10歳:「居住自由区の姉弟(4)」
「ペート君、昨日の仕事について、少し話があったんで寄らせてもらったんだ。
突然訪問して、ごめんね」
私の存在に気づいて戸惑うペート君の先制を取り、争う意思はないことを伝えようとしたが、無理かなぁ。
まぁ、このまま押し切るか。
「ぺルナちゃん、申し訳ないけど、彼と重要な話があるから、ちょっと彼を連れていくけど、いいかな?」
「あ、はい! 弟をよろしくお願いします!」
「じゃあ、ペート君、下で話そうか」
私はペート君が持ち直す前に彼の片手を掴むと、部屋から出て、階下に向かう。
彼は私に引きずられるまま、おとなしく付いてきた。
階段を下りて、そのまま一階の適当な部屋に入る。
「…………」
「さて、まずは自己紹介をしようか。私のことはケインと呼んで欲しいな。君の事は、ペートと呼んでいいかな?」
「……好きにすれば? それで、金を取り返しにきたのか?」
少し事情が理解できたのか、私に剥き出しの敵意をぶつけてくる。
けど、まだ理解が足りないな。
「んー、まぁ、最初はそういうつもりだったんだけどね。諦めて帰ろうかなって、思っていたところかな」
「どういうつもりだ!?」
「ペート、私が君に説明する必要はあるかな?」
「っ!!」
私は生きていくためにお金を奪うことは「純粋な悪」だとは思わない。
何らかの理由で、そうせざるを得なかった結果ならば、の話だ。
「カルネアデスの板」と言う話がある。古代の哲学者カルネアデスが出した問題だ。
船が難破し、1人の男が溺れないように板切れに掴まっている所に、溺れている別の男が近づいてきて、同じ板にしがみつこうとする。しかし、その板に2人がしがみついたら、板が耐えれずに2人とも溺れてしまう可能性が高いとする。
その場合、元々板に掴まっている男が、近づいてきた男の手を振り払い、結果として近づいてきた男が溺れ死んでしまっても、罪にはならない、と言う話だ。
確か、これは前世の日本でも法律で保護されていた行動だと思う。
ペートの話と「カルネアデスの板」は厳密には違うのだが……。
「ぺルナちゃんには、仕事のことを話してないんだって? 君のこと、すごく心配していたよ?」
「別に、それこそお前には関係ない話だろ!!」
「そうだね。本来なら、関係のない話だったと思うよ……でも、私はぺルナちゃんのことが気に入ったからね。
ぺートとぺルナちゃんだったら、彼女の味方をするよ」
「姉ちゃんに、スリのことをバラすつもりか?
それとも姉ちゃんを気にいったから、メカケにする気か? ガキのクセに、これだから金持ちは!!」
声を荒げて威嚇してくるが、乱暴してくる様子はない。
多分、私が腰に差している剣を警戒しているのだ。ペートの視線が時折、腰の辺りを向いている。
しかし、ペルナちゃんを妾にするには、お互いにちょっと歳が足りてないよねぇ。
ああ、今から私好みのレディに育てるとか? 私がそれをやるのは、かなり悪趣味っぽい気がするけど。もちろん、冗談だ。
「言葉づかいに気をつけたほうがいいと思うよ?
私を怒らせても、君は何も得をしない。それどころか、危険な目に合うかもしれないね」
「お、おどす気か?」
「安心して……。心優しいぺルナちゃんに免じて、2人の害になるようなことをするつもりはない。
ここに来たのもお金じゃなくて、布の小袋だけを返してもらおうかと思ってたんだ。
でも、それはぺルナちゃんの手元にあるらしいし、無理に取り返すつもりも無くなったからね」
「はっ……お情けありがとうございます。とでも答えれば満足かよ」
うーん、嫌われてるなぁ。まぁ、当たり前か。
自分がちょっと悪役っぽいことを言っている自覚はある。
「忠告するけど、今回は私だったから良かったようなものの、スリを続けるといつか辛い目にあることになるよ?」
「うるさい、余計なお世話だっ!!」
「もっときちんとした職を探すか、孤児院にお世話になったりするつもりはないの?」
「はっ、分かったような口を利くなよな。おれみたいな子供がまともな職を見つけられるわけないだろ!
それにおれと姉ちゃんは、孤児院から逃げ出してきたんだよ!」
うわ、なんだろう……、泥沼にハマった気がする。