10歳:「月明かりの下でのお茶会(3)」
「《風を駆けるは空を舞う竜の翼》」
私は飛行の魔術を使って、ベランダから空へとその身体を浮かべ、フェルを見下ろす位置まで上昇した。
その私を黙って見上げるフェルの顔には、私が用意した眼鏡が掛けられている。
双つの月が作り出す淡く優しい光に照らされ、フェルが私を見つめ、私がフェルを見つめた。
フェルは私の唐突な申し出をゆっくりと噛み砕いて、そして呑み込んだ。
「お初にお目にかかる、夜空を舞うお嬢さん。
ボクの名はフェルネ・ザールバリン。よかったら友達になってくれないか?」
まるで淑女を踊りに誘う騎士のように、誘惑をささやく悪魔のように、果物をねだる子供のように……私を求め伸ばされる右手。
「初めまして、雪花石膏の如き“真白の司”。
私の名はユリア・バーレンシア。貴方が友を望むのならば友となりましょう。誓いは〈大きし月精霊〉の名の下に」
そして、私はベランダに降りて、差し出されたフェルの手をそっと掴む。
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙。
「……くっ」
「……ぷっ」
「「あははははは……!」」
どちらともなく吹き出し、2人の笑い声が二重奏を奏でる。
いや、本気でツボにハマった。笑いすぎで息が少し苦しい。
「……はーはー。何が、夜空を舞うお嬢さんだよ。似合わないことするね~」
「ふー、そう言うユーリだって……いや、ユリアだったか?」
「別にユーリでもいいよ。
本名とそんなに違ってないし、愛称で済む程度でしょ?」
「そうか?
なら、ボクもフェルのままでいいな。ユーリにフェルネと呼ばれると思うと、少し変な感じがする」
なんか少しすっきりした、かな。
「しかし、何でまた……こんな恥ずかしい真似を?」
「何でも何も、私の正体が知りたいと言ったのはフェルだよ。それにずいぶんノリノリだったじゃない」
「いや、まぁ、それはそうだが……」
フェルがぶつぶつと、何かを呟いている。
私は彼が何を言いたいのかは分かっているけどな。
「そうだね。すぐには信じられないような話だけど……」
「今更の話だな。ユーリの非常識っぷりには慣れたつもりだ。ユーリの言うことなら信じるさ」
むぅ、相変わらず10歳児らしくない言葉だ。ちょっと嬉しいけど。
「私はね、前世の記憶が残ってるんだ。
そのお陰で幼い頃から魔術の修行をしてきた。だから、こんな年で魔術を使えるんだ。
それから、フェルが能力で見ていた黒髪黒目の顔だけど、それは前世の影響だと考えてる」
「……思ったよりは普通だな」
「その返答は、かなり気が抜ける……、人の告白を普通の一言で済ませないでよ」
普通って、ボケ殺しな単語だよな。
いや、別に今の流れでボケるつもり、ボケたつもりもないけど……。
なんか、ほら「もっと別に反応があるだろう」みたいな気分になってくる。