10歳:「月明かりの下でのお茶会(1)」
「……とまぁ、基本は走り込みと柔軟運動、剣術型の素振りと実戦訓練、これらの繰り返しかな?
まだ身体が育ちきっていないから、それほど無茶なことはやってないけどね」
私は喋って渇いた喉を、冷めて飲みやすい温度になったお茶で潤す。
少し香りは薄れた気がするが、その分お茶本来の味が分かりやすくなっているかな。
お皿に盛られたクッキーもどきを1枚つまむ。木の実の味が舌の上に広がり、呑み込んだ後に残る砂糖の甘さを、お茶のほのかな苦味で洗い流す。うん、美味しい。
「は~……幸せだねぇ……」
「ずいぶん安い幸せだな」
「この焼き菓子とお茶は安くないからね、絶対!
それにフェル、そもそも幸せを感じることに貴賎はないんだよ?」
「名言っぽいけど、ユーリが言うと、ただの食い意地が張った言い訳にしか聞こえないな」
「……フェルはどうしても私のことを食いしん坊キャラにしたいようだね」
「気のせいだ。ん、空になったようだがお代わりはいるか? 湯を取ってこよう」
私のカップが空になったのを見て、ティーポットをもってフェルが部屋に向かおうとする。
「あ、フェル、ちょっと待って! そのティーポットを貸して?」
「ん?」
「お湯が必要なだけなら、私が……《熱の 宿る 滴よ》」
チョロリ私の両手の間から流れ出た熱湯でティーポットが満たされる。
お茶を淹れるのに丁度いい温度になっているはずだ。
「今のは魔術か? 水を作り出す魔術は知っていたが、熱湯を作るとは……」
「火球を作り出す魔術があるんだから、それをちょっと応用するだけだよ」
「…………」
2杯目になるので、少し長めに蒸らしてから、自分とフェルのカップに注ぐ。
フェルはその様子を静かに眺めていて、注ぎ終わると「ありがとう」と小さく返事をした。
「……ユーリは、魔術に対して少し常識外れなところがあるから言っておくが、そんな日常生活っぽい魔術は珍しいぞ?
魔術書はいくつか読んだが、熱湯を作り出す魔術が記述されていた覚えはない。
つまり、その魔術はユーリが研究して作ったオリジナルだろう?」
「あー、そうなるね」
「そもそも日常生活と魔術は、基本的に相容れないものだからな。
理由は簡単。魔術を使う際に必要となる〈発動具〉が珍しいため、誰でもできることを魔術で行なおうと考える人は少ないんだ」
「…………なるほど」
つまり、名剣を使って料理をしようと考える剣士や主婦がいないのと同じ理屈だな。
お湯を沸かすなら鍋で沸かせばいいし、料理をするなら包丁があればいいというわけだ。
「うん、私の魔術は変だね」
「いや……そこで納得されても、返答に困るぞ」
過ちを認められる大人になりたいと思うのですよ?
……しかし、フェルの前だったからよかったものの、やっぱり人前じゃあ迂闊に魔術は使えないなぁ。
どこでどんな問題が起こるか予想もつかない。
「とりあえず、使えるものは使えるし、便利なときは便利なんだしさ」
「それもユーリらしいな」
自分のカップをふぅふぅと吹いて、お茶を冷ましつつすする。
んー、1杯目よりも蒸らし時間を長くしたので、味が濃くはっきりとしている。
ただ蒸らす時間はもう少し短くてもよかったかも、お子様の舌は苦味をなかなか美味しいと感じてくれないからな。
「そうそう今日はフェルに試してもらいたいことがあったんだ?」
「試してもらいたいこと? ユーリの頼みなら、できる限り協力するが……それは、何だ?」
「レンズに少し特殊な鉱石を使った眼鏡だよ。名付けて“マジカル暗視眼鏡”って所かな。
さ、つけてみて?」
今日の昼間に受け取ったばかりの試作品の眼鏡を魔術で加工したものをフェルに渡した。