ペルナ:「光の消えた世界で(1)」
朝起きて目の前が真っ暗だった時は、まだ夜なのかと思った。
そして、ペート君の反応で、自分の目が完全に見えなくなったことに気づいた。
ああ、ついに来たな……そんな感想を抱いた。
わたしの目が見えなくなったことを知り、不機嫌になる職員。
嘘を吐くな、とわたしの腕をねじりあげる別の職員。
痛みに悲鳴をあげなら、本当です、と言い続けるわたし。
わたしを守ろうとして、職員にぶつかって、殴り飛ばされるペート君。
そのペート君を守るため、ごめんなさいと何度も何度も必死に謝るわたし。
そして、目が見えなくなったことが演技ではないと気づき、舌打ちをして、わたしを突き離す職員。
目が見えなくて怖いという気持ちはない。
目が見えなくなって困ったのは、色が分からなくなったこと。
不思議なことに歩くことに問題はなかった。
なぜなら、自分のすぐ近くには何かが在るということはちゃんと分かったから。
お母さんが亡くなった頃からだろうか、わたしが耳を澄ますと、何を言っているのか分からないくらいの小さい声が聞こえるようになっていた。
それから、階段だったり、壁だったり、椅子だったり、壷だったり……身の回りにある様々ものがそこにあることを感じ取れるようになっていた。
ただ、中にはフォークやナイフなど位置の感じ取れないものもあった。
職員たちが去り、泣きじゃくるペート君を慰めながら、これからのことに考えを巡らせる。
そんな中、今すぐにでも逃げ出したい焦りのようなジリジリとした気持ちが胸の中に渦巻いている。
ここにいては危険だと、確信に近い直感。
わたしは孤児院からの脱走を決意した。
事前に、ペート君に脱走について噛み砕いてゆっくり言い聞かせる。
目が見えなくなった翌日の夜……わたしとペート君は、孤児院から逃げ出した。
夜の闇はわたしの味方で、何も怖くはなかった。
本当に怖いのは、脱走がバレて、職員に見つかってしまうこと。
怖がるペート君の右手を握り、夜の街を歩き続けた。
幸運なことに、脱走は無事成功した。
夜明けの前に誰も住んでいない家を見つけ、わたしたちの新しい家になった。
今が寒い冬ではなかったことも幸運だった。
気温が暖かく、服一枚でも困らない。
こっそり隠し持っていたお母さんが残してくれたお金を使って、日々を食いつないでいた。
最初のうちはそれでも何とかなった。けれど、お金は勝手には増えず、減っていくだけ。
早いうちにお金を手に入れる手段を探す必要があった。
そして、取れる手段はペート君が働くということ……情けない、わたしはお姉ちゃんなのに……。
わたしはペート君なしには生きていけないんだ……目が見えないということは、そういうこと。
わたしは悪い子です。
ペート君は、わたしを見捨てたりはしないということを知っていました。
わたしはズルイ子です。
孤児院が危険ならば、一緒に逃げずに、ペート君だけを逃がせばよかったのです。
そうすれば、役立たずなわたしを気にすることなくペート君は生きていけました。
お母さんの残してくれたお金だって、2人で使うより、全部ペート君に渡してペート君だけを逃がせば良かったのに。
わたしは目が見えなくなることは怖くなかった。ただ、1人になるのが怖かった。
あのまま孤児院にいたら、ペート君と離れ離れになる気がして、それがきっと焦りの正体だと思う。
お母さんの残してくれたお金が、少しずつ無くなっていく。
ペート君が不安定な気持ちを口にする。だいじょうぶ、と優しく慰める。
ペート君の仕事が見つからないと悩む。明日またがんばろう、と明るく励ます。
ペート君を心配させないよう、心に蓋をして優しく明るい姉ちゃんだと、自分に言い聞かせる。
ある日、ペート君が仕事が見つかってお金が手に入ったと言った。
どんな仕事を? わたしは、そうペート君を問い詰めることができなかった。
そして、その翌日……わたしたち姉弟の人生を変える人と出会った。