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夢見がちな中二脳

「着いたぞ、ここが魔王軍最前線の陣地だ」

 目覚まし時計のけたたましい騒音より腹に響く魔王の重低音に、ディフィルと互いにもたれかかるように座って眠っていた幸雄は、はっと目を覚ました。

 快適とは言えないまでも、程よく揺れる悪くはない乗り心地に、いつのまにか幸雄は巨大な魔王専用馬車の中で眠ってしまっていたらしい。

「おい、起きろよ、ディフィル」

「はふぅ?」

 巨人が乗り降りするための巨大なドアが開き、薄暗かった室内に淡い光が差し込んでくる。

 その微妙なまぶしさに目をしばたたいた幸雄は、ディフィルの肩を揺らして起こすと、喜び勇んで魔王に続いて馬車の外へ飛び降りた。

「おおっ、なんかそれっぽいじゃん!」

 前方に目を向けると、いくつもの布製の天幕を林立させた一帯がすぐ近くにあり、槍を地面に突き立てた悪魔型のモンスター――見張りのレッサーデーモン――が各所に配置されているのが見える。

 さらにそのずっと奥、陣地の西方は半円状に木製の柵や土嚢で防壁を築いているようだ。

 だが、こちら側にはそのような仕切りはなく、無防備な気がするがおそらくその程度には安全だということなのだろう。

 幸雄が落ち着きなくあちこち眺めていると、陣地の方から誰かが駆けて来るのがわかった。

「陛下、お待ちしておりました」

「うむ、ご苦労だったな、ラッテ」

 しなやかで強靭なバネを感じさせる走りを見せて魔王の手前で立ち止まったその人物は、姿勢よく直立して敬礼してみせた。

 走り方同様、若々しく弾んだ声はまちがいなく女性のものだ。

 幸雄は興味津々で魔王の隣に進み出て彼女を凝視する。

「おおっ、ネコ耳……じゃないな。あれはイヌ耳か? 少々厚みがあって毛もふさふさしてて、むしろ狼に近い感じか……」

 活発さを感じさせる短めにカットされた白銀色の頭髪の間から、ふたつの獣耳が天を指すようににょきりと突き出しているのが見える。

 灰色の中二脳は、相手が少々人間と異なる容姿をしていようと動揺したりはしない。

 特に、人間とほぼ同じ容姿に獣耳などは、むしろ中二病患者にとってはメジャーな存在だ。

 幸雄は真っ先に目が行った頭頂部から下へと目を向けていく。

 やや面長の整った顔立ちは、やはり丸顔のネコより鋭角的なイヌを連想させ、色白の肌に群青色の瞳が凛々しさをより際立たせている。

「やべぇ、なんか無性に『お姉さま』と呼びたくなってきた」

 小さな呟きだったが、ぴくりとイヌ耳が反応したのが視界の隅で確認できた。

 若干、恥ずかしげに頬に赤みが差したようにも思える。

 やはり聴力も人間より優れているようだ。

 幸雄は獣耳の誘惑を断ち切ってさらに目線を下げていく。

 彼女はかなりラフな短衣と大きく盛り上がった胸を覆う胸当てに、ふさふさのしっぽが後ろで見え隠れする短パンという戦場とは思えない軽装だった。

 しかも足に関しては裸足である。

 痛くないのかと心配しつつも、やや砂にまみれた白い太ももをじっくりと舐めるように遡り、視線は一度通り過ぎた胸元へと吸い寄せられてしまう。

「でかっ……いや、これは、ペロペげふんげふん」

「と、ところで陛下、そちらの方が異界の――」

 幸雄の不躾な視線と怪しげな呟きに危険を感じ取ったのか、ラッテがびくりとしながら魔王に尋ねた。

「ああ、そのことなんだが、実は召喚魔法に失敗してしまってな、まったくの別人を召喚してしまったんだ」

「えっ?」

「まあ、ある意味客人だが、異界のラスボスではない」

「それでは……」

「うむ、すまんが援軍はなしだ」

「そ、そうですか……」

 残念そうにイヌ耳がしおれたが、それもほんの二、三秒のことだった。

「……ならば、拙者が異界のラスボスの分まで働くまでっ!」

 どうやら見た目以上に前向きで割り切った性格をしているらしい。

 気合いを入れ直したらしいラッテは、背筋もイヌ耳もぴしっと伸ばし、両腕にしなやかな力こぶを作って笑みを向けた。

「やべえ、お姉さま、超かっけー、俺が女だったらガチゆりに目覚めるところだぜ」

 幸雄の呟きがまた聞こえたらしく、ラッテは頬を染めて幸雄に困惑げな視線を送ってきた。

「ふむ、紹介がまだだったな、彼女は我が魔王軍の三人の隊長のひとり、ラッテだ。見た目でわかるかと思うが、人狼系の獣人と呼ばれる種族で、まだ二一歳と若いが重要な戦力の要となっている人物だ」

 ラッテの視線に気付いた魔王がまずは彼女を幸雄に紹介した。

 中二病患者でもない限り、自分の出身世界の人間がラッテを見た目だけで人狼系の獣人だと理解できるとは思えなかったが、幸雄はまさにその中二病患者であり、ひと目でラッテの種族をほぼ正確に予測していた。

「お初にお目にかかります、獣人部隊を率いるラッテと申します。どうぞよろしく」

 ラッテは幸雄に軽く一礼する。

「これはどーもご丁寧に」

 それを見届けた魔王は、今度は幸雄を前に押し出してラッテに紹介する。

「そして、こちらがゆっきーだ。以上」

「おいっ! ――って、いってー」

 あまりにいい加減な紹介に思わず裏拳でツッコミを入れた幸雄だったが、金属製の鎧に拳が入り、むしろ自分がダメージを負ってしまった。

「すまんすまん。たしかコバヤシサチ……ユキオだったな。うむ、覚えているぞ。人違いで召喚してしまった大事な客人だ。多大な迷惑をかけてしまったのでな、よくしてやってくれ」

「は、はい、陛下がそうおっしゃるなら――」

 少々戸惑いつつもラッテが穏やかな笑みを幸雄に向けた瞬間――

「こ、小林幸雄です! お姉さまとお呼びしてもいいですか!?」

「――ひっ!」

 急に鬼気迫る笑みを見せて大声で迫ってきた幸雄に、ラッテは命の危険でも感じたかのように一瞬で一〇メートルほど飛び退った。

「あれっ、お姉さま……?」

 幸雄は瞬間移動めいたその動きにまったくついていけずにラッテの姿を見失ったが、すぐに前方でしっぽと髪の毛を逆立てて緊張の面持ちでこちらを窺っているラッテに気付いた。

「ゆっきーよ、ラッテは少々恥ずかしがり屋でな。初対面のゆっきーにいきなり親しそうにされて困惑しているのだ。慣れれば気さくに話してくれるから気にしなくていい」

「そ、そうか? まあ、それじゃあ仕方ないな」

 そういう問題だろうかと首を傾げながらも、少し調子に乗りすぎたかと幸雄は反省しつつ改めてラッテに向けてあいさつした。

「小林幸雄です。ちょっとお調子者の痛い子ですが、悪い子じゃないんで、どうかよろしく」

 一礼してラッテに目を向けると、理解してくれたのか首を軽く三度ほど縦に振ってくれた。

 幸雄はほっとしてまだ痛む右手をさすった。

「ふむ、まだ手が痛むか?」

「ああ、いてーよ。せめて平面ならまだましだったのに、なんか尖ってる所にぶつかっちまったよ。折れてんじゃねーかな」

 責める口調で言う幸雄に、魔王はそれなら治療所へ案内すると言ってラッテに簡単に指示を出すと、幸雄を先導して歩き始めた。


 西方の柵からかなり離れた陣地の後方に、ひときわ大きい――通常サイズの人間にとってだが――白い天幕が張ってあった。

「ぶっちゃけ、あんたは入れそうにないけど、そんな仕様で大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない。我に傷を負わせることができる相手などそうはいない」

「うわっ、なにその『俺、超つえー』発言! あんた、ラノベの主人公かよ!?」

 わざわざ異世界から助っ人を召喚しておいて、矛盾するにもほどがあると幸雄は憤った。

「主人公? そんなものはどうでもよい。だが事実だ。遠い昔、大魔王とやりあった時を最後に、我はまともに怪我をしたことなど一度もないぞ」

 魔王は特に気負った風でもなく、幸雄からすれば最大級の自慢にしか聞こえないセリフをさらりと言ってのけた。

 だが幸雄がカチンときたのはややずれた箇所だった。

 ――主人公などどうでもいい……だと? ふっ、中二病患者相手に言ってはいけないセリフベスト一〇〇に余裕でランクインしているぜ!

 誰がいつそんなランキングを作ったか定かではないが、灰色の中二脳にはそんなものが刻まれているらしい。

 そう、ラスボスと揶揄されてきた幸雄にとって、主人公の座とは『そんなもの』扱いされていい代物ではない。

 二次元において、主人公とは常にヒロイン達にモテモテで、最終的にはおいしいところをすべて持っていくという反則的存在であり、自分とほぼ真逆とも言える特徴を備えている、というのが幸雄の認識だ。

 それらの特徴が主人公自身の魅力と明らかに釣り合わない場合、それは『主人公補正』という、作者という名の神から授けられた最強のパッシブスキルとして存在するとされている。

 まだ出会ってわずかな時間しか経っていないが、幸雄が見る限りこの巨人はなぜか皆に好かれているような気がするのだ、魔王なのに。

 幸雄からすれば、これぞまさに『主人公補正』の賜物のようにしか思えない。

 それだけに幸雄としては余計イラッと来たらしい。

 単に名前が似ているというだけでラスボス扱いされ、ラスボスじみた人生を歩み、挙句の果てにラスボスとまちがわれて異世界に召喚までされてしまったというのに、それでも自分には何の補正も見られない。

 幸雄は、どう考えても主人公たりえない状況の自分と、この妙に馴れ馴れしく誰からも好かれている魔王との扱いの差に、嫌みのひとつやふたつはぶつけてみないと気がすまなくなった。

「ああ、それで大魔王にぼこられてこき使われるようになっちゃったんだね?」

 幸雄はことさら残念そうに、憐みを浮かべた視線を白い仮面に向けてみた。

「ふふ、まあそんなところだ」

 しかし、そんな明らかな挑発にさえ魔王が怒ることはなかった。

 自嘲気味の笑み、いや、ただの苦笑で受け流してしまったのだ。

 人の上に立つ者なら大抵の者がプライドが高く、他人から馬鹿にされるような発言にはつい怒りをにじませてしまうものだ。

 『魔王』などという、暴力で頂点を極めた者ならなおのことだと思っていたが、何事にも例外はあるらしい。

 幸雄はいい加減、魔王のこの為人を認めざるを得ない気分になってきた。

 幸雄が抱いていた典型的な『魔王』像も、やはり二次元での常識であり、三次元では通用しないのか、それともこの巨人が図体並に器も大きいのか、そこまではわからない。

 魔王は幸雄に天幕の中に入るよう促すと、軍議があるからと言って去っていった。

「まあわざわざ治療するほど痛いわけでもないんだけどな」

 歩いている最中にほとんど痛みは引いてしまったが、野戦病院というのもそれはそれで興味を引かれたので、幸雄は出入り口の幕を押し退けて中を窺ってみた。

 予想していた病院特有の消毒液や何かの薬品の混じり合った臭気はなく、屋外とたいして変わりがない。

 野戦病院の天幕は長方形で出入り口がそれぞれ短辺の中心部にあり、その中央通路を挟んで両側に簡易ベッドが等間隔に並んでいた。

 地面の上に直接ベッドを設置しているのであまり衛生的とは言えない造りだったが、屋外である以上、そう贅沢は言っていられないのだろう。

 三〇床ほどのベッドは七割がた傷病兵で埋まっていたが、その全員が人間だったことに幸雄は安堵した。

 魔王城のモンスター製造プラントで見たような、グロい様子は見られない。

 それどころか、こちらに気付いて振り返った少女に幸雄の目は釘付けになった。

 おそらくは自分と同じかいくつか年下だろう。

 だが、年齢以上に落ち着いた色合いを見せる黒い瞳は、穏やかな光を湛えている。

 また、振り返る際に鮮やかに翻った黒髪は、背の中ほどまで届くが絡まることもなく清流の流れのように滑らかだ。

 幸雄の出身世界のアイドルのような派手な艶やかさはない。

 にもかかわらず、幸雄はたったひと目で魅せられていた。

 まるでヴァンパイアの魅了に囚われでもしたかのように。

「お怪我ですか? こちらへどうぞ」

 優しく包み込む慈母のような声音で、誰をも暖かな気持ちにさせるような天使の笑みを浮かべて、少女が幸雄に天幕の奥へ来るよう促した。

 幸雄の出身世界で、とある芸能人が後の結婚相手と出会った際に『ビビッと来た』と発言したが、この時、幸雄もまた『ガツンと来た』のだ。

 まるで魔王の巨大な拳で殴られたかのような衝撃を受けて、幸雄は意識が一瞬吹っ飛んだ。

 そのままマッチ棒のように硬直して倒れかかった瞬間に意識を取り戻し、右足を踏み出してなんとか無様に転倒するのだけは避けられた。

「だ、大丈夫ですか? とにかくこちらのベッドに横になってください」

 慌てて駆けつけてくれた天使様に肩を貸してもらい、幸雄は操り人形よろしく言われるままに空いていたベッドにごろんと寝転がった。

 ――ちょっと待て、なんだ、これ? どうなってんだ?

 幸雄は本当に頭がくらくらしてきたような気がした。

 一瞬、またヴァンパイアかと思ったが、ディフィルの魅了を受けた時の感覚とはまったく異なっている。

 まちがいなく怪しげな魔法などにはかかっていない。

 初めての感覚に戸惑いつつも、幸雄はようやく現実を認識し始めた。

 すると灰色の中二脳が急速に回転数を上げ、かいがいしく世話を焼き始めた少女を妙なフィルタを通して解析する。

 己の知識で言えば、白い短衣に緋袴を纏ったいわゆる――

「巫女さんのコスプレをした天使様がナイチンゲールを演じていらっしゃる? わ、わけがわからないんだが、これはこれでグッジョブだ!」

「えっ、ど、どうされたのですか? もしや頭を打たれたのですか?」

 幸雄の意味不明な妄言を間近でしっかりと聞いてしまった巫女服の少女は、頭部に打撲痕があるのではないかと、端正な顔を近づけて確認してくる。

 戦場や病院といった場所を忘れさせるような、ふわっと香る甘い匂いと近くから見る少女の無防備な素顔に、幸雄は無性に気恥ずかしくなり顔中が紅潮するのを感じた。

「あっ、熱まで出てきたようですね。すぐに癒しの魔法をかけますから、もう少しだけ我慢していてくださいね」

 当然とはいえ、特に頭部に外傷は見つからなかったらしい。

 小首を傾げて顔をあげると、少女は急に熱を発した――ように見える――幸雄に驚いたようだが、その汗のにじみ出した幸雄の額に左手を、必要以上に血液を送り続ける頸動脈の辺りに右手を添え、なにやら幸雄には理解のできない言葉を発した。

 おそらく標準語では代用できない呪文か何かなのだろう。

 すると、ぼんやりとした淡い白光が少女の両手の辺りで輝き、幸雄は最高級のマッサージチェアにでも体を預けているかのような、心地よい安らぎに逆に意識を狩り取られそうになった。

 ――ああぁ、すいません、これ以上癒されると逆に天に召されそうです。

 それはそれでいいんじゃないか、とぼんやり思いつつも、幸雄は次第に薄れていく安らぎをなんとか取り戻そうとするかのように腕を伸ばして、ふと目を見開いた。

 ベッドから上半身を起こして周囲を見回してから、傍らの少女に視線を固定させる。

「ここはどこ? あなた様はいったいどなた様でしょうか?」

 目覚めた際のお約束のセリフが、魔王が相手だった時とずいぶんと異なっていた。

 魔王が聞いていたらあまりのギャップに涙を流しても不思議ではないほどに心がこもっていた。

 自分の状態よりも相手が何者かを真っ先に尋ねてきた患者は初めてだったのだろう。

 黒目がちな優しい瞳をぱちくりとさせた少女は、数瞬後には口許を押さえて春に芽吹く花のような笑みをこぼした。

「おもしろい方ですね。初めて拝見するお顔ですが、あなたも魔王さまのお連れの方ですか? あっ、申し遅れましたが、私は東国の陽巫女ルティアネスと申します」

「こ、これはこれはご丁寧に。俺……僕は小林幸雄といって……ええと、何者なんだろうな? いや、自分の出身世界では『浪人生』なんだけど、こっちの世界じゃそんな身分はないみたいだし……まあ、一言で言えば、魔王にまちがって召喚されちゃったかわいそうな子です。できるだけ優しくしてください」

 幸雄は無性にこの少女に甘えてみたくなり、自分が被害者であることを強調した。

「あの魔王さまでもまちがえることがあるのですね。少しほっとしました。あっ、ごめんなさい、コバヤシユキオさん。あなたにとってはさぞお辛い体験だったのでしょうね。体調まで崩されて、それなのに私ときたら……本当にごめんなさい」

 この少女にも異世界からラスボスを召喚するという話は伝わっていたのだろう。

 初耳なら召喚という言葉に違和感を覚えるだろうが、当然のように受け入れていることに幸雄は気付いた。

「い、いえいえいえ、とんでもございません。悪いのは全部あのデカブツです。ルティアネスさんは僕をたすけてくれた命の恩人ですよ。だから謝らないでください」

 もしかしてこの娘さんは少々生真面目な天然さんかもしれないと、幸雄は慌てて魔王を悪者に仕立て上げながら――実際、召喚をミスしたのだから責任はすべて魔王にあるはずなのだが、これほど良くしてくれるあの巨人を悪の権化と認識できずにいる――頭を下げるルティアネスをかなり大げさに身ぶり手ぶりを交えてなだめた。

 無論、命にかかわるような怪我も病気も幸雄は人生で一度たりとも患った記憶はない。

「優しいのですね、コバヤシユキオさん」

「そ、そんなことは……あったりなかったり? いや、美少女が相手ならいくらでも優しくなれますよ?」

「ふふふ、では、私も美少女だったらもっと優しくしてもらえたのですね?」

「もちろん! いや、あなたは充分すぎるほど美少女だから激甘でデレさせていただきます」

「お上手ですね、コバヤシユキオさん。でもあまりからかわれると照れてしまいますので、そのくらいでご容赦くださいね」

「からかうなんてとんでもない。僕は現実と妄想とを区別できる現実主義派の中二病患者ですよ。あなたが美少女なのはまぎれもない事実であり、真実です! この僕が保証します!」

 幸雄はルティアネスの両肩に手を置き、やけにムキになって力説した。

「チュウニビョウ……それはどのような病気なのですか? 原因さえわかれば私の魔法で治してさしあげられるかもしれません」

 だがルティアネスが喰いついてきたのは、治癒を司る陽巫女の性ゆえか、聞いたこともないであろう怪しげな病についてだった。

 ――やっぱり天然さんだ!

 この世界における陽巫女という存在の意味を知らない幸雄は、失礼な認識を一層深め、回転数を上げ続ける灰色の中二脳はさらに交流を深めようと余計な話を紡ぎ出してゆく。

「いや、残念な話なんだけど、この病は僕の出身世界でもごく一部の人しかかからない特殊なもので、不治の病とも言われてるんだ。僕も医師を目指していたんで一般人よりは少々詳しいんだけど、まれに突然治ってしまうこともあったりして原因も治療法もまったく確立されていない厄介極まりない病気なんだ。だから僕は医師になり、一生この病と向き合いながら今後この病にかかる人がなくなるよう、その原因究明と治療法を研究していくつもりなんだ」

 幸雄は自嘲気味の苦い笑みを浮かべ、いかにも自分も医療に従事しています。あなたと志を同じくする者です、と相手の気を引きそうな言葉を並べた。

 だが、それだけでは足りなかったらしく、やや気障ったらしく息を吐いて、幸雄は何か期待するようにちらりと視線を送った。

「すばらしいです、コバヤシユキオさん。病に冒されながらも誰かのためにその身を犠牲にしてでも尽くそうとしていらっしゃるのですね。私もあなたに負けないようにますますがんばらないといけませんね」

 ルティアネスは真剣な面持ちで幸雄の両手を握って互いの健闘を誓った。

 その小さくて可憐なふたつの手の感触に、幸雄はちょっと罪悪感を感じつつも嬉しさの方が上回っていた。

 まるで異性を意識し始めた中学生時代に戻ったかのような高揚感に包まれる。

 ――やばい、なんだこのドキドキ感。これはちょっとまじでキタコレ! まさか今さら初恋か? これじゃ中二病どころか完全に中坊じゃんか!

 実のところ、幸雄はこれまで決してモテなかったわけではない。

 田舎とはいえ地域で最大の病院経営者の長男という立場や将来性に目をつけたとしか思えないような相手から、交際を迫られたことが何度かあった。

 だが、幸雄はその辺りの鼻は利いたので、金目当ての相手はお得意の中二病的発言を連発して角が立たないように巧妙にあしらってきた。

 というよりも、そもそもそういった輩を遠ざけるために中二病を装い始めたら、それが定着してしまったというのがもっとも実情に近いだろう。

 物心ついた頃からそんな経験を積んできたせいか、女性不信とはいかないまでも、あまり心を動かされるような相手に出会えず、まともな恋愛経験に乏しい。

 そんな自分が出会ったばかりの相手に対して、これほど無防備に胸の高鳴りを感じるなど、まったく想像の範囲外だった。

 これぞ『運命の出会いだ』と中二脳がちょっと夢見がちな言葉を囁いてくる。

 まさしくその通りだと幸雄は思った。

 だが、同時にその出会いには先がないことも理解できてしまっていた。

 自分はこの戦争が終わったら元の世界に帰るのだ。

 そんな死亡フラグめいた事実がなくとも、みずからの中二脳が結論付けた言葉が甦ってくる。


 ――まちがって召喚されてしまった平凡な少年は――ついに元の世界に帰る手段を入手して美少女との悲劇の別れをもって物語を終えるのだ――


 きっとその言葉はほんの一月先には実現する。

 魔王に召喚されたと知った時には人生最大の絶望感を味わったが、なるほど底まで落ちると後は右肩上がりの人生が待っていた。

 むしろ上昇気流に乗って一気に山頂まで登りつめてしまった感がある。

 だがそこで、自称現実主義派中二病患者の幸雄は、ふと冷静にその先に目を向けてしまうのだ。

 山頂より上はない。

 これから先は下り坂しか待っていない。

 ただそこがいきなり断崖絶壁か、なだらかな稜線が遥か彼方まで続いているかで大きく異なるのだが、人にはそこまで見通す力はない。

 また、その道程を長いと感じるか短いと感じるかは、限られた期間をいかに過ごすかにかかってくる。

 幸雄はこの時、ルティアネスのために何かしたいと思った。

 自然とその想いが口をついて出てきたことに自分でも驚きながら。

「ここで僕にできる事って何かないかな? ぶっちゃけ暇なんだ。手伝えることがあったら何でもいいから言ってくれ。力仕事とか、怪我の手当ても少しくらいならできるから」

 本当は戦場を生で見たかった。

 何かの拍子に真の力とやらに覚醒し、ラノベの主人公のような大活躍をしてみたかった。

 そんな妄想が実現しかねない状況に放り込まれてしまったがゆえに、ここまで魔王に連れて来てもらったのだ。

 しかし、この少女と出会って少しでも長く一緒にいたいと思ってしまった。

 本当に恋をした中学生みたいなことをしているなと、幸雄は内心苦笑しつつも真剣にルティアネスに尋ねていた。

「うーん、そうですねえ……」

 ルティアネスは少し困ったような表情を浮かべて考え込んでしまう。

 おそらく現状では特に幸雄が役に立つような仕事はないのだろう。

 たしかに多少の怪我なら魔法であっという間に治してしまう。

 ここが幸雄の出身世界の野戦病院とは致命的なまでに異なる。

 幸雄の出身世界の常識で考えたら、最前線の野戦病院がこんなに穏やかな雰囲気を漂わせていることなどありえないのだ。

 本来なら血と汗と糞尿や塵芥に塗れた負傷者が次々に運ばれてきて、ベッドの数などまったく足りずに至る所に投げ出され、治療を待つ間に息絶える者さえ存在する。

 治療するにも大量の医薬品、医療器具、輸血用血液に医師や看護師といった人材も当然必要だ。

 しかし、ここにはそれらがほとんどない。

 否、必要ないのだ。

 消毒や止血、造血、損傷した皮膚や臓器の再生といった過程まで治癒魔法という万能とも思える力で成しえてしまうのだ。

 しかもここには本来の魔王軍に存在しない治癒魔法のスペシャリストたる陽巫女がいる。

 今ベッドを占領している傷病兵も負傷は癒え、体力の回復のために強制的に眠らせているにすぎないらしい。

 ふと、幸雄はそこで発想を転換してみることにした。

 他にやることがないなら、ルティアネスと同じことができるようになれば彼女の負担を減らせるのではないか、と。

 しかも自分にはヴァンパイアの魅了を自力でレジストするほどの魔力があると魔王が保証してくれた。

「そうだ、もし良かったら治癒魔法を教えてくれないか?」

「えっ?」

「俺……僕、ああ、いいや、俺にも結構な魔力があるって魔王が言ってたんだ。だからきっと俺も練習すれば治癒魔法が使えるようになると思うんだ。そうすればきみの負担を減らすことができる。俺、きみの役に立ちたいんだ」

 身を乗り出して言い募る幸雄に、ルティアネスは圧倒されたように驚きに目を見開いて軽くのけぞった。

 だが、それもほんの数秒のことだった。

 幸雄の本気の熱意を感じ取ってくれたらしい。

 色白の頬を淡い桜色に染めて、幸雄にとって極上とも言える笑みを浮かべて頷いてくれた。

「わかりました。そこまでおっしゃっていただけるなら、お教えいたします」

 でも、私の修行はとっても厳しいですよ、と少しはにかみながら付け足したルティアネスに、幸雄は過呼吸にでもなりそうなくらい息を荒げて彼女の両手を握ってシェイクする。

「ありがとう! それじゃ今日からきみのことは師匠と呼ばせてもらいます。もうどんな修行だろうと総受けしちゃいますよ、俺、弩エムだから!」

「は、はい、よくわかりませんが、がんばりましょうね」

 こうして幸雄は陽巫女に弟子入りした。

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