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にわか軍師、ふたたび

 敵城正面への攻撃が開始された。

城門前の狭い地域に巨大な盾を上に向けたオーガ部隊が整然と押し寄せて行く。

 城側の対応も迅速だ。

オーガ部隊が弓隊の射程範囲に入る直前に緋色の霧が湧き出した。

 その浸透速度は速く、見る間に緑の森が幹まで紅葉したかのように染まってゆく。

視界を遮るようなものではないが、さすがに術者との距離が近いだけに血のシャワーの中にでも囚われたかのように感じてしまう。

「まあ、無味無臭なだけましか」

 一応は医師を目指していた幸雄だったが、あまり血液の匂いは好きではない。

医師免許どころか医大にすら合格していないうちから、実習が憂鬱だなと思って将来的にも外科医だけはやめておこうと考えていたくらいだ。

 幸いなことに、この緋色の霧は視覚以外の五感に作用することはなさそうだった。

無論、相手は身体能力の強化という恩恵にあずかることができるわけだが、こちらにとっては有毒であるとか弱体化するといったマイナスの効果はないらしい。

 やや後方の丘の上から戦況を見守る幸雄たちの目に、先陣を切ったオーガ部隊が城門から一〇〇メートルほどの地点に辿り着くのが映った。

「よし、ハーピー部隊……出撃だっ! ……う、うまくやってくれよ」

 アニメで見た指揮官のように右腕を振り上げて数瞬の溜めを作り、前方へ向けて鋭く振り下ろした。が、ちょっと気恥ずかしくなって頬を染めながら、ごにょごにょとか細い声で照れをごまかした。

この辺り、中二病患者を自称しながらもなりきれない中途半端ぶりが窺える。

 幸雄の指示に伝令役の影属性モンスターが動き、すぐさま無数の羽ばたきと疾走の騒音と奇声とが後方から押し寄せた。

助走距離を得るために後方で控えていたハーピー部隊だ。

人間より一回り大きな身体を空へ舞い上がらせるには、魔力による支援でもない限りヘリコプターのようにその場で上昇するなど不可能だ。

鳥などとは比べ物にならない強靭な筋肉で身長を超える巨大な翼を羽ばたかせ、空へとハーピー部隊が緋色の霧の枷を振り払うように飛び立って行く。

 今回、直接的な指揮権を幸雄は魔王から預かっていた。

自分で望んだものだったが、実際やってみると爽快感もあるが魔王たちから見られているせいか妙に恥ずかしくもあった。

自分は役者とか絶対無理だなと幸雄は思いつつ、ハーピー部隊の動きを見守る。

すると、ほどなくして彼らに向けて城壁上から無数の矢が放たれるのが視界の端に捉えられた。

 本来なら届くはずのない距離を、緋色の霧で強化された剛弓がほんの数秒でゼロへと縮めてゆく。

「よしっ、ビンゴだ!」

「ほう」

 幸雄がガッツポーズを作り、魔王が感嘆の声を漏らす中、遠い空で、そのすべてが弾き返されたのだ。

矢は確かに届いた。

しかし既に有効射程を超え、ハーピーたちの分厚い筋肉としなやかな羽毛を貫き通すだけの力を持ち合わせていなかったのだ。

第二射、第三射と続けざまに矢が放たれるが、ハーピー達は事前に命令されていた通りに降下する動きを見せながらもすぐに上昇し、あたかもヒットアンドアウェー戦法でも行っているかのように機敏に動いた。

「いいぞ、狙い通りだ」

 これならいけると、幸雄は興奮に染まった声を思わず漏らしていた。

それも当然だ。絶対の自信があったわけではない。人狼隊長ラッテからこれまでの戦闘の様子を聞いて、ある程度の予想をつけていたにすぎないのだから。

だがこの成功は大きい。

作戦の第一段階の成否は当然ながら作戦全体に多大な影響を及ぼすからだ。

 城からの攻撃の多くが上空へと向けられる中、地上を進むオーガ部隊が城門へと辿り着く。

 ここまで来てしまえば魔王軍の有効射程内でもある。

 敵軍は城壁上からの絶対的に安全で一方的な攻撃時間を大した成果もあげられずに終了させられたのだ。

ハーピー部隊がもう少し上空を飛んでいれば、諦めて地上への攻撃に集中していただろう。

 実際、片手で数えられる程度だったが盾ごと突き破られて戦死したオーガもいる。

 全軍で地上部隊への掃射を行っていれば、小出しにしか戦力を投入できない魔王軍は壊滅的な損害を受けていたに違いない。

しかし、飛行部隊の厄介さを散々叩き込まれた敵軍は、有効射程ぎりぎり付近を飛んでいたハーピー部隊の撃墜を最優先とした。

まさにそれが幸雄の作戦通りの行動だった。

敵軍に無駄に矢と時間を使わせ、自軍の優位を勝ち取ることに成功したのだ。

「くくく……、ふ、ふははははは、さあ次だ、人狼部隊出撃っ!」

 途中で魔王っぽい笑い方を思い出した幸雄は胸をそらして尊大な態度で笑うと、エンジンのかかってきた中二脳が羞恥心を排除して次なる指示を声高らかに響かせた。

 影属性モンスターが無言で動いたその数秒後、ラッテの遠吠えが周囲の喧騒をなぎ払った。

 それが狩りの時間の始まりとばかりに、既に狼の姿で準備万端だった人狼部隊が緋色に染まった森の中を俊敏に駆け下りて行く。

 オーガ部隊が城壁上からの攻撃を盾で防ぎ、突破口を開こうとドワーフ隊長たちが城門や城壁を殴打して崩しにかかる中、二手に分かれた人狼部隊がその左右の森の中、それも城に近い辺りを挑発するかのようにこれ見よがしに駆けて行く。

 仕掛けられていた罠にかかる者も数匹いたが、被害はほぼ最小限といってもいい程度に抑えられている。

 射程内とはいえ森の中で人間では到底不可能な速度での疾走に、城壁から放たれる剛弓の雨も人狼たちを捉えきれずに樹木や土を穿つことしかかなわない。

さらには敵軍からの攻撃を想定していた東西の城壁と異なり、南北の城壁上には見張りが数十メートル置きにいるだけで有効な戦闘要員が配置されていなかった。

城壁内でハーピー部隊への牽制を行っていた部隊が慌てて東西の城壁上へ移動するが、人狼部隊はあっという間に有効射程外へと脱出してしまう。

「いいぞ、そのまま華麗にスルーだ。よしっ、ハーピー部隊に合図、次の行動に移れ!」

 まさに順調そのものといった戦況の推移に、もしかして俺って天才軍師なんじゃね? というありがちな勘違いを抱きつつ、幸雄は自信に充ち溢れた笑みを浮かべて指示を出した。

 合図の笛が吹かれると、城の東側上空で嫌がらせのような動きを見せていたハーピー部隊も南北二手に分かれてゆっくりと西へと移動を開始した。

 それにつられて城内の敵軍も東側だけでなく東西南北全方位へ迎撃部隊を分散させる羽目に陥り、現場の混乱ぶりが容易に想像できて幸雄はニヤニヤとした笑みが止まらなくなる。

「でも、本番はこれからなんだぜ?」

「これかりゃにゃんだせー?」

 完全に悪役のノリで幸雄が要らぬセリフを吐き出すと、なぜかディフィルがつられるようにかみかみなセリフを続けた。

「『だせー?』ってお前、ダサくねえよ。それ、噛んでねえだろ、わざとだよな?」

「はふぅ?」

「不思議そうに小首傾げるな、お前本当は全部計算ずくだろ! そうだよなっ!?」

「ふははは、やはり仲がいいな二人とも」

「って、お前は何を聞いてるんだよ、俺がいじられてるだけじゃねえか!」

 せっかくのいい気分に水を差しやがってと憤慨した幸雄だったが、すぐに気を取り直して戦況の方に注意を向けた。

優位に進んではいるが、まだ終わったわけではないのだ。

油断をしていて逆転負けではあまりにも格好が悪くて師匠に会わせる顔がない。

それに、今まで最後に必ず敗れ去るラスボスと言われ続け、実際そのような人生を送ってきたのだ。

 そんな最悪のジンクスをぶち壊し、もう少しましな人生を送るためにも最後まで気は抜けない。

 遠く目を凝らすと、城の西側から上空へ矢が放たれているのが見える。

 だがそれも次第に少なくなりついには完全に沈黙した。

東側は依然として激しい攻防が続き、今にも城門が崩れそうな軋みをあげて喘いでいる中、西側が先に決着が付いてしまったかのように静まり返った。

 だが幸雄は知っている。

人狼部隊もハーピー部隊も西門への攻撃などまったく行っていない。

ゆえに敵側が全滅して戦いが終わったわけではない。

さらには、森から出てきた人狼部隊も空を行くハーピー部隊も遠く微かに動いているのが見える。

 こちらも無事なのだ。

 つまり、単純に両部隊が敵の射程圏外へと脱出したというだけのことだ。

 それも、反転して東西両側からの同時攻撃に出るのではなく、そのまま西へと移動を続けているのだ。

「さあ本拠地にどれだけ守備兵を残してる? 陽巫女なしで戦えるかな?」

 都への関所とも言えるこの城をスルーしての遠征など、まともに戦術を学んだ者ならまずそんな作戦を取ることなどあり得ない。

一日で片が付くような戦ならまだしも、おそらくは相手の戦力も敵地の情報もろくに知らない状況で、一部の部隊だけを敵地へ突出させるなど自殺行為としか言いようがない。

敵地の奥深くへ攻め込むなら、本来なら敵部隊を退けて拠点と補給路を確保しつつ、斥候を放って敵軍の状況を逐一確認しながら進軍するのが常道だ。

 しかし、幸雄が今までプレイしてきた戦術シミュレーション系のゲームのほとんどが、本当の意味での補給の重要性など理解できないシステムになっていた。

 それもそのはず、ゲームで求められているのは完全なリアリティではなく、面白さなのだ。

そして、補給という一連の行動は、ゲームとしてプレイヤーが行うには正直なところ、つまらない。

 派手なエフェクトがあるわけでもなければ、剣や魔法が敵を打ち倒すこともない。

 ただ、大量の荷物を倉庫や荷台へと積んだり下ろしたりして、物品の数量や状態のチェックをし、上からの指示に従って武器や食糧を各所に届けたり、不足しつつある物品の調達を行う。

そういった舞台裏の地味だが重要な役割については、ゲームではほとんど描かれない。

 ただ兵士のステータスやアイテムの数量を表す数値が上下動するだけで、プレイヤーが実際の補給の作業を知ることはない。

 補給が重要だという知識はあっても具体的な作業を知らないのだから、どうしてもないがしろにしがちなのだ。

当然、幸雄も数値の上下動でしか補給の重要性を認識できていない。

だからこそ取り得た戦術だと言えるかもしれない。

陽巫女がここにいる以上、いや、陽巫女をここに釘づけにしている以上、攻撃力で勝る人狼部隊やハーピー部隊なら敵の本拠地を必ずや陥としてくれるだろう。

 そして、戦力を分散したとはいえ、敵が城を出てこちらの本体に正面決戦を挑むにも、この狭さという守りに適した環境が逆に大軍による攻撃を不可能にしていた。

 幸雄はニヤニヤが止まらない。

 オーガ部隊は激しく攻撃しているようで、実際は防御を固めている。

ドワーフ隊長ダラリウスに城正面扉を派手に叩かせているので、いかにも正面突破を目論んでいるように見えるが、ほとんどの兵士が盾を構えて、降り注ぐ矢や石、熱油といったものを防ぎ、盾の隙間を縫うようにごく一部の者だけが弓矢や槍で反撃を行っているだけだ。

無理をする必要はない。

ただプレッシャーをかけ続けるだけでいいのだ。

「さてさて、早く出てこないと都が陥ちちゃうぞ~」

 勇者どころか、ラスボスの異名が正しかったと誰もが納得しそうなセリフが零れ落ちた。

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