10歳:「お父様の事情(5)」
昨晩は不思議そうにするフェルをはぐらかしながら、いくつかのことを聞き出せた。
どうやらフェルから見た私は「黒い髪と瞳をした彫りの浅い性別が分かりにくい顔」らしい。
彫りが浅いというと、西洋人から見た日本人の印象を思い出す。
やはり前世の姿が関係していると見ていいだろう。
確かに私の身体と私の意識や前世は異なっている。つまり、前世を“隠している”とも言えなくもない。
もしかすると、これが理由でフェルの能力が私に通じなかったのでは? という可能性も出てきた。
前世という最大の隠し事を見破っているために、フェルの能力が他の隠し事を暴けず、結果として通じないという可能性だ。
そうなるとフェルの能力が通じない条件は“異世界からの転生者”となるが……検証材料が足りなすぎる。というよりも、ほぼ不可能だろう。私がレアケースなのだ。
フェルの能力のことを推測していて気づいたのだが、魔導は魔法の一種である以上、その働きには魔力が介在していると考えられる。
私が魔術で姿隠しているところを見つかったのは、フェルの能力が私の使っていた姿隠しの魔術よりも強力な魔導であったのだろう。
そこで実際に“瞳に映した相手”というのは、どのくらいを差すのだろうか?
今度、視線を物理的や魔術的なフィルターを通したらどうなるか?
この辺りの興味が尽きない。
フェルのことはさておいて、お父様とお祖父様の件について今後どうしようか。
シズネさんにも期待されたことだし、やはり動こうと思う。
とりあえずは、できることは情報収集か……お父様やお祖父様の真意が気になる。
お父様やお祖父様、もしくはお祖父様の屋敷に古くから勤めてる人に話を聞いた方が早いだろうか。
ただ、あまり馴染みのない人と話すとしても、私の年齢が問題になりそうだし……せめて、15歳で成人になっていれば違ったんだろうけどなぁ。
「お嬢様」
「はい、なんでしょうか?」
「何か気になることでもあるのか? 剣先が鈍っている」
「うっ、ごめんなさい」
素振りの最中に考え事しちゃっていたのが思いっきりバレたか。
あう、ロイズさんに視線が痛い。私が全面的に悪いので、謝罪の言葉以外は何も言えない。
「剣術の稽古は、慣れてきた頃が一番危険だ。今日はここまでにしておこう」
「分かりました。ありがとうございました」
一礼をして、稽古に使った用具を横に片付け、用意していたタオルで汗をぬぐって、水筒から水分を補給する。
早朝とはいえ、気温は高く、滴り落ちるほどの汗をかいていた。
一度、稽古に夢中になって水分を取り忘れいていたら、倒れそうになってしまった。
それから、稽古中には水筒の用意を欠かさないようにしている。
「それで何を考えてたんだ?」
「ええと、お父様とお祖父様のことを少し……昨晩、シズネさんから、お父様の産みのお母様であるケネアお祖母様の話を聞いたんです」
その告白に、ロイズさんが少し眉をひそめた。
「ロイズさんは、お父様のことは古くから知っているのですよね?」
「そうだな。かれこれ20年近い付き合いになるか?
一時期、俺がガースェ・バーレンシアの警護役になってお屋敷に通っていたのが知り合うきっかけだな」
「それじゃあ……昔、お父様とお祖父様の間に何があったのか、知っていますか?
シズネさんが、ロイズさんなら知っているかもと教えてくれたのですが」
「残念ながら、俺も詳しくは分からない。ただ、成人してすぐにケインが軍に入りたい、と俺を頼ってきてな。
本人の意思が堅かったし、ガースェ・バーレンシアも本人の自由にさせて欲しいと言われて、そのようになったんだ。逆にオレが軍を辞める時に拾ってもらったんだから、人生何があるか分からないな」
「ええ、若いお嫁さんをもらったり、ね?」
「ぶっ。お嬢様…………」
「お茶目な冗談ですよ。しかし、う~ん……」
お父様が15歳の頃に何かあったのか?
こうなると、直接聞いた方が早いかな……どこかにお父様を古くから知っている人はいれば、その人に聞くんだけど。
「……そうだな。お嬢様、良かったら、事情に詳しそうな人に連絡を取ってみようか?」
「おおっ? ロイズさん、お願いできますか?」
「了解。それじゃあ、連絡が取れたら知らせる」
「ありがとうございます」
「いやいや、まぁ、頑張ってくれ」
それは年下の少女ではなく、同じチームの仲間に告げるような激励の言葉。
シズネさんもそうだったけど、ロイズさんも私に何かを期待しているんだろうか。