フォン
フォンはリーの右腕である。
それはこの娼館に置いてもここら西町一帯においても知られている事である。
とても有能なのであるが部下(娼婦、護衛など)たちから堅物、実はゴーレムなどと噂されている。
その事実をフォンが知っていて夜ベッドで頭を抱えながらごろごろ転がっているなどという事実をもちろん部下たちは知らない。そもそも知っていればゴーレムなどといわれないだろうし。
その彼女だが今現在困っていた。
なぜかというと目の前のベッド(リーの部屋の物)で震えている少女に起因する。
高級な陶器の様にきめ細かく色白で子供らしくみずみずしくもある肌をもち、
顔も小さく、黒髪もサラサラで全体的にかわいらしいとも綺麗とも取れるような印象を与えるのだが、
今はその顔はくしゃりと歪んでおり、見るものにどうにかしなくてはと思わせる。
のだが、先ほどからフォンがなにを言ってもぴくり、と震えるだけでその他の反応を返してはくれない。
ならばと頭をなでたりと身体的接触をはかり安心させようとすると今度はびくり、と大きく震える。
一度それでもなれるだろうと強引に頭を撫でたのだが、その時は少女が震えに震え、泣き、もらしさんざんであった。しかもその時に運悪くリーが帰ってきてフォンはリーにすごく怒られた。
餌付けと称し、高級品である砂糖を使った飴を渡そうとしてみるも近づくことができないので渡せない。
置いておけば減っているし、リー経由で渡せば食べるのだがそれで少女のフォンへの警戒や恐怖が薄れることはなかった。
そんなわけで今フォンには手の打ちようがなかった。
だからフォンは焦っていた。表情は無表情のまま全く動いてないが。
何しろリーに子守を任されてから五日もたっているのだから。
その間何か問題が起こればリー本人にご足労頂き、解決してもらうしかないという状況が続いている。
右腕としてリーの役に立てていないという状況が三日も続いているというのは、
フォンを焦らし精神的に疲労させるには十分な時間だった。
その疲労のせいで通常業務でもミスをおかし、そのしわ寄せが少しではあるがリーにも行っているのだ。
役に立つどころか逆の事をしている。
どうしようもなくなっていた時に拾ってくれたリーに恩を返さなければ、その思いでいっぱいなのだが。
「では、私は部屋の前で控えさせていただきます。何か御用がありましたら及びください。」
夕食を運んだフォンはいったん部屋の外に出る。
フォンが部屋の中にいると少女がフォンの方を窺うばかりでご飯を食べないからだ。
「はあ」
そうため息をこぼしたフォンに声がかかる。
「フォン、どうだい?あの子と仲良く、とまではいかなくてもしゃべれるぐらいにはなったか?」
「リー様・・・・・申し訳ありません。私の力が及ばないばかりにリー様のお手をわずらわせることに。」
「いや、フォンの問題という訳ではないだろう。どちらかと言えばあの子の問題だ。
あの子が慣れてくれるまでは大変だろうけど頼む。」
「はい、分かりました。
リー様、お疲れのところ申し訳ないのですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「どうやってあの子に怖がられないように、いえ、あんなに懐かれるようになったのでしょうか?」
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すたすたと歩き去って行ったフォンを見てリーは思う。
「あの子外に感情出さないから分かりにくいけど相当参ってるね。
通常業務とかにも影響してるし、フォンのためにも何とかしたいところではあるんだけどね。」
なんであの子に懐かれているのかリー事態分かってないのだ。
だからどうやったら懐かれるのかというフォンの質問にリーは答えることができない。
だが解決策はあると言ったらある。
トラウマを抱え、日常生活すら支障が出るような者を何とかするには二通りあるとリーは思っている。
一つは時間が解決してくれるまでひたすら、ひたすら待つというものだ。
周りの者がよく世話をしたり、愛情を注ぐと立ち直るまでの時間は短縮する可能性はあるが、
基本的にこの方法は時間がかかる事が多い。
二つ目は荒療治だ。
怒鳴るなり何なりしてトラウマと直面させる。
もしくはトラウマの事を気にすることができない程度に追い込む。
娼館に来る者にはトラウマを持っている物は少なくない。
そのためそういった者の対処には荒療治をすることが多い。
荒療治であるため治るまでの時間は短いのだが、失敗すると余計ひどくすることになる。
その上治るにしろ治らないにしろつらい思いをさせることになる。
だからリーは荒療治をする気はない。
そんな辛いことをさせずともあの子は別に娼館で働くこともしないでいいし、
何よりリー自身がそんな事をさせたくない。
そんな事を考えながらリーは自分の部屋をノックする。
返事はない。が、リーは許可を待たずに開ける。
リーもフォンもいない時は存在を外に広めないためとあの子の対人恐怖症のために
居留守を使うように言いいつけているからどの道返事は帰ってこないから。
開けて中を見るとあの子がスプーンをくわえながらベッドの上でこちらの方を警戒して見ていた。
「あっ、いーひゃん」
が入ってきたのがリーだと分かると笑みを浮かべる。
その自分への信頼と懐きっぷりにリーは、
(あー、もうかわいいなぁ)
とか思いながらあの子の方へ歩いていく。
そして撫でる。撫でる。撫でる。これでもかというほど撫でまわす。
「わっ、リーさんなんですか?」
一通り撫でまわした後フォンとか部下への言葉と違って優しい口調で話しかける。それも日本語で。
「何か困ったことはなかった?」
「なかったです。でも、まだフォンさんと話すことができません。」
少し落ち込んだ様子であの子は言う。
その表情もかわいいと思うのだが笑っていた方がいい。
「大丈夫、時間が解決してくれるよ。
フォンもそこら辺は分かってくれてるよ。うちにもそういう子は来ることあるんだし。」
「そう・・・ですかね?」
「うん、そうだよ。
ところで私もご飯を一緒していいかな?」
「はい、もちろんどうぞ。リーさんのご飯が来るまで待ってますね。」」
と言って持っていたスプーンを盆の上に置いてまってくれたりするのだ。
リーとしてはもう可愛くてしょうがない。
「さっき持ってくるように言っといたからすぐ来るはずだからね。」
「リンゴ好きなの?」
とてもおいしそうにリンゴを食べているソニアを見てリーがたずねる。
「特にリンゴが、という訳ではありませんがここで出される果物はとっても甘いですから好きです。
ところでリーさん。聞きたいことがあるのですが。」
「なぁに?」
これまた部下の前では見せないようなニコニコ顔でリーは笑う。
この時間が楽しくてたまらないのだろう。
「リーさんってどうして日本語話せるんですか。」
「あー、うん、一応マル秘に当たる事だから他の人には言わないでね。」
「マル秘ですか?」
「うん、マル秘。」
「分かりました。そもそも私他の人と話せないですし・・・・」
少し落ち込んだ様子のソニアを見てリーは慌てて話を続ける。
「この中立都市は中立都市となったのはそこまで昔じゃないけど、都市としての歴史はかなり古くてね。
それに西町は娼館とか歓楽街、南はそれ以外の商人の町、北は魔法ギルドとか魔法関連、
中央は政治とか兵隊とか、兵隊は今はギルドだけど荒事関連、東は職人街。
昔からそれは変わってなくてね。」
急に話し出した内容が日本語とどう関わりがあるのかとソニアはきょとんとしている。
それを見てわざわざ分かりにくいように説明を始めたかいがあったと思いながら説明を続ける。
「それでね、日本語は代々西町の代表になる人物とその周辺の数人に受け継がれているんだよ。」
「そもそもなんで日本語が伝わってるんですか?
こっちの世界にはないはずの言葉なのに。」
同じ世界である地球でさえ数多くの言語があるというのに違う世界で同じ日本語がある道理はない。
「ああ、それはね」
「西町の代表の先祖が日本人だった?」
半ば答えを予想していたのかソニアがリーの言葉を先回りして言う。
それに少し苦笑しながらリーは答える。
「いいや、違うよ」
「先祖が日本人の仲間だった?」
またも先回りする。少し意地になっているようだ。
それもかわいいと思いながらリーは正解を言う。
「正解は日本人相手に商売をしたことがある、でした。」
その答えにソニアは少し不思議そうな顔をする。
「それだけ?」
「それだけとも言えるし、それだけじゃないともいえる。」
「とんち?どういう意味。」
ソニアの不思議そうな顔がさらに度合いを増す。
「いや、そのまんまの意味だよ。
商売をして大儲けしたから代々日本語を西町の代表は代々日本語を覚えるようになったんだ。
だから商売をしただけ、ともいえるし、
商売をしただけではなく大儲けしたから、ともいえるという事。」
「そういう事。」
「そう、だから私は日本語であなたとしゃべれるっていう事。
西町の代表になっていてよかった。おかげであなたとこうしてしゃべることもできるんだし。」
「私もそのうちこっちの言葉をしゃべれるようになる。」
「じゃあ、勉強しないとね。」
リーはリーの執務机の横にある小さな机、その上に置いてあるテキストを指さす。
ソニアは目をそらす。
「そのうちいつかはきっとしゃべれるようになる。」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ソニアはもっと目をそらした。
「はあ、まあいいけど。・・・・・・・・・・・その間独り占めできるし。」
「そうですよ。まあいいでしょう。」
ボソっと言った最後の言葉はソニアには聞こえなかったようだ。
まあ、実際問題言葉は今でも片言でならしゃべれるし、聞くのもゆっくりなら何とかというレベルだ。
主の問題なのは対人恐怖症の方なので言葉うんぬんはリーの勘違いなのだがさておき。
ご飯も食べ終わり、食後のお茶を楽しんでいたところソニアがもじもじしだした。
「どうしたの?」
それにちゃんと気づいたリーはソニアに聞いてみた。
ソニアはしばらく黙っていたが覚悟を決めたのか言う。
「あの、今日も一緒に寝てもらっていいですか?」
もはやこの問いかけはいつもの事なのだが、慣れないのかソニアは毎回もじもじしているのだ。
「ごめんなさい。今日はまだ処理しないといけない事が多くて。
寝ることができるのはもっとずっと後になりそうなの。」
「そう・・・ですか。」
ソニアは少ししょんぼりした様子を見せる。
それをどうにかしたいと思うもリーにはどうすることもできない。
これでもソニアが来る前に比べたら仕事を減らしているのだ。
来る前はもっと部下に仕事を回してください、とよくフォンに小言を言われても減らしたりはしなかった。
それがソニアが来てからはできるだけ一緒にいる時間を創ろうと部下にも仕事を回しているのだ。
それでもリーが処理しなければいけない物は多く、いかんともしがたいのだ。
だからリーは泣く泣くベッドで一人座っているソニアを放って机に向かうしかないのであった。
「んーーー」
夜遅く、あと日の出まであと何時間もないという頃にリーの仕事はやっと終わり、伸びをした。
リーは一応昼型の生活をしている。
昔は客を取っていたが偉くなってからは一度も客を取っていない。
一応指名できることにはなっているがその値段が法外な上、買う事の出来る人物も限られているためだ。
それに各所との会合は昼に行われることが多い。
だからリーは昼型の生活をしているのだ。
まあ、夜も起きている時は多々あるが。
今はそこにソニアとの時間をできるだけ取ろうとしているという事も理由に含まれるが。
今日は「イレギュラー」についての報告があり遅くなったが本来は早く仕事を終えてソニアと一緒に寝ようとしていたというのに、まったくイレギュラーどものせいでこの頃は大変だ、と愚痴をこぼしながら寝ようとベッドに近づく。
と、そこにはうつらうつらとしながらもベッドの上に座っているソニアがいた。
足音にはっとしてリーの方を見てリーを見つけると表情をふにゃり、とくずした。
そして幼子が親にだっこをせがむように手を広げてリーを待っていた。
「あー、もうかわいいなあ」
リーはソニアが痛くならないように注意しながらぎゅーっと抱きしめてから
ソニアと一緒にベッドに寝転がった。
リーは幸せだった。




