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はじめての魔法

 幸雄が懸命に回復魔法を発動させようと集中している間、襲いかかってきた敵の残党を片っ端から叩き潰していたディフィルが気付いたのは、三人ほど片付け、そろそろ敵も打ち止めかと考えていた頃だった。

 うっすらとした光がルティアネスの傷口へと当てられていた幸雄の掌へと集中し、そこからルティアネスの身体へと染み込むように光だけが移っていったのだ。

 それが一度だけではない。

 何度も何度も休む暇もなく連続で打ち出されていくのだ。

 ディフィルはそれが初歩的な回復魔法だと知っていた。以前、ルティアネスが負傷者に対して発動させていたのを見たことがあるからだ。

 もっとも、ルティアネスが行ったのは、もっと強い光を一度発動させただけだった。

 それだけで折れた腕がほぼ全快してしまったのだから、おそらく上級の回復魔法だったのだろう。

 それと比べたらあまりにもお粗末な出来だったが、それでもその連続発動回数はかなりのものだとディフィルは思った。

 まさに質より量というものだ。

 ゲームでもヒットポイントの回復に、効果の高い上級の魔法を一回で済ませることもあれば、初級の回復魔法を複数回実行することでそれと同じ効果を得るという手段を取ることがある。

 魔法を知らない幸雄に、ルティアネスがいきなり上級魔法を教えるわけがない。

 おそらく幸雄は自分の教わった唯一の魔法を実行しまくっていたのだろう。

 そして、ディフィルも知っているように、幸雄にはヴァンパイアの魅了を打ち破るだけの魔力が備わっている。

 ゲーム的に言えば、レベルは低いがステータスとしては魔力、MPがチートキャラ級といったところだ。

 それだけに期待が持てた。

 もしかしたら今にもルティアネスが目を覚まし、最悪の結末を回避し得るのではないかと。

「……ダメなのかよ」

 幸雄の小さな震える声が聞こえてきた。

 魔力を使い尽くしたのか、それとも諦めてしまったのか、光が消え、閉じていた目を開いた幸雄が絶望的な声を絞り出したのだ。

 ぱっと見ではわからないのだろう。

 目を覚まし、動き出したりしない限り、ルティアネスの様子は先程までとほとんど変わっていない。

 流れ出る血は止まっても、既に衣服を重く濡らしている赤黒い液体が消えたわけではない。

 だからまだ希望を捨てる段階ではないと教えてあげなくては、とディフィルは思った。

「ゆっきー、まだだよ。傷口はふさがってる」

 その声にはっとした幸雄は、慎重にルティアネスの背中の傷口を確認してみた。

「ほ、本当だ。ふさがってる。お、俺、回復魔法、使えたんだな……は、ははは」

 その場にへなへなと力なく幸雄が座り込む。

 そのどこか泣きそうな、妙に気の抜けた表情は、喜びよりもむしろ安堵の表情だった。

 ルティアネスを救えた事実そのものより、やっと役に立てたという義務感なり達成感なりがやや上回ったのかもしれない。

 だが、一命を取り留めたとはいえ、まだ安心できる状態でないのは確かだ。既にルティアネスが流した血液量は致死レベルに近い。

 ディフィルは幸雄と対面するようにルティアネスの反対側に膝をつき、彼女の状態を詳しく確認した。

 脈はある。鼓動も弱々しいが正確なリズムを刻んでいる。呼吸もしているようだ。

 だが、目を覚ます気配はまったくない。

 無論、傷口が塞がったからといって、気を失っていた人間が急に目覚めるというわけではないだろう。

 それでも正直なところ、あまり喜べる状態ではないかもしれないと、ディフィルは思った。

 どう考えても血を流しすぎているのだ。

 たとえ目覚めたとしても、なんの後遺症もなく完治するとは限らない。

 しかし、今のところは、幸雄にこれ以上の精神的負担を強いるのはもっとよろしくない。

 下手をすれば、完全に心を壊してしまうかもしれない。

 それほど幸雄はこの少女に強い想いを抱いているようだった。

 そのことがディフィルとしてはなんとなく嬉しくないと感じていたが、だからといってどうこうできる問題でもないので、ディフィルはただ一言口にした。

「ゆっきー、ルティアをベッドに運んで休ませよう?」

「あっ? ああ、そ、そうだな、そうしよう、こんな所で眠らせておくわけにはいかないよな」

 ディフィルは散らかった野戦病院に一足先に入り、比較的ましなベッドを探してシーツを敷き直し、幸雄がルティアネスをお姫様だっこして連れてくるのを待った。


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