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優しい魔女と、迷える小狼  作者: 美悠嶺二
第二章「魔女の世界」
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第二章「魔女の世界」第七話

 いったい何だよ。これはどういうことだ。何が起きているのか。

 沙耶香さんは言った、普通の人には見えない、と。もし、見えるのならば。それは俺と同じ魔女使いだ、と。

 引き戸を掴んだまま固まっている妹の右手には――右手の薬指に、銀色の指輪が。

 まさか、いや、もしかして、妹も魔女使い?

 いやしかし、しかし、だ、男除けに指輪を使っている可能性も否定できない。

 でも、これは、目が合っている……よな。

 ということは、やっぱり。

 次の一言は、きっと、お兄ちゃんに


「お兄ちゃんに――」


 そう、お兄ちゃんに、魔女がくっついたんだ。


「彼女ができたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その全力の叫びに、輝きに満ち溢れた瞳でこちらを見返した妹に、俺と沙耶香さんは、ただただ呆然とするしかなかった。

 いや、実は違うのだよ、我が妹。



第二章「魔女の世界」

 第七話



 ――だから止めようとしたじゃないですか、さっき。

 ……そうは言っても、居留守を使うのは明らかに不自然だろう。外からは灯りが見えるわけだしさ。

「えっと、こちらは竹下沙耶香さん。んで、こっちは妹の間宮ユウ」

 俺は忙しかった。

 指輪を通して心の中で、沙耶香さんと会話をする。そして同時に、妹と沙耶香さんと「喋って」会話する。同時進行で人と会話することが、こんなにも難しいことだったとは。

「はじめまして、ユウさん。私は竹下沙耶香、よろしくね」

「間宮ユウです。お兄ちゃんに、こんな美人の、しかも年上の彼女が出来るなんてちょっと驚きー!」

「何だその言い回しは」

 褒めても何も出ないわよ、などと時間を稼ぐようにその場を取り繕いつつ、彼女は語りかけてくる。

 ――さて、この状況を整理するわね。覚さんの妹さんが私を認識できる点について。

 ……うん、さっき右手の指輪を確認したよ。間違いなく薬指にあった。それが魔女との契約によるものかは、分からなかったけれど。

「で、それでー。お兄ちゃんとはどんな出会い方をしたの?」

 妹は俺のことなんかお構いなしに、沙耶香さんへ色々と質問を飛ばし続けている。彼女は、つまり沙耶香さんはというと、のらりくらりと適当な回答を出し続けている。

「うーん、ある意味衝撃的出会いというか。私の不注意と、偶然に偶然が重なって出会った。そんな感じです」

 ――グッド。ちゃんと確認できているなら、話は早いですね。彼女には間違いなく魔女がついていますよ。

「何それ、すっごく気になるー!」

「今は秘密。機会があったら教えてあげるわ」

「そんなに衝撃的出会い、だったの?」

 まるでからかうように回答するもんだから、妹は尚のこと気になって仕方がないらしい。

 ……マジかよ、いるのか。

 ――ええ。あのリングは間違いなく契約の証。そして彼女、ユウさん。時々、視線が窓の外を向いているの。

「ええ、文字通り衝撃的だったと思うわ。私はよく覚えていないけれど、彼はちゃんと覚えている筈よ」

 うっわ、こっちに話を振ってきた。

 ただでさえ、お互いの話を聞きながらでややこしいのに!

「あー、うん、そうだね。えっと、衝撃的というか、文字通り衝撃だったわけで……うん……」

 ――たとえば、そう、携帯電話の画面を確認する要領で、窓の外を見て下さい。振り向いてはいけませんよ。筐体の反射を利用するのです。

「あー、何その反応!」

「お兄さんをいじめてはいけませんよ。ただ、お互いに落ち着くまで、しばらく時間が掛かるのです。それまでは、ね?」

 諭すように優しく語り掛ける声。我が妹は、なんとか情報を引き出そうと躍起になっている。妹はこちらを向いていない。

「ところで、ユウさんには素敵な彼氏さんはいらっしゃいますか?」

 沙耶香さんの指示通り、さりげなく携帯電話を手にした。所謂スマートフォンと呼ばれるもので前面は大部分がディスプレイなのだが、多少の光沢があるので鏡のように周囲の景色が映りこむ。そして、気付かれないように素早く窓のほうに傾けた。

「……! …………!」

 ぎょっとした。宙に浮いた女性が窓の外で、声は聞こえないが叫びながらこの部屋の窓ガラスを叩いていた。いや、叩こうとして「弾かれている」。

 携帯電話の側面ボタンを押して、時刻の確認をするフリをし、すぐに携帯電話を机の上に置く。そして気づいた。妹は沙耶香さんと話をしているが、時折、本当に一瞬だけ、窓のほうを見る。なるほど、沙耶香さんの観察眼は凄いな。

 ……確認した。そして確かに、ユウも窓の外を気にしているな。

 ――今は私の張った結界もどきが効いているので、姿は見えても声は聞こえず、入ることも出来ません。

「ちょ、ちょっと、お兄ちゃんの前でそういう話は……というより、彼氏なんか居ませんよ!」

 ……そうは言っても、このまま放置する訳にもいかんだろう。

 ――まぁ……そうですね。知ってる顔だから入れてあげましょうか。

 知ってる顔、という言葉に、安堵した。少なくとも騒ぎになるようなことはないだろう。そして何より、この二重会話は本当に疲れる。聞いているだけでも、とにかく疲れる。少しでも気を抜くと、何の話をしているのか、さっぱり分からなくなってしまう。女性はこういう処理が得意なのだろうか。沙耶香さんは、まるで自然に会話をしている。

 そして、妹も。さっきからちらちら見えている右手、その指輪はうっすらと光を放っている。妹も、ほぼ間違いなく外に居る魔女と会話をしているし、ほぼ間違いなく俺と沙耶香さんの関係に気付いているだろう。

 ――タイミングは任せます。合わせますから。

 俺は立ち上がり、外の魔女に視線を合わせないよう、下のほうを向きながら……窓を開け、一歩下がった。


 目の前を、黒い影が横切った。


 まったく、この光景は二度目だ。その影を冷ややかに追う。窓から突っ込んできたそれは、俺の前を横切り、妹と沙耶香さんの前にあるテーブルに顔面をぶつけて――その寸前にテーブルの上にあったワイングラスは、紗耶香さんによって取り除かれた――妹を巻き込んで壁にぶつかって停止した。

「衝撃吸収素材が妹で悪かったな、軟着陸だ」

 昨日に引き続いて今日もこれか。仮に何日もこんなことをされたら、そのうちこの部屋が全壊してしまう。つまり皮肉のひとつも言いたくなるというものだ。

 妹と共にひっくり返っている問題の魔女も、最初に沙耶香さんと会ったときのような、スーツ姿だった。これが魔女の正装、なのだろうか。軽いウェーブのかかった金髪が、さらさらと揺れる。見た目は……そう、高校生くらい。同じ学年に留学してきた女の子、というイメージだ。

「ったく、見知った顔なんだから、さっさと入れてくれよな!」

 凛とした声、しかしまるで女性らしさなど欠片も無い悪態をつきながら、その魔女が起き上がった。吸い込まれそうなほど澄んだ濃い蒼眼が、こちらを見て、沙耶香さんを見て、妹に向いた。言葉遣いは粗雑のようだが、その瞳には確かな優しさも見えた。

「おい、ユウ。大丈夫か?」

 その魔女は、ぺちぺちと妹の顔を叩く。大丈夫だよ、と呟きながら妹も起き上がった。

「ちょっと“双子座”、契約主に失礼よ」

「うるさいなー、これがあたし達の“付き合い方”なんだよ」

 沙耶香さんの言葉は、怒りを持っていない。少なくとも、そう聞こえた。まるで出来の悪い後輩を形式として叱るように。そしてそれに応えた双子座も、言葉の上では邪険にしているようだが、仕草や表情はそうでもない。こちらもまるで形式的な……。

 ……出来の悪い、後輩を、形式上?

「もしかして、沙耶香さんの推薦した人って……?」

 沙耶香さんと、“双子座”と呼ばれた魔女はこっちを向いて、微笑んだ。

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