10歳:「お祖父様の事情(1)」
「なんか艶々だねぇ」
王都への旅の途中でハンスさんたちに正体を明かした時を除いて、ずっとジルは人間形態のままだった。
夜寝る時も与えられた私室で人間形態のまま眠っているらしい。
ふと思いついて、オオカミ形態に戻ってもらい、久しぶりにジルの毛皮をブラッシングを始めたが、毛皮は美しく艶々で少しも汚れていなかった。
人間形態のときはお風呂に入れているけど、やっぱりそれが影響してるんだろうか?
ジルは床に寝転んで、気持ち良さそうに伸びている。
「うーん、不思議だ」
「がう?」
「や、なんでもない」
「くぅん」
続けて欲しい、とねだるようにペロペロとジルが私の頬を舐める。
その催促にしたがって、私はジルのブラッシングを再開。
……って、ジルが頬を舐めるのって、もしかしてアウトじゃね? 人間形態を想像すると、どこか背徳的なものを感じちゃうんだけど。
あ~~、できる限り、そのへんのことは考えないように無心になってブラシを動かす。
「おっと、お嬢様、ここにいたか」
「ロイズさん? 何かありましたか?」
ブラッシングが一通り終わった頃に、ロイズさんがやってきた。
「ああ、先日話していた件で先方と連絡が取れた。急な話だが本日の真昼過ぎに外で待ち合わせることになったが、大丈夫か?」
「先日の話と言うと……」
あっ、バーレンシア家の事情通(仮)さんの話か?
「はい、私の方は大丈夫です。何か用意しておくものとかありますか?」
「そうだな。普段着で構わないので、男物ではなく女物の服に着替えておいてくれるか?」
「わかりました。着替えておきます」
ロイズさんと一緒なら、変装していく意味もないだろうしな。
ジルを人間形態に戻って服を着るように指示してブラッシングを終える。
最近はすっかり人間形態にも慣れ、ちゃんと自分で服を着替えられるようになったし、基本的な常識も覚えてきた。
そろそろ、外に連れ出しても平気かな?
待ち合わせの場所は、都市の中心だが、通りからやや離れた場所にある軽食屋だった。
なんでも王都に昔からある店で、こじんまりとしているが地元の人々に愛されている穴場らしい。
建物自体からは年季によってにじみ出る貫禄を受ける。店内は掃除が行き届いているのか清潔感があり、物静かなお客が多くて、とても落ち着いた雰囲気だ。
約束の時間よりはだいぶ早く着いたようで、バーレンシア家の事情通(仮)さんは到着していないようだった。
ロイズさんが、対応に来てくれた店員に店お薦めのビスケットとお茶を2人分、それと個室を借りれるように頼む。
借りた部屋の中でロイズさんとビスケットを摘みながらお茶を飲んで、適当な雑談をしていると、扉が開く音がして誰かが部屋に入ってきた。
「じぃさん、遅かったな」
「ふん、わしを呼びつけるとはコーズレイトの若造もずいぶんと偉くなったもんじゃ」
ん、この声は? と思い、振り向くとバーレンシアの本家に行った時にお世話になった執事のおじいさんが部屋の出入り口に立ってた。
「ほっ?
これは、失礼いたししました。ユリアお嬢様がいらしてるとは……コーズレイト殿、わざと黙っておられましたね?」
「いやいや、訊かれなかったから答えなかっただけだが」
「ふん、今回はわしの不注意もあるし追求はせぬ。
それで、わしに話を聞きたい方がいると呼び出されましたが……それはユリアお嬢様でよろしいのでしょうか?」
「えーと……」
私に丁寧な口調で問いかけてくるおじいさん。
名前は確かササニシキじゃなくて……なんだっけ。
「ああ、改めまして、自己紹介させていただきます。
ガースェ・バーレンシア家が執事アギタ・オーバコマチと申します」
そうそう、アキタコマチさん、もといアギタさんだ。