NO.2 しゅーひ著 キス『チョコ』
『ケンジ!今年はチロルでいいかな?』
小学生からの幼馴染で近所に住んでいるサナエが教室に入るなり俺に言ってきた。
今日は、2月13日だ。なるほど、義理チョコか。
毎年、なんだかんだとチョコをくれてたが、今年は10円チョコってわけだ。
『あ、ムライ君来た!じゃ、そういう訳でゴメンねー』
ムライとサナエが付き合い出したのは去年のクリスマスからだ。ムライがプレゼントと一緒にサナエに告白をしたんだ。
体育祭でも、修学旅行でも、うまくきっかけが作れなかったムライはとうとう俺に泣きついて相談しにきたのが12月の初めだった。
夜の公園で寒い中に3時間もヤツの話を聞かされた。
1年の時からサナエが好きだったとか、サナエが行きたくなるようなデートスポットはどこかとか、サナエは休日は何してるとか、何色が好きかとか。
いくら幼馴染でもそんな事まで知るか!
まあクリスマスが最大のチャンスだとアドバイスして、サナエには当日の予定をそれとなく聞いておくと約束をした。
もう、いいかげん公園は寒いから帰りたかったしな。
最後にムライは
『実を言うと、オマエがサナエちゃんの彼氏かもってすげぇドキドキしてたんだ。でも、やっぱり相談して良かったよ。ありがとうな』
なんて、爽やかに笑顔を見せやがった。
その時の胸の痛みは今でも忘れない。
別に俺とサナエは付き合ってはいないし、過去にも付き合っていない。単なる幼馴染の腐れ縁で高校まで一緒になっちまった。
ただ、それだけだ。他には特に何もねぇ。
とりあえず、ムライとの約束を守るためにクリスマスの予定やら、行きたい所はないのか等をサナエにリサーチをした。
最初は変な顔をしていたサナエだったが、あるときから急にニタニタしていた。
『ケンジぃ?何をたくらんでるのぉ~?』
なんて聞いてきたが、ムライの顔を立てるためにも当日まではすっとぼける事にしていた。
Xデーの2日前、サナエがウチに乗り込んで来た。ズカズカと俺の部屋に入り込んできて大きな声で叫んだ。
『ムライ君から24日にデートに誘われた!!私の行きたかったショッピングセンターだって。なんでケンジにしか言ってない事をムライ君が知ってるの?』
なんでって、そんな事いえる訳がない。俺は知らねぇなと横を向いた。
しばらくの間沈黙が続いた。俺は一度もサナエを見なかった。
サナエはそっか・・・と呟いて、立ち上がった。
『ケンジはそれでいいんだね。私、ムライ君と出かけてくるよ』
そう言って、サナエは部屋のドアノブに手をかけた。俺はそこでやっとサナエの方に顔を向けて目で見送った。
サナエは少しだけ俺の顔をみて
『バーカ!ケンジのいくじなし!』
と捨て台詞まではいて部屋を出て行った。
バカは解るが、いくじなしってなんだよ。
その後の事はさっき言った通りだ。夜になって、ムライから歓喜の電話をうんざりしながら聞いた。ムライは『オマエのおかげだ有難う』と最低20回は叫んでいた。
2月14日は、いつもと何も変わらない日として過ぎて行った。クラスの何人かは女子からチョコを貰っていたようだ。ムライもその内の一人だろう。
俺の鞄には教科書と筆記道具以外は何も入らないまま、下校することになった。
家の前まで来ると、サナエが一人仁王立ちし待っていた。
『ケンジ!遅かったじゃない。誰かから校舎裏でチョコでも貰ってたの?』
うるせえな。掃除当番だったんだよ。
『はー、かわいそうね。そんなかわいそうなケンジに私からお恵みをあげるわ』
チロルチョコだろ?だったらいらねえよ。かえって哀れじゃないか。
『さすがにチロルじゃかわいそうだからさ。板チョコにしてあげたわ』
あんまり変わらねぇなあ。
『ふふ、じゃぁもう一つオマケをつけてあげる』
サナエは可愛らしくラッピングされたチョコにチュっとキスをして俺に手渡した。
『キス味のチョコだよ。うれしいでしょ?それじゃあーね』
そう言うとクルリと背をむけて、暗くなりだした道を走って行った。
何をやってんだ。アイツ。
玄関扉を開けながら、俺はすこし笑っていた。
部屋に戻ったら、とりあえずキス味のチョコっていうヤツを頂くとしようか。