第4話 出会い――アグリオス
演習の日々は続いた。兵士たちは日毎に新たな戦術を身に付け、作戦を理解してチームの連携に磨きをかけた。
だが、それに伴い、兵士たちを襲う精神的、肉体的苦痛は過酷さを増す一方だった。
疲れているのに眠れない日々。異様な緊張感や苛々感。苦手な人間との間に芽生えた葛藤や衝突。口喧嘩と殴り合い。慢性的な四肢の倦怠感。四六時中悩みの種となる筋肉痛や古傷の痛み。
武器の手入れを繰り返したり、無茶な行軍で出来ては潰れる肉刺。ショックモードのビームを受けて出来た、火傷の痕や水膨れ、などなど。
兵士の数だけ苦痛や苦悩があった。
そうした重圧下にあって起こるのが、事故であり、怪我であった。
ほんの些細な油断から、致命的なミスから、判断基準の差による勘違いから、機材の故障によって、整備ミスによって、原因は無数にあり、どこにでも転がっていた。
三ヵ月が過ぎた頃には、スー族のメンバーも一度はこうした災難に遭遇し、その洗礼を受けていた。
幸いにも大怪我をして医務室送りになることはなかったが、ミマースも蚊帳の外に置かれるようなことはなかった。
だが、不幸にも志半ばにして大怪我を負い、地球に送還された者も数人いたことを考えれば、スー族が受けた厄介事はかすり傷程度だったといえた。
「少しばかり運が悪かっただけさ」
口数の多いオトスはそういって腕に出来た傷を隠すためにタトゥーを彫り入れた。
そのオトスとは対照的に、度々ビームの火傷を負ったトアスは気にする様子も見せずに、タンクトップと短パン姿で施設内を歩き廻っては、男達にその傷跡を見せていた。そして、傷跡をみつめる視線を感じ取るとすかさず言ったのだ。
「なんだい? あたしはこの程度でビビっちまうような男にゃー興味はないよ!」
と、露出された胸元や服の下にチラリと見え隠れする下着を見つめていたかもしれない、男達の視線の先を確かめずに。
スー族の班長、ギュゲスはランドクルーザーの点検中に頬に深い傷を負い、ただでさえ強面な顔を一層と怖男にした。
「この傷は名誉さ。俺は何もかもが気に入ってるんだ。チームの連中もチームの名前も、何もかもね。問題? そんなものはありはしないよ」
ギュゲスはそういって、気合と根性が必要とされる、長距離パトロールと戦闘を組み合わせたハードな演習に出る機会があると、頬の傷や、眼の周りや額や顎に派手なペイントを施して見せた。
もっとも、そうしたペイントはヘルメットを被ることで意味を持たなくなったが、演習を終えたメンバー達の楽しみのひとつになっていた。
「酋長……今日はどんな顔になっていることやら……」
誰よりもこうした時間を楽しんだのは、オトスだった。酋長がヘルメットを取った瞬間、大きな笑いが起こる。
「今日のはまた、すんげー化け物だな……」
汗を垂らしながら、這いつくばり、転がり、走っては起きあがったがゆえに、ペイントは流れだしてとんでもない様相を呈していたのだ。
時には――
「今日のは、さしずめ、ニッポンのカブキ役者ね」――という、トアスの褒め言葉ともとれるような微妙な批評を戴いたこともあった。
ミマースはどうだったかといえば、彼の場合臀部に受けたビームで蜘蛛の巣のように広がった傷跡を、その巨漢に刻んでいた。
「ラッキーだったな。そこはそう人に見せるもんじゃないからな」
ギュゲスはそういって笑ったが、オトスにかかると、これも風刺のネタにされてしまった。
「おい、ミー。お前は尻を捲って息巻けなくなっちまったな。だってよー、そんな傷があったら、尻を見せるわけにはいかないもんな」と。
それは、オトスにすれば、ミマースの勇敢さを知ったうえでのニヒルな揶揄だった。
スー族の面々の破天荒さは、他の班に伝染した。
ある者はヘルメットに羽根冠を立ててみたり。ある者は戦闘服に巨大なドリームキャッチャーを描いて、自ら敵のいい的になってみたり。またある者は髪をモヒカンにしたり、カツラを被って真中分けにしてみたり、三つ編みを垂らしてみたりしていたのだ。
中でも多くの兵士の耳目を驚かせたのは、地球から犬を取り寄せて、神の如く敬って兵舎で同じ時間を過ごすという変わり者を出現させたことだった。
しかし、こうしたことの殆どは、連日続く演習の日々と、兵隊であることの過酷さを癒すためのものであったのだ。
そんなある日、ミマースは食堂で一人の奇妙な男に出会った。
糊の効いた厚手の白衣を着た男は、いかにも清潔そうだったが、消毒薬の匂いがしていなかった。長身で秀でた額を持ち、栗色の髪は長く、整髪料で整えられていた。
その男は、手に持ったトレイにヘルシーなメニューを並べ、迷うことなくミマースの前にあった空いた席にやってきた。
「ここ、いいですか?」
「どうぞ……」
椅子の足が床を擦る音がしたと同時に、ミマースの眼の前に、男の顔が降りてきた。
二人はしばらくの間、食器の音だけを立てていた。男は面と向かった巨漢の男にそれとなく興味をもったのか、時々手を止めてはミマースに視線を向けているようだった。
「ねえ君、どこの隊だい?」
突然声をかけてきた男にミマースは淡泊な口調で答えた。
「そういうあんたは?」
「すまん、すまん。兵隊ってのは気が荒いんだったね。僕の名はアグリオス。科学者だ」
ミマースは白衣の男からアルコール臭がしない原因を悟りながら、食事の手を止めた。
「ああ、そうか。ガザ基地には研究施設が併設されてたんだっけな。すっかり忘れていたよ……」
「君は科学を信じるかね? 科学の存在意義ってのを考えたことはあるかい?」
「…………」
一体何が聞きたいのか、一体何がいいたいのか。ミマースには見当もつかなかった。
こうも毛色の違う人種が近くにいた。まずそのことに気づき、懐かしい思いが湧いたのだった。
アグリオスはピラフをスプーンでせせこましく掬っては、くちゃくちゃと音を立てながら喋り続けた。
「俺は勘のいい男でね、普段はカフラーにいるんだが、たまにここに来るのさ。カフラー、君、カフラーは知っているよね? なにしろね、研究員というのは頭が良さそうで、実はおつむの固い連中が多くてね。言ってる意味、君わかるかい? ところで君、ギザ基地のことはどう思うかね? まあ火星なんてところは――」
ミマースは笑い出したかった。こうも滅茶苦茶な順番で、マイペースで話す男が火星にいたのかと。
「つまりだね、俺は見抜いたのさ。何をっていうんだろう? まあまあ聞いてくれ。そいつを今から説明するからね――」
それまで止めていた手を動かして、ミマースは食事をしながら、アグリオスと名乗った男の声に耳を澄ましていた。
時々アグリオスは肘をテーブルに置いてスプーンをひらひらさせていた。どうやらそれは、大事なことを伝えたい時にする仕草のようだった。
ミマースは黙って男の話を聞き続けていたが、アグリオスの目的が一向に掴めなかった。
「それで、あんた……俺にどうしろと?」
「…………」
真剣なミマースの眼差しと、落ち着いた声を聞いたアグリオスは、スプーンを置くと、コップを掴んでゴクゴクと水を飲んでから言った。
「あれだ……俺と友達にならないか?」
「…………」
ミマースは直感的に悟った――こいつは面白い。
いい友達になれなくても、どこにもいない退屈凌ぎの相手になる。
物静かなミマースの胸中に好奇心が湧いたのだ。
「それは構わないが、俺達が友達になってどんな得があるんだ?」
「ズバリ言おう。暇つぶしだよ」
アグリオスは、けらけらと笑い出した。
「いや、いや、すまんね。本当のことを言えば、発想の転換が出来る切っかけになる話し相手が欲しくてね」
そういって白衣の男は真剣な光をブラウンの瞳の中に浮かべて見せた。
「俺としても軍隊生活に飽きてきた所なんだ。あんたのような人が必要かもしれないね」
ミマースとアグリオスはそれから、それぞれの寝床を教え合った。白衣の男はとっくに食事を済ませていたが、ミマースはアグリオスに翻弄されて、皿に冷めたパスタを残していた。
しかし、アグリオスはそんな事には気づかないかのようにトレイを持って立ち上がった。
「では、退屈になったなら、連絡を入れさせてもらよ」
「ああ、わかった……」
「ん?……何か忘れているような……」
白衣の擦れる音がしてトレイがまたテーブルに置かれ、アグリオスはテーブルに手を着いた。
「ああ……君、名前は?」
「ミマースだ……」
「ミマース……ミマースね……。すまん、すまん。私はあまり順番に拘らない方でね。ではまた会おう……」
アグリオスはそういって今度は手を打つように規則正しくサンダルの音を響かせて去っていった。
ややこしくてやかましい男。だが不思議と面白みのある男。
それがミマースがアグリオスに抱いた第一印象だった。