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ギガンテスの記憶【外伝(1)】  作者: イプシロン
第2章 戦友たち――別れ道
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第5話 感傷――ミマースとルテラーナ

 ミマースは月に一度程度のペースでルテラーナからの手紙を受け取っていた。

 二人はそれまで、同じ時間を生き、同じ様にものを見ては似たような感覚を抱きあってきた。共に喜び、共に悲しみ、怪我をして足が不自由な子猫や、廃工場に捨てられた仔犬に出会っては、哀愁と怒りを感じあった。

 時には仲たがいをして、自分の中に、どうすることも出来ない孤独感があることに気づき、埋め難き些細な距離感に苦悶したこともあった。

 ミマースとルテラーナはそうした様々な感情を、二人の間に横たわる川を渡り合うことで、心を繋いで乗り越えてきたのだった。

 晴れ渡った雲ひとつない日に心地よく泳ぎ渡った日もあった。全身を刺し貫くような痛みを感じながら、豪雨に叩かれて川を渡ったこともあった。

 満点の星空の夜、月光を受けて煌めく光の漣に酔い、音も立てずに川を渡ったこともあった。

 星屑ひとつ見えない闇夜の中、自分の手元足元さえ確かめられずに川を渡ったこともあった。

 もうこれ以上、この冷たい流れに逆らうことなど出来ない。五感の全てを奪うほどの極寒の風と奔流にながされて岸に押し戻され、あるいは逆巻かれて、思いの場所とは違う岸辺に流れ着いたこともあった。

 そんな時、二人は不思議とそれに見合うだけの奇跡をそこに見たのだ。それは名もなき花が寄り添って咲く姿であったり、鹿の親子が優しく二人を伺う澄んだ瞳だったりした。

 ミマースとルテラーナは今日というこの日まで、そうして心の隙間に横たわる川を渡りあってきたのだった。そうして心を繋ぎ合ってきたのだった。

 そのはずだった、そうだったはずだった、そうだったはずなのに、月日と共にルテラーナの文面から温かく柔らかな感情が消えはじめていたのだ。

 ミマースはルテラーナの微妙な変化にすぐに気がついた。しかし、そのことを責めることは出来なかった。

 彼女を責めるくらいなら自分がしっかりやっていることを伝え、励ますしかない。そう考えて、返事を書いて送ったのだ。

 しかし、そうすればそうするほど、ルテラーナが綴った言葉は棘を孕み、冷めて頑なになっていった。


ミー、あたしあなたのことが解らなくなってきました。

あなたからの手紙にあるのは、あなた自身のことばかり。

俺は順調だ。何も問題はない。元気にやっている。いつもそればかり。


どうしてあたしの方を向いてくれないの?

どうしてあたしに優しくしてくれないの?

どうして昔のようにあたしの顔をほころばせてくれないの?

どうしてあたしを笑わせてくれないの?

せめて、せめてあなたの温もりだけでも感じられれば、あたしは救われると思うのに。

でも、それが無理だっていうことは知っているわ。

あたし、寒いの。とっても寒いの。

心が凍ってしまいそうなのよ。


もう、祈ることも疲れたの。

だって、祈りはあたしに何ももたらしてくれないんだもの。

あたしが欲しいのは、祈りの先にいるあなたなの。

眼の前にいて、あたしを抱きしめてくれるミーなのよ。

わかって欲しいな。この気持ち。

早くあなたに逢いたいんです。あたし。

一年なんて、長すぎるんです。


 逢いたい、今すぐに逢いたい――ルテラーナの手紙にあった文字からは、そうした感情が迸っていた。

 ミマースの琥珀色の瞳には、川の向こう岸から現実を引き寄せようと、必死に祈っているルテラーナの姿が、疲れ果てた彼女の姿が映っていたのだった。

 宇宙の川はとどまることなく静寂しじまに流れ、二人の間に悠久の時間を作り上げつつあったのだ。巻き戻すことの出来ない時間を積み上げつつあったのだ。

 それでもミマースは自分を信じて、我が身の健康状態や順風満帆な軍隊生活の様子を書き綴って、ルテラーナを励まし続けたのだった。

「ルテ……待っていてくれ。俺は必ず君のもとへ帰るから……。俺を信じてくれ……」

 時々、センチメンタルな表情でミマースは基地の窓から宇宙を見上げてはそう胸の中で呟いていた。

 トアスは時々そんなミマースの後姿を見つけては――見ちゃいられないねー……。

 と、トアスもまた、ひとり溜息をついていたのだった。

 ギュゲスもオトスも、そうしたことには無頓着だった。

 ナバホにいる女はイケてるとか、あの女は尻がいいとか、あの顔とスタイルは兵隊向きじゃない、事務屋になればいい、そうすれば俺達も楽しめる、などと軽口を叩いては眼の前にある現実を楽しんでいた。

 女性であるトアスがそうした会話に加わることはなかった。

 それゆえ、ミマースの背中にそれとなく哀感を見出したともいえた。彼女もまた女なのであった。

 頑丈な体躯を持ち、がさつな振る舞いをして、見栄えも気にしないトアスではあったが、心は紛れもなく女性のそれだったのだ。

 ――こんなんじゃ、あいつは何時かヘマをやらかす。それも命に係わるヘマをね……。酋長とオトスがどう思ってるのかは知らないが、あたしは嫌なのさ……。つまらないことで仲間が傷つくのを見るのはね……。兵隊に必要なのは己と戦う心さ。愛だの恋なんてものは、いらないのさ……。

 種族愛。親心。母性。弱った者を黙って見ていられない気持ち。トアスの心に宿った感情は恋愛とはまた違っているようだった。

 大きな体格のせいで、もともとそうしたものと縁遠かったトアスが自分の気持ちに気づくことはなかった。いや、気づいていたからといって、足を踏み出せないのがトアスであったのだ。恋の歩みひとつ知らないトアスだったのだ。

 最前線に身を置く兵士達にとって、自分でも計り知れないものを心に持つことほど危険なことは無かった。

 それがいつか命取りになることは、有史以来の歴史が明確に物語っていたのだ。

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