10歳:「お祖父様の事情(4)」
「ユリアお嬢様、もうご質問はよろしいですかね?」
「あ、はいっ!」
しまった、考えに没頭してアギタさんのことを放置していた。
気を悪くしてないようだけど、わざわざこっちの都合で呼び出したのに申し訳ない。
質問はもうないかな。聞いて置きたいことは聞いたし……ん、あれ?
「……それじゃあ、最後に一つだけ」
「なんでしょうか?」
「ええと、どうして、私の質問に答えてくれたのですか?」
アギタさんは知らない、答えられないと黙秘することもできた。
もちろん、アギタさんの答えが全て真実だとも、知っていることをすべて語ってくれたとも限らない。
ただ今の私からすれば、信じられるだろう情報――謎は深まったけど――をくれたのも確かだ。
「ほ? 答えなかった方がよろしかったので?」
「いえ、答えてもらったのはありがたく思っています。
けどアギタさんは、勝手にお祖父様のことを語っても良かったのですか?」
「ふむ……」
アギタさんが軽く顎に手を添える。
その仕草が様になるな。数瞬悩み、おもむろに手を外すと私の目を見つめて、口を開いた。
「確かに主従関係において、勝手に主のことを話すのは不敬だという輩もおりますでしょう。
けれど、わたくし一個人としての判断で、ユリアお嬢様には話した方が良いと愚考いたしました。
ちなみに今日の会談については大旦那様にご報告させていただきますので、ご了承ください」
「そうですね……口止めをしても意味がないし、する意味もないでしょうし」
それこそ「死人に口なし」とでもやらない限り、完全な口止めなんてできるわけじゃない。
いや、魔術がある以上、この世界で完璧な口止めはかなり難しいだろう。
一応、アギタさんから、お祖父様に私の話が伝わることは覚悟していた。
別に悪いことをしているわけではないが、お祖父様のことを勝手に調べ回っているのは事実だ。
むしろ、アギタさんはわざわざ報告すると言ってくれたことを感謝するべきか。
本来なら、わざわざ私に言う必要もない。
「さて、わたくしはそろそろお暇いたします。
それではユリアお嬢様、頑張ってくださいませ。コーズレイト殿、この借りはいずれ返してもらうぞ」
「へいへい、借りを返せる時まで、じぃさんもせいぜい長生きしてくれ」
「ありがとうございました」
いかにも老紳士っぽい仕草で一礼をすると、個室から悠然と退出していった。
ロイズさんは軽く手を振り、私は席を立って深々とお辞儀をしつつ見送る。
「はぁ~~……緊張した」
扉が閉まって、しばらくして私は深く息を吐きながら、椅子に座り込む。
そして、すっかり冷めてしまったお茶を飲み、残っていたビスケットを1個かじって気分を落ち着ける。
というか、また応援されてしまったような気がするんだけど。
皆、私に何を期待してるんだろうか。
いや、問題の解決を期待してるっぽいけど、と自分で自分につっこむ。
「お疲れ様。で、どうだった?」
「問題の答えを聞こうとして、余計複雑になった感じです。
アギタさんを疑うわけじゃなくて……、ロイズさんはアギタさんの話はどう思いました?」
「素直に考えれば、旦那様がガースェ・バーレンシアを継ぐのを嫌がって、軍に入隊したってことになるだろうな」
「なんででしょう?」
「さぁて、面倒な貴族暮らしに嫌気が差したとか?」
ロイズさんが手を広げて降参のポーズを取る。
さて、どうしたもんかなぁ。