表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

感謝することもある

 幸雄はルティアネスの許に向かった。

まだ夜にはなっていないので、開け放たれている扉から中の様子が窺える。

どうやら入院患者が戻ってきているようだ。

 単に入院施設が整えられるのを待っていただけだったらしい。いくつかのベッドに人影があり、複数の話し声も聞こえてくる。

「陽巫女様、敵である我々にまでこのような施しをいただき、まことにありがとうございます」

「いいえ、私たちは本来敵ではありません。今回のことは、何かのまちがいから起こってしまっただけです。西の陽巫女様もきっと心を痛めていることでしょう」

「しかし、我らの陽巫女様はここ数年、直接お会いすることもお声をかけていただくこともなくなってしまった」

「すべて神官様が代理と称して陽巫女様のお言葉を伝えてくるだけ」

「それだって本当かどうかも我らには判断のしようがない」

「陽巫女様のお言葉だと言われたら、我らはそれに従うしかない」

「……あの方も私と似たような状況なのかもしれませんね」

 話の内容からして西国の兵士たちが相手なのだろう。

 もはや危険はないと判断されたのか、兵士たちが拘束されている様子はない。

 彼らからの礼と謝罪を聞き入れているルティアネスは、西国の陽巫女の状況に悲しげな声を漏らしていた。

 魔王からルティアネス救出時の話を聞いていた幸雄は、酷い目に遭わされたというのにその相手すら思いやれる彼女に改めて敬意を抱いた。

「やっぱお師匠様、まじ天使だな」

開いている扉を軽くノックし、幸雄は小屋の中へ足を踏み入れた。

 正面からルティアネスを見ても、心配していた裸身のフラッシュバックは起こらず、彼女への尊敬の念がエロ妄想を凌駕しているのだろうと納得する。

「師匠! また来ちゃいました」

「あっ、コバヤシユキオさん、いらっしゃい、かわいいお弟子さんですからいつでも大歓迎ですよ」

 ルティアネスがいつもの柔らかい笑みを向けてくれる。

やっぱりいいなあと思いながら幸雄は小屋の奥へ歩いていく。

「毎日何人もの看護なんて大変でしょ? あまり無理しないでよ、師匠。過労で師匠まで倒れちゃうんじゃないかって心配しちゃうよ」

「いいえ、疲れなんてちっとも感じません。今まで何もできなかったから、こうして皆さんの役に立てることが本当に嬉しいし、毎日が充実しているのです」

「ああ、本当にいい子だなあ。俺の出身世界で国民そっちのけで恥ずかしげもなく権力闘争や利権争いしてる馬鹿共に聞かせてやりたいよ」

 幸雄の言葉にどこか自嘲気味な笑みをルティアネスは浮かべた。

「そんなことありません。私は今までやるべきことをやってこなかったから。自分ではおかしいと思っていたのに、ただ周囲の大人たちの望むままに力を使ってきたのです。それが民のための行為ではないと知りつつ、反対することも意見することすらできなかった。でも――」

 そう言ってルティアネスは幸雄に向き直り、そして厳かに告げた。


『我はこの国の、いや、この世界の人々のあり方を変えたいと思っている』


 それは、魔王がルティアネスに告げた言葉だった。

「魔王さまに助けていただいたあの日、その言葉を聞いて改めて気付きました。ああ、私はずっとそう願っていたのだって。陽巫女という特殊な存在にすべてを左右されるのではなく、その地位にふさわしい才ある者が皆を導き、また、皆が助け合って生きて行く、そんな優しい世界になってほしいって。そしてそれを実現するのは名前も知らない誰かじゃなく、私たち自身――」

 まるでみずからの過ちを悔いるようなルティアネスの言葉に、幸雄は視線を外せなくなる。

「でも今は戦いが必要な時であることもまた事実です。私に戦う力はないから魔王さまやコバヤシユキオさんたちに戦っていただき、私はそのサポートに徹する。それが今の私の戦いで、ここが私の戦場です」

 ルティアネスが手を広げて示すのは野戦病院であり、幸雄と同じように彼女の言葉に聞き入っている患者たちだ。

「そして戦争が終わったら、人々の意識改革という次の戦いがあるのです。それが終わるまで私はがんばります。今まで何もできなかった分まで。それがきっと償いにもなると思いますから」

 幸雄にはわかった。

陽巫女でありながら、皆の役に立てずに多くの民を死なせてしまった罪悪感や後悔を、この少女はすべて背負い込んで、その上で明日を切り拓こうとしているのだ。

 幸雄の生まれ育った世界には、生まれた家の裕福さや不正に手にした地位にあぐらをかき、いざという時には責任を取らずに逃げ出す恥知らずが大勢いる。

この目の前の抱き締めただけで折れてしまいそうな少女が、これほどの責任感と理想とを抱いて邁進しているのに、大の大人たちが金と権力にばかりご執心な状況を考えると、呆れるばかりでなく怒りすら湧いてくる。と同時に彼女への想いがますます募ってゆく。

だからこそ幸雄は思う。

少しでも彼女の負担を軽くしたい。

できるならその負担と責任とを分かち合って生きていきたい、と。

 だが、あとひと月もせずに自分は元の世界に帰ることになる。

ルティアネスをお持ち帰りしたいところだが、彼女の生きるべき世界はここであり、彼女自身、志半ばでよその世界で生きることを望まないだろう。

それに、数日前に灰色の中二脳も結論を出している。

 まちがえて召喚された少年は、数々の冒険の中で美少女と恋に落ちるも、やがては元の世界に戻る手段を得て彼女との悲劇の別れをもって物語を終えるのだ、と。

 別れが約束されているだけに、いや、約束されているからこそ、できるだけ好い印象を残して彼女の前から去りたいと幸雄は思った。

 ルティアネスはただ優しいだけではない。

 戦争という状況で敵も味方もすべてを救いたいなどと、できもしない理想論を周囲に押し付けるのではなく、自分の力の及ぶ範囲での最善を尽くそうとしているのだ。

 犠牲が出ることを、己の無力を受け入れて、それでも絶望せず、卑屈にならず、自分の成すべきことを行い続けている。

ならば、今の自分にできることは、最小の犠牲で最大の戦果をあげることだ。

 二次元のお約束通りに事が運んでいれば、世界を超えて召喚された自分は戦う力に目覚め、自分の力でそれを成し遂げることができたはずなのに、どうしてこうなった、と中二脳が融通の利かない現実に不平不満をぶちまける。

しかし、どんなに文句をつけたところで状況が変わることはない。

今の自分は勇者でも魔法使いでもなく、ただの一般人だ。

今から戦闘訓練を受けたところで筋肉も戦闘技術も一朝一夕で身に着いたりはしない。

ゲームだって何度も雑魚敵と戦ってレベルを上げることで少しずつ強くなる。

現実ならそれ以上の時間と経験とが必要なのは言うまでもない。

 だから今の自分にできることは、作戦を考えてそれを過不足なく実行に移す根回しをすることだけなのだ。

そう考えると余計にルティアネスが眩しく思えてくる。

「ああ、師匠はすごいな。俺なんか一度受験でこけただけで滅茶苦茶凹んで、この先の人生どうしようって悩んでたのに、師匠はそこまでのことに考えを巡らせてるんだな」

 ちょっと凹んだ様子の幸雄に、ルティアネスは今度はいたずらっこのような笑みを浮かべた。

「そんなに立派なものではありませんよ、コバヤシユキオさん。魔王さまに出会わなければ、私も絶望の檻に囚われたまま、ただ死を待つだけの抜け殻のようなものでした。それなのに、魔王さまに助けていただいただけで、こんなにもご大層な考えを持てるようになったのです。本当にほんの少しのきっかけで人生変わってしまうのかもしれませんね」

 幸雄は魔王に嫉妬した。

ルティアネスが本当に魔王のことを心の底から尊敬しているのがわかったからだ。

だが魔王はルティアネスにそう思わせるだけのことをしたのだ。

絶望を切り裂くきっかけをたしかにこの少女に与えた。

だからこそ、かの魔王はルティアネスに尊敬され、信頼されている。

それに、まちがえて召喚してしまったとはいえ、幸雄自身にも魔王はこうして大きなきっかけを与えてくれたと言えるだろう。

それだけでなく、この少女との出会いも魔王がもたらしてくれたものなのだ。

「へへ、なんかちょっと照れるけど、俺も魔王に感謝だな――」

 ここで「なにしろきみと出会えたんだし」と続けられれば良かったのだが、幸雄にはそこまで臭いセリフを当然のように言えるほどの度胸も経験もなかった。

「なるべく師匠の負担を減らせるように俺も頑張るよ」

 それが今の幸雄の限界だった。

「ありがとうございます。私も負けませんよ」

 にっこりと微笑むルティアネスに幸雄は頬が赤くなるのを自覚して、そ、それじゃあと言って手を振って歩き出した。

 ――まあ、帰るまでにはもうちょい気障なセリフを言えるようになっておきたいところだが……無理っぽいなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ