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優しい魔女と、迷える小狼  作者: 美悠嶺二
第一幕:第一章「自由落下の来訪者」
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序章

 この物語はフィクションです。登場する地名・人名・団体などの名称はすべて架空のものです。

 物語上、残酷な描写が「時々」現れます。ご注意下さい。

 料理については自身の経験を基にして物語に組み入れています。……が、同じように作ったところで味の保障はいたしません。

序 章


 彼女は滑空していた。


 否、それは滑空ではなく、飛行であった。


 夜の風は涼しさより、僅かな冷気を含み始める。昼も夜も暑いばかりだった夏の暑さから開放されるはずの九月の筈が、今日は季節に似つかわしくない、少し冷たい空気となっている。勿論、冬の厳しい寒さに比べれば断然ましではあったが、しかし少しずつ、確実に、空気は身体を冷やしてゆく。黒いスーツと黒い髪が涅色くりいろの空に靡く。

 眼下には人間の作り出した街並みがそびえている。ビル、家、道路、車、信号機、ネオンサイン、看板。ありとあらゆるものが音を出したり、光を放ったりしている。

 その眩しさに目を細めるかわりに、彼女は背中を地に向け、背面飛行する。

 日没が過ぎ、そして空にはもうすぐ下弦となるはずの月も見えない。光に慣れた目が夜空を「黒」と認識しているわけではなかった。黒く厚い雲が、ゆっくりと流れている。

 雨が近づいている。

 濡れるのは嫌だ、と呟くように吐いた溜め息は、流れて行く風と共に消えた。

彼女は、背を空に向けなおし、人間の作り出した街並みを再び見下ろした。

 繁華街から少し離れた道を選んで、彼女はスライスバックを敢行。重力に縛られない身体は、減速しながらゆっくりと、そして優雅に路地に向かって下りてゆく。


 彼女の姿は誰にも認知されない。たとえ道行く人とすれ違ったとしても「ちょっと風が通り抜けた」程度にしか思わない。しかし、認知されないだけで実体は存在する。視える幽霊が居るとするならば、その対極にいるのが、【それ】であり、彼女である。電線や障害物に注意しながら、ゆっくりと路地を飛び続けた。交差点は通過する車にぶつからないように高度をとる。

 探すのは空き家。廃屋でもいいが、しかしそれは彼女の好みではなかった。かといって、認知されないのを良いことに人が住む見知らぬ家の空き部屋に侵入するのもまた考えもの。気取られたら大騒ぎになる。

 通り過ぎる公園の時計を見た。午後七時四十五分。この時間帯ともなれば、それなりの人は帰宅する時間のはず。探すコツは心得ている。

 明かりがついていない建物。

 人の住んでいる痕跡がないこと。

 大きくは、この二つに尽きる。たとえばそれが一軒家なら、人が住む以上、家の外に何かを置かないということはまず有り得ない。車や自転車といった移動手段の道具、ゴミ袋、子供が居るなら遊具、あとは植物や花といったものが手掛かりになる。窓にカーテンがある、というのもひとつの目安。これらが無く、明かりがついていないなら「アタリ」の可能性が高まる。

 周囲の状況に気をつけながら、彼女は空き家を探し続ける。

 交差点を越えて、三叉路を勘で曲がり、突き当たりは飛び越えて。


 突然、遠くの空が青白く光った。暫らくして、唸るような低いゴロゴロとした音が響いた。

 雷。遠雷とはいえど稲光が見え、音が聞こえたということは、そう遠くない距離まで雷雲が迫っていることを意味する。

 彼女は焦り始めた。このままではずぶ濡れになってしまう。何より、雷は飛行できる者ににとって最も性質の悪い自然現象でもある。雷が自身に落ちればどうなるか。そんなことは考える必要もない。雷に打たれる確率が非常に低いというのは大抵「人間が」「地面に接して」いる時の話であり、そこより高い場所を移動するということは、間違いなくその確率を書き換えてしまっている。

 何より、今一番の問題は、避難場所が無いこと。偶然と気紛れのルート選定とはいえ、失敗した、と言わざるを得ない状況。繁華街の近くということは、いわゆる都市圏のベッドタウンか、もしくは工業都市。そういう地域には空き家が少なく、あったとしても監視の目が強い。

 一粒の雨が、黒髪の中の白い顔に当たった。いよいよ降りだすだろう。

 焦りは油断を生む。避難場所となる空き家を探し回ることに集中していた彼女は、目の前に迫る「それ」に気付くのが遅れた。


 四隅を二階建ての家が陣取る、少々見通しの悪い交差点。荷台に幌を被せた中型トラックが、目の前を横切った。

 声を出す暇も、減速する時間も無かった。「とまれ」と書かれた看板を無視し、かなりの速度で飛翔していた彼女は見事に頭から幌に突っ込んだ。

 ぼすん、と鈍い音をたてて幌が大きく内側にめり込み、しかし柔軟性を兼ね備えた幌は速度を一時的にゼロにした。そして、傾いたトラックから容赦ない反発力で彼女を弾き飛ばした。


 急ブレーキによる甲高いスキール音、そして、トラックが横転する音。


 油断と、あまりにも強烈な重力変化に追いつけなかった彼女の脳は、そこで意識を途切れさせてしまう。

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