スタンピードへの対抗
「ぐっ、なぜ戦争中の今、しかも俺がギルド長の時にスタンピードなんて起こるんだよっ!」
都市としては中年にさしかかろうか、しかし未だに肉体は全く衰えていない男が嘆いていた。
なぜ、とか言っているが戦時中でダンジョンへ入り魔物を間引く人が減ったからスタンピードが発生した、と推測できるし、戦時中という面倒な時期でギルド長という立場になりたい人がいなかったからこそ彼がギルド長になれたとも言えたのだが、それを指摘する人は今はいない。
それはとにかく嘆いてばっかではいられない。
早急に迎撃態勢を整えなければいけないのだ。
「ガンテギルド長、嘆いている暇はありません。
各組織への第一種戦闘配備の通達と人員の配属を伝えなければいけません。それにどの入口にどれだけ の人数をどんな比率で割り当てるのかなどしなければいけない事は大量にあるのですから。」
「すー、はー・・・・そうだな。やるしかねえな。
と言っても事前に建てていた計画通りに進めればいいんじゃねえのか?」
「いえ、あれは所詮机上の空論ですから。おそらく我々と同じく他の組織も実際にスタンピードが起こる 事を想定して計画を立てていたわけではないと思うので各所の調整をしなければいけません。
それにおそらくこのロータスにいる探索者を含むかなりの数の戦闘をできるものが逃げ出すと予想でき ますし、戦闘できない市民が逃げようとしてるのでその混乱が邪魔して連携もかなり難しいかと。」
「くそっ、そうだよなっ。うちも実際に起こるとは想定してなかったからなっ。
取りあえず街全体には放送で通達。各組織にはメッセンジャーを出して実際にどれくらいの人数が
ダンジョン入口の防衛に出せるのかを返答させろ。配属を決めるにしてもそれからだ。」
あわただしく時は過ぎていく。
この都市でスタンピードが起きた場合には探索者ギルドが中心で対処するのが決まっている。
その分権益や出来ることも大きいが、責任も重い。
「なにっ!?歓楽街ん所からほとんど人は出せんだとっ?理由は歓楽街を守るので私兵は手一杯?
馬鹿野郎っ、歓楽街を守ったって客が来なきゃどうにもならんだろっ、って言ってやれ。
もしそれで私兵を出さんようなら武力行使も許可する!」
「あっ?騎士の連中が本国へ連絡するために出ていくだと。まあ、それはいい、いやよくないが。
この人数はなんだっ!!報告するだけなら一個小隊もいらんだろっ。二、三人でいいだろ。
人員をよこせんならこの町を敵に回すと言っとけっ!それで無理なら武力行使だっ!」
「ちっ、次はなんだっ!思ったより探索者が集まらないってか。そんなの後だ後。
もう逃げたやつらを追うのは時間の無駄だ。後でしっかりと落とし前はつけさせるが今はほっとけ!
これから逃げるやつは武力行使してでも止めろ!」
「魔法ギルドから試作品の爆薬の提供?あー、あー、時限式にしてダンジョン内に仕掛けさせたらどうか
さすがに外で爆発させた時の影響が計り知れん。あそこは頼りになるんだが頼りにならんからな。
そとで爆発させようとしたら何としてでも止めろ。武力行使も構わん。」
「火事場泥棒の対処?それもほっとけ。取りあえず見つけたら殴っとけ。」
「商人連合から今回接収した物の請求書?ほっとけ。たしかこの都市の法律のどっかにスタンピード
ん時は好き勝手するからよろしくっていう内容が盛り込ませてたはずだ。だから大丈夫だ。
もし邪魔になるようなら武力行使してもいい。」
「職人連合から武器の提供?ありがたい。けど速いもん勝ちだともめごとが起こるな。
取りあえずうちのギルド専属の奴らに配っとけ。何処に渡しても戦力増強になるんだからいいだろ。
文句言って来たら武力行使して黙らせろ。今はそれでいい。」
「よし、これで主ギルドは大丈夫だな。じゃあ、配備させるぞ。
西は歓楽街の連中が大抵集まってるから増援は必要なし。
東はうちがやるからこれも大丈夫。
南は商人連合がたっかい金を出して雇ってる傭兵たちが守るだろうしうちからは少しの増援でいい。
北は、魔法ギルドがあるが前衛が必要だな。探索者の一部をこっちに回せ。
中央は少数の職人連合と各所で余ったので寄せ集めだな。
余り、というほど余裕のあるところはないだろうが最低数こっちに集めろ
魔法ギルドから魔法使いを借りてこい。こっちからも人を貸してるんだから出させろ。
戦闘が始まったら俺も中央で戦闘に参加する。その時の指揮は副ギルド長に任せる。
副ギルド長は戦闘はできんが頭は良い。大いに頼るように。以上っ。」
急に指揮を任された福ギルド長以外は何の問題もなく動いていく。
えっ、えっ、これって問題だよね。けどギルド長の戦闘力と指揮能力を考えたらこうなると分からなくなくないけど、やっぱり問題じゃなくなくない?とか思いながらも式の引き継ぎのために書類を迅速にまとめていく副ギルド長はやはり指揮に向いていて、だからこそ指揮を任されたのであった。
《 南 》
「スタンピードの予兆ありだってよ。」
「うわっ、マジかよ。それじゃあ俺たちも?」
「ああ、そうなるだろうなあ。雇われの身とはいえ町がなくなりかねる事態じゃ動くしかないよなあ。」
そんな事を話している彼らの前に彼らの雇い主が出てきた。
「突然ではあるが隣り町で商談をする事になった。食料などはもう積んであるすぐに出発するぞ。
全く、魔石を勝手に持って行かれるわこんな急がなければいけないわで散々だ。」
そう言って雇い主は馬車の方にぽよぽよと贅肉を揺らしながら走って行った。
「これって、そうだよな。」
「ああ、完全にそうだな。」
彼らは思った。あっ、これ逃げたな、と。しかし彼らは雇われの身。従うしかない。
ここで勝手に護衛を抜けると違約金が発生する。
護衛としては賃金の支払いがいい代わりに違約金の額も高い。
ここでスタンピードに勝てば終わりではない。
スタンピードの後も彼らは生きていかねばならないのだ。要するに金が必要なのだ。
納得いかない部分は多々あるモノの、彼らは雇い主の商人と一緒にロータスを出て行ったのだ
このように逃亡する商人が続出。
町から逃げ出そうとする彼らを止めようとする者も出たが、袖の下を渡されたり、
武力衝突も辞さない態度で出られ、ここで戦力の潰しあいになるのは好ましくないため見逃すしかない、
といったケースが多数発生し、南の守りの人数は減り、探索者ギルドが必死で増援をかき集めたがやはり防御は薄くなっていた。さらに全体に指揮できる人員がいないため、連携も取れるかどうか怪しかった。
スタンピードの地表到着までまだまだ時間あり。
《 西 》
妖艶な女が大勢の人の前で戦いの前の鼓舞をしていた。
女の前にいる大勢の武装した人たちは戦いの前だというのに興奮した様子もなければ、死の恐怖におびえることもない。ただただ静かに女の話を聞いている。
それはどこかカルトじみた光景に思わせた。
「いいかい、あんた達がここで命をかける必要はないよ。
最底辺に押し込められた私達は生きるためには汚いこともする。
けどね、そんな私達でも守らなければいけない事はある。ファミリーだけは裏切るな。
だから勝手に撤退することは許さない。撤退する時はお互いに支援しながら撤退する。
勝手に撤退してファミリーに被害を出すことは許されることではない。」
そこに集まっている人たちは静かに頷く。それを見て満足そうに女は頷く。
「今回の戦いには私も出る。あんた達も存分に戦いな。」
そう締めくくり女は胸の前で一の字を描き祈るように両手を組み目を閉じた。
大勢の武装した者たちも同じように胸の前で一の字を描き、祈るように両手を組み、目を閉じた。
スタンピードの地表到着までの時間はあと少し。
そんなカルトじみた光景を一匹の鼠が見ていた事を彼らは気づかない。
《 中央 》
「親方っ!探索ギルドの連中が火薬はダンジョン内に仕込めって言ってきやしたっ!
どうしやしょう?」
「あっ?ったくしょうがねえなあ。ここの守りに向こうから人員を借りてるようなもんだし仕方ねえ。
おいっ、そこのあんた!」
「俺か?」
「そう、そこのごついあんちゃん。あんたダンジョン内にこの爆弾を仕掛けてこい。
適当にはっつけるだけで仕掛けられる優れもんだし、大丈夫だろ。」
「いや、スタンピード中にダンジョン内に潜るってのは・・・・・」
「あっ?なっさけねえなあ。これだから探索者の連中は。
おいっ、誰かこの爆弾を仕掛けて来ようっていう度胸のあるやつはいねえのか!」
シーン、とその場にいる者たちは静まり返る。
親方と呼ばれてた男が辺りを見渡すと皆が目をそらす。ちっ、と舌打ち。
「仕方ねえ。俺が仕掛けてくる。」
足元に置いてあった何個も何個も小型の爆弾が入っているカバンを持ち上げる。
「親方っ、親方が行くぐらいなら俺がっ」
「そうですよ。何も親方が行く必要はありませんよ。」
弟子たちが止めようとするが親方は聞かない。
「行きたくないと思ってたお前たちに強要できるわけないだろ。
俺が行くって言やお前たちはそういうしかないからな。
それに探索者でもないお前たちに任せられるわけないだろう。」
そう言って歩き出そうとする親方を止めるものが。
「私も行く」
止めたのは少女だった。汗だくで見るからに疲れていそうだった。
「おいおい、嬢ちゃん。見てくれからすると探索者の様だが、そんな疲れた体で何ができるってんだ。」
「ダンジョン内の事に詳しい。」
「だからなんだってんだ。」
「スタンピードが通るであろう道に爆弾を仕掛けれる。」
「・・・・・・良いだろう、ついてこい。」
スタンピードは下の下位層から出口まで最短経路で一直線に魔物が通ってくる。
下の階層に降りる道までの最短経路を知っていれば効率的に爆弾を仕掛けられるのだ。
親方とヒスイはダンジョン内へ向けて走り出した。
そして走りながら爆弾のスペックについてヒスイが聞いた。
「その爆弾の起爆方法は?衝撃型?」
衝撃型とは一定以上の衝撃が加われば爆発するものだ。地面に設置しておけば地雷のような物になる。
その疑問に親方は自慢げな顔をする。
「聞いて驚けっ。なんとこれはなあ、遠隔操作で爆発させることができる新型なんだよ。
この対応するスイッチを押せば遠くから爆発させることができるんだよ。
しかも軽量化、小型化に成功してて、この小ささで従来の爆弾の威力をはるかに上回る。
ダンジョン内という半密閉状の中ならその威力は簡単に魔物を爆散させれるって優れもんだ。」
「そう」
親方の自慢はあっけなく流された。
技術屋や職人が聞けばたいそう驚き、大金を積んで仕組みを知ろうとするような事であっても、
探索者であるヒスイからすれば便利な道具程度にしか感銘を受けなかったのだ。
一定距離ヒスイの先導で走ると自慢をあっけなく流されて少ししょんぼりした親方が爆弾を地面に仕掛け、また一定距離走って爆弾を仕掛ける、という事を続けた。
「おい、嬢ちゃん。ここらへんにしとかないかい。これ以上進むとスタンピードと鉢合わせるぞ。
残りの爆弾は適当にばらまいとけばいい。」
「・・・・・私が仕掛けてくる。あなたは戻るといい。」
そう言ってヒスイは親方から爆弾の入ったカバンを盗った。
「嬢ちゃん、なんでそこまでやるんだ。死ぬぞ。」
「効率的に魔物を殺すため」
それだけ言ってヒスイは走って行き、親方は取り残された。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ヒスイの息が荒くなってきた。もはや体力的にも限界が近い。
しかし残りの爆弾はあとわずか。もう少しで仕掛け終わる。
大量の魔物達の足音もすぐ近くまで迫ってきているが。
「よし、仕掛け終わった」
爆弾を無事仕掛け終わり安堵したヒスイの視界には魔物が映っていた。
「ここで終わりかな」
観念したヒスイの目に移った魔物の中に一体剣が刺さったものがいた。
ヒスイはその件に見覚えがった。リーダーの剣だ。
「っ」
そして何を思ったのかヒスイはその魔物に向かって行った。
ヒスイはこれまでにないほど集中していた。
ブオン、彼女の頭の上を魔物の一撃が通り過ぎる。その攻撃は他の魔物の行動を邪魔した。
ブンッ、魔物が持った剣が他の魔物の体を傷つける。
そしてヒスイはついに剣の刺さった魔物の前ににたどり着いた。
魔物の攻撃を避けに避けてすきを窺う。
回避盾のような事をしていた彼女には簡単ではないが、なんとか周りの魔物の攻撃をさばききることができていた。しかし一撃でもかすればそれで彼女は終わるだろう。体制を崩して直す暇もなく死ぬだろう。
どれだけ避けたか?命のかかった舞踏の果てにヒスイはその隙を見つけた。
手に持っていた短剣をふるう。
ヒスイの攻撃で魔物を倒しきるには威力不足であるが今はそれを補う手段が存在した。
ヒスイの短剣は狙い通りに刺さっていたリーダーの剣に当たり、押し込んだ。
そして魔物は断末魔を上げてドウと倒れ消えていった。
ヒスイの顔は満足げだった。
ヒスイは一応脱出を試みる。
もはや体力的に厳しく、この状態で撤退は無理だろうが、一応。
回避し、時には魔物の同士討ちを狙い何とか魔物の包囲から逃げることができた。
しかし依然魔物は目の前に。背中をむければすぐに殺される。
じりじりと後退するが遅々として進まない。
そしてついにヒスイに敵の攻撃が当たる。
一応棍棒の一撃に合わせて後ろに跳び威力を殺したが、派手にぶっ飛ばされて立ち上がることもできない
死んでないことが奇跡という程の威力だった。
目の前には魔物の大群。動けないヒスイはもう死ぬしかない。
そんなヒスイに奇跡が起こる。
魔物の群れの前に白いボール状の何かが投げつけられた。
それは地面に当たるとはじけてねばねばの物を大量に生み出した。
トリモチのように粘るそれは魔物の進軍を一時止めた。
そして魔物の頭上に黒いボール状のものが投げられた。時限式だったのか魔物の上に来たところでそれは爆発し、魔物達を薙ぎ払った。
そしてヒスイの身がふわりと浮かび上がる。親方に荷物のように抱きかかえられたのだ。
なぜかガスマスクのような物をつけた親方は片手で軽々とヒスイを持ち上げて走って逃走しようとする。
「嬢ちゃん、できるだけ息を止めてな。」
トリモチに捕らえられた魔物を踏み倒して追ってこようとした魔物達に親方は黄色のボールを投げる。
それは気色々の煙を発生させた。その煙を吸い込んだ魔物達がバタバタと倒れていく。
ぴくぴく動いてるので死んでいはいないようだが追ってくるのは難しいだろう。
そしてその煙は親方とヒスイをも飲み込んだ。親方の声は聞いていたし、意味も理解できていたが痛みで息を止めることはできなかったヒスイはそれを吸ってしまった。
ヒスイの体は痺れて動かなくなった。感覚だけは残っているようだが全く体が動かせない。
体を麻痺させる煙のようだ。
そして感覚だけ残っているヒスイは最悪なことを気づいてしまった。
体が麻痺して止められなくなったのだろう。股間のあたりで生温かい水で濡れていることに。
逃げ切り、体が麻痺してる間に親方に水でさっと洗われ、オレンジ色のボールを握りつぶしてある程度を乾かされたヒスイに親方が話しかける。
「男が女を放って逃げるわけにはいかんからな。かっこつけてみるもんだ。
まあ、もらされるとは思ってなかったが。」
爆弾の設置が終わりダンジョン内から出てきた親方とヒスイであったが、
親方は頬を腫らし、ヒスイは濡れた服を隠すためにに親方のダボダボの上着を着ていたそうな。
スタンピードの地表到着まであとわずか。
そんなヒスイと親方を一羽の鳥が見ていたことを誰も気にも止めなかった。
《 北 》
「はーはっはっは、これだけ魔法使いが集まれば止められぬものはない。
スタンピードごときひねりつぶしてくれるわ。」
魔物が入り口から続々と湧き出してくるが、魔法使いたちの集中砲火により次々に沈んでいく。
ある程度魔法を撃った者は後ろに下がり、魔石を使って魔力を回復させてまた魔法を撃つ作業に戻る。
そう、まさに作業だった。
過剰ともいえる火力でなんの危なげもなく魔物を屠って行く。
魔石は潤沢にあった。
魔石の生産装置ともいえるダンジョンのある街だ。
魔物を倒して残った魔石は輸出されていくが、それでも町に残っている量は多かった。
商人たちから徴収した物も含めるとしばらく戦っていけるだろう。
「これって俺たち必要なのか?」
「さあ、このペースで魔法を撃ち続けれるなら出番ないだろうな。」
探索者ギルドから派遣された探索者達はそのおかげで暇をしていた。
まあ、出番がないのはいいこと・・・・・・なのか?
スタンピードはまだまだ始まったばかり。
そんな彼らの事を一匹の犬が見ていた。
《 東 》
ギルド長が戦闘に行ってしまったため副ギルド長が指揮を取っていた。
「A~C藩は交代の時間です。D~F藩と交代さしてください。」
スタンピードは時と共に厳しくなっていくと過去の文献には書いてあった。
副ギルド長は下の階層から魔物が上がってくるのに時間がかかるという推測を立てた。
だから最初のうちは交代で休憩をはさみながら戦う事にしていた。
しかしそれも厳しくなってきている。
次の交代では二交代制ではなく三交代制につまりA~D藩が戦いE、F藩が休むことになるだろう。
それが厳しくなったら今度は六交代制になるだろう。その次は全員で戦い休むことはできなくなる。
いや、そうなる前に撤退をするべきか。
今はまだ逃走者は目立たないが六交代制になった時にはかなりの数が逃げ出しているだろう。
今は十分とは言えないながらも安全マージンが取れているが、厳しくなるにつれ取れなくなるのだから。
撤退はいつするかその判断を誤らないように副ギルド長は戦場を見ながら考えていた。
そんな彼のいる部屋の天井を一匹のトカゲが這っていた。
《 中央 》
ドオンッ
ダンジョンの奥の方から爆発音がした。
ここ中央は他の所と比べて人員が少ない。
その分をアイテムで補っていた。
地面に投げつけるとトリモチのような物が広がる物や、麻痺煙、衝撃型、時限式の爆弾などが例だ。
そして最重要である遠隔起爆型の爆弾のスイッチは親方、ではなくヒスイが押していた。
もともと親方は全ての爆弾を一気に爆発させるつもりでいた。
しかしその方法だと持久戦には全く持ってむかない。
そう判断したヒスイが親方からスイッチを奪い取り起爆の操作をやっているのだ。
その時のやり取りはこんな感じだった。
スイッチをヒスイに取られた親方が抗議する。
「おい、嬢ちゃん。爆弾は俺が起爆させるぞ。」
「非効率」
「何がだ?」
「効率的に魔物を殺すのに」
「なんで非効率だってんだ。」
「戦えるものもいるんだから爆弾はある程度温存するべき。
手に負えなくなりそうになったら爆発して魔物を間引くべき。」
この時のヒスイは静かな迫力があった。
それに気圧され親方はヒスイが爆弾のスイッチを押すのを了承したのであった。
「対応するスイッチを押さないといけないのにどこに何番の爆弾を設置したのか覚えてないでしょ」
親方たじたじである。
まあ、そんなやり取りがあってヒスイが爆弾の管理をしていたのだが、爆弾の残りの数が減っていた。
「あっ、爆弾なくなった」
ヒスイがそう呟いた。その言葉に周りの者たちは焦りを覚えた。
まだまだスタンピードは収まりそうにないのだ。その上だんだん魔物も強くなってきている。
今までも遠隔起爆型の爆弾で間引いてギリギリだったのだが、それが爆弾がなくなったとなると厳しい。
さらに前線より報告があった。
「麻痺煙以外のすべてのアイテムがなくなりやしたっ!」
「生産を急がせろっ!」
「もうすでに急がせてやすっ!
今はすぐ作れる劣化版の爆弾を作らせてる状態ですがその材料も切れかけてやす。どうしやしょう?」
「生産は急いで続けさせろっ!それから周りから戦えない一般人とか鍛冶師とか連れてこい。
失敗作とかなんでもいいから投擲してどうにか持ちこたえさせろっ!」
親方の言葉に弟子たちは街を走り回る。
しかしなかなか成果は出ない。
一般人たちはほぼ逃げている上、見つけたとしても戦いを怖がり協力しようとしない。
残っている鍛冶師とかの所に説得に回るが、こんなスタンピードの中でも残っているよう者である。
こんな状況でもただただ鎚をふるい金属を鍛え、武器を打っていたりする。
その出来上がった会心の作を「使ってこその武器だ」とぽんと渡されて戦っている者に渡されたりもしたが、基本的に戦いに参加しようとする者はいなかった。
なかなか人が集まらないことにイライラしていた親方の所に報告が上がる。
「親方っ」
「なんだっ!!また悪い知らせかっ!!」
「新入りの鳥獣人の奴があれを持ってダンジョン内に突貫していきました。」
「・・・・あれってあれの事か」
「はい、あの地下に封印してたやつです。」
ここでの封印は魔法的なことではなく、外に持ち出されないように何重にも鍵をかけた扉の中にしまって置いたものである。あれは親方の会心の成功作であり、最悪の失敗作であった。
どこまで爆弾の威力を高められるか、それだけをコンセプトに作られた物である。
高価な素材を湯水のごとく使った一品で、高すぎる威力のため使うに使えなくなったのである。
しかも高度な技術で作られたため、遠隔起爆装置を組み込むことができず、爆弾は人力でしかできない。
当然起爆したものは死ぬ。
「まずいな。途中で爆発されたら事だぞ。」
鳥獣人なのでダンジョン内でも空中を飛んでいるから攻撃はされにくいだろうが、
途中で魔物に撃墜され爆弾が起爆しやしないかとひやひやものである。
親方は焦るが、今前衛で戦っている者たちを撤退させるわけにはいかない。
今前衛を下げれば総崩れになる可能性がある。
どちらにせよ新人の死はもう決まっている。
それは悲しい事であるのだがそれを悲しんでいる暇もない。生きねばならないのだ。
祈るような気持ちで親方が待っていると鼓膜が破れそうなほどの爆発音が聞こえた。
そしてダンジョンの入り口からは爆風が
その爆風はダンジョンの入り口付近で戦っている魔物達をなぎ倒した。
前衛で戦っている者たちにも被害は出たようだが、魔物達が壁になっていたおかげで想定していたよりかは被害が出なかった。比較的被害の受けなかった前衛の者たちと遠くにいたおかげでほぼ被害を免れた後衛で、倒れて隙をさらしている魔物達をしとめる。
ダンジョン内の魔物はかなりの数が倒されたはずなのでちまちまと出てくる生き残った魔物を倒せばある程度時間を稼げるはずだ。その間に体制を立て直したり、けが人を運んだりすることができる。
いや、撤退すべきか?今ならこの中央に限れば安全に撤退することができる。
そう考えていた親方の前に一羽の鳥が降り立った。
思わず身構えた親方だが、鳥の足に紙がくくりつけてあるのを発見する。
それを取って読んでみた。
『魔物送ります。それは味方です。時間制限あるかも。周知徹底を望む。
消えるそうになったら何かサインで連絡』
片言なうえによく意味が分からなかった。
という事で前線で元気に戦っているギルド長を呼び寄せて相談してみた。
「あっ?増援を送るってことじゃねえか?用件はそれだけか?なら俺は戦ってくるぞ。
ああ、一応後衛の奴らにはそっちで伝えておけ。前衛は俺が言っとく。
どれだけの戦力か分からんがこの状況で増援と戦ってる余裕はないからな。」
それだけ言ってチロチロと出ている魔物をきそうように殺しに戻って行った。
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この時同様に魔石が切れかけていた北の魔法ギルドのギルド長の所に犬が、六交代制で持ちこたえていた東の副ギルド長の所にトカゲが、数では少ないもののファミリーの結束と連携で何とか持ちこたえていた歓楽街の者たちの所に鼠が、それぞれの所の指揮官に手紙を届けていた。
そして戦力になるはずの商人の護衛の連中が、逃げる商人の命令でついて行ってしまったから手薄になっていた南では・・・・・・・・
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《 南 》
「くそっ、人が少なすぎる。探索者ギルドの連中は何してるっ!」
完璧に劣勢だった。
既にかなりの人数が逃走していて、完璧に負け戦だ。死人は何とか出ていないが重症のものは続出。
もう何ともしがたい。
そんな彼らの足元をうさぎが駆け抜ける。
うおっ、とか驚かれながらうさぎはダンジョンの入り口付近までその俊敏な脚で走り抜けた。
魔物達もうさぎに気付いたのだろう。うさぎが標的にされる。
そしてうさぎに魔物の持った剣による攻撃が当たるかに見えた瞬間、
うさぎが発光し消えた。
眩しさに思わず目をそむけ、その後慌ててうさぎのいた場所を見るとそこには禍々しい鎧が魔物の振るった剣を受け止めていた。
そして簡単に剣を押し返すとバッサリと一撃で敵を斬り伏せた。
そしてダンジョンの入り口の所に陣取ると敵が出てくるたびにバッサリ、バッサリと、すべての魔物を一撃で切り殺していきます。
傍から見てると魔物が弱いようにも見えました。
しかしむしろ魔物の強さは上がっています。
鎧が簡単に切り殺すので弱く見えているだけなのです。
初めは新しい魔物か、と警戒していた者達ですが、ダンジョンからあふれ出る魔物をバッサリと切り殺す姿にとりあえず味方、いえ取りあえず利用できる存在として受け入れたのです。
とはいってもさすがにダンジョンから出る魔物のすべてをカバーしきれるわけではないようです。
敵が強いといったわけではなく、単純に殲滅速度が足りないという訳ですが、そこは大丈夫。
元々このような援軍は想定していなかったのですから。
鎧が殺すことのできなかった魔物を何人もの探索者や残った護衛の者達で囲んで倒します。
傷を負う者もいましたが、戦力は圧倒的ですので、怪我をしてもすぐに治療を受ける余裕がありました。
全ての魔物を一撃のもとに切り殺す姿からこの鎧の事を【一撃の鎧人】としてロータスの南の方では有名になるのは後の話。
《 北 》
魔石がほぼなくなり、戦闘の継続が難しくなり、撤退を考え始めた時、雪女が現れた。
その雪女は魔物の関節部分など体を動かすのに重要な所のみを凍らせ、
とどめを刺すのは他の者たちに任せていた。その凍らせている術を解明しようと魔法ギルドは総力を挙げた。そのせいで探索者ギルドから派遣された者たちが慌ただしくとどめを刺していかねばならなかったがそれでも動いてない魔物に武器を振り下ろしたりするだけのお仕事です。
魔法をバカスカ撃っていた時とはまた別の意味で作業色が強かった。
《 中央 》
事前に味方として魔物が現れると周知徹底されていたからさほど混乱もなく増援を受け入れた。
明らかに人形だと分かっても形が人型をしていたのも受け入れやすかった理由だろう。
ただこちらも北と同じように職人連合の連中が現れたからくり人形の機構に興味津々で、
解体したいとか言い出すので周りの人はそれを止めるのが大変だった。
そんな周りの様子など全く気にせず絡繰り人形は行動する。
時には鎚で、時には短剣、時には大剣、その場にあった武器に次々切り替え戦う。
絡繰り人形一体でスタンピードのすべてを対処するのは難しい。
であるからこそ絡繰り人形はおのれの職務を遂行するために演算する。
結果、探索者の手助けもすることになった。
おのれは魔物を淡々と狩りながら、最小限の投擲で魔物の攻撃モーションをつぶす。
足元に落ちていた剣を蹴ればその剣が魔物の足に当たりこける。
魔物をメイスで吹き飛ばし、殺されかけていた探索者を助ける。
絡繰り人形は魔法は使えない。しかしその光景は魔法の様だった。
全てが計算づくの行動。
絡繰り人形が動くことにはすべて意味がある。その意味は必ず魔物を追いつめ、探索者を助ける。
まさに予定調和。
全てを予知しているかのような行動は神を思わせた。
そしてこの絡繰り人形は職人の憧れ、崇拝をもってこう呼ばれた【機構仕掛けの神】と。
《 西 》
西はファミリーのさすがの連携で重傷者を出さずにすんでいた。
しかしおそらく崩れる時は一気に崩れる。
たぐいまれな連携で持っているのだからどこか一角でも崩れれば総崩れになるのは道理だろう。
そして皆疲労がたまっており崩れるのも時間の問題であろう。
そんな大変な時、演説をしていた女から通達があった。
援軍が来るからそれを囮にして撤退する、と。
ここに限って言えば中途半端な援軍は邪魔にしかならない。連携の妨げになるからだ。
援軍を囮にすることに妖艶な女は罪悪感を覚えない。
送られるのは魔物だというではないか。人の命ではない。
それにもし人だとしても彼女はこの判断をかえなかっただろう。
他人とファミリー、どちらを取るか?もちろんファミリーだ。ファミリーの結束は絶対なのだ。
しかし女はその判断を翻すことになる。
出てきたのは白い大きなトラ、その存在の強大さによって。
勝てる要素が出てきたこともあるが、これだけ強力な存在を従える事が出来るような存在の不興をかわないように。
その白いトラを囮にして逃走しようとしていたファミリーの人員は女の一言で隊列を組み直し、トラの邪魔にならないように端っこで戦う。
トラとしては味方がいない方が戦いやすかった。
下された命令は二つ。
現地人の保護、魔物の掃討
現地人の動向に気を配りながら次々とあふれ出る魔物の対処をしなければならないのだ。
人はもろい。少しのミスで死にかねないのだ。
少しでも危ないと判断すればトラは魔法でそこに壁を作り敵の行動を阻害する。
その壁がファミリーの者たちの行動の邪魔になるとしても命令に従うとそうなる。
お互いが邪魔であった。
攻撃に巻き込んでしまいそうだから大きく攻撃できない、守らなければいけない。
連携の邪魔をされる。
しかしそれでもその場は持たせることができた。
スペックの高さによる力押し感もあったが。
《 東 》
もはや交代する余裕がなくなってきて、副ギルド長による指揮が必要なくなった頃。
他の場所と同じようにダンジョンの入り口の所まで、足元をくぐり抜けてトカゲが走り抜けて行った。
そして他の場所と同じように発光した。
しかしそこに現れたのは他の場所と違い一人の人間だった。いや、人に見まがうような人形だった。
脇差を二本腰に差し、真っ黒な装束を着た人形だった。
そういう機構がないのか口元を隠された人形の表情はピクリとも動かず、
そこが唯一の人との相違点と言っていいほどに人と似ていた。
その人形はただただ殺す。
現地の人を守るという事など敵を殲滅すれば問題ない。そう考えているかのように。
危なくなっている人を見つければ、人を守るのではなく、魔物を殺す。
素早く動き、切り裂く。皮膚が硬ければ目などを狙う。
狙えぬというのならスピードと重量による破壊力で殺す。
魔物の血は死体の消滅と同時に消えていく。
しかし周りの者達には血まみれのようにも見えた。あの黒は血の色なのではないかと。
服が血を吸い過ぎて一部の隙もなく黒く染まってしまったのではないか、と。
力を身上とする者の多い探索者。
人形がその身に宿すははまさに圧倒的な力。
探索者たちはただただこの人形の事を「あれ」と呼んだ。
呼ぶことを畏れるかのように。
その刃が自分の身に向けられるのではないかという恐れから。




