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ギガンテスの記憶【外伝(1)】  作者: イプシロン
第1章 新兵としての日々――出会い
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第2話 ギザ基地での演習

 ギザ基地は火星の大地に自然に出来た盆地を利用して建設されていた。

 東、南、北の三面は高い崖に囲まれ、外部からの侵入者を阻んでいた。

 それゆえ、軍は唯一開けた西面に前哨基地を置き、兵たちはそこで寝起きして、演習に明け暮れていたのだった。

 基地には二つの小隊がいた。前任組の(アルファー)小隊と、ミマースの所属する新兵組の(ブラヴォー)小隊だ。

 アルファー小隊は基地の北西にある、西のマスタバと呼ばれる施設に本部を置き、ブラヴォー小隊は北東にある、メンカウラー王のピラミッドを本部にしていた。

 ミマースのいるブラヴォー小隊の拠点から斜め後方に視線を向けると、カフラー王のピラミッドがそびえ立ち、その向こうにはクフ王のピラミッドが堂々たる雄姿を見せていた。

 ピラミッドは地球のものとは違い、鏡のように滑らかな表面を、赤い惑星の空に向けていた。

 金属そのものの鈍く光を照り返す部分は、火星の大地や群青色の空を流れる雲が映り込むこともあり、見るものに畏怖心を抱かせた。ピラミッドには地球のそれにはない不気味さがあったのだ。

 ブラヴォー小隊の拠点、メンカウラーは一番小さなピラミッドであり、カフラー、クフと順々に大きくなっていた。

 とはいっても、こうした建築物は火星サイズに作られていたため、赤い大地に立つピラミッドは、地球にあるものの四分の一サイズになっていたのだ。

 両小隊の拠点を繋ぐ部分には高く長い城壁が設けられ、ここは両小隊間の連絡通路となっていた。

 だが、城壁はそれ以上に重要な役割を担っていた。

 基地を囲む崖と同じように、基地中央部を守るための堅固な防壁となっていたのだ。

 こうしてみると、三つあるピラミッドの重要度が、中央に鎮座するカフラーにあることが素人目にも見て取れる。

 城壁がカフラーの前面に立ちはだかっていることからも、それは容易に窺えたのだ。

 そのカフラーのピラミッドの頂点に立って、城壁とは反対の方向に眼を向けると、スフィンクス像と軍の着陸床、大型宇宙船用の着陸ポートが遠くに霞んで見えるのだった。


「それにしても、けったいな基地だな。どうしてこうまでして、地球にあるものと同じものを作ったのかねー」

 オトスが深く長く掘り廻らされた塹壕に身を潜めながら呟いた。

「人間てのはそういうものよ。神秘とか謎ってものに惹かれる。そんなところでしょう」

 トアスは塹壕から離れた見晴らしのきく岩山の上で、双眼鏡を覗きながらオトスの無駄口に付き合っていた。

「そろそろ時間だ。トアス、何か見えるか?」

 酋長であるギュゲスが腕時計をチラリと見てから、班長らしいことを言った。

「いいえー、見えませんねー。今日は作戦を変えてくるんじゃないですか? ……とはいっても、こっちの防御は堅いですから、どんな手を使われても、やられやしませんけどね」

「まあいい、気を抜かんで見張っててくれ。……ミマース、いつでも平気だろうな? お前の援護が頼りだからな」

「ええ、平気ですよ。いつでもやれます」

 ミマースはそういって、少し窪んだ大地に腹ばいになって、軽機関銃の銃把じゅうはを握っていた。

 既に照準器を起動させていたミマースは、四角形の頂点から上下左右に伸びたの四本の線と、荒れ果てた景色を同時に眺めていた。

 そのとき、右横に伸びた線の上にある四つ並んだゼロが、いきなり規則性のない数字になった。

「きましたぜ、酋長……。左の崖の上に一班。正面に一班いますね……」

 ミマースは照準器にあるズームノブを大きな手で動かして、冷静に状況を把握しようとしていた。

「トアス、どうなってる? そこから見えるか!?」

「いいえ、駄目ですね、ここからは見えません……。地形の起伏が邪魔なんです……」

「トアス、そこは危険だ。山を降りてミマースのところに行け。彼のエネルギーチャージを手伝ってやってくれ。あいつらの狙いは君かミーだ……。どっちにしろ、君がそこにいることに意味はない。急いで移動しろ!」

「了解!」

 トアスの甲高い声がレシーバーに響いた瞬間、銃火が巻き起こった。

 敵の狙いはギュゲスの予想通りだった。陽動しながら、まずは軽機関銃を潰す。

 それが敵の作戦だったのだ。

 ミマースはグレーの戦闘服に身を包んだ女が、ライフルを撃ちながら走り出したことを確認すると、すぐさま援護射撃をはじめた。

「オトス、援護するぞ!」

「アイサー!」

 塹壕にいる、ギュゲスとオトスも盛んにライフルを撃ち、発煙筒を投げて、トアスが逃げる時間を稼いだ。

 白煙が漂う中を、人影が動くのが見え、演習用の黄色と緑色のビームが飛び交った。

 しだいに煙は失せ、敵の放つ黄色いビームがトアスに集中しはじめた。

 ミマースはその光景を見て叫んだ。

「トアス、走れ! 突っ走れ! 止まるな! もう少しだ!」

 そういいながら、ミマースは必死に走る女を狙っていた敵の一人を三点バーストで撃ち倒した。

 数秒後、トアスが赤い土埃を立てて、ミマースの横に滑り込んできた。

「ちきしょー! あたしばっか狙いやがって! 死ぬ思いさ!」

 トアスの声には怒気が溢れていた。

「さあ、反撃だ! チャージにまわってくれ!」

「ああ、まかせな! しっかり仕返しはさせてもらうよ!」

 ミマースの横に寝そべったトアスは、そこに置かれていた箱にある、細長いエネルギーパックを手にとって、親指を立てて見せた。

 銃から垂れ下がったエネルギーパックは、ミマースが撃てば撃つほど短くなった。

 トアスはパックが短くなりすぎないように、素早くパックを繋いでゆく位置についたのだ。

「酋長、派手に行きます。そっちもやり易いところに移動してください。一歩たりとも近寄らせやしませんからね」

 そういうと、ミマースは連射モードをフルに入れて猛烈に撃ちまくった。これでもかと撃ちまくった。

 巨体には似つかわしくない敏捷性を駆使して、動くもの全てにビームを放った。

 敵は岩陰に身を潜めたまま、文字通り、一歩も動くことができなくなった。

 その敵兵の死角へと腰をかがめて小走りに遮蔽物を使って廻り込む、オトスの姿が見えた。

 ギュゲスは彼をカバーするために囮として、わざわざ塹壕から上半身を晒しては、ビームを放っていた。

「よーし! 一丁あがりだ!」

 オトスがそういって岩陰にいた敵を撃ち倒した。

「残るは二人だ! 崖の上の連中はナバホが片づけるだろう。突撃するぞ!」

 ギュゲスがそう言い終わらないうちに、四人は遮蔽物から飛び出し、あるいは軽機を持って立ち上がり、あるいはエネルギーパックを肩にかけてライフルをぶっ放しながら、残る敵兵目掛けて突進した。

 勝負はあっというまについてしまった。敵は安全な地点目指して逃げ出したのだ。

 ギュゲスはそのうちのひとりの背中に落ち着いて照準を付けてから引き金を引いた。

 残った一人は、ミマースの軽機が放った連射を浴びて、長い悲鳴をあげて倒れた。

「演習終了! 各自、拠点に戻って装備を点検せよ。ご苦労だった。……しかし、スー族は負け知らずだな。だがナバホは全滅一歩手前だ。もう少し援護しあうことを考えろ。以上だ」

 検察官の声が敵味方の上から降り注いだ。

 ギュゲスを酋長とする四人は、実際負け知らずだった。

 この一ヵ月というもの、どのチームが挑んでも、彼らメンバーの一人として撃ち倒すことが出来なかったのだった。


 演習後、ブラヴォー小隊はブリーフィングルームに集まった。

 部屋は蒸しかえるほど熱かった。戦いを終えた男と女達が放つ、独特の熱気に包まれていたのだ。

 しかし、この放熱が一歩間違えれば殺気になることを知る者は誰一人としていなかったのだった。

「さて、諸君。スー族のことは既に知っての通りだろう。だが、彼らには援護の精神がない。仲間への思い遣りがない。そこでだ……、明日からの一ヵ月間はスー族を火消し役として、演習を行う事とする。明日からは、小隊単位での演習となる。各班とも通信網を充分に活かした戦術を意識すること。いいな。詳細は演習予定表を確認してくれ」

 長いブリーフィングは検察官の言葉で幕を閉じた。

 ミマースにとっても、彼の班員にとっても火消し役に指名されたことは光栄なことだった。

 火消し役とは、戦線の後方に待機し、いざ戦闘となった場合、敵が班と班の隙間にある薄い防御線を突破しようとしたり、防御力の弱い部隊が戦線を突破されようとしたならば、すぐにその地点に駆けつけて、速やかに敵を駆逐する。

 そうした働きをすべき部隊である。

 こうした部隊には戦闘中、通信と機動と戦闘と撤収、その後の武器弾薬の補給、補充を繰り返さなければならないという過酷さと冷静さが必要とされる。

 戦線を突破されるということは、すなわち、戦場全体の状況を把握し、部隊の指揮を執る頭脳といえる、司令部が危機に晒されるということであり、火消し役はそうした危険をあらかじめ排除する部隊だとも言えるのだった。

 しかし、こうした戦術の歴史は意外にも古く、近代の戦争に置いては、第二次大戦下のドイツ軍が、古くはナポレオンが駆使した、機動戦術にその祖があった。

 人間の歴史も、戦争の歴史も、宇宙時代に入っても何も変わることはなかったのだ。

 だが、そうであっても、スー族が火消し役に選ばれたことが光栄であることには違いはなかった。

 この任務を乗り越えさえすれば、一人前の兵隊として認められる。こんな僻地からもおさらばできる。

 ミマースの心にも、班員達の心にも、そうした栄誉にも似た炎が燃えていたこともまた事実なのであった。

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