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序章 「戦乱は歩道橋から」2

「あー、ねむ。ネムゥィ! いっやーぁ電車の中で考えてたんだけどさぁー、最近の深夜番組ってさ、気の抜けたソーダみたいだと思わないかい? ねぇー、秦太郎ぅぅ」


 過剰なまでにうざさを纏いつつも春先を貫く声が一つ。俺、時雨秦太郎は傾斜の急な坂道を降りる途中、唐突な高二病の女友達の意見を耳にして、顔を顰めた。

 耳元で怒鳴られると耳がキンキンしてくる。


「はぁ。なんだよ、またいつもの愚痴か?」

 一体突然、なんなんだと思って尋ねかけると、

「その心は刺激が足りない、まずいぺっぺっ、って事だよ。私の言いたい事はねー。近年深夜番組にアングラ感が消えたのが痛すぎるよ、本当さぁ! 秦太郎もそう思わないィ?」


 横の顔は、さも退屈そうに変なポーズをしながら喋ってくる。その態度を見る限り憂鬱そうだ。

 しかしまぁ、シュシュに包まれた髪の毛が触覚のように見える。


「なんだよ、ずっと裏でやってるブラウザゲーにでも飽きたのか?」

 俺がそう問いかけると、


「うん、まぁねー。1月から集金モードに走ってクッソ運営だし、放置して最近深夜番組に復帰して録画しようとしてるけど本当食指が伸びなくてさー、やっぱ歳かなって。でもさ、テレビって10年前の作品にすらハラハラ感で勝てるものがなくなってきているのがねぇ。フィギュアの出来はここ数年で滅茶苦茶進歩したから一概には悪いことだと言えないけど、テレビばかりはMADなおばさんによる圧力団体っつーか脳内パルチザンパルメザンチーズな方々のせいで娯楽の衰退が痛すぎるよ。クッソむっかー! ぐれーとやってるネトゲが一番楽しい時点でなんかおっかしいよ、まーじで」

 自分のシュシュを指先でぐりぐり遊びつつ、友人はやる気無さそうに言ってきた。


「なんだよ、ただの懐古じゃねぇか」

「そうかねぇ、偉い人の言い方をすれば、昨今の作品は私に思想的共感って奴も、文学的共感もないのよ。クリエイターの凋落って奴。怠惰なんよ」


「三島由紀夫かお前は。……ったく、俺からしたらお前の裏でやってるブラゲの何が面白いか分からんがな。【盆栽オンライン】とかいう謎ゲーム、売れてるのが不思議なくらいだ」

 貶している訳ではなく、事実何が楽しいのかさっぱりわからん。

 だがすると、向こうは偉そうに無い胸を張ってくる。

「ま、凡愚には分かるまい、という事さ。あの放置してても育つレトロな作業ゲー感がたまらんのよ。あぁ見えて常接アクティブ500000人はいるんだよ?」

「でもお前は飽きかけてるんだろ?」

「ぐぬぬ……、高価な鉢植とかでバランスが崩れただけだし、虹だって15分続けば人は見向かないようなもんよ、それにネトゲーマーには息抜きが必要だって、そう偉い人も言ってたし」

「ゲーテを引用して言い訳するなって……」

 はい、自爆。自分でゲームに飽きたとか言ってりゃ、世話はないっての。

 そんな事を思いながらも話題を進める。


「……はー。しかし、言いたい事は分からなくもないがお前本当そう言うの好きだよなぁ、最近の娯楽に適応出来ないかと思えば中途半端に90年代齧って他の趣味はあとの趣味は落語とか時代劇とか囲碁やら将棋やら。80過ぎた婆さんみてぇなのに、なんなんだよ。愛読書は本居宣長とか近くても三島とかガチ過ぎる人選だし」

 面倒になりたくないので悪態気に溜息をついて言うと、

「だまりゃ! たまには娑婆のシーズン物も気になったってだけだよ! 馬鹿にしないで貰いたいな! それにぐれーと一緒にゲームはやってるじゃん、5000時間もな!」

 ーーお互い様なのか向こうもムキになってきた。

「娑婆とかいつの時代の人間だよ……。じゃあ、お前の言う刺激的な番組ってなんなんだよ? ほら、言ってみろよ」



 都内在住の私立高校生。下校途中の時雨秦太郎しぐれ しんたろう、A型は、文芸部の部活帰りの夕暮れの中、同級生である城亜利果しろ ありか、AB型の愚痴に相槌を打った。ご覧の通り、二人とも私服ではあるが、今時の私立高校は制服が設定されておらず私服である事は珍しくも無い。

 一応は横にいるのは名前の通りに女だが、小学生からのクソ長い関係なのでこの程度の扱いだ。最早兄妹レベルといってもいいくらいに、気心が知れていると自分では思っている。



 亜利果は少し背が小さいが、多弁で活発的な奴だ。典型的な不思議ちゃんというより暴走するとコントロールすら困難になるような奇人であり、自称エビフライ級チャンピオンとかいう訳の分からない事を言っているが、一応根っこの部分ではいい女である。強いて言えばこうインターネットでよくあるオタク気質な評論家気取るところさえなければいいのだが……。

「ぬへへっ。いやー、だってさだってさー、ドラマ番組自体が保守的になっちゃっていきなりマック全滅! 円盤チキンの罠! みたいな衝撃的な展開の特撮も無くなっちゃったしさ。アニメにも言えるけど昨今私の欲しい燃え展開がないのよ燃え展開が。バラエティとか最早現代じゃ言うに及ばずだしね。 ……日常系は嫌いじゃないよ? でもね、世の子供にダメージを与えたUFO生物ゴールドブールメンみたいなちびりそうな恐怖が欲しいの! アニメも黒禿みたいなの見たいし、世紀末臭っていうか旧劇とかみたいな90年代のような病んでるのも見たいし、ゲームもそう、近年新しく入ったプランナーとか何してんのさ! 大手メーカーはソシャゲ行ったかと思ったら無節操にネィティブアプリばっかで嫌になるよ! べーべー! もっとニンニクマシマシな重厚なゲームがやりたいのに! うんこ! ちんこ! PCゲーマー勃てよ国民! もっとTPSとかRTSとかじゃんじゃん輸入してよおおおお、国内で頑張れてるの大手家庭ゲーム会社以外ガン●ーとかサイ●ース●ップくらいだろおおお! PCだ、もっとPCをやってくれえええ」



 亜利果は自分と子供の頃からずっと遊んでいただけに、男の遊ぶ玩具で手馴れている。養子に出たという彼女の兄が平成初期生まれだったため、元々大抵の1990年から2010年終盤までのホビーはお手の物であったのだ。それだけに彼女も今時壁ドンの誤用で真剣にぶち切れる、コアい人間である。一生の宝物と言っているものが強化パーツ付きGフォースメガガッヅィラ人形だったり超芸術トマソンを探すのが趣味だったり半年ROMれない奴はネットを使うな、だのアニメのオープニングは毎話サビで台詞を喋るべき、とかトラウマという言葉を安易に使う奴は死ね、だとか他にも色々年齢不詳染みた持論が他にもあった。それだけにこの年頃中々周囲の女と話が合う人間が少なく、貴重な話題についていけるのが自分であり、こうして腐れ縁な訳だ。MMOやらヘビーなオンラインゲームも大好きで、嫌いな物はお手軽、だとか。……時代が時代ならゲーセンで格ゲーとか嵌りまくってただろうな。

 まぁ、端的に言うとこいつの主張は、これにつきる。

『ゲーミングPCで出来る、 スカイプしつつ廃課金するほど楽しめるゲームが欲しい』

 本人曰くスマホに楽に逃げる企業はクソだとか散々に罵倒しているが、自分の考えが全てとは思わないものの、確かに奴の気持ちも分からんでもない。

 後発企業は映画が好きでもないのに儲かると分かったから作るような無節操さが醜いだの、浅はかさが愚かしいだの、CMすらストレスだの、量産スマホゲーなんてPCゲーに比べれば技術0からやらせたまるゆだのアタリショックだのと罵倒しているのは、流石にやりすぎだと思うが。

 まぁ、90年代被れすぎるとは思うが前向きであり、子供は壁を乗り越えて戦うべきものという意思は、尊重に値する。

 そういえば、思い返せばこいつの人格を簡単に表したエピソードで一昔前に、こんな事があったっけ。確か中学生の頃、か。

「昨今の奴らは流行のせいで少し斜に構えていれば中二中二とふざけやがって凡愚が、画一された定義の一つに人間の思考を貶める事は悪でしかない、すぐさま断罪されるべきだよ。人間の崇高なる心、魂こそが人の意識でありそれを遮るのは人を人として考える事から放棄する命への冒涜行為に他ならない、メガトンパンチで粉砕してやる」

 ……だとか、言ってた事もあったな。他にも、

「移民を推奨するクソみたいな党の人が大人でいるけどね、世界には歌を悪だっていって禁止してるところもあるんよ。それがわからないのがクソじじいなのよね。私は都内のカラオケボックス破壊されたらぶち切れるよ、全面的に戦ヲ宣ス、断交上等よ、人が人の意思を否定するのはあっちゃいけないけど、相容れないなら関わることすらしないほうがいいと思う。昨今もクソみたいなテロ組織がいるしね。あーやだやだ、偶像大好きですしおすし」

 ……あぁ、思い返せば痛々しいが、歳相応にアレだった。

 もっと昔は昔で人類滅亡を企む悪の変態科学者になりたいだとか言ってたし、言っちゃなんだが悪く言えば凝り固まっていて本人自体がにわかは帰れと砂を掛ける色々面倒臭い性格なので、波長が合う奴には合うが非情に交友関係は狭い。

 流石に山に入ってクワガタでも追いかけていろなどとは言わんが、なんというか、なぁ。

 ーー今の本人の意見がどうなっているかは知らんが、折角元がいいのに色々台無しにするような奇行ばかりして、残念であった。




 まぁ脱線したそんなことよりも、だ。俺は回想を打ち切り、話題を強行的に戻そうとする。

「古い大人がまだ社会に多いからな、仕方ないだろ。ーーま、テレビの話だったっけ。 あー、そんな何十年も前の番組みたいにはできないんじゃねぇのか? 今はPTAも煩いしさ。いくらOVA全盛期世代のエログロが羨ましいからってどうにもならないだろ。それにゲームは新入社員に何か任せてくれるところなんてまずないはずだしな、採算の問題とか、開発費もやばいのだろう。ディレクターに言え、ディレクターに。……いや、プロデューサーか? ……むしろそう言う場合は株主か? ともかく会議に通らないんだろ。俺達の望みはアメリカの富豪あたりが本気出してくれなきゃ叶わんだろうな、まぁ国産じゃ無理だろ」

 実情は知らないが、とりあえず業界はそんな感じだと思うので適当に憶測で秦太郎は言っておく。一応まともには取り合ってはやるが、ずっと話していても話題が尽きないから愚痴モードの時はあしらっておくに限る。

「あぁ全く、あと数年前に生まれたかったよ、本当。うー、全く。70年代とか三次元の深夜番組で乳出てたんだよ」

 一方人の話を聞かないこいつは、こちらの意見も聞かずにずけずけと喋っていた。

「そんな懐古趣味みたいな事言われてもなぁ……」

 実際問題そんな50年も前の愚痴みたいな事言われてもどうしようもないし、ぶつけられたところで困惑するだけだ。まぁ、その手の欲求が分からない訳ではないが。

 そう思っていると、亜利果はずいっとずりよりつつもまた持論をぶちまけてくる。もう本当、やりたい放題だな。

「それにさそれにさ、怪獣映画だって最近血で血を洗うみたいな痛そうなバトルもないし。私好みのパーツが破壊されつつバトルするとかって展開も無いし本当欲求不満だね。マジでやってられんわ。一方的に殴られる痛さと怖さを教えるくらいはっちゃけてもいいべきだよ。まだ最近のアメコミの方がドロドロ展開やってくれるだけいいし好きだよ。モフラとか復活してくれませんかねぇ切実に……あの一度やられてからの世代替わりとかカタルシス心底大好きすぎて愛を語りまくりたいというのにもぉぉぉん! 俺tueeeは時空刑事シリーズだけでいいっていうのに! 無節操なのはなんなの、マジで!」

 最後の方は頭を抱えている亜利果。

「……それは言葉狩りとかBPOとかのせいなんじゃないのか? スポンサーにも逆らえないし、やろうと思ってもプロデューサーがダメージを受けるし、雁字搦めなんだろ? つい最近もそういうのやろうとしてた人が頭丸めたり規制されてただろ。現場は現場で辛そうだしな」

「言いたいことはそりゃ分かるよ。でもね、12話が欠番とかそういうコアい話をしたいんだよ、私という女は。隠れた音楽も含めてサブカルチャーって黎明期は本来現実に居場所の無い人のオアシスだったはずじゃん? だのに、いつからか金の臭いのする場所になってしまった。秋葉原がまさに、それだよね? ……ほーんと、世の中を窮屈にする人間には死んで頂きたい、唾ぺっぺっ! くそが!」


 ……若干言いすぎである。

「お前って奴は、全くもう……」

 この女が不満たまって暴走するのは最近しょっちゅうの事であるが、やや呆れる。

「言いたい事は分かってるさ、ぐれー。叶わない事は叶わないって。時代が時代だからさぁ。……もんの凄く、残ッッッッ念だけど。雌伏の時だし」

 少し目を流しながら亜利果がぶすっとした。

「……本当に分かってるのか?」

 やや疑わしげに、視線を送る。

「ま、ラノベの賞に仮に小説神髄や中国文学の儒林外史、プロレタリア文学が送られたみたいな感じだしね」

「喩えが訳分からんぞ……?」

「文芸部の癖に勉強が足りないねぇ。カテゴリーエラーって事さ。どう足掻いても弾かれる」

「成程。……ってかちょっと待て。あれ読んだことはあるが100年近くも前の人のだろが。小説神髄はそもそも指南本だしそれ以前に文体違いすぎるだろ。儒林外史に至っては人物の交換激しすぎてラノベですら無理だろ、あの展開は。プロレタリアに関しては不適切だわ、馬鹿か」

「……そりゃそうだけどね。でーも、叶わない事は分かってても納得出来るかは別なんだよなぁ。所詮人間なんて地球から見ればゴミ虫ですしおすし。太陽系スケールで見たらバケツの中のミドリムシ同然でしょ? そん中の一個体が騒いだからっていって何かを規制だなんだで潰すのは間違いだと思うんだよ。この時代が時代って言葉だって46億年の中から見れば爪切りで飛んでった爪みたいなもんだし、人が人を邪魔するってのは矮小過ぎると思うのよねぇ。地球という視点からみれば日本など豆粒だし、そんなかのせっまいところのせっまい業界で言ってる以上人類に期待は出来ない、ワイ将そう思うよ」

「喩えはともかく粛清主義かよ、おい。その考えだと貨幣価値すら認めないのか」

「そんなんじゃないよ。焚書坑儒が嫌ってだけ。……でも、最近変な大人が増えたじゃん? エロゲの屑市民みたいなさ、ほれ、指びしっ! 画面の前のお前! 子供だったら酷い大人にならないようにな!」




「……あー、その喩えはどうなんだろう」

 もやもやとするぞ、色々と。

「まぁ聞いてよ。というより、変な人が大人になったってだけだろうけどさ。下の世代だって鳥頭が増えたし、冷静に考えて駄目だと思うんだよ。 あー、私の考えだって出るとこ出たら叩かれるんだろうなぁ。 団塊ジュニアに、バボー、氷河期、ゆとり、さとり。人類に未来は無いね。 思想信条の自由、表現が自由の国が聞いて呆れるよ、ファシストというレッテルを貼る真のファシストみたいな感じだよ畜生め。 うー、エロといえばエロだって最近不十分だしさ。これじゃ欲求不満すぎてこの私の心のチンコが勃たんよ、学生的に考えてこっちの事情も考慮して欲しいよ本当、厄介だよねぇ本当に規制規制の年寄りって。こんにゃくおばさんにしろ厄介よぉ。うーんこうんこ、ぶっちっぱ」

 そこまで言われたところで、呆れつつ流石にまた口を挟む事にする。

「……16の女がそんな事言うんじゃねぇよ馬鹿、おっさんかっての。 場所を考えろってば、場所を」

 しかし、焼け石に水である。

「……大体マスゴミが悪いよ。規制規制って日本の犯罪率を先進国で比べてみればいいじゃない。大体ライフル協会風情や……環境テロ団体が大体悪い。あと中央区とか中央区とか中央区とか! あれこれ言われてるけどあの辺が全部元凶な気がする! まとめてハヌマーンに握られるかチェーンマインで吹き飛べばいいのに!」

「やめろ、いろんな意味で危ないネタは。ブラックジョークは好きだが場所を考えなさい。ソ連のアネクドートでさえもっとよく出来てるというのに不満を撒くな、俺はまだ死にたくないしお前の巻き添えにもなりたくないからな」

「アグ……? あぁはいあの豪邸のおばさ……」


「俺はさ、死 に た く な い って言ったよな? 社会の闇には触れてはいけないんだ、そこまでにしておけ」

 慌てて言葉を封じる秦太郎。

「間に合いません、強行します! うわーッ! アーンディー! ってのに憧れる年頃なんだよ、私」

「……お前本当昔の作品好きだよなあ、俺達の生まれる前だぞ」

「自己研鑽は義務だからね! 義務ですよぉ!」

 ……しかしあれだ。全く持って、落ち着きがない。

「もう少しくらい、落ち着いてもいいと思うんだがなぁ」

 いろんな意味で危険すぎるのでそう言ってやる。だが、この女には効果はなかった。

 放置しておいたらますますエスカレートしそうだ。

「落ち着きで飯が食えるなら10年だって20年だって黙ってるけどねえ。そんなものじゃ儲かりはしないしー。転載してるまとめブログのほうがよさそうだしー。結果wwwとかこちらです(画像)とかヤバイ……とか書いてれば儲かるんでしょ?(白目)」

 変な顔をしながら寄ってくる、亜利果。

「おまえ本当にさ、全方位に喧嘩売るな……。そのうち死ぬぞ」

「現代っ子ですしおすし。流れ弾に当たったら当たったでその時考えるよ。あー、働かないで金こねーかなー。どーっせ年金なんてこないしー、現世に夢が無くて異世界転生流行るのも納得いくわー、私も転生したいなー、ぐれーと一緒ならさー」

「全く、少しは落ち着けんのか。ド田舎の帰り道ならまだしも、此処は東京都の23区内だぞ。何処で誰が聞いているかは分からないんだ。口は慎め」

 注意だけはしてやる。

「へっへ、所詮学生のたわごとよ。マジになるほうが気が狂ってらっしゃるという事よ」

 すると亜利果が噴出してきた。



「いや、だからって言ってな」

「ふへへへへへwww」

 言葉を遮りながらもいきなりドヤ顔が、ぬっと近づいてくる。

「何よぅ、つまりあんたは今更私にラノベの正ヒロインみたいなの求めてるの? 男の都合のいいキャラ? ファーwww 今時少女マンガだってそんな奥手キャラ居ないわ! JKなんてこんなもんだよw 線路を通るだけのキャラになんてなってやらねぇわw」

 あぁ、調子に乗り始めた。

「馬鹿、その引き笑いは止めろ。そういう問題じゃなくて下品だっての。ってかてめぇはアイドルのコンサートとか行かないだろうが。……まぁミュージカルは行くけど。世間様一般のスタンダードJKから相当遠い性格なのに何言ってんだ、ふざけるな」

 そう言い返すと、向こうは眉根をあげて少し不機嫌になってくる。

「失敬な。私こそ真のヒロインにきまってるわよ。 まずオタクな話題は引かないだろー、服にも興味あるだろー、ゲーセンでも楽しめるだろー、カード出来るだろー。プラモの塗装も出来るししかも脳波コントロールも出来る! 90年代なら私なんて超無敵大勝利完全論破だったじゃない。我ながら抜けるんじゃー。ま、かといって全個体値逆Vの男はNGだけどね! ぐれーだけだよん、私のスピードについてこれてるから靡くのは」

「言動で全部台無しだけどな。というか記号でしか人間を見られない時点で人間的にアレな気がするぞ」

「ファー! ぺー! 私の言ってることは事実だしょーが! 本音ぶつけたらエロもグロも不十分でマイナー厨は飢えてるんだよ馬鹿! ファック! 学生生活に楽しみを寄越せや! 生身で戦う特撮とか何年見てないと思ってるんだ! そこを乗り越えなきゃ人類は成長できないんだよ! 重力に魂を引かれた奴らを壊滅させろ!」

「……いや、近年あっただろ。 ファックじゃなくて何を言ってるんだお前は。 ……確かにお前の言うとおりヒーロー番組で採石場と火薬は昔と比べて減ったけどさぁ。それは時代の流れって奴だろ? それに適応できない点で精神的ババアだろ、お前も」

「ギギギ……やるな、10秒くらい落ち込んじゃうかもしれない」

 面倒な展開になる前に、やり込めるに限る。

「第一、アロマな入浴剤じゃなくて温泉の素定期的に使うような女子力の無い奴が背伸びするなよ。ただのやせ我慢に見える」

「ちぃぃ、馬鹿にすんなよ、肩こり取れるんだぞ?」

「だから色気0なんだろ。寝言は寝て言え」

「よく言うよ、そのうちこんなかわいい子が胸にかけて胸に! とか言うようになるんだぞ、多分!」

「塩酸でもかけてろよ」

「おっぺけてん、むっきー! 五月蝿い馬鹿ふぁっく!」

 煽ってやると納得がいかないのか地団駄を踏む亜利果。スカートがばったばったと風に煽られている。その所作には、やはり色気が欠片ほども無い。

 ……妙な罵倒を受けつつも、秦太郎はあー、またはじまったという様子で呆れていた。




「あー、はいはい。それにさ、昔は昔で不便だぞ?」

 あまりにも見苦しい状況になってきたので、話題を強引に変える。別に心底苦ではないがこういうのはPC前での通話だけにして欲しいのだが。深夜テンションなら何を言っても大体流せるというのに。

「何がさ! ぷんっ!」

 おもしろくないといった様子で、亜利果が頬を膨らませながら食いついてくる。

「携帯、10年前だけどソ●トバ●クとかガラケー時代300kbしか動画再生できなかったからエロサイト見るのに不便だったとか聞いたぞ。3gpファイル」

 そう言ってやった瞬間、向こうは目を丸くした。

「え、マジ? そんなポンコツだったん? 釣りじゃなくて? ソースプリーズ」

「マジだぞ。ソースはやらんけどな。察してくれ。メグァビュがどうこうとか昔の魚拓でも探ればいい」

 本当こいつは全く……。下手に話を進めると爆発物を踏むな。

「にゃにぃ? それは困る。それっぽっちしか出来なかったのか……30秒ちょいしかないじゃないか。今のスマホなら4ghzでメモリ8GBあるのにその当時の端末ってどれだけポンコツだったんだろう……アプリすらロクなのなかったんじゃないの?」

 素で驚いている様子だ。

「いや、困るとか言ってもこっちが困るんだがそう言う反応」

「そっちが振ったんでしょそういう話。それでも顔でも赤くして欲しかったのかい? クォラ☆ からのキャッ、なのかい? いいペンキなのかい?」

 結局、話題を変えようとしてあんまり変わった気がしないぞ、これ。

「そういうのじゃないんだがな……。じゃあよう、亜利果」

「なんだいリトルグレイ?」

 気を取り直そうとしたが、話の腰を折られる。

「……人を宇宙人扱いするな。シロアリって言うぞ、コラ」

「分かったよ、グレー。何だい?」

 ……一応それなら許容範囲だ。

「提案とはいってはアレだけど、家に結構いいDVDあったんだが、見るか? 昔のいい作品があるけどさ」

「何それ、エロイの?」

 食いつきはいいが首を傾げてくるこいつ。一回くらい頭でも打ったほうが良いかも知れんな。




「……んー、マタンゴ、実写だったよ。前見たけど凄い良かった」

 記憶を頼りにタイトルを言ってみる。

「聞いたこと無いね。それいつの?」

 クエスチョンマークを頭に浮かべながらの問いを受けたので、大体の記憶を探ってみる。

「何年だったかな。196…下一桁は忘れた」

 そう言った瞬間、亜利果がまた噴出した。

「ドミンゴww ふっる! 60年近く昔じゃん! 私達どころか二世代以上前だよ!」

 確かに今は2020年。相当な昔だ。

「……いや、馬鹿にすんなよ。お前の大好きなギスギスとかもあったし、自分個人としてはあの演出は尊敬している。名作ともいえるぞ。今の作品に中々見えない素晴らしさというもんだ。役者だけ使ってりゃいい感ある映画と比べたらあれほどの魂はまずみつけらんないよ、心底見る価値がある」

 一応自分なりに凝りはあるので言ってやると、ちょっと真面目そうな顔になって返してくる。

「あぁ、グレーの嫌いなごり押しって奴の反対のガチ作品だね? 確かに、最近は業界もアレで微妙な吹き替えで大不評だった映画とか近年あったよね。キャスティング会社は無能なんじゃないかなって噂だったけど。……それにしても、昨今の作品は商業の都合ばっかり見てるから50年後に見てすげぇってなるのは少ないんじゃないかな。どっかの映画とか!」

「……意図的に強調してそういう上から目線はやめないか。世界は広いようで見えて狭いぞ。一般市民の発言だって次元の狭間に幽閉される、ブーメランに刺さるのは御免だね。それに、広告が足りなくて表に出てこないだけで隠れた名作ってのはあるんだからまるで全てが悪いようには言うなよ。ローカルヒーローやインディーズの曲だって、いいもんいっぱいあるだろ? 配給会社だって沢山あるしよ、それはそれ、これはこれだ」

 実際何か考える事があったとしても今の時代で何か言ったらカウンターを喰らうという事を覚悟しなくちゃならない。一時期のまとめブログ騒動があったが今は評論家の評論家という新しいジャンルが出てきたからな。偉そうな事を言えば名無しだろうが名有りだろうが未来永劫保存されてしまう。問題を起こしたくなければ身内と絡んでるだけでいいといった塩梅だ。


「んー、というかマジか……そんなにグレーが押すなら家に見に行くよ、今度。毎月映画館行ったり2週間に1度とかレンタルDVD店に行くグレーのオヌヌメなら私も見て損は無いと思うし、今まで薦めてくれたのにも外れはなかったからね」

 そんな事はつゆ知らずそう亜利果は気を取り直すと言ってくる。いや、ネタを振ってる訳じゃないんだが。

「……おう」

 そう話し終えたところで、歩道橋が見えてきた。

 環七が下に通っている、都内でも有数の、下の交通量が多い歩道橋だ。

 この橋を渡ると神社とコンビ二が近くにあり、それから少し歩くと自宅がある。

「なぁ、コンビ二寄るか?」

 そう訊くとすかさず、

「ウェブマネー? それともあいつんカード? それともすかいぷー? そっちがおごってくれんの?」

 と間髪いれずに言ってきた。現金な事だ。


「誰が課金するなんていったよ。……ちょっと雑誌とか買うだけだ」

「18禁? 抜けるの?」

「お前、今年の冬インフルエンザになっても料理作りにいってやらねぇぞ。今月号にはカードが付いてくるんだよ、文句あるか」

 とりあえず釘を刺す。

「ファー」

「反省は?」

「しません!」

「だろうと思った」

 ファー、は対して重要に思ってない時にこいつが使ってくる言葉だ。呆れながらも見逃してやる。

「ーーんで、コンビ二だけどさ。……しかしお前と話してると話が脱線しまくるな」

 話題を軌道修正する。

「ぬぬん、分かった。食べ物いいかい?」

「ホットスナック……唐揚げの一つくらいならいいぞ、ケータイに電子マネーが幾らか入ってるはずだ。一昨日チャージしたばっかりだし」

「さっすがグレー、ふとっぱらな聖人、ぐう聖、人間の鑑、ステロイダー、でもCMでこの前やってた新商品のGーカップ麺も欲しいな、ネーミングといい気になってしょうがない」

「誰がステロイダーだ、っつか大盛りなんて食えるのかよ」

 そう言い返しながら視線を何気なく動かすと自分の靴紐が解けていたことに気付く。階段で引っかかったりしたら不味いところだった。

「おぉ、ちょっと待て。結ぶわ」

 背後から言って呼び止めると、

「……んー、グレー。前々から言おうと思ってたけどあんた、いい加減ローファーにしなよ。買ってもらえば?」

 素に戻ると呆れた様子で亜利果は返してきた。確かに、同級生ではもうローファーを履く人間が増えてきてはいる。このままでは確かに周りに遅れて格好が付かなくなるだろうな。

「俺としてもそうするつもりじゃいるんだが、どうにも気に入ったデザインが無くてね」

 少し落ち着いた調子でそう言うと、

「っつーか買う気無いだけっしょ? 私が廃センスなのを選んであげようか? それとも急いでなければ誕プレ品にしよっか?」

 と提案してきた。こいつは服装だけはセンスがまともなのが助かる。

 まぁネタに走ることも多々あるっちゃあるが。ハイセンスじゃなくて廃センスと言った時は注意だ。微妙にイントネーションが違う。……ん? 今、どっちで言ったっけ。

 首を傾げるがあとの祭り、亜利果はもう一度は言ってくれない。

 しょうがないから、話を進める事にする。

「……それでもいいが、11月だから相当待つ事になるというのはアレだな。近いうちに頼むよ、まとまった金が入ったら言うからさ」

「おうよー。んじゃそん時ビタスイいこうよ、ひっさしぶりにさ。私糖分足りなくなってきたから。あとカラオケもゲーセンもいきたいなー、チラッチラッ」

「はいはい、食事のお誘いか。予約は頼むぜ」

 秦太郎は靴紐を結びなおし、立ち上がろうとする。

 ーー機嫌さえ直してくれれば、まともなんだがな。



 ーーそう思った矢先、突然秦太郎の足元が揺れた。地面からどんっと突き上げられるような凄まじい衝撃を受けたかのようで、視界が激しく揺らぐ。耳の中に、気圧が変わったかのようなキーンとした音が走る。続いて、グラッと頭の中がかき回されるかのような鈍い痛みを感じた。


「ーーうぉっ?」

 驚きのあまり、身体を震わせる。

 貧血? それとも眩暈? そう思った瞬間、バランスを崩す。日頃の睡眠不足で体調でも崩したかと一瞬思ったが、横の亜利果も同じく倒れそうになっていた。

「ぐれー! これ……!」

 亜利果の声に混じって地鳴りのような音が、仄かに聞こえてきた。

「まさか……地震か!?」

 我に返り、慌てて真面目な顔に戻っている亜利果の方に寄ろうとする。助けを探そうと見回すがこの橋の近くには人はいない。

 確かにこれは揺れている。……立っていられない。そういえば僅かに記憶に残っている10年前の地震も、こんなんだった。マグニチュードは知らんが、これは少なくとも体感では震度6は越えている。

 まさか予兆すら感じず、こんな揺れがくるなんて。

「亜利果! 掴まってろ!」

 秦太郎は亜利果に寄り、手を握る。事態が飲み込めない。でも、ポケットに入れてあるスマホは緊急地震速報を鳴らしていない。近くに電信柱等の倒れてきそうなものがないのは幸いだが、まさか直下型かーー?

 そこまで思考を巡らせた瞬間、 足元に突然ぐわっと大きな光の穴が開いた。

「えっ!?」

 橋が壊れたのか!? 一瞬の出来事で何が起きたのか分からないッ。

 虹色の、よく認識できない色の世界が一瞬目に写る。

 ーーくそ、一体なんだよこれッーー?

 視界が弾け、意識が分裂して飛ぶのを強く感じる。

 目の前が真っ暗になる瞬間、何か一枚の紙きれのようなものが目の前を通り過ぎていったーー。




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