3歳:「バーレンシア家の人々(1)」
使用人のお姉さんに連れられ、洗顔を済ませ、食堂に行くと朝食の用意がされていた。テーブルには1組の男女が椅子に座って、オレのことを待っていた。
「おはよう、ユリア」
「ユリィちゃん、おはよう」
「おはようございます。お父さま、お母さま」
ユリア・バーレンシア。それがオレの新しい名前だ。
端整な顔に柔らかい笑みを浮かべて、最初に挨拶してきた男性が、ケイン・ガーロォ・バーレンシア。今生でのオレの父親。
オレの淡いシルバーブロンドと青い瞳は父親譲りなのだろう。淡いシルバーブロンドにキリっとした青い瞳が似合うイケメンである。
年は24歳、働き盛りの若者という所だ。
名前と家名の間にある「ガーロォ」というのは、父親が忠誠を誓っている国から与えられた爵位みたいなものだろうと考えている。
同じ発音の“ルーン”があり、意味が《大六》なので、多分6番目くらいに偉い爵位なのではないだろうか?
家に来た客が、父親を「ガーロォ・バーレンシア」と呼んでいた記憶が残っている。
オレのことを、愛称にちゃん付けで呼んだ女性が、マリナ・バーレンシア。ふわっとした栗毛のロングに、クルミ色の瞳がおっとりとした雰囲気を醸し出している。
オレを生んだとは思えないくらい若くて綺麗な母親だ。
それもそのはず、今年で21歳。
つまりは、17歳の時に父親とイイコトしちゃって、18歳でオレを生んだ計算になる。多分、この世界の平均結婚年齢は低いんだろう。
『グロリス・ワールド』でも、キャラクターに設定できる年齢の下限が15歳だったから、15歳で社会的な成人と認められるのかもしれない。
オレはそんな両親の遺伝子を受け継いでいる。自分で言うのも何だが、かなりの美幼女だ。
後数年もすれば立派な美少女にランクアップすることは間違いない。今から楽しみだ。
オレは母親の隣に置かれた専用の小さな椅子によじ登るようにして座る。椅子を登る時に両親から向けられる応援するような眼差しが少しくすぐったい。
椅子に座ると、使用人のお姉さんが、オレ用のコップにお茶を注いでくれた。
使用人のお姉さんは、アイラという名前で、家名はまだ分からない。
母親と一緒に屋敷内の家事を手伝ってくれている。住み込みではなく、朝早く(オレが目を覚ますずっと前)にやってきて、夕方になると自分の家に帰っていく。
赤茶っぽい髪を後ろで一つにまとめ、少しキツい感じがする目付きのクールビューティーさんだ。
瞳の色は濃い茶色。外見年齢的には、母親より年上に見えるが、母親が童顔であることを考慮し、言動から18歳くらいだろうと思っている。
ついでに、ここにはいないもう1人の使用人は、ロイズという名前の男性だ。こちらも家名は分からない。
黒色の短髪に赤茶色の瞳をした30代後半くらいの渋いオヤっさんという感じだ。
母親やアイラさんには向かない力仕事や庭仕事を主に担当している。
父親から、庭の隅にある馬小屋の横に小屋をもらって、そこで寝起きをしているようだ。
「精霊様に大地と河川の恵みを、日々の糧として、頂いておりますことを感謝いたします」
「感謝いたします」「かんしゃいたします」
父親が精霊様への祈りを捧げ、オレと母親がその後に感謝の言葉を続けた。これは、まぁ食前の挨拶で、「いただきます」みたいなものだ。
この世界では、神様仏様ではなくて、「精霊様」が身近な信仰の対象になっている。
これも『グロリス・ワールド』の設定と同じならば、この世界の創世では、まず一神が在り、最初に神は精霊王たちを創り、次に精霊王たちと共に神は大地や海や森を創り、最後に人類の祖である〈古い民〉を創ったとされる。
その後で神は永い眠りについて、創世の章が終わる。
つまり、今、この世界を守護しているのは、神に世界を託された精霊王と、その精霊王たちに配下として生み出された精霊たちである、とされているのだ。
眠っている神様より、実際に見守ってくれている精霊様に祈りを捧げるという辺り、実に合理的な信仰だ。
朝食のメニューは、黒っぽいパンにホワイトシチュー、三種類くらいの野菜を炒めたもの、それと甘いオムレツだった。
この家の食事は1日に3食だ。朝は軽く、昼はもっと軽く、夜はしっかり取るのが基本となっている。昼はオヤツと言った方が正しいかもしれない。
おそらく、他の家もそう変わらないと思う。
「むぅ……(あむっ、もぐもぐ、ごっくん」
野菜炒めに入っていた緑色の野菜をまとめて口に入れると、味わう前に噛み砕いて、お茶で飲み込んだ。
基本的に素材が新鮮なのか、どの料理もとても美味しい。
ただ、身体が子供になったせいか、味覚的に甘いものがとても美味しく感じる反面、苦味や刺激のあるものが全く美味しくない。
食べ残しても誰にも怒られたりしないだろうが、バランスのいい食事は将来の美貌と健康のためと、我慢して食べるようにしている。
それと、この身体ではお酒も大して美味しくないだろう。前世では喫煙はやらなかったけど、飲酒は大学の入学と共に少々……結構嫌いではなかった。
オレと違い、お茶の代わりにワインを飲んでいる父親が少し羨ましい。