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にわか軍師、気づく

「おかしい」

 幸雄がそう呟いたのは既に出陣して三日が経った夕暮れ時のことだった。

「どうされたのだ、ゆっきー殿?」

 昨日合流した人狼隊長ラッテが幸雄の近くにやってきた。

 やはり疲れが隠しきれず、尻尾の毛並に艶がなく動きもどことなく重そうだ。

「いや、俺の予想だと遅くてももう連中が王都を襲ってるはずだったんだ」

「おお、昨日聞いたあの話か。たしか反乱軍が王都と陽巫女の奪還を狙っていると」

「そうそう、その話。でも、いまだにその知らせがないんだ」

 幸雄は念のため、出陣後にディフィルを密かに城に帰還させて様子を探らせている。

 蝙蝠や霧に変化して闇に潜んだヴァンパイアを見つけ出すのは常人には不可能だ。

 陽巫女や王都に何かあれば、集合地点に定めたこの街道沿いの陣地に飛んでくるよう言ってある。

 ディフィルが陽巫女を含め、この世界の人間相手に後れを取るなどとは幸雄は欠片も思っていない。

 だからディフィルが来ない以上、何事も起きてはいないという結論になる。

 だが、それではおかしいのだ。

 反乱軍の動きに説明がつかない。

 彼らはいまだに各地で暴れまわっているだけで、次の段階へと行動を移さない。

 ただの自然発生的な反乱ならそれでも理解できる。

 だが、これは明らかに意図して行われている計画的な反乱だ。必ず行動の分岐点がある。

 それが幸雄が西国兵を率いて出陣し、王都の護りが薄くなった時だと幸雄は想定していた。

 しかし、それが否定されてしまったのだ。

「やばい、なんかやばい、状況が俺の想像の斜め上いってるかもしれねえ」

 数々の戦況を二次元で体験してきた中二脳が、派手に警鐘を鳴らして不安を掻き立ててくる。

 何かが違うのだ。

 だがいったい何が違うというのか?

 王都や陽巫女の奪還が目的ではない?

 裏で糸を引く者など存在しない?

 こちらを完全に疲弊させて討ち取るつもりか?

 それとも――

 焦燥感に囚われながら思考が空回りを続ける幸雄の耳に、大きな質量が次々に地面に打ちつけられる打撃音が響いてきた。

 何事かと音のする方へ眼を向けると、魔王には及ばないものの、充分に大きいシルエットが遠くから街道をこちらに走ってきているのが確認できた。

「オーガ?」

「だな……うわぁ、またまたキタコレ嫌な予感! あっちのドワーフ隊長の方にも何かあったのか?」

 駆けてきたオーガが幸雄の姿を発見するなり急ブレーキをかけて止まった。

 ずんっとひときわ大きな地響きがして幸雄は眉根を寄せる。

「どうした、何があった?」

 オーガは人語を解さないのか一言も発さず、代わりに背負っていた布袋から書簡をふたつ取り出してそれぞれ幸雄とラッテに渡してきた。

 開いてみると、いかにもドワーフ隊長ダラリウスらしい武骨な文字の羅列がそこに記されていた。

「同じ内容ですか?」

 自分の方をさらっと流し読みしたラッテが幸雄の書簡へと群青色の瞳を向けてくる。

「ええーと、明日中に魔王が戻る。だが反乱軍のクズどもが動いてる。動きが妙だから注意しろ。魔王城に近づけさせるなとグレスドッドゥスも言っていた……って、やっぱりあっちもかよ」

「うむうむ、ようやく魔王様がお戻りなさるか……。しかし全土で反乱とは」

「……いやいやいや、ちょっと待て、なんかおかしいぞ」

 幸雄はその書簡に微かに違和感を覚えた。

 いや、内容自体は特に問題はない。

 書簡をオーガが持参してきたのも、影属性モンスターが魔王城のグレスドッドゥスの下にいるからだ。

 偵察に伝令に、戦争でもいい活躍をしてくれた影属性モンスターが手許にいれば、ダラリウスもラッテも自分と連絡を取るのはもっと容易だっただろう。

 一体しか影属性モンスターがいないのは、こういう時不便だ。

 グレスドッドゥスがもう少し気を利かせてくれれば――

「――って、そうだっ! 違和感はそこだ! どうしてグレスドッドゥスが連絡してこない? 影属性モンスターを使えば、もっと早く確実に全員に連絡が届くはずだろっ!」

「――っ!?」

 考えてみればおかしいのだ。

 こんな重要な情報、わざわざ機動力に劣るオーガを伝令役にする必要はない。

 今回はたまたま西国王都と東国とをつなぐ街道沿いに布陣していたからいいようなものの、行き違いになっていれば幸雄が不在の西国王都にオーガが駆け込んで来るという事態が生じていた。

 そうなれば、せっかく日常を取り戻しつつあった一般市民の間にふたたび魔王軍への恐怖が蔓延することになってしまう。

 その辺りの人間的な感情は魔王軍の隊長たちには理解できないのかもしれないが。

 しかし、それより重要なことがある。

 なぜ、悪魔隊長グレスドッドゥスは情報の出し惜しみ、もしくは情報伝達の遅延を行ったのか、ということだ。

「なあ、お姉さま? 俺たちに魔王帰還の情報を隠す、もしくは直前まで知らせないことでグレスドッドゥスになんらかの利益が生じるとすれば、何だと思う?」

「えっ? そ、それは――」

 その問いに対する答えなど急には出てこないだろう。

 幸雄も答えを期待して訊いたわけではない。自分の思考をうまく導くために発しただけの、むしろ独り言ともいえるような疑問だ。

 魔王の帰還に立ち会えずに不興を買う?

 ――ないな。あの魔王はそんなことで気分を害するようなコモノではない。

 帰還までに反乱を鎮圧しきれずに統治責任を問われる?

 ――これもない。むしろ反乱は必ず起こるものだと魔王は言っていた。

 いや、そんなどうでもいいことなんかじゃない。もっと重要で、もっと致命的な何かが、そう、すべてをひっくり返してしまうような何か――

「まさかっ!」

 幸雄は電流が全身を駆け廻ったかのような衝撃を受けた。

 発明家が何かを閃いた時、あるいは名探偵が犯人のトリックを見破った時、こんな感覚を覚えるのだろうかとふと思ったが、すぐに思考を切り替えた。

 中二脳が大量の血液を呼び込んでいる。

 もっと考えろと、もっとエネルギーをよこせと叫んでいる。

「そうだよ、こっちの内情を知ってて引っ掻き回せて、しかも絶好の機会を作ってやったのに王都や陽巫女の奪還をしない。それはその必要がないからだったんだ。敵の目的が、いや、敵の想定がまちがってたんだ」

 ラッテが息を呑むのがわかった。

 自分はこれから共に闘ってきた仲間――気に入らない相手だったが――に最大最悪の嫌疑をかけようとしているのだ。

「この状況を作ったのはグレスドッドゥスだ。目的はおそらく……魔王の暗殺」

「そんな、どうしてっ!?」

「下剋上ってやつだな。俺の出身世界でも戦国時代にはよくあった話だ。主を殺して自分がその地位を乗っ取るんだ。イチかバチかの危うい賭けだが、この状況はグレスドッドゥスにとって絶好の機会だろう。他の隊長を追い払い、転移してくる無防備な魔王に罠を張って待ち受ける。これだけの時間があったんだ。必勝を期してすべての準備を整えてるに違いない」

 反乱軍を魔王城に近づけさせるなとはよく言ったものだ。

 そのためには自分たち各隊長も魔王城を離れて敵を抑え討たねばならないということだからだ。

 隊長格が他にひとりもいない魔王城なら、誰にも知られずに罠を張るのも容易だろう。

 しかも、魔王軍に対する策を授けて反乱軍を焚きつけることによって、魔王軍の疲弊と時間稼ぎをも成している。

 だが、と幸雄は思う。

 それだけではまだ危うい。

 自分は軍議の席上でこの世界を攻略する策を提示し、それによって見事に世界征服が達成されたのだ。

 この小林幸雄の危険性はグレスドッドゥスも熟知しているはず。

 ならばもっと確実に自分を引きつけておく必要性があるはずだ。

 そのためにはどうすればいいだろうか?

 今から思えば、山上の砦でルティアネスを襲わせたのはグレスドッドゥスだったのかもしれない。

 なにしろディフィルがいなければ、グレスドッドゥスの思惑を踏み越えて魔王軍に早期の勝利をもたらそうとしたこの小林幸雄を完全に無力化できていたのだから。

 捕えた敵の神官は、ルティアネスを人質として確保するつもりだったと言っていたが、襲撃者たちは完全に殺害目的でルティアネスを襲っていた。

 少しでも悪印象を拭おうとする姑息な言い訳かと思っていたが、それだけは事実だったのかもしれない。

 ――だとすれば、

「……まずい、ルティアが危ない! お姉さま、俺は王都に戻る。あとは任せたっ!」

「えっ、ちょっ、待っ――!」

 幸雄はラッテの返事も聞かずに駈け出した。

 厩舎へと向かう間にいた西国軍の副隊長に簡単に指示を出すと、すぐに馬の準備をさせて飛び乗った。

 乗馬の訓練もしておいて本当に良かったと思う。ディフィルに感謝だ。まだ謝礼を支払っていないがしばらく待ってて欲しい。

 急な帰還命令に陣内が騒ぎ出すが、そんなことにかまっていられない。

 準備が整い次第後からついて来るだろう。

 夜闇が空を覆い始めた頃、幸雄は街道を西へと馬を走らせた。

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