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阻む者

 大魔王の治めるこの複合世界においては、幸雄の出身世界のように世界の果てと言える境界がない世界を完結型世界と呼び、ほぼ平面で明確な境界を有する世界を局地型世界と呼ぶ。

 前者は主に人類の居住範囲が広範にわたり、征服するのは難しいがその内蔵エネルギーは桁違いに大きく、根幹世界――各魔王の直轄世界――となることが多い。

 後者は前者の一部が何らかの要因で分離してひとつの世界となったものが多いが、まれに成長途中――神やそれに準じる者によって育成中――の未熟な世界もある。

 それだけに、居住範囲も内蔵エネルギーも小さく、また、生命の誕生もなされていないことも多い。

 そのような局地型世界は根幹世界を支える枝葉世界として扱われることが多い。

 根幹世界と枝葉世界にパスと呼ばれる魔術的論理回路を通わすことで、根幹世界は枝葉世界の支援を得られ、逆に枝葉世界は根幹世界からのエネルギー供与を受けられる。

 そのため、枝葉世界を多く支配する根幹世界はより様々な効果を得られるために、各魔王は根幹世界を定めると、枝葉世界を次々と征服していくのだ。

 この世界は幸雄の出身世界と異なり、居住可能な地域がひとつの陸地のみで、それ以外を境界まで水が覆っているだけの局地型世界だった。

 どこかの世界から分離してしまったのか、発展途上の世界なのか、それ以外の理由なのかは、まさにこの世界の神のみぞ知るところだろう。

 魔王の城から馬でおよそ一日といったところが現時点での最前線となっていた。

 魔王軍は、この世界の頂上種族――幸雄の出身世界における『ヒト』のような、実質的にその世界を我が物顔で利用している種族――と比べたら、圧倒的な腕力に基づく攻撃力で優位に立っているはずだった。

 実際、魔王が世界征服に乗り出してわずか一週間で、ほぼこの世界の東半分を手中に収めたのだ。

 しかし、そこから先の攻略が思うように捗らない。

 陸地のほぼ中央を南北に貫く山脈のせいで、それまで野戦の主力となっていた飛行系のモンスターも斜面を彩る木々に視界を遮られて山岳戦の主力となりえなかった。

 また、陸戦部隊も鬱蒼と生い茂った樹木で視界が狭く土地勘のない山道で、既に要衝を押さえた敵軍に完全に地の利を取られて苦戦続きとなっていた。

 そして何よりも、そこにたったひとりの少女がいたことが魔王軍の快進撃を阻んだ最大の要因と言っていいだろう。

 背丈は低いが、二〇歳という年齢にそぐわない大人びた雰囲気を醸し出す赤い髪は腰のあたりまで伸ばされ、ややつり気味の黒い瞳は獲物を狙う獣のごとき光をたたえ、きめ細かい白い肌と共に、若さと力に溢れた美しさを際立たせている。

 上半身を包む白衣と、この世界で神の象徴色とされる緋色の袴――巫女装束を纏った少女が、四隅に篝火を焚かれたおよそ一〇メートル四方の舞台上で、凛とした声を響かせ、魔王すら焼き尽くしかねない力強い炎を想起させる舞を神に捧げていた。

 まるで神の求めに世界が応じているかのように、いかなる仕組みか空から降り注いでくる琴や笛の音に合わせて、緋色の巫女が時に緩やかに、時に激しく詠い舞う。

 白い足袋に包まれた細く小さな足が、篝火をゆらゆらと映し出す木床を独特のリズムで強く、それでいて滑らかに巡り行く。

 この地の、この世界の神に余さず舞を奉納するために。

 淡い緋色の霧が、その中心たる巫女から同心円状に幾重もの波紋を描くように広がってゆく。

 戦場にあまねく行き渡る緋色は、遠く離れるほどに薄く溶けてゆくが、近くにいれば自分の皮膚さえ鮮血で染まっているように見えるほど濃厚だ。

 この世界に生きる者で、知らぬ者はいない。

 西国の陽巫女の巫術は身体強化。

 己が認めた者にのみ、特に物理的距離が近いほど強く効果が発揮される。

 その緋色の霧を受けた兵士たちは、心に熱い炎を灯されたかのように恐怖を忘れ、槍や剣を操る力が数倍に増し、腕力で勝っていたはずの魔王軍のモンスターと互角以上の戦闘を繰り広げることができるのだ。

 平地では圧倒的なアドバンテージを誇っていた飛行系モンスターも、視界を遮る木々で西国軍の正確な位置を把握できず、無差別攻撃では味方への誤爆の危険性も少なくないので、偵察でも攻撃でもその役を充分に果たせていない。

 無論、対空防御のまったく考慮されていない平地での合戦では魔王軍に散々やられてきただけに、西国軍もそのあたりを考慮しての戦術を取っているのだろう。

 だが、それでも純粋な陸戦であれば地力に勝る魔王軍が有利だが、陽巫女の存在によってそのアドバンテージも消し飛び、地の利と陽巫女の臨戦という状況で西国軍の戦意は完全に魔王軍を圧倒していた。

「よし、交代だ! 第三陣は弓で威嚇しつつその場で待機し、その間に第四陣は次ポイントまで前進だ! この中央山脈を越えることあたわずと、やつらのでかいだけの頭に叩き込んでやれ!」

 西国の武装神官であるスクディートの勇ましい命令に歓声が湧いた。

 普段ならこんな鉄製の鎧を着て山中での戦闘行為など自殺行為だが、陽巫女のサポートで誰もが無尽蔵の体力と限界以上の筋力を発揮できるため、まったくこの状況が苦にならない。

 さらには今まで散々辛酸を嘗めさせられた相手を圧倒する興奮に、箍が外れたかのように西国軍は暴れまくった。

 山道を登ってくる敵軍を剛弓で狙い撃ち、逃れた者をすかさず複数人で取り囲んで斬り刻んでゆく。

 西国軍は当初、山の高所まで魔王軍を誘い込み、各迎撃ポイントで同じような戦法で次々と魔王軍を殲滅しつつ、次第に麓の近くまで押し返してきたのだ。

 地の利を活かしたこの戦術も陽巫女ありきのものだが、面白いくらいに当たったと言える。

「やはりあの小娘を呼んで正解だったな。取り逃がした東国の陽巫女が化物どもを連れて戻って来た時は焦ったが、その勢いもここまでのようだ」

 法衣の上に鎧を纏った壮年の神官は、主君たる陽巫女への敬意をまったく感じさせない口調で薄笑いを浮かべた。

 せっかく捕らえた東国の陽巫女が謎の巨人に奪われ、陥としたはずの東国もわずか一週間でことごとく奪い返されてしまったのがほんの数日前のことだ。

 それ以降、明らかに人とは異なる異形の兵士や獣を操る軍団の前に、西国軍は敗戦を重ね続けた。

 そのため、統一間近だった戦況があっという間に版図の半分を失うという大失態を晒すことになったのだ。

 だが、その屈辱の日々も一昨日で最後だと、スクディートは思った。

 あれほど歯の立たなかった異形の兵士すらも今や易々と返り討ちにしているのだ。

 空飛ぶ鳥人間どもと凶暴な犬のような獣は厄介だが数が少ない。多少時間はかかるかもしれないが、いずれ駆逐できるだろう。

 そうなれば、後は敵の陽巫女とあの謎の巨人だ。

 特にあの巨人は直接戦闘に参加したことがないだけに、その力は未知数だ。

 こちらの動揺を誘うための張りぼてなら問題はない。

 だが、もしあの魔王と名乗った怪物が本物だとすれば、やはり最大の脅威となるだろう。

 スクディートは不遜な笑みを消して表情を取りつくろうと、前進した味方を追って山道を下り始めた。

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