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にわか軍師、調子に乗る

 その日の夕方、幸雄はまた魔王の天幕内で行われている軍議に参加していた。

砦内の建物はどれも巨人が入ることを想定して作られていないため、結局天幕を張ることになったのだ。

 よくあることだと魔王は言って苦笑していたが、幸雄はちょっとだけ不憫に思ってしまった。

「魔王城からの補充兵も先程到着し、各部隊に配属する作業を行っております――」

 悪魔隊長グレスドッドゥスが現状の報告を行っていた。

どうやら先日見た試験管ベイビーならぬ試験管モンスターが無事に成育されたらしい。

「敵軍の状況ですが、麓にある城を最終防衛ラインと考えているらしく、各地から集めた兵と我々が討ち漏らした残存兵を再編成して防衛にあたるようです。また、敵城は要所に屋根を張り巡らし、対空防衛をかなり意識した改造を行っている模様です」

 ――まあ俺がこっちに来る前は平地でハーピー部隊に散々な目に遭わされたらしいし、それくらいの対策は当然取ってくるわな。しっかし、背中痛ぇ……。

 昨日の作戦成功により、幸雄がこの場にいても不満を漏らす者はいなくなった。

ドワーフ隊長ダラリウスなどは幸雄がやってくるとむしろ好意的とも取れる豪快な笑みを見せ、自慢の怪力で幸雄の背中を二回ほど叩いた。

 ディフィルが反応しなかった以上害意はなかったのだろうが、痛いものは痛い。

 あるいは友好的なのは表面のみで、この場でできる最大限の嫌がらせだった可能性もないわけではない。

それでも悪魔隊長よりはましだろう。

彼は敵視もしなくなったが単に無視しているだけにも思える。

「なんじゃあ、空がダメならハーピー抜きでやればいいだけの話じゃろ?」

 グレスドッドゥスの説明に、ダラリウスが何も問題なしと言いたげな口調で告げた。

昨日の鬱憤晴らしがよほど良好だったのか、相変わらず上機嫌だ。

人狼隊長ラッテも同意している。

 だが幸雄としては重要な戦力を遊ばせておきたくはない。

それに敵が城に籠っている以上、攻城戦となるからには攻め手のこちら側に多大な犠牲がつきものだ。

しかも、敵の陽巫女が見つかっていないからには、おそらく城に逃げ込んだのだろう。

ならば、あの広域支援魔法の中心部での攻城戦となるはずだ。

 地上部隊だけでまともに正面からあたれば、どれほどの犠牲が出るかわかったものではない。最悪、隊長クラスに犠牲が出ないとも限らないのだ。

だからこそ幸雄はまた口を出すことにした。

「待て待て待て、あんたら空を制するって意味がちっともわかってなさすぎだぞ」

 幸雄は思う。

やはりこの三人の隊長は若くて経験がなさすぎる。

もっとも経験で言えば自分も他人のことは言えないが、少なくとも漫画やラノベで得た知識を元に戦術を組み立てることができる。

無論、そんなものは机上の空論の域を出ないが、それでもこの猪突猛進軍団より遥かにましなのは昨日証明できた。

それに情報の重要性もあまり理解していないように思える。

グレスドッドゥスが先程から敵の情報を話しているが、結構いい加減だ。

 もっとも重要な敵戦力である陽巫女のことに触れもしない。

 諜報活動が軽視されるにもほどがある。

 『彼を知り己を知れば百戦して殆うからず』と有名な兵法書にあるが、いくら小さな世界の一国が相手だとはいえ、『敵も知らん、味方も知らん』で達成できるほど世界征服は甘くないはずだ。

 まあ、だからこそろくに魔法も使えない人間相手にこんなに手間取っているのだろう。

 それと魔王も魔王だ。

どれほどの力を持ってるのか知らないが、あまり部下の教育が行き届いているように見えない。

 この程度のことは教えておいてしかるべきだ。

それに、戦線が膠着してるからといって、いきなり異界のラスボスを召喚する――しかもミスって名前が似てるだけの別人を召喚しちゃう――など、そんなドジっ子属性魔王は迷惑千万な上にまったく萌えない。

 せめて魔王が美少女だったら救いようもあったが、顔を仮面で隠した四メートル近い巨人だ。

 昔映画で見たカオナシさんの方がまだかわいげがあるというものだ。

「おっと、脱線しちまった」

 中二脳があらぬ方向に走り出したことに気付いて幸雄は話を戻す。

「敵は飛行系の恐ろしさ、厄介さを充分に味わってきたはずだ。だからこそ警戒して屋根を造っていたんだろう。そこでだ。上空からの攻撃が効かないなら他の使い方をすればいい」

 有効な対空攻撃手段を持たない相手に対して制空権を握るということは、とてつもないアドバンテージとなる。

 自然界においても、空からの猛禽類の襲撃に小動物たちは逃げる以外に為す術を持たない。

 人間同士の戦争においても、爆撃機や戦闘機の出現によりそれまでの戦場の様相が一変してしまった。

 無論、現在運用可能な飛行系モンスターのハーピー部隊は、最大積載重量が少ない、判断力が弱い、高高度飛行ができないといった残念仕様のため多くは望めないが、それでもこれまでの活躍も考えれば充分すぎる戦力となっている。

それを無駄に遊ばせるなど、戦術の基本すらわかっていないと言わざるをえない。

己の強さ、あるいは自分と同族の強さしか信用していない者の考えなのかもしれないが、少なくとも幸雄の常識とは全く異なっていた。

「敵が頑丈な城に引き籠もっている上に、あの赤い霧の魔法を今度は近距離、かつ、安全な場所で実行できる以上、攻城戦は昨日の山攻め以上に厳しいものになる。戦力を分散させるのは褒められたものじゃないが、有効な使い方をしないと無駄に兵を消耗するだけになっちまう。だから、今度の戦いには全軍を使って一気に片を付ける必要がある。まあ、具体的には……」

 幸雄の説明に血気盛んなダラリウスが渋い顔をするが、前回の例があるだけに頷かざるを得ない。

魔王の承認もあり、明日攻城戦が行われることに決定した。

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