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三回転半

 幸雄が城に着いた時、既に辺りは闇に閉ざされていた。

 まさに魔王の手に落ちた世界のようだが、単に夜を迎えただけだ。

 城の各所に篝火が焚かれ、うっすらと巨大な城の輪郭が暗闇の中に漂っている。

 幸雄は衛兵に城門を開けさせ、馬を引き渡すと城内に駆け込んで行った。

「頼む、無事でいてくれ」

 石造りの廊下を抜け、地下への階段を二段飛ばしで駆け下りる。

 正面の壁にショルダータックルをするようにしてブレーキをかけて無理矢理方向転換すると、通路の先、各所に配置しておいた警備の衛兵たちが血の海を作って倒れ込んでいる姿が、壁に据え付けられた明かりに照らされて視界に飛び込んできた。

 その光景に幸雄の中二脳が沸騰しそうになった。

 ――くそっ、また護れないのか? また俺はまちがったのか?

 だが、止まれない。

 幸雄はネガティブな思考を抱きながらも謝罪の言葉を投げつつ衛兵を飛び越え、最奥の扉をなかば蹴り破って室内に突入した。

 そして、目の前に広がった光景に幸雄は凍りついたかのように硬直した。

 部屋の壁の各所に灯されたランプに照らし出されている人影がふたつ、そこにあった。

 ひとつは明らかに人とは異なる異形で床に倒れ伏したままピクリとも動かず、どす黒い液体の海に浸かっている。

 もうひとつは子供にしか見えない小柄な少女の姿で、己の手についた液体を舐めとってはどこか恍惚とした表情を浮かべているように見える。

「ディフィル……か?」

「あっ、ゆっきー、おかえり~」

 普段通りほのぼのとした口調でヴァンパイアが笑みを向けてくる。

 だがそれはこれまで幸雄が見てきたディフィルのどの笑みとも異なり、幼さの中にどこか艶然とした大人の女の醸し出す妖しさを含んでいるように感じた。

 おそらく一番近いのが初めて逢った時の『魅了』を発揮した時のものだろう。

「な、なあディフィル、そいつは……」

「うん、なんかお城に忍び込んできたから後をつけてたらここに入ってきたのん。とっても悪い子みたいだったから殺しちゃった♪」

「そ、そうか、ありがとな、ルティアを護ってくれて」

「う~ん?」

 そういう自覚はなかったのか、ディフィルは小首を傾げた。

 幸雄はその様子に不気味なものを感じたが、それでも結果としてルティアネスを護ってくれたことは事実だ。

 ディフィルに感謝していると、背後から数人の足音が響いてきて、やがて壊れかけた扉を押しのけて護衛を従えた陽巫女が駆け込んできた。

「ユキオさんっ!? これはどういうことですか!? そもそもなぜあなたがここに!?」

 室内の異様な光景に一瞬立ち竦んだ陽巫女だったが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。

「すまん、俺は少しでもあんたを疑った。もしかしたら今回の反乱はあんたが関係してるかもしれないって。だから出陣したフリをして密かにディフィルを城に戻した」

 幸雄は包み隠さずこれまでの経緯を陽巫女に話した。

 陽巫女からすればかなりショックな内容だっただろう。

 一月近くも一緒にいて、親しげに会話も交わし、幸雄の修行にも全力で取り組んで魔法の習得まで成させ、それでも完全には信用されていなかったのだから。

「ただで許してくれとは言わない。とりあえず五発くらい殴ってくれ」

「……そうですか、でも足りません!」

 瞬時に緋色の霧が彼女を包み込んだ。

 まったく反応できない幸雄の頬に会心のビンタが一発叩き込まれた。

「――がふっ!?」

 あまりの威力に、幸雄は首だけでなく身体ごとよろよろと三回転半ほどしてくず折れた。

「あっ……、い、いて、いてててて」

「五回も殴ったら私の手が痛んでしまうわ。だから特大の一発で許してあげる」

 そう言って陽巫女がにっこりと笑った。

 だが、幸雄は無様な三回転半を余儀なくされている間、陽巫女の両目からこぼれた雫があったことを視界に捉えていた。

 しっかり袖で拭ってごまかしたようだが、幸雄はその悔しげな、そして悲しげな表情を忘れることができそうにない。

 ――ああ、ルティアと出会っていなかったら、この娘を好きになってたかもしれないな。

 そんなことをぼんやりと思っていた幸雄に、陽巫女が手を差し出してきた。

「さあ、お立ちなさい。あなたにはまだやるべきことが残っているんですよね」

「あ、ああ、そうだ、ボケてた、すまない」

「なんでしたら気つけの一発を――」

「結構ですっ。目が覚めましたっ。なんなら全力で空振りしてくださいっ!」

 幸雄は陽巫女の手に伸ばした手を引っ込めてすっくと立ち上がり、どこぞの軍人のように背筋を伸ばして気をつけをして叫んだ。

「ふふふ、調子が出てきたようね。どうやらこの手は使えそうだわ」

 どこか禍々しいオーラを感じて幸雄は後退った。

 何かあったらまたあの一撃がくるかと思うと恐怖が背筋を這いのぼる。

 世の男どもはこんな風にして女房の尻に敷かれていくのかもしれないと、幸雄は中二脳に嫌な情報をインプットした。

「――と、それより他にも侵入者がいるかもしれない。このモンスターは俺も見たことないヤツだ。ディフィルほどではないようだが、おそらく今まで戦ってきたヤツらより強いはずだ。もうすぐ西国軍が戻って来るから、あんたはその霧で城全体を包んでしらみ潰しに探ってくれ」

「わかったわ……今度は、ちゃんと信用してくれるのね?」

 挑戦的な笑みを刻んで上目遣いで聞いてくる陽巫女に、幸雄はうぐっと呻いて、だがすぐに真顔になって頷いた。

「もちろんだ。この城も……ルティアもすべて頼む」

「いい返事ね。なら私も約束するわ。あなたが帰って来るまで、この城から何ひとつ失わせることはありません」

「くっ――! 最高だ、あんた、俺に惚れられないよう気をつけな……行くぞ、ディフィル!」

「うん!」

 素で中二臭いセリフを吐くことがこんなに恥ずかしいことだったとは……と言った後で気付いてしまった幸雄は、照れを隠すように顔を背けてディフィルに声をかけた。

 そのまま陽巫女に顔を見せず、片手を軽く振って幸雄は駆け出して行った。

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