10歳:「居住自由区の姉弟(6)」
ペートはしばらく考え込んでいたが、ゆっくりと私に向かって口を開いた。
「お金なら、いくらだって払う。一生をかけたっていい!」
「……そのお金はどうやって稼ぐの? スリで稼いだお金なんて、欲しくないね」
「まじめに働くさ!」
「でも、私は別にお金が欲しいわけじゃないよ。
それにペート、君がまじめに働けるなら、そもそもスリなんてやってないでしょ?」
悔しそうに歯を食いしばる。それでも目は諦めていない。
必死に私を納得させるための答えを考えている。
「ケイン……さんの言うことなら何でも聞く、死ねと言うなら死んだっていい」
言い切ったなぁ。けど、もう少しだけ試させてもらおう。
「私にとって、ペートを殺すだけの価値があると思う?
それにペートが死んだら、ペルナちゃんは悲しむでしょ? 私には、意味もなく女の子を悲しませる趣味はないね」
私がここまでペートを試す資格があるのかと問われたら、あるとは言い切れない。
多分、私がペルナちゃんを助けるための、最後の踏ん切りにペートを使おうとしているだけだから。
「…………」
「…………」
「……姉ちゃんの目が悪くなったのは、おれのせいなんだ。
自分がろくに食べずに、おれにゆずってばっかりで……
だから……姉ちゃんを……
……おねがいじまず! 姉ぢゃんの目を治じでぐだざいっ!!」
「うん、分かった。私ができるだけの協力を約束しよう」
私の軽い返事にペートが呆気に取られた顔になる。その顔は涙とか鼻水とかでグチャグチャになっていた。
ちょっと意地悪しすぎちゃったかもしれない。
「もちろん、ペートがスリをやめて真面目に働くのも条件だよ。
仕事に関しては、ちょっと試してみたいことがあるので、うまくいったら仕事を紹介できるかもしれない。失敗する可能性もあるから、そんなに期待はしないで欲しいんだけどね。
それと、これだけあれば、数日は持つでしょ?
しばらくの間、ゆっくり考えを整えた方がいい……そもそも、私のことを本当に信頼していいのかも含めてね」
ペートの手に小金貨を2枚を手渡す。
「…………なんで、こんなに、おれたちに良くしてくれるんだ?」
ずずっと鼻をすすって不思議そうな声を漏らした。その疑問はもっともだろう。
「しいて言うなら、自己満足かな。それと私は子供が好きで、子供を見捨てる大人が大嫌いだから」
「…………自分だって子供のくせに」
ははっ、泣いたばっかりで、もう皮肉が出るのか。
私には助けることができるだけの力とお金があって、気持ちだけが追いつかなかった。
だから、助けることに大した理由があるわけじゃない。そうしたいと思えたから、ただそれだけ。
親のいないペルナちゃんとペートの姉弟に前世の自分を少し重ね合わせたのも否定しない。
うまく言葉にならないから、これ以上の説明しないけど
「さてと、そろそろペルナちゃんのところへ戻ろうか。
ペート、今、ここで話したことはペルナちゃんには、まだ話さないでね」
「何でだよ? いや、何でです、か?」
「ぷっ……無理に丁寧な話し方をしなくてもいいよ、別に」
「……そうなのか?」
「ああ、ペートが私に恩を感じるのは自由だけど、私はそんなことは望んでいない。名前もケインって呼び捨てで構わないから。
それとペルナちゃんに今の話をしない理由だけど、私の方で色々と準備があるから、それが整うまでは黙っていて欲しいんだ」
「ケインがそう言うなら……」
「よろしくね。ペルナちゃんに強く訊かれたら答えてもいいけど。とりあえず、戻ろうか」
部屋に戻った私たちをペルナちゃんが、何か訊きたそうにしていたけど、あえて気づかない振りをした。
ペートも、私に言われたことを守って静かにしている。この分なら、私の気持ちがもう少し整うまで、黙っていてくれるだろう。