10歳:「ユリアの料理(3)」
「精霊様に大地と河川の恵みを、日々の糧として、頂いておりますことを感謝いたします」
お父様の声に合わせ、食堂にいる皆が「感謝いたします」と各々に言葉を続けた。
食事に関して、王都に来る旅の途中から森の屋敷と比べて大きく変わったことがある。
それは、食事の席にロイズさんとアイラさん、それからジルが同席するようになったことだ。
ロイズさんに関して言えば、チェの称号を持っているため、父親とは身分の差はあまりない。
元々お父様が小さな頃から色々と世話を見ていたらしく、心情的にも年の離れた兄のような存在らしい。
アイラさんは、昼ご飯などはお母様と席を共にして食べていたが、お父様がいる席では、決して一緒の席に着こうとはしなかった。
しかし、ロイズさんと結婚したことにより、コーズレイト夫人という立場になったため、席を共にしても問題はない、とお父様がアイラさんを説得した。
……今になって思うにお父様は「みんなで一緒に食べること」に少し拘り過ぎているような気もする。
多分、この事もお祖父様との関係に影響を受けているのではないだろうか。
この世界でも、食事の間に座る席順の作法などはきちんと決められている。
まず、食堂は上から見ると長方形の部屋で、長方形のテーブルが長い壁と平行になるように設置される。
そのテーブルの入り口がある壁から反対側の長い辺の中央が、一番上座の席となる。その対面の席は主賓、もしくは二番目に偉い立場の人が座る。
反対に、前世の作法と同じく部屋の出入り口の近くが一番下座の席となるようだ。
今日の食事の場合は、奥側がテーブルに向かって右から順にジル、私、お父様、リック、リリア、テーブルを挟んで反対側がアイラさん、ロイズさん、シズネさん(お父様の前)、お母様の順となっている。
ちなみに、ロイズさんとアイラさんの間の後ろ側に、食堂の出入り口がある。
「アチャッ!?」
「わわ、ジル大丈夫?」
「あうあう、ボス……シタがイタい」
「ほら、水で冷やして……」
食事が始まり、さっそく串焼きにかぶりついたジルが悲鳴を上げた。
その悲鳴に、みんなが一斉にこちらを向いた。
「ええっと、これは串揚げと言って、お肉や野菜を串に刺してパンを細かくしたものをつけて、油で揚げた料理です。この“パンの皮”の中は熱くなっていますので注意して下さい。
このまま食べてもいいですが、食べにくいようなら、フォークを使って、先に串を抜いてから食べて下さい」
コクコクと水を飲みながら舌を冷やすジルの横で、串を片手にとって、食堂にいるみんなに注意を促す。
「この“パンの皮”とやらがサクサクとしているのに、中は柔らかく茹でた感じに近いな……ん?
お嬢様、これは〈グラススネイル〉の肉か?」
串を一口かじったロイズさんが、早速中身を言い当てる。
「ロイズさんは知ってましたか?
この間、露店で串焼きで売っていたのを見て、今回の料理を思い出したんです」
「俺は王都の下町で育ったからな。王都に住んでいた頃はよく買って食べたよ。
本来は塩を少し強めに振って、直火で焼いただけの料理だけどな。こんな感じに手の込んだ料理になると、ちょっと上品な感じがして、美味いな」
「気に入ってもらえたなら嬉しいです。
アイラさんも一緒に作ったから、今度からはアイラさんが作ってくれますよ」
「そうか、期待している」
「はい、頑張ります!」
「ほら、リックくん、リリアちゃん、串を抜いてあげましたよ」
「はーい」
「お母さま、ありがとうございます」
テーブルの逆の方では、お母さまに双子が串揚げを取り分けてもらいながら食べている。
直接は見えないが、聞こえている感じでは双子にも好評のようだ。
「ふーむ、あたしもこんな揚げ料理は初めてだよ」
「大体、揚げ料理は、素材をそのまま揚げて、後で塩や香辛料で味付けする物くらいですからね。
茹でた芋を潰して混ぜて味付けして、この“パンの皮”で包んで揚げたりしても美味しいですよ」
「ただ、最初の一口は良かったけど、少し油っぽいね」
「あ、それでしたら、横にあるレモン汁を掛けて見て下さい。サッパリとしますよ」
「ぱく……もぐもぐ。なるほど、あたしはレモンを掛けた方が好みだね」
「本当だったら専用のソースとかも欲しいんですが、作り方が分からないんですよね」
私も一口食べる。うん、揚げたてはおいしい。
塩を少し強めに下味をつけたから、味は問題ない。
だけど、トンカツ用のソースが欲しくなるなぁ。あの猛犬マークみたいなのやつの。
香辛料は高いから〈宝魔石〉がうまく売れてから考えてみよう……。