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目覚めてみれば

昨年、某社の三次選考で撃沈した作品を改題、改稿しつつあるものです。

「……うっ」

 乾いた呻き声がこぼれ落ちた。

 そこは研究室とも手術室とも思えるような、大小さまざまな機械類が配置された機能的な部屋だった。

 部屋のほぼ中央には、人が使うには巨大すぎるベッドが鎮座し、その片隅で浅く身体を沈ませて横たわっている人物がいた。

 若い男だ。

 せいぜい高校生か大学生といったところだろう。

 脳波でも調べられているのか、ベッドに隣接する機械から伸びたコードが頭の各所に貼り付けられている。

 彼は一瞬苦しげな表情を浮かべたが、すぐに落ち着き、うっすらと目を開けてゆく。

 ぼんやりとした黒い瞳に周囲の様子が映し出され、しかし、時が止まったかのようにそれ以上の動きがない。

「おお、目が覚めたか、ラスボスよ」

 そんな彼の顔に雷鳴のごとく叩きつけられた声があった。

 人の口ではなくスピーカーから発されたのではないかと思えるような重低音は、彼の頭上三メートルもの位置から降り注いだものであり、その声の主はやはり頭も体も規格外の大きさだった。

 三メートルを越える身長とそれに見合った堂々とした体躯をゆったりとした黒衣に包み、顔全体を覆う純白の仮面から黒いふたつの瞳だけが柔らかい眼光を覗かせていた。

「な、なんだ、これ? 俺は、どうして……」

 寝起きで見も知らぬ巨人に見下ろされていたら、おそらく大抵の人間が状況を認識できずに固まるか、すぐにパニックを起こして騒ぎ出すだろう。

 少年はようやく声を絞り出したが、状況がまったく理解できず、何を言っていいのかもわからないのだからすぐに詰まってしまう。

「突然のことで悪いとは思うが、お主をこの世界に召喚させてもらった」

 ふたたびの重低音に顔をしかめるが、『召喚』という言葉に少年は過剰に反応した。

「召喚……だと? じゃ、じゃあここは異世界で、俺は世界を救う勇者として召喚されて、この世界のお姫様と……って、ちょっと待て」

 妙な妄想を言葉に変換して吐き出してから、彼は頭部につながれたコードを引きちぎりそうな勢いで上半身を起こして辺りを見回した。

 だが、先ほどとは打って変わってすっきりとした黒い瞳に、求める者の姿が映ることはなかった。

「なんだよ、お姫様いないし、仮面の巨人なんていかにも胡散臭いし、やけにメカニカルな部屋だし……、お約束をまったくわかってないというか、ありえねーというか……とりあえず俺だけでもお約束に従って言っておくことがある」

 呆れたように首を左右に振りつつ文句を呟き、そして、まるで犯人を追い詰めた名探偵のように頭上の仮面を振り仰ぎ――

「……ここはどこ? お前は誰だーっ!?」

 失礼にも仮面の中心に向けて指を突きつけた。

「魔王だ」

 初対面の相手への不躾な質問に対する返答はただ一言、まるで空気の砲弾で包まれていたかのように大気を震わせて放たれた。

 そのあまりにも重い衝撃に、無駄に景気よく突きつけていた指も超能力者にいじられたスプーンのように腕ごとふにゃりと折れ、少年はベッドに倒れ込んだ。

 ――マオウ? まおう? 舞おう? ……いや、わかってるよ、否定したかっただけだよ。魔王だろ? 魔王……それしかないだろ、常識的に考えて。

 『魔王』という言葉が常識の範疇に入るかどうかはともかく、それはあまりにも端的な言葉であり、決して語彙が豊かとは言えない少年にとって、残念ながら聞き違えようがなかった。

 少年は脱力したように白い仮面のその上に広がる、これまた白い天井をぼんやりと眺め、思わず涙が目許に浮かび上がりそうになった。

 絶望的な言葉だった。

 ゲーム好きな少年にとって『魔王』とは『勇者』の対極に位置する存在であり、ゲーム中において、自分の化身たる『勇者』が最終的に倒す相手こそがラスボス――つまり悪の首領たる『魔王』という存在なのだ。

「なんてこった。お姫様どころか魔王だと? なんだよ、話が全然違うじゃねえか。異世界から勇者を召喚するのは、お姫様とか若い宮廷魔術師とか、なんか……そんな感じの美少女であって、少なくとも魔王じゃねえよ。常識だろっ、空気読めよ! くそっ、結局、二次元のお約束は二次元でしか通用しないのかよ。中二病患者の夢と希望とバラ色の妄想を粉々にぶち壊しやがって、いったいどちらの幻想殺し様だよ!」

 あまり世間一般において常識とは言い難い言葉ばかり吐いて少年は憤慨した。

 まともな神経の持ち主なら、見知らぬ部屋で目覚めたところに魔王を名乗る巨人がいたら、あまりの恐怖に声も出せずに震えあがってしまうのが反応としては妥当なところだろう。

 しかし、彼は違った。

 みずから中二病患者と称するほど、普段から妄想の世界で架空の人々との出会いや数々の冒険を繰り返してきたのだ。

 無機質な現代社会とは限りなく縁遠い、ゲームやアニメでしか味わえない血沸き肉踊る冒険を求めていた少年にとって、幸か不幸か、この状況は命にかかわる異常事態ではなく、ついに自分に訪れた非日常世界への冒険の第一歩に感じたのだ。

 『召喚』とは、まさに平凡な少年が異世界の勇者へと変身する、ご都合主義の産物であり、少年にとっては重要な意味を持つキーワードのひとつだったのだ。

 それだけに理想と現実とのギャップの大きさに、不安や困惑よりむしろ怒りとさえ言えるような感情が湧き上がってきたのだ。

「ふむ、さすがはラスボス。言ってる意味はよくわからんが、この突然の事態にもかかわらず、ここまで落ちついているとは相当な度胸を持っているようだな。やはりそれも実力に裏付けされたものか? 何が起ころうとも自分の力があればどうにでもできると」

 白い仮面の巨人は、少年の言動に満足そうに二度、三度と頷いた。

「ぐっ、……いや、だからそのラスボスって何だよ? 俺としてはそんな悪役よりも勇者役を希望する!」

 一瞬、少年はたじろいだが、すぐに体勢を立て直して毅然と宣言した。

「何を言ってるんだ、ラスボスよ。お主の世界で見つけた数いるラスボスの中で、いまだ生命反応を有する唯一のラスボス、すなわち、真のラスボスがお主、小林幸代であろう」

「――――っ!」

 その瞬間、少年の頭の中で暗闇を引き裂く光が走った。

 それもせっかく心の奥底に隠したトラウマを白日の下に曝け出すスポットライトのような、非常に迷惑千万な光だ。

 物語の世界では、ダークヒーロー物でもない限り、光とは主人公の特性のようなもので、悪役の闇を切り裂く正義の代名詞のようなものだが、実際には必要以上に眩しく、余計なところまで照らし出してしまう非常に融通の利かない厄介な代物でもある。

 今度こそ頭に張り付くコードをいくつか振り払って起き上がった少年は、挑むような目で白い仮面を睨んで言い放った。

「待て……待て待て待て待てちょっと待て! いったいいつのネタだ、それ!」

 数年前、インターネットの某検索サイトで『ラスボス』で画像検索すると、怖ろしいまでに手の込んだ衣装を装備した大物演歌歌手の画像がひっかかるという、ある意味トンデモネタが発生したことがあった。

 最新のCG技術を駆使してデザインされた数々のゲームの『ラスボス』たちの中にあって、まったくひけをとらない圧倒的な迫力と強烈な存在感とに、多くの者が納得し生温かい笑みを浮かべたという。

 そしてそれは、本当にごく一部ではあったが、ラスボスと酷似した名前を持つ少年に新たなあだ名を勝手に付与したことを意味する笑みでもあった。

 以来、少年は勇者にあこがれながら、その対極たるラスボスというあだ名とポジションとを得ることになってしまったのだ。

 不名誉なこと甚だしいことではあったが、少年はその名にたがわぬ活躍をしてきた。

 高校での中間や期末といった定期テストでは常に学年三位以内を維持し、体育祭ではクラス対抗リレーのアンカーを務めてゴールテープを切った。

 そうしてクラスの敵をことごとく屠ってきた少年だったが、生徒会長選挙では惜しくも敗れて、さすがはラスボス、最後には負けるんだ、と密かに揶揄されることになった。

 少年は思う。

 ――ああ、たしかに生命反応のあるラスボスならただひとりだろうよ。なにしろ他はみんな二次元にしかいないからな!

 しかし、そんなことよりも、少年にとって重要なことがあった。

 そう、それは――

「俺の名前は小林幸雄だ! 漢字なら惜しくも一文字違いだが、読みなら名字しかあってねえぞ!」

 一瞬の間が生じた。

 まるでミステリードラマの終盤で、名探偵が真犯人の名を告げた直後のように、たしかに一瞬だけ完全なる静寂がその場を支配した。

「……コバヤシユキオ? ふむ、聞き違いか」

「人違いだ!」

 ふたたび静寂が訪れた。

 今度は少々長かった。

「…………いや、たしかに情報と違ってやけに貧相だとは思っていたのだが、てっきり戦闘時に変身するタイプかと……」

 魔王と名乗る仮面の巨人が丸太サイズの腕を組んで唸り、ベッドの上の少年――小林幸雄は残っていたコードも振り払って両手で頭を抱えて嘆いた。

「なんてこった……、ただでさえ勇者としての召喚じゃないってのに、召喚自体が人違いだったなんて。俺の夢と希望と妄想だけじゃなく、存在意義までも壊しやがるとは……。いやしかし、あのラスボス本人を召喚したところで戦闘力なんて……」

 そう口にしたところでふと思いついてしまった。

 演歌は男女間の恋愛模様をしみじみと聴かせるものが多い。

 聞き覚えのある演歌を脳内再生しても、戦闘時のBGMにするには『これじゃない』感が甚だしい。

 にもかかわらず、無数の魔物の軍団を従えるように最後尾に屹立し、マイクもスピーカーもないのに発する歌声は戦場を突き抜け、敵軍を粉砕する軍勢をさらに勇壮に強力に加速させてゆく。

 この戦国武将のような統率力、魂の叫びのような歌声……強い。自分なんかより遥かに強い。

 愕然としながら幸雄は思う。

 まさにラスボス。これぞラスボス。名前はたった漢字一文字違いだが、この違いは大きすぎる。しかし――

「演歌で戦うのか? 戦えるのか? そんな超時空展開、俺は認めねー!」

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