10歳:「居住自由区の姉弟(1)」
「えーと、反応はこっち側ですね」
「やっぱり、この区画か……着替えてきて正解だったな」
スリにあった翌日。私はグイルさんを連れて、魔術の反応を頼りに王都を歩いていた。
徐々に大きな通りから離れて、周りの建物が汚く、辺りの雰囲気が街の中央部とはかけ離れたものになってきていた。
事前に説明された通りに、十二番隊の詰め所にグイルさんを呼びに行った私をハンスさんと軍服を脱いだグイルさんが待っていてくれた。
今のグイルさんは、動きやすそうな上着に厚手のズボン、身体の要所だけを守るような堅い皮の部分鎧を着けている。一見すると旅の護衛か傭兵のような感じだ。
私も詰め所に用意されていた格好に着替えている。安い布製の上着とズボンを着て、擦り切れた外套を羽織り、ハンスさん曰く、貴族っぽい髪と顔を帽子で隠した。
2人とも、腰に剣を吊り下げている。
着替えが終わって、私は小袋を対象とした探索の魔術を使った。
前日の夜のうちに問題なく使えることは確認しておいたが、今回も問題なく魔術は成功した。小袋があるだろう方向がきちんと分かる。
詰め所からその魔術が示す方向に動いていた結果、荒れ果てた建物に辿り着いた。
「この建物の周りを一周してみましたけど、反応はこの建物のちょうどあの辺りからします」
私はグイルさんに2階の一箇所を指さして、反応のある場所を示す。
「一見廃屋のようだが、人が住んでいる気配はあるな。もっともこの辺りは、似たような建物ばっかりだが」
「そもそも、この辺りの建物の所有者って、どうなっているんですか?」
ふとした疑問が浮かんだので、グイルさんに訊いてみる。
「あ~、オレも詳しくは説明できないから、簡単に言うとだな。一定の区画は“居住自由区”という名称で管理されていてな。
基本的に都市に住む場合は、家の大きさに応じた住居税を払う必要があるんだが、“居住自由区”に住む場合は、その税金を払わなくてすむんだ」
「でも、そうしたら、全員、その区画に住もうとするんじゃないですか?」
「ただし、その場合は、都市の居住者としての身元の保証がされない。そうなると仕事を探したり、組合に所属するのが難しいというデメリットを受ける」
「なるほど。ん? それだと、この都市に住んでいない旅人とか行商人はどうなりますか?」
「組合の宿泊施設に泊まる場合は、そこで身元の保証はされるし、えーと、確か宿などに止まる場合は……そうだ。
宿の代金の中に逗留税ってのが含まれてて、それが居住税の代わりになる……はず」
ああ、そういえば、商売の法律の中に、宿屋の項目にそんな単語があったな。宿屋に対する税かと思っていたが、名目上は宿泊者が支払う税なのか。
「ともかく、相手のアジトは突き止めたけど、どうする?」
「そうですね。とりあえず、私は小袋を返してもらいたいだけですから、普通の態度で真正面から行きましょう。
逃げたとしても、小袋を持っている以上、逃げ切れませんし」
忍び足などをせず、堂々とした足取りで私は廃屋の中に入っていく。
突入する前に魔術で調べたが、建物の中には人らしきの反応は小袋の近くにある1つだけだった。
多分、例のスリの少年だろう。
建物の玄関から入り、階段を上がって、目的の部屋の前までサクサクと移動する。グイルさんは、私の後ろを警戒しつつ後を付いてきてくれた。
「失礼、どなたかいますか?」
コンコンと扉を叩いて、比較的落ち着いた声で丁寧に呼びかける。
私の声に反応したのか、部屋の中で誰かが動いている音が聞こえた。
しかし、しばらく待ってみるが中からの反応は返ってこない。
「どなたもいらっしゃらないなら、中に入らせてもらいますが?」
再び扉を叩いて、そう声を上げると、
「あ、あの……ペート君のお友達ですか?」
今度は扉の向こうから少女の声が聞こえてきた。
…………さて、どうしようか?