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優しい魔女と、迷える小狼  作者: 美悠嶺二
第三章「昼と夜」
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第三章「昼と夜」第四話

第三章

「昼と夜」

  第四話



 深々と頭を下げる魔女から、敵意は感じられなかった。

「えーっと、間宮覚です。よろしく……」

 可能な限り当たり障りのない挨拶をしておいた。

 彼女は頭を上げ、微笑んだ。

 アナウンスが流れる。次は、沢田、沢田。お出口は右側です。沢田では三分ほど停車いたします。発車まで電車の中でお待ちください。

「よろしく。ではこちらからも質問。どうやってこの車両に乗ったのかしら?」

 どうやって乗った?

 意味が分からなかったので素直に、ありのままに伝えることにした。

「……駅でこの電車のドアが開いて、ただ、この席に座っただけ、ですが」

「前後から移動したのではなく、あなたの横のドアから入ってきて、そこに座ったのね?」

 頷いた。

 それを確認してから、陽光の魔女は左手を顎に当て、何かを考え始めた。その間に電車は減速し、停止。乗降用ドアが開く。

 考え込んでいる陽光の魔女を、まじまじと見てしまう。

 小柄で、顔立ちが幼いような感じ。妹と並べても違和感がない。髪には三画のマークのヘアピンかバレッタを着けている。丸顔だが、鼻筋がきれいで、日本人ではないのがよく分かる。先程からずっと左目を閉じているが、何の意味があるのかは分からない。少なくとも、怪我をしている様子ではない。左手を顎に添えて、右手の人差し指は座っているロングシートの上で一定のリズムのまま動き続けている。

 さて、どうしよう。次の西奈駅で降車なのだが、素直に降りてしまって良いのか悩む。こちらからは別に何の用もないので、それじゃあまた、と言ってさっさと退散してしまうのが最も良いと思うが。切符も当然、西奈駅までなので……どちらにせよ降りなければいけないのだが。

 そうだ。こういう時こそ指輪の出番じゃないか。

 それとなく手を組んで、親指と人差し指で挟む。その状態で、親指を二回ノック。

 ――はーい。覚さん、どうしたの? お昼ご飯の相談?

 即座に紗耶香さんに繋がった。

 ……いきなりごめん。

 ――気にしなくていいですよ、そういう為のものですから、それで何か用?

 ……いま、隣の駅に居るんだけれど、魔女に遭遇した。

 ――あら珍しい。それで?

 ……陽光の魔女、と自己紹介された。一応簡単な挨拶程度はしたけれど、どうしよう。このまま普通に電車に乗って、普通に駅で降りて良いのかな?

 アナウンスが流れる。お待たせしました、まもなく電車発車します。ドアが閉まります、ご注意下さい。

 ――良いんじゃないかしら。次の駅で降りることを伝えてみて。あと、通話はこのままで。

 ……わかった。

 ドアが閉まって動き出す。

「あの……」

 陽光の魔女が、声に反応してこちらを見た。余程深く、何かを考えていたらしい。

「ん、あぁ、失礼。ちょっと考え込んでしまった。何かな?」

「たいした話ではないよ。俺は次の駅で降りるから。それと、せっかく寝ていたのに起こしてしまって申し訳ない」

 次の駅までは二分ほど。ここで声を掛けねば降りられない。

 彼女はちょっと驚いた表情をする。

「次の駅って、まだ乗ってから十分も経っていないぞ? もしかして私が怖いのか?」

「いや、違う違う。買った切符は次の駅までだから、どちらにせよ降りなきゃいけない」

 左手に持った切符を魔女に見せる。葦原商店街から、西奈駅。

 正直なところ、切符云々や怖いというより、現状がよく分からないから離れたいだけだ。

 葦原商店街までは駅二つ分だけなので自転車でも動ける距離なのだが、片道四キロほどある。颯爽と走って十五分程だが、主要道路は交通量が多く、正直あまり走りたくないルート。なので駅まで自転車で来て、そこからは電車に乗って移動するのが気楽で良いのだ。

「ふむ、嘘ではないようだ。私の考え過ぎだったかな、これは失礼したね」

 この魔女、なんだか喋り方が独特過ぎる。見た目は同級生と同等もしくは少し下、くらいか。まあ実際のところは間違いなく年上だろう。

 ただ、言葉の節々に微妙な「おじさん臭」を感じる。環境要因なのか、学習によるものなのか、単純に丁寧に話しているためなのか、いまいちよく分からない。

 ――家まで連れてきては、いけませんよ?

 紗耶香さんから横槍が入る。

 ……連れて行かないって。そもそも着いてこないだろう。

 ――さて、どうかしら。念のため、出掛ける準備をしておくわ。

 何その表現。女の勘ってやつ?

「……決めた。きみには少し興味がある。それと、契約している魔女と会いたい」

 ――ほらね。

 そんなばかな。

「本気ですか?」

「うん、本気だ。きみは私の人除けを、小細工無しで真正面から抜いてきた。実に興味深い」

 一呼吸。

「どんな魔女と契約しているのか知りたい。もしも資格者を飼い殺しにしているなら、一発殴りつけてやるつもりだ」

 にやりと微笑んだ。

 ……うわーぉ。紗耶香さん大丈夫?

 ――覚さん、駅で電車を降りたら教えて。私も今、駅に向かっている。



 本当に何事もなく電車を降りた。嫌がらせやイタズラは一切なし。

 ホームから降り、電車が通り過ぎてから踏切を渡る。自分以外の乗降客は居ないので、陽光の魔女は後ろから堂々と歩いて付いてくる。

 駅員に切符を渡して、駅舎から出た。

 九月も末だというのに、いまだに昼間は暑さが厳しい。もう衣替えのタイミングだとは信じられない。まだあと半月くらい夏服でいいよ。

 後ろを見る。

 駅員は陽光の魔女をスルーして、事務所内に入っていった。

 陽光の魔女の足元を見たが……影が落ちていない。

「……うん?  何か気になるのかね?」

「いや、たいした話じゃあないんだ。影が落ちないんだな、と思って……」

 陽光の魔女は足元を見る。

 ……いま駅舎から出た。人目につかない場所に移動する。

「ああ、そういうものだ。気にすることではないよ。契約している魔女だって、地に影は現れないだろう?」

「一緒に外に出る時には飛んでいることが多いから、どうだったかな、と思って」

 そのまま道路には出ずに、駅の横に歩き出す。本来ならば駐輪場へ向かうべきだが、それを通り過ぎ、駅の横にある砂利を敷いた駐車場へ。ここならば。

 周囲を確認する。見える範囲に防犯カメラなし。周辺に人の気配なし。後ろに人……ではなく魔女ひとり。

 ……よし、誰もいないよ。防犯カメラも多分大丈夫。場所、わかる?

 ――既に確認しています。良い場所取りです。では、ちょっと強引なことをしますから、顎を引いて口を閉じていてくださいね。

 立ち止まる。顎を引く、しっかり口を閉じて歯を食いしばった。

 次の瞬間、誰かに後ろ襟をがっしり掴まれた。そのまま思い切り引っ張られる。


 気付いたら、周囲の空間がグレートーンになっている。


 一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、この感覚は分かる。希薄な重力感、色褪せたような風景。

 ここは魔女の複写空間か? 確か、固有空間とは別の、世界の劣化コピー。または、貼り合わせた世界という名のページの裏面。そこに……放り込まれた?

 掴まれた襟が、ぱっと解放される。慌てて振り返ると、微笑んでいるが明確に“キレている”天秤座の魔女……紗耶香さんが立っていた。その左手には、陽光の魔女が掴まれたまま。ただし、掴んでいる場所が襟ではなく……首。

 顔は笑っているが、眼は笑っていない。

 異様な気配に押されて、数歩下がってしまった。

 ――ちょっと灸を据えるから、そのまま待機で。

 ……はい。

「ちょっと、いきなり何を……!」

 陽光の魔女もさすがにびっくりしたようだ。

 紗耶香さんが首だけ左を向く。

「飼い殺しにしていたら、誰が、誰を、一発、殴るのかしらね?」

 超高速、否、神速だった。

 言うやいなや、紗耶香さんはそのまま近くの三階建てビルに向かって凄まじい速度で駆け抜けてゆく。但し、陽光の魔女は首根っこを掴まれたまま、砂利の地面に顔面を押し付けられている。がりがりと嫌な音が響き渡る。

 うわぁ、リアル顔面もみじおろし……これは最初から相当えぐい。

 そしてそのままビルの手前でボーリングよろしく左腕を振り上げた。陽光の魔女は打ち上げられた砲丸ならぬ、打ち出された砲弾のようにビルを破壊しながら貫通して、空へ。

 ここで追撃、瞬時に飛び上がり、その姿に追いついた紗耶香さんは、足を掴んで振り回しを開始。振り回しながらビルへ落下。

 また得意のジャイアントスイングか。ジャイアントスイング大好きだな、彼女は。

 女性らしからぬ雄叫びと、ビルの中で構造物を破壊しまくる盛大な音がしばらく続き、時折窓ガラスが割れ、外壁が弾け飛ぶ。そして陽光の魔女がこちらへ投げつけられ、もとい投げ飛ばされてきた。回避不能な速度で俺の横を力なく飛んでいき、更に後ろで何かにぶつかるような音がした。

 振り返れば、駅前の自動販売機が中央から破壊され、それに上半身を突っ込み、尻と両脚だけ出したまま動かない陽光の魔女のだらしない姿が。

 足元や商品取り出し口には、衝撃で飛び出した飲み物が転がり落ちている。

 どういう状況で、どういう絵面で、どんな字面だ。だがしかし、これ以上良い表現が出来ない。自動販売機の真ん中に穴とか、上半身を突っ込むとか、それだけ聞いたら完全に意味不明だ。

 ビルの上半分が音を立てて崩れ落ちる。

 ゆっくり振り向くと、瓦礫と煙の向こうから、紗耶香さんが無表情でこちらに向かって悠然と歩いてくる。

 怖い怖いマジで怖いって。脳内バックグラウンドミュージックは「怒りの日」しか存在しないよ、これ。次点で交響曲第百四番ニ長調ロンドン第一楽章のイントロ。

「さすがにこれは……やり過ぎなんじゃあ?」

 紗耶香さんはスーツに着いた埃を払い落とす。そしてポケットから髪留めのゴムを取り出して、今日は頭の後ろで一括りに。

「覚さんには悪かったと思っています。他の魔女と会うのは、もっと後だと思っていましたので……」

 いやそうじゃなくて。

 後ろを振り返るが、相変わらず自動販売機に挟まってホールドされている姿。

「……一応、あくまで念のためで訊くけど、あれ、死んでいないよね?」

「まさか。これでもかなり手加減しているから、すぐ復活するわ」

 あれでも手加減なのか。紗耶香さんとミーナさんの親善試合ならぬ練習試合を何度か見てきたが、確かにちょっと違う気がする。なんというか、あっちの試合はもっとテクニカルで、瞬時の判断が要求されて、決める時には目にもとまらぬ速度だったような。

「あと、ここまで派手に破壊して、現実世界に影響出ない?」

 例えここが別空間ないし別次元だとしても、ビルを倒壊させるわ自動販売機に大穴開けるわと大暴れしたら、さすがに心配になってくる。

「心配ないわね。仮に現実世界にまで壊滅的に影響させるなら、この空間内で最低でも広島型原爆を爆発させる程度の威力が必要よ。まあ、ビルを潰したから、もしかしたらヒビの一つくらい入ったかもしれないけれど」

 言葉にならない。

「ちょっと! 動けないんだけど!」

 尻と脚がバタバタしながら何か言いだした。

 ちょっとからかってあげよう。

 小走りで自動販売機に向かうと、がっちりと上半身が埋まっていた。これは美しく決まってる。何かの冗談みたいだ。撮れるなら写真に収めておきたい。

「生還したようで何よりだ。早く抜けださないと尻が喋っているみたいで愉快だぞ」

 膝を使って自販機から上半身を抜こうと必死になっている。だが、上手に嵌ってしまったようで一向に抜ける気配がない。

「どうやっても抜けないの、一体どんな状況なのよ!」

 裏側から声が聞こえる。

 ぐるりと回り込み、駅舎に入ってみると、自販機裏の壁から陽光の魔女の頭が生えていた。

 怪我や出血は既に治って消えているが、完全に回復している訳では無さそうだ。

 しかし思わず笑ってしまう。紗耶香さんもつられて笑い出す。

「まるでマンガみたいだな。頭が突き抜けているとは思わなかった」

「……あとで覚えておきなさいよ」

 おお、怖い怖い。

「このままじゃ話にならないから抜いてあげよう」

 さすがに抜け出せるまでこのまま、という訳にはいかんだろう。

 ……足を引っ張って引き抜くのが最善策だとは思うが、どーなんだろう。

 ――流石にそれは、彼女も恥ずかしいと思うわ。まあ見ていなさい。

 紗耶香さんは自動販売機のドアをおもむろに掴んで、……引き裂いた。

 まるで厚紙が破られるかのように、メキメキと音を立ててドアが真っ二つに裂かれる。流石に綿を裂くような気楽さではないが、その腕にはまだまだ余力がありそうだ。

 自動販売機の中身が、さらに足元に転がり落ちる。

 そろそろいいかな。

 聞き慣れない音がして、ドアが蝶番から外れたのを確認してから、陽光の魔女の腰を掴んで引き抜いた。

 どうやら腕の骨折が治っていないようで、うまく抜け出せなかったらしい。

 

「ねえ、これ、“病み付き”になりそう」


 真っ二つになった自動販売機のドアパネルを軽々と持ち上げ、紗耶香さんはニヤつきながら呟いた。

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