お弟子さんかぁ
「師匠、師匠、聞いてくださいよ!」
会議終了後、幸雄は自分に寄りかかって眠っていたディフィルを背負い、ルティアネスの元へ駆け戻った。
魔王に策が採用され、その場で小躍りして喜びたいのを我慢し、にやけ出す顔をなんとか引き締めて平静さを装いつつも自然とドヤ顔になるのを抑えきれなかった。
「コバヤシユキオさん、病室ですよ、お静かに」
「ああっと、ごめんごめん……で、師匠、俺の作戦が採用されたんだ。明日、特攻かけて山の砦を陥とすよ。なんかもう、俺、軍師っぽくね?」
喜色満面の幸雄を苦笑で出迎えたルティアネスに、幸雄は魔王の天幕では抑えていた興奮をここぞとばかりに爆発させた。
好きな相手に自分のいいところを見せたい。魔王に認められたという事実を知ってほしいという想いが、春の杉花粉のように溢れ出していた。
本当に中坊だなと頭の片隅で思いながらも、幸雄はここでは抑えることなくすべて吐き出した。
「それはすごいですね、でも無理は禁物ですよ? コバヤシユキオさんは私と同じで、魔王さまのような頑丈な身体を持っていません。本当にちょっとした傷が死を招くこともあります。だから私は、本当はコバヤシユキオさんにあまり戦場に立ってほしくありません。ここで私と一緒に治癒魔法の修行をしていてほしいです」
幸雄のはしゃいだ言動をなだめるような、しかし暖かく包み込むような言葉が紡がれてゆく。
「でも、あなたはきっとそちらの方が向いているのでしょう。だってそんなに嬉しそうなのですから。だから私は応援しましょう。そして無事に帰ってきてくれることをお祈りします」
ルティアネスが両手を組んで目をつぶりながらそう言った。
その表情は穏やかでありながら強い意思が感じられ、どこか近寄りがたい神聖さを醸しながらも愛らしいものだった。
幸雄はそれまでの興奮も忘れたようにじっくり見入ってしまった。
それほど美しく、また、愛おしく思えたのだ。
もし二人だけの世界なら、お持ち帰りして神棚にお供えして崇め奉っていたかもしれない。
いや、この場で抱きしめて欲望のすべてを吐き出していたかもしれない。
しかし、幸雄にはそこまでする非常識さも型破りな度胸もなかった。
人を襲うゾンビのように震える両腕を前に出しながらも、ルティアネスの肩に触れる直前で戻してしまった。
「……あ、ありがとう、師匠」
このへたれめっ! という罵声が脳内に響き渡ったが、反論のしようもなく、しかし、ルティアネスへの想いがより一層募って気分は高揚状態を保っていた。
「いいえ、コバヤシユキオさんは私の大事な初めてのお弟子さんですからね」
「お弟子さんかぁ……初めての、初めてのもっと違う何かになれればいいなあ、なんて」
微笑みながら言うルティアネスを見て、幸雄は血流が速くなるのを感じつつも小声で残念な感想を垂れ流してしまった。
幸いにもルティアネスには聞こえていなかったようだが、まだ背負っていたディフィルの腕が故意か偶然か頸動脈を圧迫してきた。
なんか苦しいと思った時には、幸雄は視界が端から中心へと黒く塗りつぶされていくように見えなくなり、涼やかなルティアネスの声も聞こえなくなって体から力が抜け落ちて後ろのベッドに倒れ込みそうになった。
「コバヤシユキオさん!?」
悲鳴にも近いルティアネスの声に、我に返った幸雄はとっさに腹に力を込めて両足を踏ん張った。
「あれっ? お、俺、どうしたんだ?」
「大丈夫ですか? 少しお休みになられた方が……」
不安げな様子のルティアネスが幸雄の額に手を伸ばして熱を測ろうとすると、ふいに幸雄の背中にあった重みがするりと抜けて何かが地面に降り立った音が聞こえた。
「ううーん」
振り返ると、ばんざいするように伸びをしているヴァンパイアが目に入った。
まだ眠いのか、少し目がとろんとしている。
「……おはよう、ゆっきー、ルティア」
「おはようございます、ディフィルさん」
「あ、ああ、遅いけどおはよう、っていうか、もう少し寝とけ、まだ眠いだろ?」
むしろ空気読んで寝といてくれ、という幸雄の呪詛めいた要求も、ヴァンパイアは軽くレジストに成功してしまったようだ。
「らいじょうぶ」
「いやいや無理は良くないよ、ディフィルさん。良い子はおねむの時間だから寝といた方がいいよ」
「もうすぐ夜だよん?」
「うんうん、知ってる、わかってる、お前夜行性だもんな、言ってみただけだよ」
――くっ、もう少し師匠といちゃいちゃしたかったんだけどなぁ。
ルティアネスがどう思っているかわからないが、幸雄はがっくりとうなだれた。
「それじゃ師匠、明日は砦陥としてくるから」
「はい、期待しています。あっ、でも西国の陽巫女様は丁重に扱ってくださいね。あの方はこの世界に欠かせない方ですから」
「そ、そうなんですか? うん、了解です、師匠!」
幸雄は敵のボスとも言える相手を気遣うルティアネスに改めて敬意を抱いた。
名残惜しそうに何度か振り返りつつ、その度に手を振るルティアネスに手を振り返して天幕を出て行った。




