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自作小説倶楽部 第2冊/2011年上半期(第7-12集)  作者: 自作小説倶楽部
第12集(2011年6月)/テーマ「雨」&「道」
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03 村井紅斗 著   雨 『なめくじストーリー』

彼女が僕の話を聞くとき、その目はいつだってらんらんとしている。僕はこれまで、こんなに真摯に僕の話を聞いてくれる人を見たことがなかったから、正直今でも夢なんじゃないかと思う。なめくじもやっぱり、夢を見る。

大抵の人間は僕が喋ると、自分がおかしいのだと思い込んで、去っていく。酔っ払っている、疲れがたまっている、クスリ、眼球疲労、等々。確かになめくじが人語を話すという現象は、僕が人間だったとしても現実逃避すると思う。ウサギやネコ、ハムスターとかならまだ可愛げがあるけど、なめくじ。ゴキブリと並んで嫌われている生き物。まあ仕方ないと妥協している。なめくじに生まれてしまったのならもう、そうやって生きていくしかないのだ。

彼女の話に戻ろう。彼女はまだ小学生の、小さな可愛げのある(喋るウサギみたいに)少女で、怖がることを知らない。僕に懐いているのを例に取ってもそれはよーく、分かる。普通、いくら小学生でも、喋るなめくじと仲良くしようとは思わないだろう。精々、石投げたりとか。現にやられたことがある。

僕が彼女にすることは一つ。自分が作った物語を、彼女に作るたびに教えてやる。ある時には楽しい話、ある時には悲しい話、ある時には怖い話、ある時には笑い話。彼女はそれを楽しみに、毎日この、紫陽花の元に来る。といっても僕が活動できるのは梅雨の、雨の降っている間限定だ。

いつもなら、この時間は僕は紫陽花の葉の上にいて、彼女に新作の物語を聞かせてやっている時間なんだけど———今日はちょっとそれは出来そうに無いらしかった。

ついさっき、彼女は僕の前を通り過ぎた———いつものらんらんとした笑顔で。その笑顔の先には、ラフな格好をした、30半ば、という感じの男がいた。なんかもう、嫌な予感しかしなかった。小学生の間には、不審者対策の言葉として「いか(行かない)の(乗らない)お(教えない)す(すぐ逃げる)し(知らせる)」というのがあると聞いていたのだけど、彼女に至ってそんなものは通用しないのだろう。僕は彼女と男のあとを追った。なめくじは遅いといわれるけれど、本気を出せば人間の歩みにも付いていける。まあそれはそれで気持ち悪いだろう。人間からして。

彼女と男の行き着いた先は、ぼろぼろのアパートだった。男の家だろうか。部屋は一階にあるらしく、上るのにはそれほど苦労しなかった。男が彼女を家のなかに入れる。すかさず僕もにょろっと入る。男は優しそうな笑顔を一掃させて、下劣でネトネトした目で彼女を見た。彼女は少しだけ不安そうな顔をした。男がソファに座れと彼女を促し、彼女が座り、そのとなりに男。男は彼女の腰に腕を回して、彼女はちょっと嫌そうな顔をした。男は左手を彼女の太ももにおき、那で回す。彼女は明らかに嫌そうに、泣きそうになった。男は腰にあった手を他に持っていこうとして僕は男の顔に貼りついた!男が叫ぶ。僕は果たして、男の顔に届く程の跳躍力を持っていただろうか。男が呻く、「早く逃げて!」僕は叫ぶ。男は今度は訳が分からないというふうに首を振る。彼女も訳が分からないというふうに僕を見る。「早くこの部屋から出て、走れって!」彼女は僕を振り返りながら小走りで部屋の外に出た。

僕を手を汚さずに取ろうと躍起になっている男の輪郭をぐるっと一周して、首を伝って、そこから飛び降りた。男は僕が離れたのに、まだ呻いていた。

 ドアの隙間に入って、外に出る。そこには逃げろと言ったのに逃げていない、彼女の姿があった。

「なんで逃げてないの」

「だってあなたがいるんだもの」

彼女は泣きかけの赤い顔をしていた。

「帰ろう」

僕が言うと、「帰る」と答えた。

 しばらく二人で歩いて、そこで何となく違和感を感じた。なんか、あったかいというか、進化しそうな感じの。よく分からない。

彼女がなにを思ったのか、僕を振り替える。

「えっ」

「え?」

僕は自分のからだを見る。「えっ」

人間。視線が高い。彼女を見下ろせる。彼女より身長が高いのか。

「なめくじ?」

「うん」

「人間なの」

「人間になったらしい」

「おめでとう」

「…おめでた…いね」

僕は水溜まりに映る自分を確認する。紛れもない、人間。歳は二十歳前後くらい。触手の名残のように、前髪が二本立っている。

「ねえまた、お話聞かせてね」

「もちろん」

そう答えて、僕は彼女の持つ小さな傘を横取りして、相合傘。

 人間になって初めて教えるのは、そうだな。

 なめくじが人間になって、幸せになる話にでもしようか。

          了

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