お約束
「はあ、とりあえず勇者じゃないならいいや、お姫様もいないし、さっさと元の世界に帰してくれ」
返却されたテストが絶望的な点数を刻んでいた時のように溜息を吐き、幸雄は魔王を名乗る巨人にさらりと言った。
「ふむ、まあお主からすれば当然の要求だろうが、困ったことにパスのつながっていない世界への送還には膨大な魔力が必要でな。充填するのに最低でも一月はかかる」
仮面のせいで表情は窺えないが、すまんな、と投げかけてきた言葉には誠意がこもっていたようにも思えた。
しかし、幸雄にとって問題はそこではなかった。
「なんでそんなところだけお約束がまかり通ってるんだ!」
高校の教室くらいの広さがあるその部屋に幸雄の絶叫が響き渡った。
一度召喚されたら簡単には元の世界に戻れない。
それは幸雄がこれまで読んできた漫画やラノベ、プレイしたゲームのいずれでも共通する設定――つまりはお約束だった。
そこにはお姫様的な美少女との恋愛と数々の冒険があった。
多くの仲間や強敵との出会いと別れを経験し、勇者として立派に成長した主人公は、ついに魔王を打ち破って世界を救うことになるのだ。
それが幸雄の知る王道であり、お約束な展開のはずだった。
それなのに――現実では、召喚してきたのは魔王であり、しかも人違いだったと、幸雄の幻想はぶち壊されたにもかかわらず、すぐには元の世界に帰れない、というただそれだけがお約束通りだったのだ。
中二病患者であることを自覚している幸雄としては、酷く裏切られた気持ちでいっぱいだった。
だが、無論、魔王としてはそんな文句を言われるとは思っていなかったらしい。
魔王という存在に似合わずきょとんとしてしまった。
「……そ、それはすまなかったな、ラスボスよ」
「だからそのラスボスはやめろ。俺には小林幸雄というごく平凡な名前があるんだ」
思わずといった具合に謝罪の言葉を口にした魔王に、幸雄はそっけなく返した。
「そうか、では、ゆっきーだな」
「ちょっと待て! なんで魔王がそんなにフレンドリーなんだ! おかしいだろ? もっとこういばってて、ふんぞりかえってて、異様な雰囲気を漂わせてて、いかにも悪の象徴的な見るからにやばげな感じのさ……魔王ならなんかもっとこう、あるだろ?」
元の世界で呼ばれ慣れたあだ名を重低音で軽く言われてしまった幸雄は、次々と中二病的世界観を破壊してゆく魔王に、ややぎこちない身振り手振りを交えてくってかかった。
いわゆる『世界』ではなくそんな『個人的妄想世界』を破壊する魔王など、魔王と認めたくもない。
「ふむ、偏見だな。たしかにゆっきーの言うような魔王もいないわけではないが、第一魔王のように紳士然とした者もいるし、第五魔王のようにいつも居眠りしているような者もいるぞ」
だが魔王は平然と幸雄に反論してくる。
仮面に隠れてその表情は見えないが、幸雄の数々の無礼な言動にも特に怒っている様子はなく、魔王というよりも、むしろ面倒見のいい兄貴然とした態度だ。
「……なんだよ、魔王ってたくさんいるのかよ? それじゃあただの中ボスみたいじゃん。それとも中間管理職か?」
なんとなく毒気を抜かれてしまった幸雄は、どこか勝負をあきらめたスポーツ選手のように悄然と言った。
「うむ、大魔王の治めるこの世界には七人の魔王がいて、それぞれが自分の治める世界を持っている。つまり、大魔王直轄世界を含め、複数の世界を束ねた巨大な複合世界となっている。ちなみに我は第三魔王で、我の治める世界は第三世界と呼ばれている」
「……まんまだな、おい。頼むからもうちょっとテンション上がりそうな、中二病的な名称くらい付けといてくれよ……はあ、なんかもうどうでもいいんだけど、俺の灰色の中二脳が色々なパターンに照らし合わせて勝手に脳内変換してくれてるよ」
――つまりはこういうことだろう。
まちがって召喚されてしまった平凡な少年は、元の世界に帰るためにこの七つの異世界を冒険し、さまざま出会いと別れを経験して成長し、やがてやんごとなき身分の美少女と恋に落ち、世界を滅ぼさんとする大魔王と戦ってこれを撃破し、ついに元の世界に帰る手段を入手して美少女との悲劇の別れをもって物語を終えるのだ。
ちなみに、美少女はお約束通り空から降ってくるってことで、以上、変換終了――。




