10歳:「花の香りとエルフの少女(1)」
「というわけで、上手くいったらでいいから、考えておいてくれる?」
「そんなこと言わないで、夕方前にでも連れて来い」
「え? いいの? 上手くいった場合、おれいがわりに頼むつもりだったのに」
「ああ、坊ちゃんが教えてくれたものは、かなり革新的だったからな、きっと上手くいくさ。だったら、早いうちから慣れてもらった方がいいだろ?」
「ははは、そうだといいけど。ありがとう」
今日の目的であった串焼き屋のおじさんとの交渉が無事にまとまった。
実は店がどこにあったかすっかり忘れてて、店を探すのに時間が掛かってしまったんだが。
『ルララルラ調香店』で香水を2瓶買ってから、半刻(約1時間)ほど、市場をぐるぐる歩き回ってしまった。
疲れて、別の店で妥協しようかと思った所、運良く串焼き屋のおじさんの方から「お、こないだの坊ちゃん」と声を掛けてきてくれた。
探している途中で何度も通った場所だったんだけど、見落としていたようだ。なんか悔しい。
せっかくなので遅めの昼食として、串焼きと例のミックスジュースを頼んだ。
その後、お客が少なくなってきたのをいいことに、串焼き屋のおじさんに前世の料理の知識を提供をしてみた。
始めこそ子供の遊びに付き合っているような態度だったが、話が進むにつれ、串焼き屋のおじさんの表情が徐々に真剣なモノになっていた。
「ごちそうさま。それじゃあ、よろしくお願いします」
「まいど、待ってるからな」
上機嫌になった串焼き屋のおじさんから、昼の余り物だからと、串焼きにした〈グラススネイル〉の肉を大きな葉で包んだお土産までもらってしまった。
腹ごしらえが済み、買ったばかりの外套を羽織って、私は居住自由区の廃屋に向かった。
今度は道に迷うことなくペルナちゃんとペートの部屋まで到着する。
「失礼、ケインだけど、ペルナちゃんかペートはいるかな?」
「はーい」
ノックをしてそう呼びかけると、ペートの声で返事があり、扉が中から開いた。
「ケイン、何かあったのか? 例のことと関係があるのか?」
「関係があるといえばあるけど、ないと言えばないかな」
「どっちなんだよ!」
相変わらず気が短いな。まぁ、タメ口で良いと言ったのは私なんで、そのあたりは気にしないけど。
この性格で接客業が務まるかなぁ? いや、案外物怖じしなくていいのか?
「とりあえず、立ち話もなんだから、中に入って良いかな?」
「別に構わないけど」
「それとコレはお土産、夕食にでも食べて」
串焼き屋でもらったお土産をペートに押し付けるようにして渡す。
部屋の中に入ると、昨日よりもずっと綺麗な服を着たペルナちゃんがペコリと出迎えてくれた。
「えっと、ケインさん、いらっしゃいませ……」
「おや? ペルナちゃん、今日はずいぶんと可愛らしい格好だね」
「あり、ありがとうござい……ます……」
私の褒め言葉に真っ赤になって照れる。その様子もとっても可愛い。
「その……ペート君が、お賃金をたくさんもらえたからって、昼に買って来てくれたんです」
ちょいとペートの方に視線をずらすと、どこか誇らしげに、だけど感謝の視線を返してきた。
あ、なるほど、私が昨日渡したお金で買ってきたというわけか。
ペートの服は昨日と同じだから、ペルナちゃんの分だけに買ってきたのか?
「ちょうどよかった、私もペルナちゃんに渡したい物があったんだ」