10歳:「バーレンシア家の事情(1)」
実は、双子は元より私もお祖父様と会うのは、初めてだったりする。
お父様の話を聞くに「仕事人間」という言葉が当てはまるタイプで、ウェステッド村を往復するほど長期の休みが取れないのだろう、と言っていた。
お祖父様のことを語るお父様の表情は、何か色々な想いを含んでいるように見えた。
バーレンシアの本家で最初に私たちを出迎えてくれたのは、執事のおじいさんとルヴィナ・バーレンシア、つまりお祖母様だった。
白が混じり始めたブロンドに青の瞳、ふっくらとした体型はウェステッド村のおばちゃんたちを思い出させる普通な感じの女性だった。ただ、言動の端々に品の良さを感じる。
両親が再会の挨拶をし、私と双子が初対面の挨拶が終わると、テラスへと通された。
その外見どおりに、お祖母様は次から次へと話が転がる。最初は真剣に聞いていたが、途中からはお母様に任せて、双子と一緒にお茶菓子について話し合っていた。
そこでお茶を楽しんでいると、お父様のお兄さん夫妻、私にとって伯父と伯母にあたる男女が現れた。カイト・ミムスェ・バーレンシアとフラン・バーレンシア。
ミムスェは、“ルーン”的には《小四》を意味する。
ラシク王国の貴族の地位について簡単に説明すると、基本的に家長が持つ称号が家の格となり、上から順に王を表す《大一》、王族家の《大ニ》、次いで《大三》、《大四》、《大五》、《大六》、《七》となる。
《小四》のように《小》がつくのは、正式な後継者や次期当主を意味し、例えば王太子ならば《小一》と呼ばれる。
ただし、《七》だけは《大 》も《小》も付かない。これは、《七》が個人に贈られる一代限りの名誉的な称号であるためだ。
身近な例で言えば、実はロイズさんがこの《七》の称号を持ち、正式にはロイズ・チェ・コーズレイトとなる。が、本人はあまり気に入っていないらしく、名乗る時にチェをつけない。
伯父様は、確かお父様より3つ年上だったはずだから、今年で34歳か。淡いシルバーブロンドと青い瞳、全体的なパーツはお父様と似ているが、体付きはお父様をさらに細くして、目を細く吊り上げてキツめな感じ、一言で表すと神経質そうな高級官僚?
その奥さんの方は、見た目は20代後半くらい。美しいブロンドの長い髪に、神秘的な濃紫の瞳をしている。
よく言えば儚げでいかにもな深窓の令嬢、悪く言うとオドオドとした態度がまるで人見知りをする子供のような人だ。
伯父は楽しそうにお父様と政治の話をしているし、しばらくして伯母も緊張が解けたのか双子の話を根気強く聞いて相手しくれるあたり、私の伯父夫婦への印象は良い。
1刻半(約3時間)ほどして、日が暮れ始めた頃、屋敷の当主のカインド・ガースェ・バーレンシアが帰宅した。
整髪料でバッチリ固めたシルバーブロンドと深い青の瞳。お父様や伯父様が歳を取ると、そうなるだろう姿だった。お父様に似ているということは、私にも若干似ているということでもある。
「父さん、久しぶりです」
「ご無沙汰しておりました。お義父様」
「初めまして、お祖父様、ユリアと申します」
「リックと申します」「リリアともうします」
「うむ、よく来た」
お祖母様とは逆でお祖父様は口数が少なく堅苦しい人、というのが第一印象だった。
そして、その爆弾は、食事の途中にお祖父様の口から投下された。
「ふむ……少々もの大人しいがなかなかに利発そうな子だ。文官としてなら大成するだろう。
カイト、リックを本家に養子として迎えろ。ケインもいいな」
「「「!?」」」
「なっ!? 父さん、その話は既に断わったはずです!」
静かだった食堂が一気に騒然とする。
「ケインが否と言おうが、私が下す決定とは別だ。そもそもがこの話を断わるヤツがどこにいる。
ガーロォではなくガースェを継げるのだから、リックの将来にとって悪い話ではなかろう?」
「兄さんからも、言ってやってください! 確かにまだ兄さんたちには子はいないかもしれないけど、まだ兄さんも義姉さんも若いじゃないですか」
「…………ケイン、しかし、父さんの意向はバーレンシア家の意向だぞ」
「兄さんっ!? 当主の意見が最重視されるのは古くからの伝統ではありますが、それが絶対であったのは戦乱の時代、200年も前の話ですよ!?」
珍しく大声を張り上げたお父様を内心で応援する。細かい話は分からないが、お父様の意思を無視しているのならば、お祖父様の味方をする義理はない。
当事者であるリックは、急に自分が注目されて怯えてしまっていた。
私がその手をそっと握ると、リックが私の方を振り向いたので、微笑んでやる。それで少しは怯えが和らいだ。
「まぁまぁ、ケインが大声を出すなんて珍しいわね。……あなたも、そんな食事が楽しめなくなるような話は控えてください」
「ふむ……まぁ、いい、この話はまた今度だ」
「…………」
その場はお祖母様の一言で収まったが、食事後、出されたお茶を一口も飲まずに私たちは本家の屋敷を後にした。