交渉
「そそ、村長っ!てえへんだっ、てえへんだっ!!」
扉をぶち壊さんばかりに一人の村人が村長の家に駆けこんだ。
「なんだあわただしい。それにもっと丁寧に扉を閉めんか。」
「そげなのんきなこと言っとる場合じゃあ無かって!!」
「何をそんなに慌ててるのだ?」
村長に伝える、そのことだけに集中していたから忘れていた恐怖を思い出し、村人は震えだす。
「来たんだ」
「何がだ?」
「きたんだよっ!スタンピードがっ!!」
スタンピードという言葉に村長の顔色が変わる。
村長は今まで大方子の村人が誰それの浮気を見ただの、
この村人が女房に黙ってこっそりほかの女と逢引きをしているのをばれて女房に殺されかけたただの、
そういった大変な、しかしこの村としては致命的でないことを想像していた。
だが、スタンピードとなると村存亡の危機だ。
「なんと時期が悪いことか。カルメ以外村常駐の冒険者がいないときに。
いや、あの二人組がこの村に滞在しているから運が良かったと言うべきか。」
とはいえ村長の頭の中ではそれほどこの事態を大きくとらえていなかった。
なぜならこの村に滞在している二人の兄妹の実力はかなりのものらしいのだ。
カルメの実力も森の深くの強い魔物達にはかなわないものの、外延部にいるような魔物達であれば
十分に対処できる、といったこの村に来る者としては破格の実力だ。
ちないみにカルメは森の魔物を倒して間引いておかないとあふれてくると勘違いしていたようだが、
外延部の魔物は外に出るよりか、外延部の魔物同士で戦うか、ばくちとして中央を目指すため
森の外に進出してくることはめったにない。
だから危険を冒してまで魔物を狩りに行かなくてもよかったのだが、村長は黙っていた。
魔物素材をカルメがとってくれば村は潤う。
カルメが町に売りに行くわけにはいかないので村で安く引き取る、もしくは
町まで運んで売るといったことになり、前者だと道具が、後者だとお金が手に入るのだ。
閑話休題
そのカルメがあの二人に対して自分は足元にも及ばないと言っていたのだ。
そのスタピードがいかほどであれ何とかなるだろう。村長はそう思っているのだ。
むしろ問題は二人にスタンピードを追い払う、それに見合った代価を用意できないことにある。
最悪何人か村人を売りに出さなければならなくなる。
だから村にとっては致命的でなくともかなり頭の痛い問題なのだ。
そこまで考えてからとにかくあの二人に知らせなくては、と村長は思い出す。
行動は早いほうがいいのだ。
「おい、お前はあの二人をお呼びしろ。そのあと村の者たちに触れ回れ。」
「わかったっ!」
そして入ってきたときと同じく村人はあわただしく村長の家を出て行った。
「やれやれ、どうすればいいのやら。」
二人組の兄のほうはいい。あれは善人だ。村長から見ると扱いやすいと言い換えることもできる。
情を見せればたとえ報酬が少なくとも動くだろう。
問題なのは妹のほうなのだ。
頭を踏まれた屈辱を思い出す。
今も頭を踏まれた感触が残っている気がして時々頭を掻いているのだ。
気にしすぎて村長の髪の寿命が縮まっているがまあ、それは置いといて。
絶対にあの妹の方は難癖つけるだろう。
最終的には妹の方も自分の身に危険が降り注いでくるから動くだろう。
その点を含めて交渉すれば何とか・・・・・なるだろうか?
ああ、そういえば娘と孫があの妹の方と遊んだと言っていたか。
二人ともかなり楽しかったと言っていた。
それに娘と孫はあの妹の方の事をとってもいい人だと言っていたな。
そんなわけはないだろう。いい人が私のような老人の頭を踏むことはないだろう。
これは猫をかぶってると考えられる。
二人を同席させれば猫をかぶって案外たやすく動いてくれるかもしれない。
そう考え村長は娘と孫を呼びに行くのだった。
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「別にいいわよ。」
「はっ?」
村長の考えていたのと違いクレール(偽名)はあっさりと依頼を受けた。
依頼料の件でごねることもない。
「けどまあ、分ってるでしょうね。
あれだけの大きさのスタンピードを相手にするんだもの。」
「はっはい分っております。ですが何分この村はお金がないものでして」
いや、クレールはごねることはなかったが、元から結構もらっていく予定だったようだ。
村長の言葉を切ってクレールは言う。
「金銭での支払いは要求しないわ。」
「ほっ、そうですか。それはよかった。」
村長の頭の中でこの村の価値あるものと言ったら残りは特産の薬か・・・・・
「ええ、元から支払い能力ないものね。
だから」
いったん言葉を切ったクレールは指折り何かを数え始める
そして何かを数え終わったクレールは微笑んで言う。
「七人ほどもらっていくわ。」
「・・・・・・・・」
村長も想定はしていた。
しかしそれでもなおショックを隠し切れない。
この小さな村ではみな家族のようなものなのだ。
とはいえそうするよりない。クレールの言った通りこの村には支払い能力がないのだ。
村長のできることはできるだけ身売りする数を減らすことのみだ。
もし、もし兄の方がこの村に残っていてくれたら、そう思わないではいられない。
村長が兄の方がいないことを知り、それをクレールに聞くとクレールはこう言った。
「兄様はあなたたちの依頼の原因である一つを解決しに行くために出ております。」とのことだ。
偏見による意訳をするとこうなる。
お前たちの依頼で出てるんだから文句はねえよなあ、と。
クレールの語調は穏やかなものだったのでそんなに脅してる感じはしなかったが内容的には同じことだ。
だから村長の兄の方に対して情に訴えるという手段をとることはできなかったのだ。
閑話休題
「あの、さすがに七人は勘弁してもらえるとありがたいのですが。
この村は見てのとおり元から村人の数が少なくてですね。
だから七人も持っていかれると村の運営にかなり支障が出るのです。どうか、どうかっ」
村長としては七人ほど持っていかれることも致し方ないと思っている。
カルメが足元にも及ばないと言っていたから、
普通の規模のスタンピードなら兄妹の二人がいれば村を守れるだろうと考えていた。
しかし今回のスタンピードは想定外に大きかった。そして村には妹の方しかいなかった。
この時点で村長は村の滅亡を覚悟した。
妹の方が一人で逃げると思ったのだ。
装備からして妹の方は後衛。前衛となるのはカルメのみ。
村人が農具とかを持って並んだとしたら数は増えるが心もとない。
そうなるとスタンピードを処理するのは無理だろう。
しかし妹の方が一人で逃げるのはおそらく可能だろう。
だからこの村を見捨ててもおかしくない。むしろ見捨てるのが普通だろう。
そんな中残ってくれたのだ。しかも相当危険があるだろう中で。
だから七人ほど持っていかれたとしても問題ないのだが、
村を運営する身としてはそれをなんの抵抗も見せずに受け入れるのはよろしくない。
スタンピードを乗り越えた後も村での生活は続くのだ。
村人たちは理屈としては納得しても感情的には納得できないだろう。
だから村長が非難を浴びる可能性が高い。
それを防ぐためにも村長はここで渋らなければいけないのだ。
とはいえ、相手の機嫌を損ねすぎることはできないのでそこら辺の加減が難しい。
そんなことを考えている村長をクレールはじっと見ていた。
クレールは気づいていた。村長がどういうことを考えているのかを。
「あなたは分かっているのかしら?私のような存在に依頼をするときにどれだけの費用が掛かるか。」
「そっそれは重々承知です。そこを何とか、どうか、どうかお願いします。」
「いいえ、分ってないわ。分ってるかもしれないけど私は戦闘に魔法を使うの。
だけどあの魔物の量をさばくには私は切り札を何枚も何枚も切らないといけないの。
本来なら絶対に切らないものなのですよ。
今回は兄様が私が何もしずにこの村を見捨てたと知ったらやばいので切りますけど。
だからもし正規に私を雇おうとしたのならこの村の人全員が身売りしても足らないのですよ。」
まず彼女を本来雇うときに出さなければいけない対価を説明した。
「そっそうは言いましても、この村は今でもぎりぎりの人員で動いてまして・・・・」
「それこそ知らないわよ。まったく。・・・・・あっ」
クレールは何かに気づいたような顔をした。
「三人でいいわ。それから本人が身売りするのを拒めば諦めて他の人にするわ。」
クレールが突然要求内容を引き下げた。喜ぶところなのだが村長は警戒した。
何か裏がないか。
しかしそれもクレールの次の言葉でなぜ引き下げたのか理解した。
「その代わり兄様には内緒になさい。」
村長はクレールの兄を思い出した。
とても純真そうで人がいい。おそらく奴隷というものに対してもいい感情を持っていないだろう。
ここを突けばさらに人数を減らせるかもしれない。
先ほど兄にこの村を見捨てたことを知られるとまずいとも言っていた事もある。
だが、調子に乗っては身を滅ぼしかねない。
そう考え村長は了承することにした。
「わかりました。ですがよろしいのですか?」
「何がかしら?」
「いえ、身売りということは奴隷商に登録に行かなければいけないですし、奴隷の証のこともあります。
どちらにしろお兄様にばれてしまうのでは?」
「問題ないわ。奴隷商になど行かないのだから。
身売りした人たちにはあくまで自主的に私のために働いてもらうわ。
だからこそ本人が拒めば別の人にするという条件を付けたのだし。」
「そうでしたか。それで誰を持っていかれますか?
向かいの家の次男坊は少し年が言ってますが村一番の力持ちですし、
四軒先の三男坊は力はないですが薬についての知識を一通り教え込んでます。
少し素行は悪いですが戦闘力という点では村の端の方に住んでる男が一番ですよ。
ああ、カルメは除いてですが。
それからそのカルメですが、村のものではないのでその点は勘弁してください。
あとまだ興味はないかもしれませんがこの村で一番見目がいいのは二軒先の四男坊ですよ。」
村長が饒舌に村人を売り込み始める。
その売り込まれている人物たちはこのことを知れば不快に思うだろう。
当然売り込まれていることなど本人たちは知らないし、
村長は言葉巧みに彼らをだましてクレールについていかせるつもりだった。
現在売り込まれている人物たちに共通しているのは皆、いなくなっても問題ない者たちだ。
向かいの家の次男坊は力は強いがそれだけなので替えが効く。
四軒先の三男坊は確かに薬の知識を教え込んだが、この村の秘薬の類は教えていない。
村の端に住んでいる男は素行が悪く困っていたし、
二軒先の四男坊は見目がいいだけで特に何かに秀でているわけでもない。
村の端の男は親も死んでおり独身。
他の者は次男以下で跡取りではない。
できるだけ村の損害を減らそうという村長のたくらみであった。
しかしクレールはその誰も選ばなかった。
「もうどの三人を連れていくかは決めてるわ。」
「そっそうですか、それでどの三人を?」
村長ドキドキの瞬間であった。
あまりに薬の知識に精通しているものを連れていかれると後進も急いで育成しなければいけない。
村長はクレールが口を開くのをかたずをのんで見守った。
「村はずれの孤児のククと、村はずれの未亡人のミランダ、それから対人恐怖症のアネットの三人。」
村長はほっとした。
二人は正直いらない人間、一人はいる人間だったが被害としては想定の範囲内だったからだ。
ククはこの村の恩人の娘だ。しかしククの体は獣人の身体的特徴を持っていた。
獣国と戦争中の今恩人の忘れ形見でなければ今頃は森に追放されていたであろう娘だ。
対人恐怖症のアネットは一応働いてはいるが正直扱いづらい。親からも疎まれているから問題ないだろう。
ミランダは秘薬の知識もある薬の知識に精通した人物であり村一の美人だから正直痛手だが、
夫を亡くしてからはふさぎ込みがちであまり他の者に対して愛想がよくなくなったので
村人から村長への非難もそこまで大きくならないと思われる。
「分かりました。その者たちに話を通しておきます。」
「必要ないわ。もう彼女たちには言ってあるもの。
では、私はいろいろと準備があるのでこれで失礼させてもらいます。」
村長の家を出てクレールはつぶやいた。
「この村の未来は危ういわね。」
クレールは村長を観察しながら話していた。
そしてクレールが出した結論だが、村長は馬鹿だ、ということだ。
最初クレールは七人を要求していた。それは最終的に三人に減った。
だのにクレールは連れていく三人を最初から決めていてその者達に話を通してるといった。
明らかに最初からクレールは三人しか連れていく気がなかったとしか思えない。
しかしそのことに村長は何も違和感を抱いて無いようだったのだ。
この調子ではおそらく行商人に村の薬も安く買いたたかれているのだろう。
「まあ、私の知ったことではないのだけどね。」
所詮クレールにとっては他人事でしかなかった。
 




