フェル:「焼き菓子と夜の友達」
「それでね。その丸焼きから、切り取った肉に塩を振りかけて、ハーブとかと一緒に食べるんだけど、これが美味しくて。
ただ、注意しないといけないのが、脂が熱くなってるから慌てると口の中を火傷……ちょ、何笑ってるの?」
ん? 笑っているつもりはなかったんだが、ボクは笑っていたのか。
やっぱりユーリはすごいな。ボクはここ数年の間は笑ったことなんてなかったのに……。
「いや、ユーリが嬉しそうだから、ボクまで嬉しくなっただけだ」
「気障っ! フェル、君さ、将来女ったらしになりそうだね」
「女ったらしか……ボクみたいな不恰好な容貌を好きになる人間なんていないさ」
「それは嫌味? そんな綺麗な髪と目、整った輪郭をしていて、不恰好とか、どんだけ美意識が高いんだよ!!
いや、ナルシストはナルシストでウザいかもしれないけど、フェルはもっと自分を大事にするべきだと思うよ」
……綺麗な髪と目か。
ユーリ、夜のボクを前にそう言ってくれるのはキミだけだと知らないだろう?
「それに女はあんまり好きじゃない」
「またまた、好きになった人とかいないのかい? 年上のお姉さんとか」
「仲がよくなったと思った使用人の娘に、いきなり寝床へ押し倒されそうになってみろ、恐怖が先に来るぞ」
「わぁお、禁断の恋?」
「ならまだマシだな。こっちの意向なんか関係なく、ボクとの子供なら【霊獣の加護】持ちが生まれる可能性が高いと思っての行動だ。どこかの家にそそのかされたらしいな。
【霊獣の加護】持ちの子供がいれば、その親は国が一生面倒を見てくれるからな。事実【霊獣の加護】持ちを何代かさかのぼると【霊獣の加護】持ちがいることはあるらしいが、だからと言って【霊獣の加護】持ちは早々生まれるものじゃないのにな」
「あ~、なんて言ったらいいのか……」
「別に気にしないでくれ。珍しいことじゃない。相手もボクが子供だから、上手く丸め込めると思っているんだろう。
両親がボクをこの屋敷に閉じ込めているのは、そういった連中を近づけないって言う名目だしな」
ユーリは不思議な人だった。
まず、隠し事を暴くボクの【夢夜兎の加護】が通じない。
だから、お互い偽名で密会をするなんて初めての経験をしている。
次にボクの能力のことを知っても、何も聞いてこない。
ほとんどの人がボクの能力を知ると、その能力について様々なことを知りたがった。
それなのに、ユーリがボクに聞くのは、好きな食べ物や趣味など、まるで能力などない少年のように扱う。
それがすごく新鮮だ。
「そういえば、今日はユーリのために珍しい菓子を用意したんだ。食べてってくれ」
話の気分を変えようと横においてあったバスケットを取り出す。
バスケットから焼き菓子の入った木彫りの深皿を取り出して、テーブルの上におく。
くっ、危ない、吹き出すかと思った。ユーリ、深皿を真剣に見すぎだ。
「ほら」
ボクが薦めるとユーリが深皿から焼き菓子を1枚とって口に運ぶ。
サクサクと焼き菓子を噛む音が聞こえ、しばらく口をもぐもぐさせて、ごくりと飲み込む。
「むむ、クッキーっぽいけど、これは木の実を粉にして作っているのかな。焼き菓子と木の実の香ばしさ、それにホロリと口溶ける甘さが後を引く……、もう1枚もらっていいかな?」
「ユーリのために用意したんだ。残さず食べていってもいいぞ」
幸せそうな顔をして、もう1枚を手に取る。
「……お茶がほしいな……」
「うん?」
「ん? どうしたの?」
ユーリは、自分がポツリといったことに気が付いていないようだった。
なんでもないと答えて、ボクも焼き菓子を1枚食べてみる。
ふむ、確かにお茶が欲しくなる味だ。
今度は、お茶を用意して、このお菓子を出してやろう。
夜の空を切り取ったような美しい黒の髪と瞳を持つ友達のために。