、そして何も言わない周りの人を見て気づいた。
気づかれなければいいのだ、と。
確かに気づかれなければ叱られることはない。そして今度は教師に気づかれない所で暴君になった。
しかし、所詮子供の考える程度の隠蔽だ。やはり気づかれる。そして父親にやられる。
父親も二度目なので手間のかかる息子にイライラしてよりひどく暴力をふるった。
辰治少年は何度も許しを請い、泣き喚いた。
そして辰治少年はまた考える。
その段階でとうとう辰治少年は気づいた。
父親はあれだけ自分に暴力をふるい、自分があれだけ泣き喚いたが、近所の人は何も言わない。
なぜか?それは父が未来の辰治と同じく賢いグレーだったからだ。
父は怒鳴って、息子が泣いてご近所迷惑をした、という理由で近所の人に謝りに行っていた。
息子が同級生にひどいことをしたと学校から連絡があって家に連れ帰ったが、
反省した様子がなかったので怒鳴って一発どついてしまったら大声で泣きだした、と。
そう言って父は一緒に連れてきていた辰治少年の頭にできたたんこぶだけを見せながら説明した。
服の下はボロボロになるぐらいに暴力を振るったという黒なのに、
外から見たら少ししつけに厳しすぎる父親、という白に見える。
教師がしつけだ、と拳骨をしたらかなりの大ごとになるが、親が一発拳骨をした程度では誰も動かない。
拳骨を落とす程度ならやったことがある親はままいる。
とはいえ、少し厳しすぎるんじゃないですか、と苦言を呈されることはあったが、
それも気を付けます、と言えばそれで収まる程度だ。
そんな父親の背を見て育った辰治少年はグレーマンという二つ名がここら一体で通じる存在に成長した。
そんなグレーマンこと、清水辰治の学生生活は退屈であった。
授業中、ぼーっと外を見ていても教師は注意もしようとしない。恐れられているのだ。
つまらない。
あまりの何事もなさに、ちっ、と舌打ちをした。
その音に教室中がビクッ、となる。教師でさえそれだ。
最初の頃は教師も注意していたが、今となっては注意してくるものもいない。
「はあ、なんか面白いことないのかよ。」
私語をしても何もない。
きーんこーんかーんこーん
ベルの音がする。
どうやらいつの間にか寝ていたようだ。クーラーがついていなかったせいで汗がびっしょりだ。
グレーマンの席の場所はあまりよくない。
冬は寒く、夏は暑い窓際。くじ運が悪かった。
おそらく代わってほしいと言えばだれかは恐怖から答えただろうが、
それをするのは馬鹿らしいと思いしなかった。そもそも彼は父親の態度から理不尽な事を嫌っていた。
なんの理由もなく嫌だから、という理由で席を移動させるのは理不尽だ。
まあ、へ理屈でも理屈が通れば押し通すこともあるのだが。
そのままぼーっとしているとだれか(名前を覚えていない)が声をかけてきた。
「あ、あのっ」
「あ?」
そしてその誰かは逃げてった。
女だった。見覚えはある。
おそらく同じクラスの女子だ。
「なんなんだ?」
訳が分からない。
少しもやもやするので寝たふりをして耳を澄まして周りの音を拾い集める。
「もー、むり、むり、むりぃ!怖すぎるよ。グレーマンにプリント渡しとけとか無理だって。」
さっき声をかけてきたやつと同じ声を発見。
引き続き耳に神経を集める。
「だいたい、先生も先生だよねー。別に起こしてプリント渡しゃ良いのに。」
「そんなん無理だって。あのハゲだよ。そんな気力があれば頭も剥げてないって。」
こっちは比較的気楽な感じで応じる声。
だけど大体の事情は分かった。
担任(ハゲと呼ばれている)が自分にプリントを渡そうと思ったが、
寝ている自分を起こしたくなくて他のものに頼んだという事だろう。
ああ、そうなるともう終礼も終わってるのか。あれは授業終わりじゃなくて、終礼終了の鐘か。
「あっ、今寝てるよ。チャンス。机の上に置いとけば渡したことになるって。」
「えー、それでもし気づかずに帰って、参加できなかったとかなったらグレーマンに殺されちゃうよ。」
「いやいや、殺すってあんたどんだけ怖がって・・・・・・・ないよね?」
「ちょっ、ちょっとやめてよ。ほんとに怖くなってきちゃったじゃない。」
あー、いらいらする。これが男子だったら殴って奪って帰ればいいのに。
陰口を言ったなら殴る、それは辰治の中では別に理不尽ではない。
しかし、女子を殴ったとなると後々面倒だ。
男子も群れるが、最終的には個人だ。しかし女子はもはや群体である。
ほんとにやるとなれば気にしないが、避けれるならある程度避けたいと思う相手だ。
もー、ごみ箱に入れるでもいいからさっさと帰ってほしい。
プリントなどいらない。そもそも学校行事になど参加する気もない。面倒なだけで何の得もないのだから。
そうやって念を送っているとそれが通じたのか、通じてないのか、とにかく変化が現れた。
「田中さん、僕が私とくよ。」
「えー、いいの?というか大丈夫?要君細いんだから無理しなくてもいいよ。
というか要君にやらせるぐらいだったら私が渡すから・・・・・たぶん。」
「いや、というか僕も先生に追加のプリント渡すの頼まれたからついでに渡しとくよ。
それに田中さん、水曜はいつも習い事あるからってすぐ帰ってなかった?時間大丈夫。」
「えっ、あっ、結構やばい。うー、ほんとごめん。頼んでいい?」
「だいじょうぶだよ。」
「じゃあね。今度、埋め合わせはするから。・・・・・なにかされたら私たちに相談するんだよ。
絶対だよ。」
「わかった。分かったから、急ぎなって。また明日。」
「また明日ねー。」
どたどたー、と頼まれていたらしい女子と、その周囲にいた女子が返っていく。
残ってるのは男子だけだ。
なら殴ってもいいしそろそろ帰るか、と突っ伏していた顔をあげようとしたところで声がかかる。
「ゲームでもしたらいいと思うよ。」
「はっ?」
意味不明の第一声に顔をあげ、まじまじを相手を見つめる。
今までまともに話しかけてきたやつはいなかった。
それをこのひょろっこい奴は普通に話しかけてきた。
「というか何の話だ?プリントじゃないのか?」
「いや、別にプリントの話なんかしたくないでしょ、君。
いつももらったらすぐゴミ箱に突っ込むじゃん。」
挙句の果てに「君」呼ばわりだ。
なんだ、こいつ。俺を恐れてないのか?
「いや、だって君、特にいいことしてないけど、悪いこともしてないじゃん。
僕の知ってる限りだけど。」
なんだこいつ?心でも読めんのか?
「いや、君、結構顔に出てるから読みやすいんだよ。言われたことない?」
「ねーよ。
というか自分でいうのもなんだが俺は結構暴れた自覚があるんだが?」
こいつ分けわかんねー。
「けど、だいたい正当防衛だよね。僕の知ってる限り君は理不尽なことはしてないし。
それに話してみて分かったけど君はだいたい予想通りの性格をしてるし。それなら怖くない。」
「あ?喧嘩売ってんのか?」
単純バカっていいてーのか?
「喧嘩なんて売れないよ。普通に負ける、というか抗う事もできないんじゃないかな?
僕の持論なんだけどね、予想できる事はたとえ怖いことでもそんなに怖くないんだ。
予想できない事の方が怖い。」
なんかこいつなりの持論があるという事は分かったが、よくわからん。
「うーん、君に分かりやすく言うと正面から襲ってくる暴漢と、
気づかない内に背後に近寄られて奇襲してくる暴漢のどっちが怖いって話。」
「そりゃ、奇襲される方が厄介だな。」
「そう、だから予想できない方が怖い、って話。
で、冒頭に戻るんだけどゲームでもすれば?」
「いや、そもそもどこからその話題が出たのかわかんねーぞ。」
そう言うとひょろっこい男子は不思議そうに首をかしげる。
「だって、授業中に何か面白いことはない?って聞いてたじゃないか。
僕は一応奨学生を維持しようと思ってるから授業中に返事はできなかったけど。
それでゲームでもしたら、って。」
あほかよ、こいつ。
「独り言だ。」
「うん、知ってる。」
ああ、今額に青筋が浮かんでんのが分かる。
「まあ、それは置いといて」
と、辰治の様子など気にせず、箱を横に置くしぐさをする。
実際に置いといて、とやるやつ等初めて見た辰治がまじまじと見ているうちに次の話に行く。
「だから、ゲームをやらないか、っていうお誘いだって。楽しいよ。」
流されたことを知りながら、もう面倒だ、と辰治もそのまま話を続ける。
「あほくさ、だいたいのゲームは終わりが決まってんだろ。
ただ敷かれたレールの上を走るだけだ。それのどこがおもしろいんだか?」
そう言って辰治がゲームを全否定するとその言葉を待ってました、という様にひょろっこい男は笑った。
「血みどろ失楽園、って知ってる?」
時は夕暮れ、やうやう暗くなりゆく、山際すこしあかくて、紫立ちたる雲細くたなびきたる
なぜか辰治はVRMMO一式と血みどろ失楽園、というソフトを手に持ち、帰路についていた。
「おい、俺はやんねーぞ。」
「えー、せっかく買ったんだからやろうよ。」
「知るかっ!あー、乗せられた。」
実はという程でもないが辰治は友達付き合いの経験が少ない。
友達か?と聞かれれば辰治は絶対否定するだろうが、ひょろっこい男と友達のように動いていたのは事実。
そしてひょろっこい男に勧められるままにVRMMOとソフトを買ってしまっていた。
そこそこ値段がするが、くそおやじが絶対にろくでもない方法で稼いだ金を大量においていくのだ。
使い道がなく、たまっていくだけなら使ってしまおう、と乗せられたのだ。
「えー、そんなにいや?」
そうやってしつこく聞いてくるひょろっこい男の方を向かない様にしながら辰治は答える。
「やんねーぞ。俺だってそんなに暇じゃないんだ。大体、なんで俺なんかさそってんだ。
知んねーけど、お前なら他の奴誘えばいいだろ。誰かいんだろ。」
「いやいや、リアばれが怖いんだって。学生何てネットモラル低いしなんだかんだでぼろが出るだろうし。
その点、君なら義理堅いからね。情報漏らすなんてしないでしょ。」
「イーや、するね。むしろなんでしないって信じてんのか不思議だし。」
辰治の言葉にひょろっこい男はきょとんとして答える。
「だって君、そういうの軽蔑してるでしょ。」
辰治の頭に思い浮かぶのはくそおやじの顔。
否定する事ができなくなった。
「あー、もう。わかった。情報漏らしたりはしねー。だが、別にお前とやんなくていいだろっ!」
と頑固な辰治にひょろっこい男は少し困った顔をして黙った。
それを気にしながらも辰治は黙々と歩いていく。
「・・・・・もう、しょうがないなあ」
あきらめの言葉。
しかし嫌な予感がした辰治は機敏な動作で振りむこうとした、
が、
その前に辰治のうなじを細く、少し冷たい指がはい回る。
「さびしいんです。いっしょにゲームしませんか?」
さっきまでとは違う、女のような声。その柔らかく、透き通った、どこか甘い声。
その声が耳の少し下あたりから響き、それに辰治は・・・・・・・・・・ぞくっ、とした。
「わたし、ずーっとまってたんです。だれかといっしょにあそべる日を。
それがやっとかないそうなんです。どうか、私のねがいを叶えてくれませんか?」
それに頷きそうになった辰治はふっ、と我に返り、飛びのいた。
「なっ、お、おまえっ、女っ?」
「いやいや、そんな訳ないじゃないか。というか僕男子の制服ちゃんと着てるじゃないか。」
思わず問いかけるもそこにいたのは何の変哲もないひょろっこい男だった。
この時の声がゲーム内でのこのひょろっこい男のロールと同じものだと知るのは三時間ほど後の話だ。
「そ、そうだよな。」
声も普通に最初話しかけられた時と同じで先ほどの女のような声じゃない。
ただ、そこでにやっ、とひょろっこい男が笑ったのでさっきのがこいつだったのだと分かった。
「お前、喧嘩売ってんのか?」
からかわれたと知って辰治はごきり、と腕を鳴らす。
「まさか。降参、降参。」
それにあっさりとひょろっこい男は手を上にあげ手をひらひらさせる。
そしてまたにやにや笑う。
「で、さっき僕が一本取って、今君が一本取った。引き分けだね。決着はどうする?」
そう言いながらひょろっこい男はその視線をゲームに向けている。
おそらくこのゲームはこのひょろっこい男の得意分野。
だからこそそこでぶっ倒すことを辰治は決めた。
「いいぞ。これで決着をつけてやんよ。首洗って待ってろ。」
その辰治の答えにひょろっこい男は笑顔で答えた。
「わかった。首洗ったら、初心者向けのスタートダッシュプログラムやるからゲーム入ってすぐの
広場で集合ね。」
そのいいように辰治はずっこけた。
「おいおい、倒す相手のお前が教えるのか?」
それに対しひょろっこい男は当然、と答える。
「だって一緒に遊ぶために誘ったのに一緒に遊べないとか本末転倒じゃないか。」
と、そんな話をしながら歩いているともう辰治の家の前まで来ていた。
「じゃあ、僕は急いで帰って失楽園に入っとくよ。
待ち合わせの目印は、そうだね。プラカードを持ってるからそれを目印に探して。じゃあね。」
と言って急いで帰ろうとしたひょろっとした男にストップがかかる。
「待て」
「ん?どうしたの?最初のステ振りとかもゲーム内でできるし、ネットにもつなげるから
広場で相談しながらキャラ作りするといいよ。」
「そうじゃない」
ひょろっこい男の予想を否定し、辰治は家の方に指さしながら続けた。
「接続してけ。電化製品は苦手だ。」
という事だった。
「あー、はいはい。分かったよ。」
血みどろ失楽園をするための周辺機器が足らずにもう一度店に行くはめになったのはまた別の話




