10歳:「お祖父様の事情(2)」
アギタさんを一言で表すなら、老紳士だろう。
白髪と黒髪が半々ほどのかっちりした髪型に黒い目、容貌だけを見れば50歳くらいだろうか。
背筋の伸びたシャンとした姿勢と体格を見ると、それより5歳は若く言っても通じそうだ。
パリっとしたシャツに黒のスーツのような服を着こなし、白手袋を着け、右手にステッキ、左手に外で被っていただろう帽子を持っている。
動作は機敏なので足腰が悪いわけではなく、お洒落の一つとしてステッキを持ち歩いているのだろう。
個室まで案内してくれた店員に、私とロイズさんが飲んでいたものと同じお茶を頼み、席に座った。
「本日は、お忙しいところお呼びしてすみません」
「いえ、ユリアお嬢様の御用とあらば、すぐさま馳せ参じましたのに……」
ジロリとロイズさんを軽く睨みつけ、すぐさま私の方に視線を戻す。
「しかし、わざわざ、わたくしを外に呼び出さずとも、本家の方に来ていただければ、大奥様もお喜びになられますのに」
「そうですね。ちょっと内密に話がしたかったので」
「内密の話、ですか?」
「はい……ええと、質問の内容をまとめたいので、少し時間をください」
「ふむ。分かりました」
アギタさんは、私の態度に少し戸惑いつつも、静かに私の様子を伺っている。
ロイズさんは、場を完全に私に任せるつもりなのか、腕組みをして私とアギタさんのやり取りを見守っている。
さて、問題はどうやって切り出すかだ……別にお祖父様を害するつもりはないが、アギタさんは立場的に言えば、お祖父様寄りだろう。
そうなると下手な質問はできないか?
ただロイズさんが、その辺りのことを考えずにアギタさんを呼び出したとは思えない。
う~う~。とりあえず、アギタさんのことを信じて、真正面からぶつかってみるか?
店員さんが持ってきたお茶を、アギタさんが一口飲み、カップをソーサーに戻したところを見計らって口を開いた。
「失礼しました。アギタさん、いくつか教えてもらいたいことがあるのです」
「ええ、わたくしめでお答えできることでしたら、何なりとお訊きください」
「お祖父様ですが、リックの件をどう考えているのか、分かりますか?」
「リックお坊ちゃまの件と申しますと、若旦那様の養子にすることですね?」
「はい……」
「どう考えているも何も、リックお坊ちゃまを本家の跡取りにしようと考えていらっしゃる、ということでしょう?」
さも当たり前のように言われてしまった。何も裏がないのか、知っていて黙っているのかが分からない。
……というか、ここで疑心暗鬼になってもしょうがないな。
「カイト伯父様に子供がいないのには何か理由が?」
「……ユリアお嬢様の前では、少々申し上げにくいのですが……」
ん~? 保健体育的な意味で、かな?
「どうすれば子供を授かるか位は知っていますし、それくらいでは困りません。
そうですね。伯父様と伯母様のどちらに問題があるのでしょうか?」
「失礼いたしました。
わたくしは、若旦那様、すなわちカイト様のほうに問題があると……大旦那様と若旦那様ご本人より伺っております」
「ふ~む……」
魔術で、そういうのは治療できないのかな?
先天的なものは難しいけど、幼い頃に病気でとかなら、何とか治せる気がするんだけど。
まぁ、今はひとまず置いておこう。
「私のお父様は15歳の頃、軍に入りましたよね?」
「ええ、もう15、いや16年前の話になりますね。つい先日のことのようですが、いやはや、時の流れとは早いものです」
「どうして、お父様が軍に入ったか、その理由は知っていますか?」
「ケイン様が軍に入られた理由ですか? それでしたら、ご本人に直接お聞きすれば早いのでは?」
微妙にはぐらかせようとしている?
ここは押してみるか?
「私が気になっているのは、そのことにお祖父様がどう関わっているかが、知りたいのです」