10歳:「居住自由区の姉弟(5)」
「あれ、ケイン君、こんなところで……ああ、彼が例の少年か?」
と、ちょうどそこへグイルさんが顔を出す。廃屋に戻ってきたら、この部屋から人の声がしたから様子を見に来たのだろう。この状況を見て一目で察するあたりは、さすがだ。
その両手に〈クエシャの実〉を抱えていた。正確に言うと実じゃなくて茎なんだけどな。
クエシャは、棘のないウチワサボテンみたいな植物で、硬くて薄い皮の中に甘みのある液体を大量に蓄えている。節の1つがちょうどヤシの実くらいサイズでそれが何個かくっつけた感じで生えている。
味もヤシの実ジュースに近く、清涼飲料水のないこの世界においては、子供に人気の飲み物だ。
グイルさんの登場でペートの緊張が増す。
まぁ、私は剣を持っているとはいえ、同い年くらいの子供だけど、グイルさんは立派な剣士に見えるしな。
牙族の見た目も大きい。中身は犬のおまわりさんだけど。
「グイルさん、ちょうどいいところに。この子が例の少年のペートです。ペート、こちらはグイルさんです。
今から、詳しい話を聞こうと思ってたんで、グイルさんも一緒にいて下さい」
「これ以上、おれに何のとくもない話することなんてあるもんか!」
どうやら、まだ立場が分かってないみたいだな……正直、この悪役っぽい思考がちょっと楽しくなってきた。
グイルさんは〈クエシャの実〉を持ったまま、黙って私のやることを見守ってくれている。
「そうだね。それじゃあ、私の質問に1つ答えてくれるたびに、これを1枚上げよう」
「!?」
私はポケットから銀貨を取り出して見せる。
「質問は5つ。だから、全部で500シリル分だね。悪くない取引でしょ?」
「……何がききたいんだよ?」
「まずは、君たちの両親について……父親は人間、母親はエルフで、その男の妾だった?」
これは単純な推理だ。ペルナちゃんはエルフなのに、ペートの見た目は人間である。
この世界の異なる種族で子供を設けた場合、子供は、両親のどちらかの種族的特徴しか持たない。髪や瞳の色に関しては、種族に関係なく両方から受け継ぐ可能性があるらしく、ペートは人間には珍しいが、エルフの特徴としては珍しくない透き通るような色の瞳を持っていた。
もちろん、異父兄弟や魔法によって変化しているという可能性があるが、ペートが憎々しげに言った「メカケ」という言葉も理由の1つだ。
そこから、彼らの母親がどこかの金持ちの妾だったのでは? と考えたのだ。
「……そうだよ」
「なるほどね。それで、ペートたちがいた孤児院の名前は?」
別に両親がどうなったか、とまで問い詰めるつもりない。
銀貨を1枚渡しながら、次の問いをする。
「名前は知らない、ただ街の南西にある赤い屋根の建物だ」
「その孤児院は……どんな所だったの?」
「ふんっ、最低なとこだぜ。メシは少なくてまずいし、職員の機嫌を損ねると殴られる。もっとも機嫌がいい大人なんて1人もいなかったけどよ」
差し出してきた手に銀貨を2枚乗せる。ペートはそれをすばやく懐に仕舞った。
孤児院か……私も人事じゃないんだよな。いや、同じ孤児としても、前世の私はペルナちゃんやペートの境遇と比べれば平穏な境遇だったのだから、一緒にしたら申し訳ないだろうか。
「ペルナちゃんの目が見えないのは、生まれつき?」
「っ! さっきから、何のつもりだよ! 変な質問ばっかりしやがって!」
「ペートは私の質問に答えれば、お金がもらえる。そういう約束でしょう? 答えるの? 答えないの?」
「……違う。孤児院にいる頃から徐々に悪くなっていったんだ」
やっぱり、先天的なものじゃなくて後天的なものか。それなら、何とかなりそうだ。
また1枚を渡そうと思って、やめて、最後の質問の分と合わせて2枚を渡す。
ペートが変な顔をしているが、別に構わない。
「ペルナちゃんの目が、また見えるようになると言ったら、ペート、君はどうする? 代わりに何を差し出せる?」
「っ!! どういう、意味だ……」
「私の見た感じだと、ペルナちゃんの目は魔術で治すことができると思う。それとその魔術が使える魔術師にも心当たりがある」
というか、私自身のことなんだけどな。
私がこの質問をしたのは…………彼の覚悟を知りたかったからだ。
あの時、私は隠していた事実を捨ててでも、お母様を助けたかった。
ペートにとってペルナちゃんは欠かすことのできない大切な人だろう。
だから、私はその覚悟を聞き出そうと思った。
さぁ、ペート、君の答えは?




